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第八十四話 ジュエリの勇者と聖女

 先程の場所からそう遠くない、案内された小さめの家でルドーが風呂に入っている間に吐瀉物でドロドロになった制服を洗われる。

 なんとか吐瀉物の汚れと臭いも取れ、風呂からあがった後に洗濯中の制服の代わりに渡されていた服を着て何とか落ち着くことが出来た。


「申し訳ない……ダメ人間だ俺は……」


「ほんともう流石にびっくりだよムスク、本当にごめんなさい」


 小さな居間に通されてルドーは改めて吐瀉物を吐き出してきた男ムスクと、彼を迎えに来た少女ピナと向き直る。

 少女にムスクと呼ばれた中年男性は、黒紫髪にあちこち白髪が生え、角のように後ろに二本流れるように生えた髪、やつれた赤さび色の垂れ目をした、穴だらけでボロボロの灰色の旅人服を着ている。

 べろんべろんに酔っ払っているのか、ぐらぐら頭が動いており、視点も朧気で定まっていない。

 対して一緒にいる十代前半の、ルドーよりも年下そうな少女は、背中まで届く暗緑色のサラサラした髪に、青墨色の瞳をした、オレンジ色のエプロンワンピを着ている。


「それでまた負けたの?」


「うっ……」


「支払は?」


「付けです……」


「わかったよ、明日払いに行くね」


「俺はダメ人間だ……」


 二人の会話に色々とダメな大人の典型例な様子のムスクに、ルドーは引いた目で見つめる。

 ドスッと二人掛けソファに埋まるようにムスクがめり込んだ後、ブツブツと自分を責め立て続けている。

 明らかにルドーよりも年下の少女に生活を見てもらっている様相に、ライアとロイズにこんな大人にならない様に言っておくべきか、本人の前で戸惑っていた。


「えーとごめんね? ムスクも私も風魔法あんまり使えないから、魔道具でしか洗濯出来ないから乾くまでもうちょっと時間かかるかも。何か飲む?」


「いえお構いなく……」


「えぇージュース飲みたい!」


「俺も!」


「いやちょっとは遠慮しろ人んちだぞ」


「あははは、被害者なんだから遠慮しなくていいよ。ジュースだね、ちょっとまってて」


 笑いながらピナが立ち上がると、慣れた様子で冷蔵魔道具の中からオレンジジュースを取り出すと、全員分のグラスに注いでトレーに乗せた後戻ってきて机に乗せ始める。


「ムスクも飲みなよ、気付けいるでしょ」


「うぅ……すまない、俺は最低だ……」


「ひょっとしてそれで常備してんのか?」


「あははは、いつもの事だもん、気にしないでいいよ」


 オレンジジュースを楽しむライアとロイズの横で、吐きそうな顔をしているムスクもゴクゴクとオレンジジュースを飲み干していく。

 カイムにロイズとライアの事を伝えておきたいものだが、ルドーは通信魔法が使えないので伝えようもなく、借りた服で外をうろうろするわけにもいかない。

 大人しく洗濯乾燥が終わるのを待つしかないので、時間を潰そうとオレンジジュースを口に含みながら何かしら話題を探した。

 ライアとロイズはきょろきょろと周囲を見渡した後、二人でひっそり遊び始める。


「さっき言ってた負けたってなんだ?」


「うっ……」


「あぁギャンブルだよ。いつも負けてすかんぴんになるの」


「うぅ……」


「いつもってそんなにやってんの?」


「ギャンブルってなにー?」


「すかんぴんってー?」


「あーえぇーっと……」


「うーんまだ知らないくていいかな?」


「あぁ……純粋が眩しい……」


 ルドーはピナと一緒に不思議そうにしているライアとロイズにさぁなんだろうと誤魔化しを入れた。

 そのままピナの横で二人掛けのソファーに丸まってしくしく泣き始めたムスクに若干ドン引きしながらも、話題が思いつかないためそのままルドーは続ける。


