第二十四話「未確定を斬る」
闘技場に――
音が消えた。
「……なんだ?」
神庭が眉をひそめる。
雷が、鳴らない。
空気が――死んでいる。
その時。
“上”が、割れた。
ズルリ、と。
空間が裂ける。
そこから現れたのは――
細い。
あまりにも細い鬼。
だが。
“重い”。
存在そのものが、圧し潰してくる。
「……興が乗ってきたところで、終わりか」
声が落ちる。
静かに。逃げ場なく。
矢掛が、一歩下がる。
「……来るぞ」
その一言で――全員の本能が反応した。
鬼が、手をかざす。
「――地獄界」
世界が、裏返った。
地面が沈む。
空が落ちる。
音が、遅れる。
視界が、二重にブレる。
「……っ!?」
哲西がよろめく。
「なに……これ……!」
桃太郎が刀を構える。
だが――
違和感。
(遅い……?)
鬼は、動いていない。
なのに。
距離だけが――詰まっている。
「無間輪廻」
一瞬。
鬼が腕を振る。
ズン。
桃太郎の身体が――両断されていた。
「――ッ!?」
神庭が叫ぶ。
だが。
次の瞬間。
時間が、“戻る”。
桃太郎は、無傷で立っている。
「……は?」
哲西が呟く。
だが。
ズン。
同じ斬撃。
同じ軌道。
同じ結果。
桃太郎の身体が、再び裂ける。
「……繰り返してる……?」
矢掛の声が低くなる。
鬼が、静かに言う。
「違う」
「確定しているだけだ」
桃太郎の目が、開く。
理解する。
(……避けても、意味がない)
三度目の斬撃。
だが――
「オレ様が止める!!」
神庭が割り込む。
雷を纏い、斬撃へ踏み込む。
だが。
止まらない。
それは“結果”だからだ。
肩が裂ける。
胸が抉れる。
血が、噴き出す。
それでも――笑う。
「はっ……!面白ぇじゃねぇか……!」
「回復する!!」
哲西の精霊が光る。
傷が塞がる。
だが。
ズン。
同じ場所が、裂けた。
「……なんでだよぉ!!」
叫びが響く。
鬼は、ただ見下ろす。
「“なかったこと”にはならない」
「お前たちは既に、死んでいる」
静寂。
矢掛が、弓を構える。
冷静に。
異様なほどに。
「……なるほど」
「“未来が固定される空間”か」
鬼が、わずかに興味を示す。
「理解は早いな」
矢掛の指が、一本の羽根に触れる。
紫。
(使えば――勝てる)
一瞬。
だが。
止まる。
(……違う)
静かに、別の羽根を取る。
青。
「まだだ」
「これは――“読み切れる”」
桃太郎が、顔を上げる。
血に濡れながら。
「……ああ」
炎が、灯る。
今までとは違う。
“未来ごと焼き尽くす炎”。
「だったら――」
息を吐く。
「確定する前に、全部斬る」
鬼が、初めて笑った。
「やってみろ」
地獄の中で。
“生きようとする者”と
“死を確定させる者”の戦いが、始まる。
ズン。
四度目の斬撃。
桃太郎の身体が、完全に崩れ落ちた。
「……っ……!」
膝をつく。
立てない。
肺が潰れ、骨が砕ける。
呼吸すら、まともにできない。
「桃太郎!!」
哲西が駆け寄る。
光。
精霊が、全力で癒す。
肉が戻る。骨が繋がる。
だが――
ズン。
同じ場所が、再び裂けた。
「……なんでだよぉ!!」
絶叫。
鬼は、静かに告げる。
「無駄だ」
「“死は確定している”」
その瞬間。
「だったらよォ!!」
雷が爆ぜた。
神庭が、消える。
「確定ごとブチ壊しゃいいだけだろォ!!」
雷神の速度。
視界から消失。
残るのは、遅れて鳴る雷鳴。
鬼の周囲に、無数の斬撃。
空間ごと裂く二刀。
だが――
鬼は動かない。
「遅い」
一振り。
ズン。
神庭の身体が裂ける。
「っ……はは……!」
それでも、笑う。
「やっぱ……面白ぇな……!」
倒れる。
再生する。
また裂ける。
ループ。
完全な詰み。
「……っ……」
桃太郎は、地に伏したまま歯を食いしばる。
(勝てない……?)
違う。
(何かある……)
「私が時間を稼ぐ」
矢掛が前に出る。
羽が舞う。
伍羽・青鸞。
無数の“矢掛”が出現する。
完全な実体。完全な分身。
「包囲完了」
一斉射撃。
全方位。死角なし。
だが。
鬼は――
“たった一人”を見た。
ズン。
本体の肩が裂ける。
分身は無傷。
「……なるほど」
矢掛が呟く。
「“結果”は一つしか存在しない」
「だから、本体だけが“選ばれる”」
鬼が、わずかに目を細める。
「正解だ」
矢掛の目が鋭くなる。
(だが――それだけではない)
「桃太郎!!」
哲西が叫ぶ。
「さっきから、あいつ……!」
桃太郎の視線が、鬼を捉える。
確かに。
ほんのわずか。
攻撃の“前”に――目線が動く。
刹那。
(……未来を見ている?)
「違う」
矢掛が断じる。
「“選んでいる”んだ」
空気が変わる。
「無数の未来の中から、“確定させる一つ”を」
桃太郎の呼吸が止まる。
(……なら)
炎が、灯る。
弱く。だが、消えない。
(その“選択”に――割り込めばいい)
「神庭」
「……あァ?」
ボロボロの身体で笑う。
「0.1秒でいい」
「“全部の未来”をズラせ」
神庭の口角が、吊り上がる。
「はっ……できるかよ」
一拍。
「……やってやるよォ!!」
雷が、爆ぜる。
限界突破。
肉体が焼ける。
神経が弾ける。
時間が、歪む。
0.1秒。
その中に、無数の軌道が生まれる。
鬼の目が、初めて揺れた。
「……ほう」
“選択”が――追いつかない。
「今だよ!!」
哲西が叫ぶ。
全力回復。
命を削る勢いで。
桃太郎の身体が、立ち上がる。
「……行くぞ」
炎が、変わる。
もはや火ではない。
“可能性そのものを焼く炎”。
「仙術――」
鬼が、未来を選ぼうとする。
だが。
多すぎる。
ズレている。
定まらない。
「――百華閃」
一瞬。
百の斬撃。
否。
“百の未来”そのものを――同時に斬る。
鬼の目が、見開かれる。
「――それは……」
ズン。
遅れて。
その身体に、“確定しなかった傷”が現れる。
崩壊。
「……見事だ」
初めての、称賛。
「“選ばれる前”を斬るか……」
鬼の身体が、消える。
地獄界が、ひび割れる。
バキン。
世界が、戻る。
静寂。
桃太郎は、その場に崩れ落ちた。
「……勝った……のか……?」
哲西が呟く。
矢掛が、静かに答える。
「いや」
一拍。
「“覆した”んだ」
見上げる。
観客の鬼たち。
今度は――誰も笑っていなかった。
そして。
ただ一人。
桃太郎だけが――
息をしていた。




