第八十八話 一難去った後の厄難
イスレ神父の案内の元、一番近くにあった女神教の教会に辿り着く。
観光客が多い為教会の構内も人が多く、人の視線を気にしたイスレ神父の好意で、ルドー達は全員が何とか入れる懺悔室の一室のようなところに通された。
「すみませんこんな場所しか案内できず。教会内なのでこのようなものしかありませんがよければどうぞ」
そう言ってイスレ神父は、椅子に座ったカイムに未だ怯えるようにしがみ付いている三つ子がいる近くの机の上に牛乳を三つ置いた。
三つ子が恐る恐るといった形で出された牛乳に口を付ける中、カイムはまるで考え事をするかのようにずっと無言で椅子に胡坐をかいて座って、無意識に三つ子を安心させるようにその背をそれぞれ撫でている。
「……すまない、気を使ったつもりだったが、逆効果だったようだ」
エリンジが唐突にカイムにそう言って視線を落とした。
「住民に領主が後ろにいると示したつもりだったが、事前にきちんと説明をするべきだった。どうやら余計に疑心をばら撒いただけだ。渡しておいてなんだが、しばらくあの回数券は使わない方がいい」
先程の一件で聞いた囁き声から、領主の許可が必要な回数券を使う事でカイムの後ろに領主の存在を主張させてその身の安全を確保しようとしたが、領の住民からは自分達より得体の知れない魔人族を優遇しているように映ってしまったようだった。
エリンジは結果的に悪化してしまった疑心に悔しそうにカイムに頭を下げている。
「なんでお前が謝んだよ、悪いのはあのガキにナイフ持たせた最低な母親だろ」
「……そう言ってくれると助かる」
エリンジの謝罪に顔を上げたカイムが、ぶっきらぼうな表情でそう告げれば、エリンジもカイムに応えるように視線を一瞬上げてそう告げた後また視線を落とす。
「これからどうする?」
「なんとか言葉をかけましたが、住民たちはおおよそまだ落ち着いてはいないでしょう。この子たちの安全を考えるなら、しばらく外に出ない方がいいです」
『その神父の言う通り、ほとぼりが冷めるまでは動かない方がいいだろうな』
「……ほとぼり冷めた所で、住民があの調子じゃどこ行っても同じだろ」
ルドーがどうしようとイスレ神父とリリア、エリンジと相談し始めると、カイムが諦めたような口調で呟く。
眉間に皺を寄せて、不貞腐れたようなカイムの態度にルドーはつい放っておけず励まそうと声を掛ける。
「諦めんなって、ライアたちせっかく楽しみにしてたのに」
「そのチビどもの楽しみぶち壊したのは他でもねぇ俺だ。自分のやってたことが返ってきただけだろ、情けねぇやつだよホント」
まるで自嘲するかのように呟いて肘をついたカイムに、なんと声を掛ければいいのかわからずルドーがエリンジと視線を交わす中、ズンズンとリリアが進んでいったと思ったらスパァンとカイムの頬を叩いた。
ルドーとエリンジ、イスレ神父も面食らう中、カイムも流石にリリアに叩かれると思っていなかったのか、頬を赤くした状態で叩かれたために横を向いていたカイムは、目を丸くして呆然とゆっくりリリアの方を向いた。
「何のためにクロノさんが一人で宿に戻っていったと思ってるの! 自分に悪意を全部向けてライアちゃんたちを安全にするためでしょ! そこまでしてくれたっていうのに、クロノさんの気遣い全部無駄にして台無しにするつもりなの!?」
肩を怒らせ、荒い息遣いで一気に捲し立てたリリア。
リリアの叫びを聞いたカイムは未だ呆然としているが、その様子を見てリリアはさらに頭に血がのぼるように顔を赤らめる。
「私たちよりクロノさんと仲いいと思ってたのに、そんなことも分かんないの! 情けないっていうのだけはその通りだね! 褒めてあげる!」
「リリ、わかった、わかったから落ち着け」
ルドーは荒れ狂っているリリアの両肩を押さえて一旦カイムから引き離す。
落ち着かせるように視線を合わせて両肩を優しく叩けば、荒く肩で息をしていたリリアは少しずつ息が落ち着いていく。
落ち着いてきたリリアは今更自分が言った言葉に動揺するかのように視線を彷徨わせた。
「……ごめん、言い過ぎた」
「いやいい、なにも間違っちゃいねぇよ……」
頬を赤くしたまま反省するように下を向いたまま静かにカイムがリリアに返す。
