第二十九話「鬼ヶ島脱獄 ― 四人の綱渡り ―」
「脱獄、どう?」 日生が低く問う。
「うん。鬼のごはん、あんまり美味しくなさそう」
「いや、そうじゃなくて脱獄よ、脱獄!」
思わず声が荒くなる。
だが、真備はいつも通りだった。
「大丈夫。夢で見たから」
一同が息を呑む。
「鬼ヶ島の構造、見張りの配置、巡回の間隔……全部。隅々まで」
空気が変わる。
“できるかもしれない”――
その確信が、静かに広がった。
「鍵は美咲だ」
日生が言い切る。
「この三日間の夢。あれはただの夢じゃない。断片を繋げば――未来になる」
視線が集まる。
美咲は、小さく息を吸った。
「……うん。やってみる」
目を閉じる。
断片が繋がる。
温泉。霧。転倒。鍵。言葉。銅鐸の音。
そして――“解放”。
「奈義の力を解く。そこから、一気に抜ける」
静寂。
誰も軽口を叩かない。
「戦艦を奪う」
真備が続ける。
「操縦は……見て覚えた」
全員が真備を見る。
疑いは、もうなかった。
「全員でやる」
日生。
「一人でも欠けたら――終わりだ」
全員、頷いた。
鬼ヶ島・温泉。
干潮。
外気に触れる、唯一の場所。
――唯一の“外”。
蒸気が視界を奪う。
白い霧。濡れた岩。足音。
(うるさい……)
美咲の心臓が、耳元で鳴る。
(怖い)
一歩遅れれば終わる。
一瞬迷えば終わる。
(でも――)
顔を上げる。
仲間がいる。
(やるしかない)
「……今だ」
真備。
その一言で、全員が動いた。
美咲が――転ぶ。
「きゃっ!」
わざとだ。
だが、完璧だった。
視線が、一斉に集まる。
その一瞬。
日生が滑り込む。
鍵を奪う。
投げる。
一直線。
美咲が掴む。
奈義へ。
「しまっ――」
猿ぐつわが外れる。
奈義の唇が、震えた。
――カン。
銅鐸の音。
「……眠れ」
空気が、命令を受け取る。
止まる。
沈む。
般若が――崩れ落ちた。
「……寝てる!」
日生。
だが、奈義は膝をつく。
「……長く、もたない……」
肩が震えている。
美咲は気づく。
(この子も……怖いんだ)
自然に手を取る。
「大丈夫」
奈義が、わずかに目を見開いた。
覚悟を決める日生。
紙を取り出す。
震える指。
書かれた言葉。
『戦艦、無人』
「これ、一回きりだから」
短剣で裂く。
――歪む。
現実が、書き換わる。
港。
戦艦。
そこにいた鬼が――消える。
最初から、“いなかった”ことになる。
「……行ける」
誰もが理解した。
ーー脱出。
「左。裏通路。一直線」
真備が先導する。
走る。
息が揃う。
仮面。看守の衣。
心拍。足音。
すべてが、一つにまとまる。
門。
日生が前に出る。
「移送だ。開けろ」
門番が迷う。
その一瞬。
「……退け」
奈義。
言霊が炸裂する。
空気が押し潰される。
門が――開いた。
海が広がる。
夜明け前。
霧。静かな水面。
戦艦。
――無人。
「ほんとに……?」
奈義。
「ほんとだ」
日生。
「乗れ!」
真備が叫ぶ。
その時。
「待って」
美咲が止まる。
巨大な岩。
ひび割れた塊。
手を触れる。
光。
「……夢で見た」
祈る。
静かに。
確かに。
――割れる。
光が溢れる。
龍が昇る。
天へ。
解き放たれる。
「これでいい」
振り返る。
「行こう!」
門前。
空気が変わる。
美咲が振り向く。
――般若。
立っている。
(早い……!)
「走って!!」
全員、迷わない。
駆ける。
飛び乗る。
船へ。
「待て」
低い声。
振り返る。
般若。
だが――
その背後。
岩陰。
三つの影。
「……何で巫女が戦艦に乗ってるんだ?」
矢掛。
「ひょっとして、助かったの?」
哲西。
「なんでもいいんじゃねぇか。乗ろうぜ」
神庭。
そして――
血まみれの少年。
桃太郎。
般若が止まる。
状況を見る。
そして――退いた。
出航。
朝日。
海が赤く染まる。
船が進む。
鬼ヶ島が遠ざかる。
「……生きてる」
奈義。
「うん……」
美咲は笑う。
三人を見る。
真備。奈義。日生。
もう違う。
“ただの他人”じゃない。
「ありがとう」
一瞬の沈黙。
日生が笑う。
「なに急に」
奈義がそっぽを向く。
「別に……」
真備が静かに言う。
「……まだ終わってない」
美咲は頷く。
「うん」
もう、怖くない。
一人じゃない。
「ここからが本番だよ」
「おーっ!!」
四人の声が重なる。
一つの意志。
船は進む。
海の向こうへ――




