第八十五話 打ち解けていく会話
宿泊する温泉宿は、木造の床と壁が続き、あちこち劇で見たような大蛇の装飾が施されている。
受付カウンターのある入口から続く、緑の植物が散りばめられた吹き抜けた中庭のある廊下を通って階段を上がった三階が、ルドー達が宿泊する男子と女子に分かれた大部屋となっていた。
貸し切りになった施設内は外のごった返すような喧騒とは打って変わって閑散としており、人混みに疲れたルドーにはいい休憩になる。
やることもないのでルドーも男子の大部屋に行けば、日本家屋らしい畳が敷かれた広い部屋で、従業員が布団を敷いてくれたのか、ロイズがその中で大の字になって、脇に力比べで手に入れた大きなぬいぐるみを抱えたまますやすや眠り、レイルはトラストから譲ってもらった本をその横で寝転びながら読んで、カイムは窓のほとりに座ってそこから窓枠に腕を掛けるようにもたれながら外の景色を眺めていた。
「……んだよ、なんか用か」
「いや、暇だけど外に行くにも六時まで時間ないからちょっと休憩」
そう言ってルドーもそのまま大部屋の中に入るが、ロイズと一緒にカイムが連れて行ったライアが見当たらずに首を傾げる。
「あれ、ライアは?」
「女子部屋に行けとよ、クロノが見てらぁ」
「あぁそっか」
そう言ってルドーも窓辺に腰かけてカイムが覗いている窓から外を見れば、街とは反対側に位置しているためか、街から少し遠くに大きな岩肌の山があるのが目に入ってくる。
周囲は平地だが、そこに盛り上がるように白い岩肌がグネグネ曲がるようにしながら横に伸びており、
山の麓は森こそないものの草原のように背の低い緑がまばらに生えている。
「随分特徴的な山だなぁ」
「……反対側は森だ。下見で何度か見たぞ」
「あー、じゃあれがレフォイル山脈か。標高高いから魔の森の浸食抑えてるんだっけ」
学習本を設定しなおしたおかげで、ルドーは前より内容が頭に入るようになった。
ジュエリ王国はシマスやソラウと同じくらい領土が広く、現存する中で一番歴史の長い国だ。
あちこちに飛び地の魔の森はあるものの、中央魔森林の浸食は岩肌ばかりのレフォイル山脈が防ぐように横に広がっているため比較的浸食が広がっていない。
その為他国に比べると中央魔森林からの魔物暴走はなくはないが発生しても対処しやすいらしい。
『なんか最近聞いたなその山脈』
「あー確かに、なんだっけな」
「さっきの劇とかいう奴だ。てめぇ記憶力普段から可笑しいのか?」
「そんなに言わなくてもいいじゃん……」
カイムの強めの言葉にルドーは思わず言い返したが、カイムは片眉を上げるだけですぐまた景色を見るように視線を窓に移してしまう。
その様子にルドーは肩を落としつつも置いていた荷物の方に向かって学習本を引っ張り出し、窓際に座り直してレフォイル山脈や先程の劇に関連するものが何か書いていなかったかとパラパラ捲ってみる。
「四百年前に弩級の魔物が襲来、当時の勇者でも討伐は難しく、なんとかレフォイル山脈を崩すことで埋め立てて対処……うーん、それ今どうなってんだ?」
『魔物は生命力がねぇから寿命もねぇ。まだ埋まってんじゃねぇか』
「王家の管轄になって定期的に様子を見ている」
「うわぁ! エリンジ、急に背後に立つなよ!」
「うるせぇロイズが起きんだろ」
「あっ悪い……」
いつ部屋に入って来たのか、ルドーが学習本を読んでいると後ろからエリンジに補足するように話しかけられて思わず叫んでカイムから非難が飛んでくる。
起こしてしまったかとルドーもロイズの方を見たが、うるさそうに少し顔を顰めた後、またむにゃむにゃと寝返りを打ってぬいぐるみを抱きしめているので起こさずに済んだようだ。
「自分から学習本を開くようになった。感心する」
「いや前よりずっと頭に入ってきやすいからよ。にしてもそんなヤバいのが四百年前から現存してんのか」
「山の麓と同じくらいの大きさだ。大きすぎて攻撃してもすぐ回復するから誰も倒せん」
「マジかよ、エリンジの親父もか?」
「試してはない。安易にやって暴れたら被害が甚大だ」