リリアの言葉に思う所があったのか、差し出された牛乳をちびちび飲みながら、身を縮めるようにしていた三つ子の方にカイムは向いた。
「ライア、レイル、ロイズ、怖がらせて悪かった。この後どうしてぇよ」
「……クロねぇはもう一緒に来ないの?」
「今日は無理だ。でも楽しんできて欲しがってると、思うぞ」
はっきりと確信が持てないのか、カイムは曖昧ながらも不安そうなライアにそう返した。
その言葉に落ち込むように下を向いたライアに、レイルとロイズもライアを見て心配そうに顔を見合わせている。
落ち込んだライアにルドー達がどう励ませばいいか悩んでいる中、イスレ神父がライアの前に来て視線を合わせるようにしゃがみこむ。
「こういうのはどうでしょう、お土産をたくさん買って、たくさん楽しんで、たくさんその話を聞かせてあげるんです」
「……お土産とお話?」
「はい、物凄く楽しんできて、こんなに楽しかったんだぞ、と彼女に伝えるんです。一緒に行かなかったことを後悔して悔しがらせるんですよ。悔しくてまた一緒に来てくれるくらいに」
「また一緒に来てくれるみたいに……」
イスレ神父の話に、ライアはきょとんとした後考え込むように繰り返した。
その様子を見たルドーとリリア、エリンジも肯定するように続ける。
「そうだよライアちゃん、お土産いっぱい買って自慢しちゃおう」
「だな、たくさん話聞かせて悔しがらせてやろう」
「宿に一人居た事を後悔させればいい」
「……わかった! いっぱいお買い物して自慢する!」
「悔しがらせるんだね!」
「とっておきのものを買っていっぱい悔しがらせる!」
ルドー達の続いた言葉にイタズラ心が刺激されたのか、ライアとレイルとロイズが目をキラキラさせながら何をすればクロノが悔しがるか作戦会議を始める。
あれだけ勝手にやったんだ、これくらいの応酬は甘んじて受け入れて欲しいとルドーも思った。
あれこれイタズラするかのように笑いながら話し始めた三つ子の様子を見ていたカイムが、敵わないとでもいうように顔を逸らしながら頭をかいた。
「……ほんとなんからなんまで、情けねぇな。悪い」
「いいって別に。あんなの動揺すんのも仕方ねえって」
『安全性考えるならああいう考えになるのも無理ないわな』
「困っている人を助けるのは本望です。構いませんよ」
「となると落ち着いた後次はどこに行くかだよね、でもさっきのお土産屋さんの屋台はもう厳しいしどうしよう」
リリアが笑って話している三つ子を見て微笑んだ後、首を傾げてどうしようかと悩む。
エリンジも考えるように腕を組み始めた所で、ルドーはそういえばと一つ思い出したことがあった。
「屋台じゃない店に行くのはどうだ?」
「商店の店内か」
「そっちなら派遣された従業員も多いから、住民とは空気がまた別かと思ってよ」
オリーブに言われた、サンフラウ商会の商店をルドーは思い出していた。
サンフラウ商会はクロノがばら撒いていたという不祥事の情報は一切ない。
つまり魔人族の誘拐に全く関与していないので、関連施設の襲撃が全くないのだ。
エレイーネーから襲撃原因が発表された今なら、身に覚えのない従業員たちからはそこまで警戒されないのではとルドーは考えたのだ。
「人間の世情に俺はあんま詳しくねぇ、安全そうなら、任せる」
「いいのか?」
「何も知らねぇ俺が考えたってどうにもなんねぇだろが。んならてめぇらの方が髪の毛一本マシだ」
カイムが珍しくこちらの意見に任せる旨を発した。
褒めているのか貶しているのかわからないカイムの言葉に、声を掛けたエリンジが混乱するように無表情に疑問符を浮かべている。
その様子を見てルドーはリリアと顔を見合わせて二人一緒に笑った。
「カイムの髪の毛一本分なら大分マシってことだな」
「んな事言ってねぇ」
『素直じゃねぇなぁ』
「エリンジくん、大きめの商店の場所分かる?」
「近場に一つある」
「心配なので一応行きに同行したいのですがよろしいですか?」
「こっちとしてはその方が心強いけど、カイム?」
「好きにしろよ」
ほとぼりが冷めるまで待ってから、エリンジの案内で大きめのサンフラウ商会の商店に行くことになった。
時間を潰すために紙とクレヨンを渡された三つ子が各々好きに落書きする様子をルドー達は眺め、描いたものを見れば昨日あった出来事を各々絵に描いているようだった。
