第八十九話 放たれる封印、勇者の奮闘
レフォイル山脈の麓に何が埋まっているか、近場のリンソウに住む住民で知らない者はいない。
爆発した山を眺める人々の顔が、ゆっくりと驚愕から恐怖に変わっていく。
「享受するのです!」
爆発に続く轟音に人々が静まり返る中、大きな声が響いて人々はその方向にゆっくりと視線を移す。
街の遥か上空に人が一人浮いている。
骨が浮いているのが見えるほど恐ろしく細くガリガリの容姿に、髪が薄いのか、長い割に量の少ない銀髪が上空の風に靡いている。
飾り気のない簡素な深緑のチュニックワンピースが、風に靡いてガリガリの身体をさらに強調するかのように浮き出して。
骸骨のように痩せて骨ばったその顔にいっぱいの歓喜を張り付けて、髪と同じ銀の瞳が爛々と輝いていた。
空中にいるその女性は、大きく両手を広げて天を仰ぎながら、拡声魔法でさらにその声をリンソウの街中に伝え始める。
『自然の美しさを、その身をもって享受するのです! 人の手によって四百年もあらぬ姿に縛られ続けた悲劇の山々に、そのあるべき姿に戻った美しさに平伏するのです! あぁ、なんてひどいことをしてしまったのでしょう、もっと早くこうするべきだったのです! さぁみなさん、自然を支配できるなどという人の傲慢さを捨てて、ありのままの自然の美しさに涙し、その姿を目に焼き付けましょう!』
「お前があれをやったのか!」
エリンジがそう叫んで空中に漂う銀髪の女性に虹魔法をすかさず叩き込むが、当たるより先に女性は転移魔法でも使ったのか消えていなくなってしまう。
意図的にレフォイル山脈の封印は解かれた。
それが分かったリンソウの民衆が一斉にパニックを起こす。
そこかしこから大量に悲鳴が響き始め、全員が我先に逃げようと周囲の人々を押し倒しながらレフォイル山脈と反対方向へと走り始める。
「チビども離れんな! おい、安全なんじゃなかったのかよ!?」
「あの魔物の脅威を知っているこの国の人間ならまずあそこを攻撃などしない! 王家が守っている麓に赴いて意図的に封印を破壊するなど想定外だ!」
『人の波が多すぎてこのままじゃガキどもが危ねぇぞ!』
「カイム、三人集めろ! リリ!」
「ライアちゃんレイルくんロイズくんこっち!」
カイムが逃げ惑う人の波から怯え切っている三人を守るように強化した髪を広げる中、リリアが即座にその近くに寄って結界魔法を張る。人の波はなんとか結界魔法を避けるようになった。
「お兄ちゃん! 山から飛んできた岩が!」
結界を張って少し安堵した表情をしたリリアが、正面に気付いて指差して叫ぶ。
まるで花火が打ち上げられた時の様な風切り音と共に、五メートルほどの噴石が次々と街に降りかかってきた。
『このままじゃ街ごとぺちゃんこだぞ!』
「くっそ、おらぁ!!!」
ルドーがすかさず聖剣を抜いて破壊しようと振り上げたが、放たれた雷閃は噴石に当たって破壊したものの十数センチの噴石に変わり人々に降りかかろうとする。
「あほかてめぇ! あそこからここまでだとそのサイズでも脅威だろうが!」
人々に砕けた噴石が当たる寸前でカイムが結界魔法の中から大量に髪を伸ばして掴みとり、そのまま粉々に砕いて地面に払い落とす。
その周囲で助けられた住民が呆然とカイムの方を見ていた。
「わっるい助かった! くっそまだ来るぞ逃げろ!」
『緊急事態発生につき全員街の住民の救助と避難誘導! 降りかかってくる岩に注意しろ! 破壊できるやつは破壊して被害を最小限にするんだ!』
ルドーがカイムに礼を言った後まだ次々と降りかかってくる噴石に呆然としていた住民に声を掛けて逃がしている中、ネルテ先生から通信魔法が入った。
宿の方角で緑に光る大きな両手が現れ、一際大きな飛んでくる噴石をキャッチしてそっと降ろそうとしているのが遠目に見えた。
「粉々に破壊するか一旦止めた後安全な場所に降ろせ!」
ネルテ先生の魔法を見たエリンジが叫ぶ。
ルドーがその指示に従うように粉々に砕けるイメージで雷閃を次々放てば、極太の雷が自動追尾するようにグネグネと曲がり、噴石に当たった傍から粉々に消え去っていく。
