第八十七話 筋違いな意趣返しと囁き
翌朝起きればのぼせていた三人は回復していた。
フランゲルはまだ苦しそうに腹を押さえていたが、悪いのはそっちなのでルドーは謝罪する気は一切ない。
ルドーが朝のあいさつ代わりに睨み付ければフランゲルは小さく悲鳴をあげた。
さらにルドー達男子が廊下に出て朝食に向かえば、途中で合流してきたアリア以外の女子からフランゲルは総スカンをくらった。
まぁ自業自得だが、アリアが味方なだけまだマシな方だ。
味方ではいるが、アリアの対応はいつもより大分冷たそうだが。
未遂に終わったヘルシュとウォポンも女子たちから冷たい目で見られている。
三人とも結構応えている様子なので是非これを機に反省して欲しい。
「リリ、なにしてんだ?」
「……なんでもない」
下を向いて少し落ち込むように溜息を吐いていたリリアにルドーが合流して声を掛けるがどうにも元気がない。
ルドーが心配して尚も詳しく聞こうとしたら平手打ちが飛んできてスパンと叩かれた。解せぬ。
レイルとロイズを引き連れて出てきたカイムもリリアの後ろにいたライアと合流したが、クロノを見た瞬間真っ赤になってそっぽを向いた。なんだどうした。
カイムの反応にクロノは訳が分からなそうに腕を組んだまま首を傾げていたが、結局諦めたように肩をすくめてさっさと先に朝食に行ってしまった。
「エリンジ、昨日ネルテ先生と何話してたんだよ」
「今日親父がこっちに来るらしい。それで色々話していた」
「親父さんが? なんでまた」
「所用だ」
「ふーん、じゃあ今日どうするんだ?」
「親父が来るのは夕方だ。それまでは気にする必要もない」
「そんじゃあまた適当に回るか」
子連れ向けと昨日エリンジが説明していた通り、栄養バランスのいい子どもでも食べやすいワンプレートの朝食を一緒に食べた後、特に予定もないので昨日と同じようにライアたちと一緒に回ることにする。
他のみんなそれぞれ行きたいところがあるのか、集団でバラバラに向かう中、ルドー達は特に行きたい場所を事前に調べていたわけでもなく、温泉とお土産以外に特に観光場所もないリンソウの街をぶらぶらと歩く。
人混みも昨日と同じくらい混雑しているのでライアはリリアと手を繋ぎ、レイルとロイズは昨日の事もあって大人しくカイムの髪を握っていた。
「カイにぃちゃ、朝からどうかしたの?」
「どうもしねぇ、ほっとけ」
朝からどうにもカイムが赤くなったりあちこちに顔を動かしたりと挙動不審だが、誰が訊ねてもこう返すので原因は分からない。
昨日ののぼせた後遺症でもあって無理でもしているのだろうか。
少し心配になったルドーがカイムの様子を見るように眺めていたら、下からライアが足をべしべし叩いて来る。
「ねーねールドにぃあれなに?」
「ん? でっけぇなんだあれ」
「えーっと、蝋燭だね。お土産用かな」
「蝋燭? これが?」
まるで彫刻の人形のようにいろんな色が付いたステンドグラスの置物の様なものをライアが指差し、リリアに言われてルドーが近くでまじまじと見てみれば、火を灯す紐が上から伸びていたので確かに蝋燭のようだ。
「うーん、火を使うからライアにはまだ早いか?」
「えー!? 綺麗なのに」
「つっても火を付けて使う奴だしなぁ」
「そんならダメだ、見てねぇうちにぜってぇやる」
「危険だ」
「大きくなったらね、ライアちゃん」
「えー!?」
「あっちの木彫り飾りならいいんじゃない?」
どうやらこの辺りはお土産の屋台が沢山集まった場所らしい。
後ろから付いて来ていたクロノが指した方向をルドーが見れば、同じようにカラフルな木彫りの人形や装飾が沢山並べられた屋台が目に入ってきた。
三つ子が一斉に走り出してリリアとカイムがぐいぐい引っ張られていく。
どれにしようかと三人が色々物色していると、店主らしい太ったおっさんからまた不躾な視線が飛んでくる。
街にいる間はずっとこの調子が続くのだろうか。
『あん? 魔力じゃねぇが……おい気を付けろ!』
背中に背負ったままの聖剣が唐突に叫んでピリついた。
ルドーが咄嗟に振り返った瞬間金属音が鳴ってカラカラと何かが落ちるような音がする。
クロノがライアの前で手を構えて何かを弾き落としていた。
それを見たカイムが慌ててライアの前に移動して威嚇するように警戒態勢を取る中、クロノに弾き落とされたものを目で追うように見れば、落ちた果物ナイフを前に、ライアたちと同じくらいの小さな男の子がこちらを睨み付けていた。
「えっ……子ども?」
「お前だろ! このまものもどき!」