楽しそうに何を描いたかをそれぞれ伝え始める三人に、連れてきて良かったとルドーは心底感じ、カイムの方を見れば初めて優しそうな表情をしていることに気付いた。
微笑ましく見ていたイスレ神父が、教会に飾ってもいいかとライアたちに言えば、嬉しそうにしながら描いた絵を渡している。
そうやって一、二時間程時間を潰してから、ルドー達はサンフラウ商会の商店へ向かう。
外に出て歩けば、時間が経ったためか先程までの不躾な視線はマシになっていた。
それでもヒソヒソと小さく囁くような声は聞こえてきたが、大人のイスレ神父が一緒にいたためか、それとも先程イスレ神父が発した言葉のおかげか、先程の言い聞かせる様な大きなヒソヒソ声までは聞こえてこなかった。
日本家屋風の建物が立ち並ぶ、相変わらず赤提灯が吊るされた少し大きめの通りで人が多い。
そんな広めの通りの一つに、サンフラウ商会の大きめな商店が一つ建っていた。
街の雰囲気に合わせた古風な日本家屋の様な黒い瓦屋根に白地の壁、真っすぐ縦に伸びた木材の柱が見える。
大通り側の壁一面が大きな入口になっていて、そこから店内の様子も少し見える。
人の多い入口から中に入れば、制服を着た従業員らしき人々からいらっしゃいませと明るく声を掛けられた。
建物の雰囲気や外との景観を壊さない様に、使い古されたような黒い木材質な店内は、入って正面奥の壁が在庫置き場になっているのか、下から上までびっしり引き出しになっており、両側の壁はくり抜くような形の棚になって様々な商品が置かれ見ているだけで楽しい。
見下ろすような木製の陳列棚が空間に置かれ、広々とした空間に陳列棚の間に通路に沢山の観光客が楽しそうに商品を眺めて話し合っている。
「ねーねールドにぃこれなに?」
「うーん、なんだろうこれ」
すっかり調子を取り戻したライアが、色とりどりにキラキラ光る小さな丸フラスコのようなものを持ってきた。
小さな棒付き飴のようにも見えるそれに見覚えないルドーは悩んでエリンジの方を向いたが、エリンジも分からないのか無表情で返してくる。
「これはガラス笛ですよ、この先を吹いて音を出すんです」
みんなで悩んでいると店員がやってきて、お試し用のものらしき一つを取り出して見本のように吹いてくれる。
風鈴みたいな音でも出るかと思ったら、不思議なポンポン弾ける様な音がそれから奏でられ始めた。
「ふああ! 綺麗な見た目で面白い音! これ買っていい?」
「あー、金ねぇんだわな……」
「俺が払うよカイム」
先程の二の舞を警戒して回数券を使えなくなったカイムが困っているのでルドーが横から代金を払う。
申し訳なさそうな顔をされるが、これくらいお安い御用だと言えば首を振られた。
手にしたガラス笛をポンポン吹き鳴らし始めたライア。
それを見た周りの人たちもなんだなんだと集まり始めたのでいい集客になっている。
「ねーこれは何?」
今度はレイルが箱に沢山詰められているお土産用の食べ物コーナーの一つを指差す。
丸くて茶色い見覚えのあるそれに、ルドーが近付いて商品名を確認して確信に至った。
「うわ、温泉饅頭まであんのか」
「まん……なに? お兄ちゃん」
「甘いお菓子だよ、確か温泉の蒸気で蒸すんだっけ?」
「良く知っているな、感心する」
「えーと、そりゃどうも……」
前世の記憶の影響で覚えていたものだが、自領の勉強しているとエリンジに感心するように勘違いされてルドーは誤魔化すように曖昧に返す。
説明を受けたレイルが甘いお菓子と聞いて興味深そうに眺めている。
味が想像できないので躊躇している様子だったレイルに、店員が近付いてきて一つ開け、試食で渡せば飛び付いて食べ、とても美味しそうに顔を綻ばせた。
「僕これがいい! 持って帰ってみんなで一緒に食べられる!」
「なるほど、そういう考え方もある」
レイルの言葉を聞いたエリンジがカイムに確認も取らずに勝手に温泉饅頭を買い上げてレイルに渡した。
レイルが喜んでそれを受け取っている中カイムが驚愕して変な声を出しながらエリンジにしどろもどろになっていたが、エリンジは意に介さず何を言われても無表情でいる。
その後ろで試食をしていたレイルの表情に温泉饅頭に行列ができ始めていた。
「……ロイズくんどうしたの?」
「えっ!? えーとえーと……」