山の麓、街五つが入るほどの広範囲が破壊された噴石だ、広範囲に広がっているもののリンソウに飛んでくる数だけでもかなりの量があった。
ルドーは聖剣を振るい続けて雷閃で次々と噴石を粉々にし、エリンジも虹魔法の威力を調整して正確な位置に当てて、人に落ちそうになっている噴石を逃げて人のいない場所に軌道を逸らして落下させ、カイムも飛んでくる噴石を髪で縛り止めた後安全な場所に降ろしたり人に被害が無いよう粉々に粉砕していく。
「結界魔法を張りました! 皆さん一旦ここに避難を!」
リリアがさっき出てきたサンフラウ商会の商店に結界魔法を張った。
店員たちも異常事態を察知して木材の陳列棚を慌てて奥に退けて、人が一人でも避難できるように空間を広げている。
しかし観光客も多く、道が混雑するほどの人数、すぐに人で埋め尽くされていった。
大きな氷が蜘蛛の巣のように拡散して張り巡らされて噴石を次々止めているのが建物の向こう側から見え、また別方向では大きな炎と風が飛んでくる噴石の勢いを殺すように放出されるのが見えた。
リリアと同じように別場所で建物に対して結界魔法が張られているのも見える。
大きな植物の蔓が生えて、巻き付けるように噴石を何とか止めている様子が確認でき、大きな土の壁が生えてそこに噴石が溜まるように周辺にも土の壁が生えていた。
「落ち着いてきたか?」
『……気を付けろ、なんかデカいのが来るぞ』
落ちてくる噴石がようやく数を減らしてきたと感じてきたルドーに聖剣が低い声を出した。
地響きのような音と共に、山側にあったリンソウの建物が崩れていくのか、土煙が上がっていく。
魔の森の外の魔物は人を襲おうと近付いて来る習性がある。
地面が大きく盛り上がって割れて、地面の下に潜った大きななにかが近付いてきているようだった。
人が多く避難しているサンフラウ商会商店、ルドー達の集まっている大通りの近くで、その地面が大きく割れて、大通りの両脇の建物をそれぞれ巻き込みながら下にいた何かが這い出してきた。
かつて遺跡の地下で見たような、見たこともないほどの大きさの規模の巨大な蛇の頭が地面から這い出してくる。
チロチロと黒い舌を出して、縦に長い瞳孔をぎょろりと回して首をもたげるようにゆっくりとこちらに向いてきた。
その頭だけでも大通りよりずっと太い、ズルズルと地面から這い出してくるそれはいくらなんでも大きすぎた。
『聞いてた話にしては小せぇな』
「いや十分でけぇだろあれ!」
「四百年地中で埋まり続けた。倒せずともそれなりに弱っていたという事か」
「おい! おい! 聞いてんならこっち来てくれって! こんなサイズ対応できんのてめぇだけだろ!」
怯え切って泣き叫ぶ三つ子にしがみ付かれながら、リリアが張った結界の中でカイムが必死に髪で通信魔法をかけている。
かつて遺跡で超規模魔物を即座に倒したクロノに助けを求めているようだが、それを見てルドーは気付いた。
先程見たネルテ先生の魔法の拳の方角から、宿にいるはずのクロノのその手の戦闘音が聞こえてきていない。
「あいつは自力で通信できんぞ!」
「知ってらぁよ! くそが、いつもなら言う前に勝手に出てくんのに!」
『来るぞお前ら構えろ!』
エリンジとカイムが言い合っている間に聖剣が叫ぶ。
こちらに狙いを定めた大蛇が身体をくねらせて周辺の建物を破壊しながら物凄い勢いで迫ってきていた。
このままだと突っ込まれただけで壊滅的な被害になる。
急いでルドーは聖剣を振り上げ、止まれと念じながら振り下ろす。
空中から大量に雷閃をぶち当て、エリンジも最大火力の虹魔法をぶつけて周囲一帯を吹き飛ばすほどの威力で大量に爆発させているが勢いが衰えない。
カイムが髪を強化させた後大量に伸ばして蜘蛛の巣のように広げ、なんとか動きを止めようと絡ませるが、大蛇のくねるような動きで滑るのか、若干動きが遅くなったものの止めるに至らない。
人が百人は軽く一口で丸吞み出来る様な牙だらけの大きな口が開いて迫ってくる中、その口に向かって雷閃を大量に叩き込むも無情にも飲み込まれていくだけで、ダメージは与えられているものの致命傷に至らず中から貫いた身体がもごもごと再生していく。
「この街で好き勝手するな!」
大きな声が聞こえた刹那、大量の太刀風が舞った。
