二十三話修羅雷神 vs 砕楽 ― 緩時奈落
闘技場に、異変が落ちた。
音が、沈む。
歓声が、水底のように歪む。
風が――止まる。
「……来る」
哲西の声。
だが、その声すら遅い。
次の瞬間。
世界が、沈んだ。
「地獄界・緩時奈落」
すべてが、遅い。
桃太郎の炎が、揺れたまま止まる。
矢掛の羽根が、空中で静止する。
哲西の瞳だけが、わずかに動く。
意識はある。
だが、体が動かない。
その中で――
神庭だけが、普通に立っていた。
バチッ――
雷が、体を走る。
「……は」
口角が上がる。
「遅ぇのは、テメェらじゃねぇな」
空気を睨む。
「世界の方か」
カツン。
足音。
ゆっくりと現れる影。
「いいねぇ……この速度」
砕楽が、恍惚と笑う。
「壊れる瞬間ってさ――ゆっくりの方が、綺麗だろ?」
神庭の目が、細くなる。
雷が走る。
「ふざけんな……」
低く。
「命で遊ぶな!!」
砕楽は首を傾ける。
「遊びじゃないよ」
針が、一本浮かぶ。
「芸術だ」
次の瞬間。
神庭が消える。
「――修羅・瞬雷閃!!」
雷速を超える斬撃。
認識の外。
だが――
ギィンッ!!
止められる。
砕楽の全身を覆う、針の鎧。
「いいねぇ……今の」
「でもさ」
針が、無数に浮かぶ。
「もっと壊れてくれないと、つまらない」
針の嵐。
一斉射出。
空間が埋まる。
針。針。針。
「――修羅・轟雷鎖!!」
斬撃に宿した雷が――連鎖する。
バチバチバチッ!!
針が弾け、焼ける。
だが。
「甘いよ」
砕楽が笑う。
針が、再び集まる。
束になる。
「砲ってさ――綺麗に飛ぶんだ」
巨大な針束。
砲撃。
ドンッ!!
神庭の体を掠める。
一瞬。
遅れる。
ピクリ。
脚が、止まる。
「毒だよ」
嬉しそうに。
「ほら、まだ動ける」
「でも、少しずつ――壊れる」
針が刺さる。
腕。肩。脚。
神庭の呼吸が荒くなる。
「……クソが」
雷が乱れる。
だが動かない。
砕楽が、ゆっくり近づく。
「この段階が一番いい」
「壊れかけって、最高だよ」
手を伸ばす。
「じゃあ――次は腕、いこうか」
その瞬間。
雷が、爆ぜた。
「……遅ぇ」
低い声。
常時帯電。
思考が、加速する。
世界が――さらに遅くなる。
「全部、遅ぇんだよ」
三つの残像。
六つの刃。
「――修羅・六雷閃!!」
六撃同時。
だが――
ガギィンッ!!
止まる。
「惜しいねぇ」
砕楽の鎧が軋む。
「でもまだ、壊れてない」
神庭の動きが止まる。
毒が、全身を巡る。
膝が、落ちる。
ドサッ――
倒れる。
「……ああ、いい」
砕楽がうっとりと呟く。
「完成だ」
「壊れた瞬間って、本当に綺麗だ」
ゆっくりと近づく。
「じゃあ――仕上げだ」
その時。
ゆっくりと。
空中を舞う、緑の羽。
矢掛。
動かない体で放った、一撃。
「……届け」
「――肆・緑の羽根・鴆」
だが。
届かない。
わずかにズレて――
地面に、落ちる。
カラン……
砕楽が笑う。
「残念だったね」
その瞬間。
神庭の指が、微かに動く。
(……見えてる)
思考は、止まっていない。
(全部、遅ぇ)
砕楽の位置。
羽の位置。
距離。
角度。
すべてを、読む。
(なら――)
神庭は、完全に力を抜いた。
“崩れたように”体を倒す。
ドサッ――
そのまま、転がる。
偶然のように。
無様に。
だが――
手が、触れる。
緑の羽に。
バチッ。
毒が、弾ける。
体内の毒が、消える。
砕楽が気づく。
「……は?」
その瞬間。
神庭の目が、開く。
「引っかかったな」
雷が、爆ぜる。
一歩。
踏み込む。
「――修羅・断界雷」
神庭の体が、雷になる。
一閃。
空間ごと、裂ける。
砕楽の瞳が、見開かれる。
「……ああ」
わずかに、笑う。
「いいねぇ……」
体が、ゆっくりと裂ける。
「最後が、一番――」
崩れる。
「綺麗だ」
消滅。
時間が、戻る。
音が、帰る。
風が、動き出す。
桃太郎の炎が、揺れる。
哲西が、息を吐く。
矢掛の視線が、神庭を捉える。
神庭は、刀を担ぐ。
「……趣味悪ぃんだよ」
軽く息を吐く。
「芸術家気取りがよ」
その背に、まだ雷が残る。
戦いは、終わっていない。
だが――
確実に、一段上へ進んでいた。