リリアから驚愕の声が上がる中、憎しみのこもった罵声が男の子からライアたちに向けられた。
母親だろうか、中年の少しくたびれた旅行姿の女性が慌てた様子で男の子の横で平伏し始める。
「すみません! すみません!」
「なんだよ! こいつのせいでとーちゃんの工場が無くなって、とーちゃんともねーちゃんとも離れ離れなっちゃったんだぞ! 返せ! お前たちのせいだろまものもどき、返せ!」
子どもから放たれた言葉にカイムが愕然とした顔に変わったのが後ろにいるルドーからも見えた。
周囲からも一斉にヒソヒソと、その割には大きめな声で無遠慮に囁かれているのが耳に入ってくる。
「やっぱりあれって例の魔道具の施設攻撃してた?」
「昨日回数券使ってたそうよ、領主の人何考えてるのかしら」
「俺たちよりあの人たちの方を融通するってことか?」
向けられる声に、ライアたちが不安そうにカイムにしがみ付き始めた。
言われている言葉は分からないが、自分達が不穏な事を言われていることは空気で感じ取っているようだ。
カイムもライアたちと同じ年位の子どもからの家族を引き裂かれた訴えに、どうすればいいかわからないのか狼狽えるように動揺している。
「お、お兄ちゃん、これ不味いよ」
「親父の領地だ、説得する」
『いや、この様子だと今カイムたち庇っても悪化するぞ』
「だからってカイムたちもほっとけねぇよ。でもどうすりゃいいんだ……」
今目の前にいるこの親子はきっと、魔人族が襲撃した魔道具施設の関係者だ。
昨日クロノが予期していたように、その被害者と対面している。
カイムたちを連れてこの場を離れたとしても、この空気だと悪いことをしていたから逃げ出したなどとでも言われかねない。
街にそんな噂が広まったら、カイムやライアたち魔人族はこのリンソウの街を歩けなくなる。
庇う事も逃がすことも出来ず、ルドー達がどうすればいいかわからず狼狽えている間に、クロノが少年に近寄ったと思ったら襟首を掴んで高く吊り上げた。
周囲が動揺して騒めきが大きくなる中、ルドーは驚いて慌ててクロノを止めようと声を上げる。
「おっおい! やめろよクロノ何して……」
ルドーは近寄って止めようとしたが、クロノが来るなとでもいうように後ろ手を振って、エリンジとリリアと顔を見合わせて立ち尽くす。
トラブルは起こしたくないと昨日言っていたのはクロノ自身なのに、一体どういうつもりなのだ。
「魔物が何か分からない年じゃないよね。まものもどきだなんて、何言ってるのかわかってる?」
子どもを吊り上げたまま、かなり低い声でクロノは苛つくように告げた。
吊り上げられた子どもはその手から逃れようと暴れ、クロノの手を小さいなりに殴ったりけったりしているが当然ビクともしていない。
ライアたちに向けるものとは真逆のクロノの行動に、ルドー達は混乱し続ける。
「うっ、うるさい、だって、かーちゃんが……」
「だよねぇ、子どもにしてはやたら大きな果物ナイフ持たせて。自分の代わりに復讐させるのはさぞいい気分だった?」
そう言ってクロノが子どもを吊り上げたまま横で伏せるように謝っていた母親に顔を向け、つられる様にルドー達もその母親の顔を見て息を呑んで身がすくむように立ち尽くした。
先程まで伏して謝っていたはずの女性は落ち窪んだ目に闇を纏って、その顔はおぞましく歪んで唇を噛んでいる。
クロノの言葉と母親の様子から、どうやらただの施設襲撃被害者だという事でもないらしい。
「そうやって謝るなら子ども抱えて逃げるくらいしないの? こうやって反撃される可能性もあるのに。今だってそうじゃん、こんな目に遭ってる子どもの身の心配すらしないわけ?」
周囲に言い聞かせるようなクロノの少し大きな声が響いて、ヒソヒソとカイムたちの話をしていた周囲の人たちも女性の方に視線を向け始める。
クロノに向かっておぞましい表情で睨み付けている女性の顔がその目に入ったのか、周囲からも息を呑むような音が聞こえて喧騒が少しずつ小さくなっていく。
「親に懐いた子どもなら、まものもどきなんて吹き込まれれば平気で言うよね。子どもだったら刃物を向けて失敗しても許されるとでも思った? それとも自分ではやるだけの勇気もないから押し付けたの? 本心ではこの子止める気もないよね、謝る振りして動かないんだもの」
「うるさい! あそこにいるやつらが悪いんだろ、かーちゃんは悪くないんだ!」
どうやらあの母親がこの男の子に刃物を渡してライアに向かって攻撃させたらしい。
恨みを実の子どもに吹き込んで刃物を持たせるなんて何を考えている、頭がおかしい。