「……そんな負け続けるならやらなきゃいいのに」


「あーうーん、ムスクは一応本職別なの」


「本職?」


「うん、これでもこの国の勇者なんだよ」


「えぇ!? こいつも勇者!? これで!?」


「すまない……こんなんで……」


 思わず座っていたソファから飛びのいてムスクを見て叫んだルドーだが、ムスクはルドーの言葉にしくしく泣きながら謝罪し始めた。

 ルドーが大声をあげて立ち上がったためライアとロイズが不思議そうに眺めていたので、なんでもないと言ってソファに座り直す。


「あれ? こいつ“も”? 勇者誰か知ってるの?」


「あ、いや、俺も一応チュニの勇者だから……」


「わぁ! すごい! 他国の勇者初めて見た! チュニってことはお隣さんだね!」


 ピナはそう言って手を叩いた後、まじまじとルドーを観察するように見つめ始めたので思わずしどろもどろになる。

 その横でムスクが丸まったままブツブツ呟き始めた。


「チュニ……聖剣……噂の双子勇者……うぅ、俺と比べ物にならない……」


「もおーそんなこと言う。勇者としては充分強いのにムスク」


 ピナが慰めるようにムスクの丸まった背中をポンポンと叩けば、また情けないだのなんだの言いながらしくしく泣き始める。


「勇者がなんでギャンブルなんか? 普通に勇者してるんだよな?」


「うーん、その辺りこの国ちょっと複雑で。クレイブ家の当主さんが強いからまず勇者があんまり呼ばれないの」


「あー、なるほど……」


 ピナの説明にルドーはこの間の大型魔物暴走(ビッグスタンピード)でネイバー校長と共に魔物の殲滅に一役買ったデルメを思い出す。

 確かにあれだけやれる魔導士が国内にいるなら勇者の出番は少なくなりそうだ。


「その上ムスクはちょっと出自が特殊でね、王族出身なんだけど母親が使用人で、お前なんかいらないって王家から追い出されちゃって」


「いらない……俺はいらない人間……」


「もーそんなとこないって。それでね、勇者は国の所属で王家の管轄になるんだけど、そんな感じだから王家がみんな煙たがって全然仕事に呼ばれないの」


「マジかよ、それでそんな性格って事?」


「うぅん、これはお酒に飲まれやすいだけ」


 弱いんだからやめればいいのにと続けたピナに、ムスクはまたしくしくと泣き始めたのでまた慰めるように背中を撫でている。


「なるほど、強い魔導士もいるしお上の王家に煙たがれてるから勇者としては全然仕事が出来てないと」


「うん、ムスク勇者以外はどうにも上手く出来なくて、それで一攫千金を狙おうと……」


「ギャンブルに走ってすかんぴんになると……」


 ブツブツ言いながらしくしく泣き続けているムスクを、ルドーは何とも言えない気持ちで見つめる。

 ルドーもまだチュニ王国の王族とは対面したことがないので、どういう扱いを今後されるか考えたこともなかった。

 騎士隊長もいい人だったし、モネアネ魔導士長は突然ぶっ飛ばす以外はかなり親身になってくれているので、あまり心配したことがなかったのだ。

 しかし目の前で自責の念に駆られて泣き続けているムスクを見ると、勇者の上となる王家と仲良くないと身の振り方がかなり悪くなるのを嫌でも想像してしまう。

 片田舎の農村であるゲッシ村では王家の話までは滅多に入ってこない。

 今度モネアネ魔導士長に会ったらさり気なく聞いたほうがいいかもしれない。

 泣き続けるムスクにまるで自分の将来の可能性を見ているようで不安になったルドーがピナにさらに聞く。


「それ生活大丈夫か?」


「うーん、大丈夫じゃないから私が色々働いてる」


「俺より小さいのに何させてんだよ……」


「すまない……すまない……」