ルドーがエリンジの説明を聞いて改めて山の方を見る。
麓と同じくらいの大きさと聞いたが、麓だけでも一般的な街が五つくらい入りそうなほど大きい。
そんなものが解放されたら規模としてはトルポの大型魔物暴走と同じくらいの規模でもおかしくない様に思える。
そんな危険物が街に近い位置にある事を初めて聞いたカイムも、三つ子を心配してか顔を顰めながらエリンジの方に向いた。
「……おい、それここ大丈夫なんだろうな?」
「四百年前の封印で、どんどん地中に埋まり続けるようになっている。四百年前の当時より封印強度は時間が経過するほど高い」
『それ古代魔道具並みだな、使ってるのか?』
「いや、そこに古代魔道具は使われてない。当時の勇者ごと封印されてる」
「えぇ、そんなこと出来んの?」
「当時のジュエリ勇者の役職効果だ。一度だけ死んでも継続する魔法を行使する代わりにデメリットで死亡した」
エリンジの説明にルドーとカイムは目を見開く。
役職は同名のものがあっても、同じ効果やデメリットのものはほとんどなく、唯一無二のものが多い。
しかし使えば死亡するようなデメリットまであるとは。
「……前から思ってたが、なんだよ勇者や聖女ってよ」
「国一つにつき一人ずついるようになってる役職だよ。魔物とか瘴気に特化してて、それで国を守るようになってるんだ」
「ふぅん……」
「国として認められた魔人族の国にもその内生まれるかもしれんぞ」
「はぁーん、まぁ俺は関係ねぇから知らねぇけど」
「にしてもそんな効果まであんのか。道理で劇になるわけだな」
『まぁ勇者でもその効果はレアだろうな』
「流石の王家もあれを解放すれば国が滅びかねんから真剣に取り組んでいる。実際四百年封印は解かれていない」
「安全ならいいんだけどよ……」
カイムはそう言って睨み付けるようにレフォイル山脈の方を向いた。
ここからでは弩級の魔物が封印されているという麓がどこかまではルドーも見えない。
「お兄ちゃんいるー?」
「カイにぃー! ルドにぃー! ご飯の時間だから呼んできてってー!」
「分かったよ今行くー」
全員で窓からレフォイル山脈の方を眺めていると、大部屋の入口の方からコンコンとノック音と共にリリアとライアの声がドア越しに聞こえてきた。
ご飯と聞いて寝ていたロイズがバチッと目を覚ましたが、本に夢中になっているレイルはずっと何も聞こえていないのかルドー達が視線を向けても微動だにしない。
置いていくわけにもいかないのでルドーとエリンジで二人声を掛ける。
「レイルー? 聞こえてるかー?」
「反応がない」
「ご飯! カイにぃ行こう!」
「おぅ、レイルいい加減本から戻れや」
「うあぁー!? いいとこだったのにぃー!」
カイムが寝転がったまま本を読んでいたレイルから本を取り上げれば、レイルが少し抗議するものの、ルドーが食事と告げればガバっと立ち上がった。
部屋から廊下に出れば、リリアとライアの後ろにクロノも一緒にいる。
そのまま全員で二階の広間に向かった。
吹き抜けの見える廊下から階段を下りて二階に行き、三階の大部屋が二つくっついたような大きな部屋に入れば、既に何人か着席しているようでワイワイ話している。
「あー! そっちから来たってことはルドー君たち戻ってたのー?」
「メロン流石はええな」
「メロン、屋台、たくさん、食べて、まだ食べるの?」
「ふっふっふっ、デザートは別腹ってね!」
「……それご飯食べた後に使う言葉だよ?」
「恐ろしい量食べていたですや。私が屋台の店主に変わりたかったですや」
『(胃腸薬いる?)』
「だいじょーぶ! でも心配ありがとー!」
ルドー達も四つ置かれている座敷席の空いている机に集まって座る。
そのまま外に出ていた連中も続々と戻ってくる。
フランゲルが両手に抱えた紙袋いっぱいの荷物をもってご満悦の表情だ。
「貴様ら見たまえ! 射的はコンプリートしたぞ!」
「おわぁー! 僕落とせなかったのに!」
「すっげぇー!!!」
「ふははははは、凄いだろう凄いだろう!」