それが分かったからクロノは更に武器を持たせて同じ事を子どもにさせないようにするために母親からも手出しできない様吊り上げたようだ。
クロノの話を聞いていたカイムが舌打ちして、母親を心底軽蔑するように睨み付けている。
子どもはなおもクロノの手の下で暴れているが、当然クロノに効いている様子もない。
おぞましい表情でクロノを睨み付けていた母親は、そのまま視線を落とすように顔を下に向け、真っ黒な目でブツブツと呟き始める。
「私たちは何も悪くない……人じゃないんだよあんな見た目の……それなのに、勝手に情報掴んでばら撒いて……まるでこっちが悪者みたいに……私たちは何も悪くない……」
「……はぁ、なるほど。ただの巻き込まれた関係者じゃなくて加担してた元施設上層部なわけ。なら残念だったね、狙う相手が違うよ。情報ばら撒いたのは人間の私、魔人族じゃない!」
声を張り上げて周囲に聞こえるように大きく言ったクロノに、静まってきていた喧騒が戻る。
その場にいたルドーも、エリンジとリリアと共に驚いて目を見開いた。
とうとうクロノが自分で情報をばら撒いていたことを認めた。
「魔人族を隠れ蓑に情報を盗んであちこちばら撒いてたのは私だよ! 当然じゃん、人間じゃないとあの手の情報分からないんだから。見当外れの攻撃だったね! そんなんだから施設も潰されるし路頭に二人迷う羽目になるんだよ!」
「おっ、おい! 何言ってんだよてめぇ!?」
まるで煽るように、周囲に十分聞える大声で、伏せていたために座り込んでいる母親の上から言い放つクロノ。
すぐ後ろでライアたちを守るように警戒しながら少しずつ後ろに下がっていたカイムも困惑して叫ぶ。
クロノの足元で母親が恨みを込めるように、クロノの方を見上げて口を大きく歪めていた。
「何故あいつ急に大声であんなことを言い始めた」
「本当にわかんないの?」
『ありゃカイムたちに向いてる悪意自分に集める気だわな』
「でもあれじゃやり過ぎだ、おいクロノもういいって!」
ルドーが止めるように大声をあげて近寄ろうとするが、逆にルドー達を威嚇するかのようにクロノは子どもをさらに吊り上げて、苦しそうな子どもに思わず躊躇して足が止まる。
あくまでこの場で悪いのは攻撃してきた子どもとその母親だ。
母親の態度から見るに、明らかに悪意を持ってライアに攻撃してきたのはもう民衆にもわかるはず。
そうだと周囲に印象付ければいいだけの話なのに、大声で魔人族を誘導したと豪語してしまえば民衆の猜疑はクロノに向けられる。
エレイーネーの生徒であるクロノが魔人族に攫われていたことは、目撃情報を求めて手配書と共に各国に伝わっていた。
衆人環視の中エレイーネーの制服を着たクロノがこの場で高らかに実行犯は自分だと告げる事で、攫われていたことは隠れ蓑で、情報を集めてばら撒いていた実行犯だと周囲に印象付けている。
ばら撒かれていた情報は許されないような違法行為ばかりだったが、その情報を得るために魔人族を誘導していた人間がいたとなると、民衆の思考は施設襲撃の犯人が魔人族からクロノに移る。
きっとこの後も続く疑心をカイムたち魔人族から逸らして一身に浴びるつもりだ。
クロノの目的に気付いたルドー達がなんとか止めようと考えるが、突如として母親が落ちたままだった果物ナイフを掴んで、子どもを吊り上げたままのクロノの腹部に突き刺した。
思わず見ていたルドー達が大声をあげたが、クロノの腹部に直撃したはずのその刃は、まるで鉄の壁にでも当たるようにガキンと大きな金属音を鳴らして、刃先が綺麗に折れ落ちる。
魔法が使えないクロノは防御魔法なんて付けていないはずなのに。
「……この位置、この子に当たっても構わないって? ほんといい加減にしてよ」
地に響くような恐ろしく低い声で呟いたクロノに、攻撃が通じなかったのもあったのか、母親は折れたナイフを震えるように握りしめたまま、子どもも残して群衆に飛び込み掻き分けて逃げていった。
様子を見ていたクロノが呆れたように溜息を吐いた後、吊り下げていた少年も雑に手を放してドスンと落とし、逃げていった母親を追いかけるように少年も慌てて走り去っていった。
「あれエレイーネーの制服だよね」
「なに今の話、例の魔道具施設の襲撃ってあいつが仕組んでたって事?」
「でもさっきの親子も大分やばいよ」
「たしかにそうだけど、施設にいた関係ない一般人もたくさん巻き込まれたのは事実だろ?」
クロノの狙い通りとでもいうのか、喧騒は逃げていった二人ではなく、今目の前で大きな声で話された言葉に猜疑が向かい始めた。