「もー、私は気にしてないからいいんだってムスク」


 ピナの説明によると、接客業を中心に五つほど掛け持ちして働いているらしい。

 食事も賄いを貰って帰るなど、色々と節約しているんだとか。

 それを全部ギャンブルにつぎ込んですかんぴんにしているムスク。

 あれ、これ何もしてない方がまだマシではないだろうか。


「なんかとことんダメって感じだけど大丈夫なのかそれ、えーっと、ピナ?」


「うん? 大丈夫だよ。私は好きでムスクと一緒にいるから」


「俺には過ぎた贅沢……」


「あははは、そう言ってくれるの嬉しいなぁ」


 ポンポンとムスクの背中を叩いて慰めるように撫でるピナ。

 ムスクを見て微笑むその表情には親愛がにじみ出ていた。


「こんなだけどムスクはね、勇者としては物凄く強いの。私の命の恩人なんだ、聖女にもなったし一緒にいたいの」


「えっ聖女なのか?」


「うん、まだ十二歳だから訓練とかもしてないけど、自分なりに頑張るつもりだよ」


 そう言ってピナは自分の身の上話を始める。


「二年前かな、両親が事故で死んじゃって、でも親戚のみんな引き取るのを嫌がってあちこち押し付け合うようにされて、結局誰も住んでない廃墟で暮らせって置いてかれたの。それでもなんとかしようとしてたんだけど、飛び地の魔の森が近かったから魔物が出てね、その時まだ聖女じゃなかったから、一人であぁもうだめだ、死んじゃうんだって思ったときに、ムスクが助けてくれたの」


 ニッコリ笑ってムスクに視線を向けるピナ。

 ルドーも追従するようにムスクの方を見たが、さっきまでブツブツ言っていたのが黙り込むように静かになっている。


「その後廃墟で一人で住んでるって言ったら、ここまで連れて来てくれたの。一緒にいたいんならいてもいいって言ってくれたの。だから私ムスクが好きなの、一緒にいたいからなんでもやるの」


「それに比べて俺という奴は……」


「いーのいーの、ムスクはいてくれるだけで私は幸せなんだよ?」


「いてくれるだけで幸せ、かぁ……」


 ルドーはエレイーネーに入学してからずっとリリアが生き延びる方法を探るためだけにひたすら戦う方法を考えていた。

 しかしムスクをさすりながらにこやかに笑うピナを見て、何がリリアにとって幸せな生活なのか、あまり考えたことがなかったことにルドーは思い至る。


 傍で守ることばかり考えていたが、リリアにとって何が幸せな生活になるのだろうか。


「……ルドにぃ、カイにぃのとこ帰りたい」


「ロイズ、大丈夫か?」


「うん、あと、自分でちゃんとごめんなさいしたい」


「そうだな、それがいいぞ」


「私も一緒にするよロイズ」


 話をそれなりに聞いていたのか、反省したようにしょんぼりしたロイズがルドーに言う。

 ライアも励ますように語り、ルドーは元気付ける様にロイズの頭をポンポンと叩いた。

 その様子を見ていたピナが、ソファから立ち上がってパタパタと廊下の方に走っていったかと思ったら、洗濯乾燥が終わったのか、綺麗になった制服を差し出してきた。


「はい、ちょうどさっき終わったみたい」


「悪いな、風呂まで貸してもらって」


「うぅん、これは流石にムスクが悪いから」


「ほんとすまない……おれはダメ人間だ……」


「あー、反省してるなら酒は程々にしてくれ」


 その後また脱衣所を借りて制服に着替え直した後、借りた服に礼を言って先程の食べ物屋台まで案内されて戻り、ピナはそのまま次の仕事があるとルドー達に手を振った後足早に走り去っていった。

 周囲を見渡してもカイムやリリア達も見当たらなく、劇のあった広場に戻っても、もう片付けも終わっているためか先程の人混みもなくそれなりにまばらな中その姿を見つけることが出来なかった。

