第6話「重傷」‐②
「よし、話を戻すわね。取引しましょう。私は東都の神殿まで行きたいの。祭までに、この砂丘を抜けなきゃいけない」
「祭までに……? ずいぶんと急ぐんだな」
「ええ。祭の日に間に合わなきゃいけないの。手伝ってくれると嬉しいんだけど」
金の瞳が問いかける。あっさりとした声に戸惑いつつ、眉を下げたタイハクはしばしの間、黙り込む。巡らせた思考は一つの結論を導き出す。
「分かった、怪我のこともあるし……砂丘を抜ける手伝いをしても、いい」
「本当!? やった、これでちょっとは楽ができるってものよ」
「どうせ俺もここは越えるつもりだったし……想定より早いけど、このまま居座ったり戻ったりするわけにもいかない」
「でしょうね」
「……俺が裏切るかもとか思わないのか」
「いざ戦うってなったら、私の方が強いでしょ。魔法使い相手にその銃とナイフでどこまで戦えるか……考えてから言ったら?」
軽く息を吹いて魔法使いは微笑む。どうも逃がすつもりはないらしい。
「そうだな。俺じゃ敵いっこない」
「でもそうね、一つだけ訊いてもいい?」
「一つだけなら」
「タイハクは、どうして東都に行こうとしてるの? せっかく生き残ったのに、わざわざ身を危険にさらすような真似をするのはどうして?」
「……俺は、アイツらを弔わなければいけない」
「それって、例の仲間のこと?」
「そうだ。だから、戻らなきゃいけない。なにがあっても、この約束だけは果たしたいんだ。これで死んでも自業自得だな」
タイハクの言葉にオウは「ああ」と小さな相槌を打つ。どうも伝わっていないように感じられたが、これ以上明かすつもりはない。口を開くつもりがないと見るや否や、オウは話を切り替えた。
「じゃ、これ持ってて。最後の一個だけど、一番よさげだし」
ポケットから取り出したものをタイハクへ握らせる。乳白色の石があしらわれたペンダントだ。小指の爪ほどの大きさしかないが、七色の光彩が光に反応して揺らめく。噂に聞いたことがある、月虹石というやつだろう。
「これ、大事な物じゃないのか」
「価値はあるけど、私はあんまり好きじゃないの。依頼料として受け取って」
口実をつけて手放したいだけなのか、それならば、あの時適当に質屋に入れればよかったのに。そんなことを思ったが、口から出ることはなかった。
「……分かった。砂丘を出るまでは預かっておく」
「ん、それでいいわ。んじゃ、よろしくね?」
「俺はあくまでついでにあんたを連れてくだけだ。あまり期待しないでほしい」
「それでいいわ」
差し出された手を握り返す。白くて柔らかな手は、あまり戦い慣れていないように思えた。
「──これからどうするの?」
「二日休んだが……アバニは疲労が抜けきってないな。ちょっとゆっくり進むことになる」
「いいの? 休まなくても」
「いや、それは無理だ。さっき言ってたろ。ここは目立つ。追手が来やすい場所に居座るんじゃ休むに休めない。休み休みでも移動を続けた方がいい」
広げた荷物をまとめるべく、タイハクは荷袋を手に取る。想像以上の軽さに驚いて思わず瞬きを繰り返した。
「……二日分だよな?」
「…………えへへ」
半分近く減っている食料を見てタイハクの瞳から光が消える。
「お前……俺が起きなかったらどうするつもりだったんだ」
「あっ本当だ」
タイハクが起きる前提でいたらしい。能天気さに頭を抱えそうになるが、もう少しのところで堪える。
「まぁいい。一応食料のあてがないわけじゃないし……荷物が軽くなったと思えば多少は……」
「そ、そう? なら、いい感じじゃない」
「そんなわけないだろ。反省しろ」
ぴしゃりと言い返されたオウは小さくなりながら片づけを手伝う。ひとしきり荷物を片付け終え、二人と一頭は塔の外に出る。日が昇り始めた東の空は赤く広く、今日の天気のよさを悟らせる。じわりと肌を舐める暑さがすでにうっとおしい。
塔は海岸線にほど近い丘陵の上にある。西には小さくウマノスと防衛隊支所が、東には起伏のある砂地が広がっている。南には山地が見えるはずだが、今日は飛砂の影響で見えない。
「砂丘は本来昼間の間は移動しない。テントを張って休むのが鉄則だ……けど、今回はそれなりに早く移動しなきゃいけないから、できるだけ移動を続ける」
「昼間は相当暑くなるってこと?」
「そういうこと。空気だけじゃない。風も砂も暑くなる。足の裏を火傷するから、馬も昼間は動かないで、陰でじっとしてる」
「へえ……まぁ、そっか」
「ちょっと思ったんだが……魔法使いなんだから、飛んで移動とかできないのか。わざわざ歩いて行かなくたって」
「それがね。私の力は半分以上封印されてるの。一瞬だけなら使えないこともないと思うけど。戦闘以外は期待はしないで」
「案外不便なんだな」
「そうよ。小瓶を開けたら魔法を思い出したから、他の小瓶も探せばいいんだと思うけど……この辺には無さそうね」
「なんとなく分かるのか?」
「なんとなくね。正確な位置までは、近づかないと分からないみたい」
「じゃあ、オウも歩きってことか……」
タイハクの言葉に少女は頷く。ともすれば、想定していた歩きでの移動になりそうだ。彼はちゃっちゃっと準備を済ませ、日陰で休んでいたアバニに声をかける。
「オウは……それ、足を火傷すると思うけど」
オウの足元は足全体を布で包んだものではなく、革紐で足を固定しただけのものだった。靴底も薄そうなそれに、タイハクは目を細める。
「え、あー、砂ってそんなに熱い?」
「熱い、すごく。ちょっと待って」
そう言ってタイハクは鞄を漁る。多少入れた物が移動してはいるが、荷づくりをした時のままの物の方が多い。目当ての物はすぐに見つかった。
「予備の新品だから。これ使って」
足首まである底がしっかりした靴をオウに渡す。
「え、これ? 暑くない?」
「別に履かなくてもいいけど……とりあえず持っときなよ」
「はあ……」
納得のいかない様子のオウに、もう一つ帽子を放って渡す。間に合わせの装備にはなってしまうが、全くないよりはいいだろう。
(防塵眼鏡は……天気がいいうちは必要ない。このままだといいんだけど)
タイハクたちは緩やかに歩を進める。深い砂に足を突き立てるように歩きながら、坂を下っていく。丘陵を流れ落ちていく砂は目が細かく、風に乗り、汗で湿った肌にまとわりついてくる。砂に沈んだ足を上げ、一歩踏み出す度に大腿への負荷を感じる。久々の砂地に体はついていけていないようだった。
滴る汗をそのままに、ただ黙々と歩を進めていく。時折空から聞こえる風の音と、怪鳥の声が耳に届く。靴を嫌がるアバニをなだめ、火傷防止のための靴を履かせる。汗を拭い、湿気た空気にため息をつく。いつの間にオウは手渡したものを全て身に着けていた。不満げな顔は一ミリも変わっていない。