土産物の置物の前をうろうろしていたロイズにリリアが声を掛けていた。
昨日の劇で見た話がモチーフになっているのか、小さな指人形くらいの大きさの可愛らしい置物土産が階段状の飾りに置いてあり可愛らしい。
ロイズは誤魔化すように言葉を濁しているが、チラチラとその人形に興味をひかれて視線を何度も投げていることが隠し切れていない。
昨日の力比べや戦いごっこが好きな様子からやんちゃな奴だと思っていたが、力比べで手に入れた大きなぬいぐるみを男子部屋にいる間ずっと抱いてニヤニヤしていたのをルドーは思い出した。
昨日のあれは力比べではなく人形が目的だったようで、どうやらロイズは可愛い人形系統が気に入っている様子だ。
しかしそれが周囲に知れ渡るのは恥ずかしいのか、言いにくそうに視線を彷徨わせた後、カイムの後ろに行って髪に突っ込むように隠れてしまった。
「あぁ? ロイズどうした?」
「わー、これ可愛いなぁリリー」
「え? あ、あー本当だねー可愛いねー」
カイムの髪の中に突っ込んでうじうじしているロイズを見て、ルドーはわざとらしくロイズが見ていた小さな人形セットを指差しながらリリアに言えば、最初こそ不思議そうにしていたがルドーが視線を何度かロイズに向けると察したようで合わせてくる。
エリンジとカイムが不思議そうにそれを眺める中、ルドーはその人形セットが入っている箱を二つ掴んで購入する。
「リリー、これ一つどうだー?」
「ありがとうお兄ちゃーん、あれー、間違って一つ多いよー?」
「あれー、ほんとだなー、金払っちまったしどうしよっかなぁこれー」
リリアに箱を一つ渡した後そう言ってルドーがちらりとカイムの後ろを見れば、髪の中からロイズがこっそりとこちらを覗き込んでいる。
「間違って買っちゃったからなぁー、ロイズー、これ貰ってくれないかなー」
「えっ、えーと、こんなかわいいの間違えて買っちゃったの?」
「そうなんだよなぁーおにいちゃん困ってんだよなぁー、ロイズが貰ってくれたら助かるんだけどなぁー」
「こ、困ってるならしょうがないなー、仕方ないから貰う!」
ルドーとリリアの様子にカイムも察したのか、隠れた髪から出てきたロイズをまじまじと見ながら頭をぼりぼりかいている。
エリンジは未だよくわからないのか無表情に疑問符を浮かべていた。
仕方ないなという体をしながら受け取りつつも、嬉しそうな表情で箱を眺めはじめたロイズを見て、ルドーはリリアに掌を差し出して二人でパンと手を叩き交わした。
「問題なさそうですね」
「イスレさんすんません、仕事もあるだろうに」
商店に来てからもずっと入口辺りから様子を見ていたイスレ神父がルドー達に近寄ってきた。
三つ子がさらに他の商品を物色し始めた中、周囲の様子も問題なさそうだと眺めて頭を下げる。
「こちらがしたくてしたことですから。しかしそろそろ時間なので申し訳ありませんが先に行かせてもらいます」
そう言って手を振り始めたイスレ神父に、全員でお礼を言って手を振り返す。
イスレ神父と別れた後、三つ子に土産を買い漁って荷物が増えてきたあたりで、店員が配達しましょうかと提案してきた。
宿まで近いとはいえ、食べ物や壊れやすい置物などもあったのでありがたく利用させてもらう。
エレイーネーではなく泊まっている宿に配達指定したのは、ライアたちがクロノに土産を自慢出来る様にするためだ。
手が空いて一息ついたところでレイルがお腹が空いたと言い出し、同意するようにライアとロイズの腹が鳴った。
エリンジにいい場所がないかと聞けば近場に家族食堂があるそうなので、全員でそこに向かおうと店舗から外に出た瞬間だった。
『……なんだこのでかい反応は、おい! 全員気を付けろ!』
突然聖剣が大きくビリついて叫んだと思ったら、地面が轟くような轟音と共に激しく揺れる。
悲鳴が辺りに響き渡り、転びそうになる三つ子をカイム、エリンジ、ルドーがそれぞれ抱いて対処する中、何事かと周囲を見渡していたらリリアが叫んだ。
「お兄ちゃん! あれ、山が!」
指さして叫んだリリアに追従するようにルドーがその顔を向ける。
リンソウの街からも見える、少し遠くにあったレフォイル山脈。
噴火するはずのない、火山ではないただの岩山が、根元から抉れるように瘴気の様な黒い煙を上げながら激しく爆発していた。
 




