第5話「サンドワーム」‐④
「トリベノ、悪い癖が出てるぞ」
それを合図に後ろにいた人物が前に出るようにして、オウを押し退ける。
反撃が壁を、地を抉る。揺れる照準はそのままに、引き金には指を掛けたまま彼は立ちふさがる。小銃で上手く牽制をしつつタイハクは、オウをそのまま背で押して建物の影に追いやった。オウが壁の陰に収まったと見るや否や、タイハクもまた壁の陰に逃げ込む。
また響いた銃声に翡翠の瞳が歪められる。ギリ、と口元から痛みが聞こえる。過った嫌な予感にオウは手を伸ばそうとする、が。彼は迎撃姿勢を崩さずにオウを一瞥した。
「お前、なにができる……!」
「攻撃と、簡単な目くらましと、防御は苦手。人は殺せない」
「いい。それは期待してない。向こうは魔法のことが分かってそうだ。けど、銃弾には限りがある。向こうが動くのは、」
跳弾が壁を抉り、破片が飛ぶ。それを腕で防ぎながらタイハクは話を続けた。
「再装填のときだ。そのときを狙ってこっちも逃げる。けどそれは向こうも分かり切っている。だから数で押し切る。余力は?」
「十分よ。早撃ちならなんとか」
「相手も銃だけどな。来い」
低い声でタイハクは返す。彼は隙を見計らって指笛を使った。決して大きくないその音に反応したのだろう。背後から大きな影が描けてくるのが分かった。得意げに鼻を鳴らしながら、馬は姿勢を低くする。
前の様子を伺いながら二人はアバニに跨って逃走姿勢に入る。タイハクは隙を見計らってアバニの準備も整える。
「おいタイハク! どういうつもりだ!」
こちらの魂胆を察したのか壁向こうから銃声に負けぬ声が聞こえる。
「どうもしない。俺もオウもお前には協力しないってはっきりしただけだ」
タイハクの返事に反応はない。壁向こうからは変わらず銃弾が飛んでくる。
「今だ!」
弾が切れた、引き金が引っかかるその音を合図に合図を出す。駿馬は身を翻して力強く駆け出した。操縦に気を遣わなくてもよいとはいえ、装填をしながら馬に乗るのはタイハクでも難しいところがある。
「もう一丁あったか……! オウ、頼む」
装填をせず向かってくる男を見て、タイハクは臍を噛む。すぐさま始まった追撃を迎え撃つべく、少女は呼吸を整えた。揺れる馬上では命中率など気にしていられない。
(──今は速さ!)
大量に広げた魔法弾を一斉に放つ。次から次へ、作り上げられた魔法弾を片っ端から撃って撃って撃つ。一撃一撃は軽く、殺傷力もない。当たれば光が散るだけ。それでも目くらましには十分らしい。追撃の手が緩んだと見たタイハクは、アバニに合図を送る。路上に止まったままになっている馬車を跳び越え、角を曲がり、川沿いに出る。
「ここからどうするの!?」
「このまま市街に潜伏はできない。から、砂丘に出るしかない。強行突破になる」
「……へえ、いいじゃん!」
思わぬ好反応にぎょっとしてタイハクはオウを振り返る。金の瞳には小さな星がきらきらとちりばめられていた。言ってしまったものは仕方がない、タイハクは即座に腹をくくって行先を探した。
(支所内の門が一番安全だけど……あそこは人の目が多すぎる。海まで行くと、アバニの体力が持たない。なら……)
一か八か、等間隔に並ぶ石柱の列、その中間地点を目指す。
「あれはなに? あんなので境界示してるの!?」
「あれはウマノスだ。本来サンドワームはアレを嫌う」
狙い通り、中間地点の警備員は三名しかいなかった。支所が緊急事態なのだ。予想通りの状態に一瞬だけ気が緩む。それを諫めたのは他でもない愛馬だった。くん、と強く引かれた手綱を握り直し、深呼吸をする。
「前だ、ここを抜ける──!」
「よし、ありったけぶち込んでやるわ!」
合図と捉えたオウは再度魔法を展開していく。着弾の衝撃で上がる砂柱をものともせず、アバニは一息でウマノスの傍まで肉薄する。想定外の速さだったのか、警備員たちの反応は間に合っていない。チャンスと見たオウは再度弾幕を展開した。そのタイミングで駿馬は思い切り踏み切って──人の背ほどある柵を跳び越えた。
境界線を越え砂地にアバニは降り立つ。ザン、と深い砂が立ち上がる。それをものともせず、力強い後肢はスピードを維持したまま丘陵を下っていく。しばらくして支所が見えなくなってくると、アバニはゆっくりと足を止めた。タイハクはさっさとその背から降りて、荷と鞍を外してやる。適当に降ろされたオウも額の汗を拭いながら、その場に座り込んだ。
「魔法使いだったのか、お前」
「そうよ。魔法使い。怖い?」
「……別に。魔法使いがどうしてここに? 山でひっそり暮らすことだってできるだろ」
「私は東都に行かなきゃいけないの。絶対に」
「なんで、」
少女はゆるりと顔を上げ、タイハクへ向き直る。
「私はね、月を墜としにきたの」
月光に透けた毛先が、赤く輝いて見える。思い当たった彼女の正体にタイハクは息を飲んだ。
「そうか、お前が──」
じくり、と目の奥が痛む。ひと際強いその痛みに彼は思わず頭を抱えた。支えられなくなった体がゆっくりと砂丘に崩れ落ちる。
「しまった……! 待って、大丈夫、大丈夫だから!」
声は遠く、視界は狭く、あらゆる音を置き去りにして意識が沈んでいく。先のダメージは深刻なようで、もう指一本動かせない。砂に飲まれていくかのような、不快な息苦しさが胸を襲う。
「待って──、──!」
薄れる意識の中、青白い月がこちらを見下ろしているのが分かった。