正面に迫っていた大蛇が恐ろしい勢いで上空に吹き飛ばされる。
ルドー達が呆然とそれを眺めるように見つめていると、商店の屋根から男が一人ルドー達の遥か前に飛び降りてくる。
身長と同じほどの真直ぐな両刀の剣を片手に、穴だらけでボロボロの灰色の旅人服、白髪まみれの髪が角のように後ろに二本生えた男の後ろ姿が目に映し出された。
「ムスク!?」
「下がっていろ新人」
驚愕の声を上げたルドーの前で、ゆっくりと剣を構えたムスクから強烈な迫力を感じて自然と声が消える。
目を開けていられない程の辻風にその場の全員が両手を前に出して身を守る中、轟音が響き続ける。
ルドーが薄らと目を開ければ、まるでサッカーボールをリフティングでもしているかのように、あの大蛇を剣の一振りで上空に巻き上げ続けていた。
一撃一撃が信じられないくらい強烈で、上空にあがっては落下してを繰り返す大蛇の身体を少しずつ削っていくが、それでも致命傷に至ってはいないようだ。
「な、なんだあいつ……」
「ムスクか、この国の今の勇者だ」
『こっわ、あの酔っ払いこんな強かったのか』
目の前の絶する光景にカイムが当惑するように呟いた言葉に、エリンジが警戒するよう構えたまま返す。聖剣が身震いするようにバチリと雷を走らせた。
致命傷に至らずとも、商店にいる周辺の人々から遠ざけようとしているのか、ムスクの一振り一振りで少しずつ遠くに吹き飛ばされていく大蛇、そしてそれと一定間隔を保つようにゆっくりと慎重に足を進めていくムスク。
ムスク本人から発せられる気迫だけで、ルドー達は立ち竦むほどの圧倒的な圧だった。
「……滅さんか、なら使う他あるまい。一撃必殺、斬滅剣!」
ムスクがそう叫んだ瞬間、辺り一帯の魔力が一気に渦巻いて集まる。
あまりの空気にのまれ、ルドーは全身鳥肌が立った。
真白に光り輝く両刀の長い剣の切っ先が、狙いを定めるかのように大蛇に向けられるのがやたらゆっくりと見える。
そのまま横に引くように、ムスクが目に見えぬ速度で剣を振るう。
一陣の風が周囲を襲い、悲鳴が上がって全員が吹き飛ばされない様に身体を硬直させている中、耳を貫く轟音が上がり、大蛇が撃ち抜かれる様に大きく丸く割かれた。
そのままボロボロと崩れるように粉々になっていく様を街中が息を殺して見つめる中、バタンと倒れる音がしてルドー達が正面を向くと、ムスクが突っ立っていた状態のまま倒れたのか、うつ伏せで大の字になっていた。
「えっ、ちょっ急にどうした!?」
「役職デメリットだ。メリットでどの規模の魔物も一撃必殺する代わりに、規模に比例した日数動けなくなる」
「なんだそりゃ……」
自国の勇者の為詳しいのか、エリンジの説明にルドーとカイムは項垂れる。
周囲の人々が大蛇を倒せたのかと半信半疑の顔が徐々に安心した表情に変わっていく中、倒れたままのムスク。
あんなに強かったのに、なんとも締まらない。
四百年封印され続けた大蛇は倒された。
その事実をようやく噛み締めたリンソウの街から一斉に歓声が上がり始める。
人々が次々とムスクの方向に走り寄っては、倒れたままの彼を担ぎ上げてわっしょいわっしょいと胴上げをし始めた。
「やめてくれ……動けないんだ……落ちても身構えられない……助けて……」
伝説的な働きをしたはずなのに、何とも情けない声を上げながら民衆に胴上げされているムスクをルドー達はただ呆然と眺め続けていた。
「さっきは悪かったな坊主たち、これサービスだ受け取ってくれ」
その後、ルドーはエリンジとカイムが修繕魔法を使って破壊された街の建物や道を直すのを、安心しつつもまだ少し怯えている三つ子と一緒にいるリリアと共に眺めていた。
すると髪で建物の壁を直していたカイムの方に男性や女性が十数人、申し訳なさそうな表情で集まってきたと思ったら、手に持っていたものを差し出してくる。
「これさっきの土産物屋台の……」
意味が分からず二度見していたカイムの方にルドーが三つ子をリリアに任せて近寄ると、先程の土産屋台でライアたちがそれぞれ手に取っていたカラフルな木彫りの置物だった。
ルドーがそういえばカイムもようやく思い至ったのかルドーを見た後またその手にある置物を見て、それを持っている屋台の店主らしき男性やその周囲の女性を見渡して困惑の表情を浮かべる。