 泣きそうになってきたロイズの頭をライアと二人撫でながら、とりあえず一旦戻ってみようとルドーは温泉宿に足を向けてみる。


「……ロイズ! ライア!」


 ルドー達三人が宿に戻れば、心配そうな表情をしていたリリアとエリンジ、腕を組んで悩むような仕草をしていたクロノの前で、ルドーと一緒に入ってきたライアとロイズに気付いたカイムが大声をあげて走り寄ってきた。


「ロイズ、この、一人勝手に! どこ行ってた!」


「あー、えっとカイム……」


「手を離すなって言っただろ!」


「カイム! ちょっと待てって!」


 ルドーが必死の剣幕で叫ぶカイムに抑える様に大きく声を上げる。

 一瞬どす黒い空気を纏いながらカイムはルドーを睨み付けてきたが、ルドーは首を振った後よく見る様にロイズの方に視線を移したあとまたカイムの方を見る。

 カイムも追従するようにロイズの方を見てその様子に黙り込んだ。


「ご、ごめっ、ごめんなさい! 楽しかったから、気になったから、自分から行っちゃって、でも、カイにぃに心配かけて、ごめんなさい!」


「私も、ごめんなさい!」


 怒鳴られて涙を一杯に溜めていたロイズが、必死に声を絞り出して大泣きしながらカイムに頭を下げて謝る。

 ライアも続くように涙目になって謝った。


「悪いカイム、ライアと一緒にはぐれた後、ロイズを見つけたまでは良かったんだけど、ちょっといろいろあって戻るの遅くなった」


『不可抗力だが、連絡が遅れたのは事実だわな、心配かけた』


 ルドーも二人を見た後カイムに改めて謝罪する。

 ムスクたちの前では静かにしていた聖剣(レギア)も同意するように述べた。


 カイムは謝罪してきたルドーに何とも言えないというように目をあちこち動かした後、大泣きしながら頭を下げ続けているロイズとライアに近寄って、そのまましゃがんで強く抱きしめた。


「怪我してねぇか」


「……うん」


「怖い目あってねぇか」


「……うん」


「ならいい、ならいいんだ」


 ロイズの返答に安心したように大きく息を吐き出したカイムに、その腕の中でロイズとライアが大きな声を上げて泣き始めた。

 同じく心配していたのか、カイムの後ろにレイルも寄ってきて、カイムの背中の服を握りしめると泣いている二人を涙目でじっと見つめていた。

 カイムたちの様子を見ていたルドーの方に、エリンジ達もゆっくり歩み寄ってくる。

 どうやら劇ではぐれてから、人が密集していたため探知魔法が上手く使えず、あちこちずっと探し回っていたらしい。

 ルドーから通信魔法が使えないので、連絡を送っても返事が出来ないのでどうにもならなかったようだ。


「安易にはぐれるな」


「いや悪かったよ……」


「通信魔法が使えんと難儀だ」


「いやそれはデメリットだしどうにもならねぇよ」


「ちょっとこっちも睨むのやめてくれる?」


「お兄ちゃん心配したんだよ?」


「う、おぅ、悪かったよ……」


 一通り大泣きして泣き疲れたのか、ライアとロイズはカイムの腕の中で眠り始めたので、カイムはそのままレイルも連れて一旦休むと宿の男子部屋の方に歩いて行った。

 その後エリンジ達から報告を聞いて各方面にロイズ達を探すために連絡を取っていたネルテ先生も戻ってきて、ルドーが同じように説明すれば呆れたように顔を背けた後軽くチョップされ、そのまま連絡をしていた各方面に見つかったと報告するためにまた戻って行った。

 なんとなくどこにも行く気にならず、ルドーはそのまま夕食の時間まで、エリンジ達と一緒に宿中をあちこちうろうろして時間を過ごしていった。


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