第9話「商人隊」
やはりラウは納得がいかないらしい。ものすごい表情をしたラウを抑え、トコたちは少し相談をすると言って、向こうの方で固まっている。日は少し傾いてきたものの、照り返しが肌を刺し続けていた。
向こうはだいぶ言い争ったのだろう。トコとラウの空気はやや険悪になっていた。トコはどうにも恩義を大切にしているらしい。タイハクもラウ同様、わきが甘いとしか思えなかった。
「ねえ、なんで先払いはダメなの?」
「……あの人たちに危害が及ぶかもしれない。重罪人の逃走ほう助の罪は重いだろうな」
「あ、そっか。それもそうだった。ありがとう。よく考えてくれたのね」
「慣れてるだけだ。だから、仮に向こうに着いても医者だけ寄越す。それでいいか」
「大丈夫。私もそれがいいと思う」
謝礼は魅力的だが、そう簡単に受け取ればラウたちに危害が及ぶ。ここは黙って消えるのが最も安全なのだろうが、助けが必要なのは事実だ。どうにも放っておけない、そう思うのが己だけではないことに、タイハクはほっと胸を撫でおろした。
少しばかり休んでから、日が沈んでいる間に発つことになった。
(南ルートだけど、早く進めれば……最短で三日。イーショで医者を探すのにどのくらい時間がかかるか……)
七日はもたないだろう。見たところ荷は十分にあるが、サンドワームがまた襲撃しないとは限らない。そう考えれば一日でも早くこの場所を離れるべきだ。先行きの暗さを憂いながら、タイハクは空を見上げる。薄暗くなってきた空には小さな星々が顔を出し始めていた。すっと息を吸って軽く頭を二度、小突く。
(そうか、全然進んでないのか……)
現在位置に少し落胆しつつ彼は気を取り直した。食事と支度を終えたのだろう、オウが駆け寄ってくる。
「どう? 準備はばっちり?」
「ばっちり。じゃあ、声かけてくるか」
二人は揃ってトコのテントへ向かおうとする。そこへ大きな馬を伴って現れたのは、姉妹の目つきの鋭い方──ラウだった。見上げる二人に、ラウは鼻を鳴らす。
「……私があなた方に同行する。姉貴とは私が連絡を取るから、見失う心配はしなくていい」
その腕には大きな鳥が止まっていた。
「同行……」
「私が進言した。さっさと医者を見つけて……早く治してやらないとな」
離れた場所にあるテントを一瞥してラウは目を伏せる。
「それから、この馬も使っていい。あんたは自分のに乗るんだろう。この子は私の馬に乗せるといい」
一回り大きな牡馬がアバニへ寄っていき、鼻を近づけている。ふい、と彼女は素っ気なく離れて行ってしまったが、険悪な空気にはならずに済んだらしい。再度側に寄ってきたアバニの鼻づらを撫でてやる。
「その子は……」
「うちの唯一の馬でな。オッカだ。あんまり早くはないが、力持ちだからな。女二人くらいなら問題ないだろう」
「……よろしく」
オウとタイハクはオッカに挨拶を済ませる。
「その子の名前は?」
「アバニです」
「……馬!? 名前だぞ!?」
「そうです。出会ってからずっとこれで呼んでいるので、もう変えられなくて」
「綺麗な子なのに、なんという…………」
ラウは頭を抱える。
「う……まあいい、イーショまではここからどのくらいか分かるか?」
「早駆けで三日から四日、俺らの足で七日くらいかと」
「なら……この子たちにはかなり頑張ってもらわないといけないな」
ラウが額をさすってやれば、オッカは鼻を鳴らして頭を振った。どうもやる気らしい。タイハクは思わず頬を緩めた。三人は荷物をまとめ、装鞍を済ませて早々と現在地を発つ。合図を送れば、緩やかに二頭は駆け出した。
「アバニに先に行かせます」
「それがいい。気の強い子が前の方が、オッカも落ち着く」
力強い後肢は遠慮なく砂を蹴り上げる。ぐいっと前に出たアバニから距離を取って、後ろに控えたオッカは悠々と駆けて行く。
「いい馬だな。脚の力が強すぎるくらいだ」
少し向こう、闇に紛れかかったその背を見やってラウは感心したように呟く。
「ふぅん、そんなにすごいの?」
「馬に負担がかからない乗り方ができるから、早いんだろうな。あの子は……何者だ?」
「さあ……私もよく知らない」
「そ、そうなのか……」
案外柔らかいラウの態度に、オウは拍子抜けする。後ろに乗れと提案してくるのも意外だったが、どうにも先ほどまでの刺々しさがない。不審に思っていたのが伝わったのか、ラウは少女を一瞥した。
「ああ、別に信用したわけじゃないからな。当然だろう」
「あ、そうよね。安心したわ」
心にもない言葉が飛び出す。それきり二人は会話をすることなく、馬は歩を進めていく。