あの親子よりも目の前で高らかに告げられた、魔道具施設襲撃の犯人の方が興味深いとでもいうように。
だがカイムたちに疑惑の目を向ける喧騒もやまない。
「ほんとにあの子に誘導されて襲撃しただけなの?」
「俺ならそんなの信じないね、破壊するのが楽しかっただけじゃないか?」
「あの見た目だよ、中央魔森林にいるらしいし、何してるかわかったもんじゃない」
疑心がまたカイムたちにも向かい始めて、今度こそルドーは怯えているライアたちと一緒にいるカイムの横に走った。
エリンジとリリアも後ろに続いて、疑心の声から隠すように三人で囲んでいると、突然喧騒の外から大きな声が放たれた。
「何をしているんですか! 魔人族がどんな目に遭っていたかはエレイーネーから発表があったでしょう! いつまで襲撃犯の扱いをしているんですか!」
群衆が驚いたように一斉に声の方向に顔を向け、ルドー達も聞いたことのあるその声に振り返る。
「いい加減にしなさい! いい大人でしょう、まだ小さい子どももいるのにみっともない!」
「……イスレさん?」
リリアがその姿に驚いたように呟く。
おかっぱ頭の聖職者、イスレ神父が人混みの中ズンズンと歩いてきていた。
「彼らがどんな理不尽な目に遭ったか想像も出来ないのですか! 自分の子どもや親兄弟、友人が誘拐されて酷い暴行を受けて、同じ言葉を言えるのですか! あなた達が逆の立場に立たされた時、誘拐して暴行を働いた施設を破壊するのを、思い留まることが出来るのですか!」
大きな良く通る声で問いかけるようにイスレ神父が訴えれば、周囲で大きめなひそひそ声で話していた大人たちはバツが悪そうな顔をして黙り込んだ。
そのまま散るようにそそくさと立ち去り始めた大人たちを、喧騒の中央に来たイスレ神父はじっと見渡した後、大きく溜息を吐いてルドー達の方に歩いてくる。
「すみません、怖くなかったですか?」
そう言ってライアたちの方に近寄って目線を合わせるようにしゃがみこんだイスレ神父。
ライアとレイルとロイズはそれぞれカイムの服にギュッとしがみ付いたまま、不安そうにしながらも少しきょとんとイスレ神父を見ている。
「……なんだよてめぇ」
カイムは先の今で警戒するように顔を歪めたままイスレ神父に噛み付くように唸ったが、イスレ神父はライアたちの前から立ち上がった後、少し頭を下げた後首を振った。
「勝手に代弁した事は謝ります。しかし今あまりここに留まってもいい思いもしないでしょう、ほとぼりが冷めるまで別の場所にいたほうがいい。教会に匿えますが、来ますか?」
「イスレさん、最初に会った時ボンブに攻撃されてたってのに……」
カイムの周囲で視線を遮る事しか出来なかったルドーが情けなさに呟くように言えば、カイムがルドーの言葉に大きく振り向いた。
そのままカイムが信じられないかのような目でイスレ神父の方をまた向けば、ニッコリ笑う笑顔が返ってきてカイムは混乱しているようだった。
「なんでだ? お前被害者だろ?」
「なんでと問われれば、人を助けるのが女神教だから。と返しますね」
イスレ神父の答えにカイムは呆然と固まった。
自分達が襲撃した相手がなんの見返りも求めず助けてきた事が信じられない様子だった。
しかしイスレ神父はそんな様子のカイムに困ったように微笑むだけで、そのまま視線を少し離れた場所で突っ立ったままのクロノの方に向ける。
「無事だったことにまず喜びを伝えたいのですが、自分を悪役にしてまで庇おうとするその姿勢は感心しません」
「別に、勘違いしてたやつに事実を伝えただけだよ」
そういうとクロノはカイムの方に顔を向け、今日は宿に帰ると言い残す。
ルドー達が止める間もなく、まるで避けられるかのように人混みが割れていく中を全く気にする様子もなく、スタスタといつもの飄々とした調子で歩いて行ってしまった。
「なぜまた単独行動する」
「ばか、きっとクロノさんが大声で言った話でさっきみたいに狙われるから、一緒にいるとライアちゃんたちが危ないって思ったのよ」
「……なんであいつ、ほんとなんなんだよ……」
『あの親子も行っちまったし、とりあえず移動するぞ』
「だな、話はその後からでいい」
イスレ神父が大人たちを散らしてくれたおかげで、正面切っての疑心の目は大分マシになったものの、まだ遠くからその目は向けられたままだ。
視線からライアたちを隠すようにルドー達はカイムごとリリアとエリンジで囲んで、イスレ神父の案内のまま近場の教会に向かった。




