第二十六話― 黄泉継鬼、顕現
崩れた天井。
差し込む、外界の光。
ざわめく、鬼たち。
その中心で――
桃太郎は、動かない。
「……生きてる……!」
哲西が、必死に呼びかける。
肩を揺らす。
応答は、ない。
その時。
ぬちゃ……
嫌な音が、響いた。
全員の視線が落ちる。
地面。
そこにあるのは――
無数の死体。
鬼。
鬼。
鬼。
さっきまで戦っていた者たち。
砕かれた者。
焼かれた者。
潰された者。
その“肉”が――
動いた。
「……っ!?」
神庭が、一歩下がる。
「なんだ……?」
一体が、起き上がる。
骨が鳴る。
肉が、無理やり繋がる。
そして――
目が、開く。
だが。
それは、生きていない。
「……違う……」
矢掛が、低く呟く。
「これは……」
「この時を、待っていた」
声が、落ちた。
空間の奥。
影の中から――
一体の鬼が歩み出る。
細い。
長い。
まるで、“死体そのもの”。
だが、その目だけが――
異様に濁っている。
「強い死体が、これだけ集まる時を」
哲西が震える。
「……誰……?」
鬼は、静かに名乗る。
「黄泉継鬼」
その瞬間。
桃太郎の瞳が、わずかに揺れた。
(……あの時の鬼か)
象頭鬼の記憶が、よぎる。
ギラつく視線。
踏み出す。
その瞬間。
地面が、弾けた。
全ての死体が、一斉に跳ねる。
「地獄界展開」
■ 奈落・万屍帰還
世界が、沈む。
空気が腐る。
死の匂いが、濃くなる。
「……っ……!」
哲西が、吐き気を堪える。
矢掛が歯を食いしばる。
「まずい……これは……」
黄泉継鬼が、手を広げる。
「戻れ」
その一言。
それだけで。
全ての死体が――立ち上がる。
ドッ――
数十。
数百。
屍の軍勢。
だが。
それは“蘇生”ではない。
一体が、腕を振るう。
ズン。
空気が、震える。
神庭の目が見開かれる。
「……は?」
「今の……」
矢掛が、即答する。
「……強い」
「生前よりも」
哲西が叫ぶ。
「そんなの……ありえない!!」
黄泉継鬼が、笑う。
「当然だ」
一体を指差す。
「それは“結果だけ”を継いでいる」
「傷も、疲労も、限界も――ない」
静かに。
確定的に。
「強さだけを残した“完成体”だ」
沈黙。
絶望。
だが。
神庭が、笑う。
「はっ……!」
「最高じゃねぇか……!!」
次の瞬間。
軍勢が、動いた。
ドドドドドドドド――!!!
「来るぞ!!」
矢掛が叫ぶ。
哲西が桃太郎を庇う。
神庭が前に出る。
だが。
数が違う。
質が違う。
押される。
削られる。
崩される。
「くそっ……!!」
神庭が吹き飛ばされる。
哲西の精霊が砕ける。
矢掛の分身が消える。
そして。
一体が――
桃太郎へ、振り下ろす。
避けられない。
その瞬間。
ピタッ
世界が、止まった。
音が消える。
風が止まる。
時間が、沈む。
「……なにが起きた」
矢掛の声が、揺れる。
神庭が、振り返る。
「……おい」
その中心。
桃太郎。
倒れていたはずの身体が――
立っている。
俯いたまま。
動かない。
だが。
空気が、違う。
重い。
圧がある。
“人間ではない”
黄泉継鬼が、初めて目を細める。
「……ほう」
桃太郎の口が、開く。
「――――」
言葉にならない音。
意味を持たない“声”。
だが。
それを聞いた瞬間。
全員の本能が理解する。
触れてはいけないものだ
桃太郎が、顔を上げる。
その目。
光は、ない。
だが。
奥に――
“燃えている何か”がある。
理性ではない。
感情でもない。
ただの“力”。
一歩。
踏み出す。
ズン。
それだけで。
屍鬼が――潰れた。
触れていない。
攻撃していない。
“存在圧”だけで。
哲西が震える。
「……桃太郎……?」
返事はない。
黄泉継鬼が、笑う。
「いい」
「それだ」