「コンプリートってそれどんだけやったんだよフランゲル」
「いやまさかあれから景品取りつくすまで嵌まるとは」
「この世界銃ないものね。楽しそうだったものいいじゃない」
「それつまり今日一日ずっとあそこにいたのかよ」
「フランゲル明日は私の買い物付き合ってよ?」
「はっはっはっ、よかろうアリア! いくらでも買ってやろう!」
「ハイハイハイとっても悔しいです!」
「ウォポンはあの後十回もやってまさか全部外すなんてね」
『いや途中で止めてやれよそれ』
フランゲルが入手した景品を男子部屋に一旦運び入れに立ち去るのと入れ替わるようにキシア達も戻ってきた。
アルスが一人物凄い量の箱を積み上げた状態でバランよく運んでおり、その両手にも紙袋が大量に掛かっている。
「わぁ! カイにぃ見て見て! 凄い! 箱が沢山上に積んであるのに運ぶの上手!」
「わぁーったわぁーった見えてるっつの」
「あははは、ありがとうライアちゃん」
「アルスそれなんだよ大丈夫か?」
「これ? 全部キシアの買い物、俺は荷物運びだけだよ」
「申し訳ありません、色々興味深くてあれこれ見てたらつい……」
「配達手続きしておく、そこの従業員に渡せ」
「おーエリンジ気が利くありがとな」
「その荷物の量だと部屋が圧迫される」
「すみません次は気を付けますわ……」
「全く、これだから後先考えなくて嫌ですわ」
「すみませんビタさん、友人記念に何か贈ろうと思ったら色々考えすぎてしまって……」
「なっ!? べ、べべべ別に構いません事よ!」
「……キシアさん、その、お揃いのアクセサリー買いたかったみたい」
「トラストさん!?」
「まぁ! えぇえぇ明日一緒に行きましょう!」
「ど、どうしてもというのなら仕方ありませんわね!」
アルスが大量の荷物を慣れた様子の従業員に渡している間に、荷物を置いてきたフランゲル達も戻って開いている机に固まって座っていく。
「はぁーい、じゃあ全員集まったようなのでぇー、かんぱぁーい!」
全員が席についたのを確認した後、ネルテ先生の号令で各々が飲み物を持ち上げながら大きく声を上げる。
それぞれが注文したグラスをお互いに合わせてガラスの音が響く中、店の従業員が机の蓋を開けて火を入れ、小さなボウルを配達してきた。
その見覚えのある形状にルドーはボウルを人数分受け取るエリンジを見て手伝い始める。
「なにこれなにこれー!?」
「まさかのお好み焼きかよ、鉄板熱いから気を付けろ」
「お兄ちゃん知ってるのこれ、どうするの?」
「いやお好み焼きはやった事あるだろリリ、この机の鉄板がフライパンみたいになってんだよ」
「あぁそういう」
見たことも無い形状に三つ子がわらわら集まる中、ルドーが思わず声を上げるとリリアも不思議そうな顔をしているが、お好み焼きはそれなりにこの世界でも浸透しているので普通にゲッシ村でも作ったことがある。
ただ田舎にある使い古した小さなフライパンでしかやった事はないので、机に併設された大きな鉄板で作るそれがそうだとリリアは認識できなかったようだ。
ルドーの説明にリリアが納得の表情をした瞬間、鉄板を不思議そうに見ていたカイムの手をかなり素早くバシンとクロノが叩き付けた。
「いてっ! なんだよ急に叩くな!」
「言ってる傍から鉄板触ろうとしない、火傷するよ」
どうやらカイムは火の入った鉄板が何かわからず触ろうとしていたらしい。危ない。
叩かれた事にカイムはさらに抗議しようとしたが、エリンジが三つ子にやり方を説明し始めたためにそちらに注意を向け始めた。
「これを混ぜてこの上で焼く」
「混ぜたい!」
「俺も!」
「僕も!」
「任せる」
「勝手に任せんなぐちゃぐちゃになんだろが!」
「あー手伝う手伝う」
エリンジに小さいボウルを渡されて力の限りスプーンを回し始めたライアにルドーは慌ててボウルを押さえて補助に回る。
ガン放置しているエリンジの頭をスパンと叩いたリリアもレイルの補助に回り、自分の分のボウルもスッと差し出したクロノにカイムは大量に悪態をつきながらロイズの補助に回った。