「あんたたちが助けてくれなきゃ、俺達今頃岩に押しつぶされてぺしゃんこだ」
「噂ばっかり気に掛けて、目の前にいる相手を見てなかったよ」
「思い返せばあそこの子どもたち、楽しそうに見てくれてたもんな、悪い事した」
「本当に手前勝手だけど、謝るよ。だからまた見に来てくれないか?」
さっきの土産物の屋台街で、カイム達に猜疑的な声を上げていた人たちだった。
口々に謝罪を言われた後、助けてくれてありがとうと次々言われ、カイムはどう返せばいいかわからない様に視線を彷徨わせて口を開けたり閉じたりしている。
「……ごめんなさい」
小さい声にルドーとカイムが横を振り向くと、先程果物ナイフを持って襲ってきていた少年だった。
カイムが一瞬警戒するように顔を強張らせたが、ルドーが見る限り先程の暴れる様な様子もなく、今にも泣きそうな顔で、カイムに向かって震える声を必死にあげる。
「まものもどきなんて言って、ごめんなさい。怪我させようとして、ごめんなさい。ごめんなさい……」
両手で服の腹辺りをぎゅっと握りしめた少年は、そのまま大きな涙をボロボロと落とし、鼻水を垂らしながらカイムに向かって謝ってきていた。
ルドーが周囲を見渡しても、先程の母親は見当たらない。
何故礼を言われているのか思い当たらないというような表情のカイムと一緒にルドーも困惑していると、リリアが三つ子を連れたままそっと近づいてきた。
「さっきカイムくんが大岩を何度か止めてた時、下にいたのよその子」
ルドー達三人は降ってくる大岩を何とかするのに夢中で上ばかり見ていたが、結界魔法を張っていたリリアにはその下にいた少年が見えていた。
恐怖で身がすくんで尻もちをついたまま動けなくなっていた少年に振ってきた噴石を、カイムが髪を使って止めて助けていたのだ。
母親に言われるがまま果物ナイフを持って襲った相手に死ぬところから助けられた。
周囲の大人がカイムに助けられて謝っているのを見た少年は、今になって自分が何をしようとしていたのかようやく理解した様子だった。
少年は涙を何度も拭うように手の甲で目をこすりながら、リリアと一緒に歩いてきていたライアに向かっても頭を下げる。
「ごめんなさい、悪いことして、ごめんなさい……」
「……うぅん、もういいよ。元気出して?」
下を向いて泣きながら謝り続ける少年に、ライアは怯えていたのも忘れてそっと近寄り、慰めるように少年の肩を撫でた。
少年はゆっくりとライアの顔を見るように顔を上げて、口をゆっくり綻ばせたライアを見た瞬間、上を向いて大きく泣き始めた。
恐怖と罪悪感でぐちゃぐちゃになった様子の少年を、カイムはしばらく呆然と眺め、しかしライアがそのまま慰めるようにしょうがないなぁと言いながら肩を撫でる様を見て、ゆっくり正面にいる人々に向き直る。
「まぁ、いいってことよ。やってきたこともある、お互い様だ」
カイムの返答に、住民たちは口々にその健闘を称え始めた。
その手にカラフルな木彫りの置物を渡され、店に寄ったらサービスすると次々と言われながら背中や肩を叩かれて、何とも複雑そうな表情のカイムに、ルドーとリリアは顔を見合わせて安心するように息を吐いて笑い合う。
『とりあえずもう大丈夫そうだな』
「あの子、親とはぐれちゃったのかな」
「まぁあの母親と一緒じゃ碌なことにならなさそうだし、一応保護しとくか……エリンジ?」
ルドーが相談しようとエリンジの方を振り向くと、通信魔法を聞いているように耳に手を当てたまま固まっているエリンジがいた。
そのまま放心するようにこちらを認識していないエリンジは、ゆっくりと振り返ってそのまま走り出す。
「エリンジ? おい、エリンジ!」
らしからぬ行動に不安を覚えたルドーが大きく呼びかけたが全く反応がなく、そのまま走り去っていくエリンジに思わず手を伸ばして大声をあげた。
ルドーの叫びにリリアとカイムが反応するように振り向き、修繕魔法が終わったのもあり、先に追うように口々に言われる。
走り去っていくエリンジを見失わない様に、ルドーは二人に応えるように頷いた後足早にその後を追いかけ始めた。