手を広げる。
「それを、死体にすれば――」
その瞬間。
桃太郎が、消えた。
次の瞬間。
目の前。
「……!?」
反応が、遅れる。
腕を振るう。
ただ、それだけ。
ドン。
空間ごと、消し飛ぶ。
屍鬼が、まとめて消滅。
再生しない。
帰還しない。
“存在が残っていない”
矢掛が、確信する。
「……消している」
「殺しているんじゃない」
「無かったことにしている」
神庭が笑う。
「最高だなァ……!!」
だが。
その瞬間。
桃太郎の視線が――
神庭に向く。
空気が凍る。
「……おい」
神庭の笑みが、止まる。
哲西が叫ぶ。
「違う!!敵じゃない!!」
一歩。
近づく。
矢掛が割って入る。
「桃太郎!!」
その声。
一瞬。
ほんの一瞬だけ。
動きが止まる。
瞳が、揺れる。
中で。
何かが、せめぎ合う。
理性。
神。
そして――
壊れかけた“人間”。
「……やめ……ろ……」
声が、二重に響く。
人の声と。
“何か”の声。
黄泉継鬼が、静かに言う。
「いいな」
「それが、神か」
一歩下がる。
「だが」
残った屍鬼が、再び集まる。
「制御できない力は――」
「いずれ壊れる」
桃太郎が、振り向く。
完全に。
“神の目”で。
その瞬間。
世界が、耐えきれなくなる。
空が歪む。
地面が沈む。
「離れろ!!」
矢掛が叫ぶ。
次の瞬間。
ドンッ――――!!!
爆発ではない。
存在の放出。
衝撃が、鬼ヶ島全体を揺らす。
天井の崩壊が広がる。
光が、溢れる。
その中心で。
桃太郎が――
完全に、暴走する。
誰も。
もう、それを人間とは見ていない。
「――――」
声だけで、空間が軋む。
矢掛が言う。
「……長くは持たない」
「世界が先に壊れる」
哲西が叫ぶ。
「戻って!!」
届かない。
神庭が、低く笑う。
「……触れたら死ぬぞ、あれ」
その時。
一歩。
黄泉継鬼が、前に出た。
恐怖はない。
あるのは――
欲望。
「いい」
「完璧だ」
手を伸ばす。
「それを、継ぐ」
矢掛が叫ぶ。
「やめろ!!」
遅い。
■ 奈落・万屍帰還 ― 極式
『神骸継承』
“死にかけであれば”
“その強さは奪える”
理屈は、成立している。
だからこそ。
確信していた。
「これは、“素材”だ」
触れる。
桃太郎の腕に。
その瞬間。
世界が、止まる。
完全な静止。
黄泉継鬼の顔に、初めて“違和感”。
「……なぜ」
能力は、発動している。
だが――
“適用先が存在しない”
桃太郎が、言う。
「……それは」
「“死”があるものにしか、届かない」
沈黙。
「これは」
一拍。
「死なない」
ミシッ
黄泉継鬼の腕が、崩れる。
「……え?」
逆流。
能力が、逆流している。
理解する前に。
桃太郎が、一歩踏み出す。
ズン。
それだけで。
存在が、崩壊する。
「触るな」
声が重なる。
神と、人。
「お前は」
静かに。
「“残りカス”を拾っているだけだ」
バキン。
地獄界、崩壊。
屍鬼たちが、一斉に崩れる。
「……あ……」
黄泉継鬼の存在が、薄れていく。
桃太郎が、手を上げる。
触れていない。
ただ、“消す”意思だけ。
「やめろ!!」
矢掛の叫び。
間に合わない。
ドン。
音はない。
衝撃もない。
ただ。
結果だけが残る。
黄泉継鬼は――
完全に消えた。
何も残らない。
死体すら。
沈黙。
哲西が、震える。
「……終わった……?」
矢掛が、首を振る。
「……違う」
視線は一つ。
桃太郎。
まだ、立っている。
まだ、止まっていない。
神庭が、乾いた笑い。
「……はは」
「敵いねぇじゃん」
だが。
目は笑っていない。
「これ、どうやって止めんだよ」
桃太郎の足が、動く。
誰に向かうでもなく。
ただ――
世界を壊す方向へ。
矢掛が、静かに言う。
「……ここからが本番だ」