油をひいた鉄板に混ぜた具材を広げて焼けるのを待ちながら、机に飛び散った具材をぶつくさ言いながら拭いているカイムを、水を飲みつつルドーは眺める。
フランゲルたちの机からジュッと火傷でもしたのか大声で悲鳴があがってアリアが回復に騒いでいる声を後ろで聞いていた。
『大分馴染んできたなあいつ』
「だなぁ。あ、そういやクロノ、なんでライアにカイムの話しなかったんだ?」
「あぁ?」
「えぇ、今その話振ってくるわけ?」
焼けていくお好み焼きを今か今かとコテを両手にひっくり返すのをワクワクしながら待っているライアたちを見て思い出したルドーが聞けば、カイムもこちらを向いて、クロノは呆れたように座ったまま姿勢を崩した。
「何の話だよ」
「いや、ライアを保護してた時、ライアからカイムの話滅茶苦茶せがまれてたのにクロノが全然話さなくてよ、おかげで夜更かししたりして苦労したなあって」
「物凄く機嫌悪くなったよね、なだめるの大変だったよ」
「だってクロねぇ全然話してくれないんだもん」
話を聞いていたのか、ライアがルドーの膝の上でぶくぅと頬を大きく膨らませた。
斜め向こうの机でメロンが三段お好み焼きを形成してイエディから叩かれている。
「ライアそろそろだよひっくり返そう」
「わぁい!」
「誤魔化してんじゃねぇぞてめぇゲロれや」
明らかに話を逸らすようにクロノがライアたちにお好み焼きの様子からひっくり返し始めるよう指示し始めたが、カイム本人が噛み付いた為渋々口を開いた。
「はぁ、本人がいないのにどこまで喋っていいか判別つかないじゃん、喋れないよそれ」
「別に好きに話しゃいいだろが」
「へー。まぁ他人の私よりカイム本人の口から聞いた方がいいとあの時は思っただけだよ」
ベシャッとお好み焼きをひっくり返しているライアたち三人を見ながら机に肘をついて語ったクロノ。
その言葉にカイムも驚いて黙り込んだ。
絶対に引き合わせる、そう強く思った言葉だとルドーにも聞こえて目を見開いた。
「……はー、なるほどなぁ。いつも何考えてっかわかんねぇけど、優しいんだなクロノ」
「別に。私が優しいのは自分自身にだけだよ」
『あれま、言った傍からこれだぜ』
「えぇ……せっかく褒めてんのに」
「こいつが勝手なのはいつものことだ」
「うっざ」
ルドーがクロノの事を少しは理解できたかと思ったら、クロノはそれを全否定する発言をしてくるのでやっぱりよくわからない。
エリンジが不快気な無表情で言えば、クロノはいつものように応酬した。
対角線の机でキシア達が貴族特有にお好み焼きを優雅に食べている。お好み焼きにそんな食べ方があるのかと思わず二度見する。
クロノとカイムの話を聞いていたライアは、少し期待に満ちた目をしてパシパシとルドーの膝の上で机を叩きはじめた。
「ねぇクロねぇ、それなら今なら話聞いてもいいの!?」
「私もちょっと興味あるかも」
「えー?」
ライアの意見にリリアも話を聞きたそうにクロノの方を向いた。
クロノは面倒くさそうな動きでカイムの方を向いたが、カイムは一瞬顰め面をしたものの、カイム本人もクロノがどう見ているのか気になるのか、表情の割にあまり止めようとする様子はなかった。
「……好きにしろよ」
「ふーん。じゃあライア、カイムは最初私のこと男と勘違いして」
「だああああああああ!? やめろその話はすんな!!!」
焼けてきたお好み焼きにルドーがソースやマヨネーズをかけながら話を聞いていたら、カイムが顔を真っ赤にして大慌てでクロノの口を塞いで抑え込みはじめてリリアと二人面食らう。
楽しみに聞こうとしていたライアからポカポカ殴られながらブーブー言われている。そんなに慌てて話を止めるなんてなにがあったんだろう。
結局カイムは話を誤魔化すかのように顔を真っ赤にさせたまま不機嫌な様子でお好み焼きを食べ始め、クロノはこうなることがわかっていたかのように肩をすくめつつ、カイムから背けた顔の帽子の下が、まるで揶揄うのを楽しむかのように珍しく口元だけにやっと笑っていた。




