第二十一話「無明を裂く」
闘技場が――夜に沈んだ。
それは移り変わりではない。
“落ちた”のだ。
光が消えた瞬間、世界そのものが閉じた。
「――結界か」
矢掛が、静かに呟く。
次の瞬間。
空が、反転した。
上下の感覚が消失し、重力が歪む。
足場はあるのに、世界が裏返っている。
そして――
声が、頭上から落ちてきた。
「我が地獄界は光を喰らう」
闇が、さらに濃くなる。
「闇より暗き闇――『冥夜界・無明』」
空間そのものが、黒く脈打つ。
「我が名は、奪界鬼・蒐牙」
気配が、全方位から圧し寄せる。
「我が地獄でもがけ」
沈黙。
その中で――
「桃太郎たちは先に行け」
矢掛は、振り返らない。
「こいつは――オレが倒す」
ただ、それだけを告げた。
逆さの空に、男は立っていた。
長身。整いすぎた顔立ち。
そして、その全てを台無しにする歪んだ愉悦。
蒐牙は、ゆっくりと舌なめずりする。
「一目見てわかった」
視線が、突き刺さる。
「惹かれたよ」
粘つくような声音。
「どうしようもなく――欲しい」
その目は、完全に矢掛だけを捉えていた。
「一目惚れというやつだ」
「コレクションに加えたい」
一歩、踏み出す。
「至高の逸品だな――お前は」
「オレの能力は単純だ」
蒐牙が手を広げる。
呪符が、闇の中に浮かび上がる。
「見た能力を、盗む」
その瞬間。
矢掛は理解した。
(制限がある)
視線、呪符の数、発動までの間。
(コピーには時間がかかる)
(呪符の枚数が容量)
(同時保持はできない)
結論は一つ。
(なら――)
「経験させる前に、殺す」
「この空間内ではな」
蒐牙が消える。
次の瞬間――背後。
「我は“天を駆ける”」
蹴撃。
衝撃が矢掛の体を貫き、吹き飛ばす。
だが。
空中で体勢を立て直し、弓を引く。
「壱羽――朱雀」
炎が、矢に宿る。
「焼き尽くせ」
放たれた瞬間、魂を焼く焔が闇を裂いた。
だが――
「遅い」
蒐牙は、笑っていた。
「見た」
呪符が燃える。
その手に――同じ炎。
「いいなぁ……これ」
恍惚の表情。
「魂を焼くのか……最高だ」
戦いは、加速する。
神庭の剣技を盗み――上回る。
哲西の精霊を盗み――制圧する。
そして。
「これは……すごいな」
蒐牙の声が震える。
その手に握られているのは――
桃太郎の刀。
「容量を、全部使ってしまった」
他の呪符が砕け散る。
「だが――」
恍惚。
「こんなのは初めてだ」
刀が、脈打つ。
「熱い……!」
形状が変化する。
第三形態――鞭刀。
しなる刃が、空間を裂く。
「天空から狩る」
振るわれた一撃が、矢掛の身体を貫いた。
肉が焼け、焦げる匂いが立つ。
(回復が追いつかない)
矢掛は冷静に分析する。
「肆羽・緑――鴆」
回復薬が巡る。
だが。
(効かない)
「桃太郎の刀とは戦うな、か」
矢掛は、静かに笑った。
「いい経験だ」
「次で終わりだ」
蒐牙が宣言する。
八咫烏――
だが。
矢掛は、動かない。
「なぜ避けない?」
その刹那。
矢掛の身体に、炎が宿る。
「弐羽――鳳凰」
静かに、告げる。
「起爆」
世界が、爆ぜた。
轟音。
冥夜界そのものが砕ける。
闇が、吹き飛ぶ。
結界が崩壊し――
空が、戻る。
青。
光。
静寂。
「……倒したか」
矢掛が呟いた、その瞬間。
ズブリ。
刃が、背中から突き出た。
「どうだ?」
耳元で囁く声。
「後ろから貫かれる気分は」
蒐牙は、生きていた。
「いいなぁ……最高だ」
血が滴る。
「生きのいい獲物を仕留める瞬間は」
笑う。
だが――
違和感。
蒐牙の表情が、歪む。
「……なんだ?」
体の内側が、崩れていく。
その時。
「遅いな」
矢掛の声。
振り返る。
そこに立っている。
無傷の、矢掛が。
「保険が効いてきた」
「伍羽・青鸞」
分身。
「いつの間に……」
蒐牙の目が見開かれる。
「鳳凰の爆発の時だ」
さらに。
「肆羽・鴆」
毒。
二重の仕掛け。
「お前が斬ったのは」
一歩、近づく。
「青鸞の偽物だ」
「燃え尽きろ」
弓が引かれる。
「壱羽――朱雀」
再び、炎。
今度は、逃がさない。
魂ごと焼き尽くす焔。
蒐牙の膝が崩れる。
「……見事だ」
蒐牙は笑った。
血を吐きながら。
「だが、惜しい」
視線が、矢掛を射抜く。
「お前も……死ぬぞ」
沈黙。
矢掛は、静かに立つ。
そして。
一人称が、変わる。
「――私はな」
炎が、揺らめく。
「死ぬ覚悟で戦っている」
その言葉と共に。
焔が、すべてを包み込んだ。




