- 菫 * 伊緒 -
あれから彼は此処には来ない。
酷い事を言ってしまった。大人げない一言だった。
もっと他に言い方があった気がする。
「よぉ安藤、お前仕事してんのかよ。」
「あぁ浦部クン。お疲れ。」
「工業デザインの本、探してくれない?」
「あちらに検索用端末、有りますよ。」
「・・・横暴な職員だ。クレーム入れてやる。」
「あゴメンナサイ。工業系は中2階のDかEに有ったと思う。」
「安藤、お前、高校生と付き合ってるって本当?」
今、それあたしに言うかな。
無言を貫こうと思った。
「しかも母校の。妹が安藤と高校生が歩いてんの見たって。」
あたしは返却図書を本日返却の棚に並べた。
「俺とやり直す気ない?」
「・・・。」
振り返ると浦部クンが直ぐ後ろに立っていた。
懐かしい香水の香りが鼻をくすぐった。
「調子の良い人ね。恵が駄目であたしに戻る気?」
浦部クンの横をすり抜けようとすると、彼の手があたしの左手首を強く握った。
然程変わらない身長差の浦部クンの顔を睨みつけた。
「俺の気を引こうとしてガキと付き合ったんでしょ?」
「伊緒クンはガキじゃないわよ、貴方と違って。」
あたしは浦部クンの手を振り払った。
入り口の自動ドアが開いて、伊緒クンが入館してきた。
何日振りの伊緒クンだろう。
あたしは何も無かった様に静かにカウンターに戻ろうとする。
浦部クンは執拗だった。
「ちゃんと話し合おうよ、夜何時もの店で待ってるから。」
止めて、伊緒クンに聞かれてしまう。
あたしは近くに居たスタッフの人に声を掛けた。
それから足早にスタッフルームへ立ち去ろうと試みる。
「安藤!」
浦部クンは又、あたしを引き留めにかかった。
「嫌がってんの解んないんですか。」
伊緒クンの澄んだ声が、低く静かに館内に響いた。
こんなとこで面倒は困る。あたしは浦部クンを外に連れ出して、何とか帰らせた。
館内に戻ろうと振り返ると、そこに伊緒クンが待ち構えていた。
「期末、どうだった?」
「そんな話する為に来たんじゃないよ。」
「何?」
寒さが身を縮ませる。あたしは両手で上腕部を擦った。
彼が目の前に立ち、自分のマフラーをあたしの首へと掛けた。
優しくしないで。
「本、借りるんでしょ?中、入らない?」
あたしは目も合わせず、中に入る事を促す。
「此処で話したい。ちゃんと話したい。」




