第八十三話 汲まれる気配り、降りかかる災難
勝手に離れて力比べをしていたロイズを連れ戻し、そのままガミガミとお説教モードに突入したカイム。
しかし説教をくらいながらも満足げな顔をしてぬいぐるみを抱き抱えているロイズは全く反省している様子がなく、最終的にカイムが物凄く大きなため息を吐いて項垂れ始めた。
「リリア、勝手に手を離した罰だ、ロイズの手繋いで拘束しとけ」
「お兄ちゃんそれだと私と手を繋ぐのが罰みたいに聞えるんだけど」
『まぁ男子にはいい薬だわな』
ルドーに言われて少し不服そうな表情をしながらもリリアがロイズの手を握れば、ロイズは顔を真っ赤にさせて恥ずかしそうにいやいやと首を振る。
しかし妥協したのに手を離したのはお前だとカイムに指摘されれば、がっくりと項垂れるようにようやく反省し始めた。
その様子を見ていたライアとレイルに笑って物凄く揶揄われている。
聖剣の言う通りいい薬になるだろう。
「全くこれだから子どもは、ロイズさん悪いことをするものではありませんわよ」
「卑怯者ねーちゃん、チビにーちゃん助けて」
「だから私はビタですわよこんな公衆の面前で誤解されるようなこと言わないでくれます!?」
「ま、まぁまぁ……トラストです、ちゃんと名前で呼んでね、三回目だけど……」
「なんだろう、手を繋いでるだけなのに釈然としないよ?」
不服そうにしているリリアを横に放置したまま、昼時になったのかライアからぐぅと腹の音が鳴った。
リリアと手を繋いでいるのを羨ましそうに眺めているトラストの頭をルドーは軽く引っ叩いて、そのまま回る場所があるというキシア達四人と別れてルドー達も食べ物の出店が並んでいる場所に移動した後、何を食べようかみんなで悩んでいたところ、挨拶回りが終わったのかエリンジが合流してきた。
「ルドにぃあれなにー?」
「りんご飴な、甘いから飯にはならねぇな」
「あっちはなにー?」
「チョコバナナな、あれもお菓子だわな」
「甘いものばかりだ」
「おやつだからまた後で食べようねライアちゃん」
甘い匂いに釣られているのか、見ても何かわからないカイムの代わりに片っ端からルドーに聞いて来るライア。
しかしどれもこれもお菓子なため、昼食を食べようというルドーにどんどん不満そうに頬を膨らませていく。
「あっちは!」
「えーっとなんだっけこれ」
「プレッツェルサンド、サンドイッチみたいなやつだよ。種類もたくさんあるね、ライア食べる?」
なにやらハート型の物がずらっと並んでいて分からずルドーとリリアが首を傾げていたらクロノが助け舟を出してきた。
ライアが食べると答え、レイルとロイズも同じように倣って注文し始めた。
注文する三人に出店の店主が不躾な視線をまた寄越していたが、カイムが回数券を渡した途端にニコニコしながらお肉のパティをサービスで追加して挟んでくれている。
いい加減変なのでルドーはカイムが戻ってくるや、ライアたちをリリアとクロノに任せてエリンジに聞いた。
「なんかさっきからカイムが回数券渡すと豹変するんだエリンジ、なんだよあれ」
「だろうな、その為に渡した」
「あぁ? なんだよどういうことだよ」
「魔人族の襲撃の話はこの街にも届いている。被害がなかったとはいえ相手に遭遇すれば警戒もするだろうし、いらん中傷を浴びる可能性もある。あの回数券は街での使用申請に領主の許可、つまり親父の許可がいる。お前が持つことで領主が後ろにいると分かれば安易な中傷はしてこない」
『驚いたな、そこまで考えて渡したのか』
「……ひょっとして宿貸し切りにしたのもそうか?」
「従業員だけなら余計な詮索もしてこない」
エリンジの返答にルドーは驚いたが、カイムはもっと驚いた表情で固まった。
無表情にライアたちがプレッツェルサンドを食べるのを眺めているエリンジを見たあとルドーがカイムの方を見れば、ぼりぼりと頭をかいて何か言いたそうに口を開けては閉じてを繰り返している。
「……さっきは悪ぃ、改めて、あー、礼、言わせてくれ」
「構わん」
物凄く言いにくそうに一言一言絞り出したカイムに、エリンジはいつもの調子で淡々と一言返した。
エリンジに礼を言った後にカイムはぶっきらぼうに顔を背けて人間がどうこうブツブツ言っている。
多分思ったより気を使われているのに気付いたが、色々と受け取るのに時間がかかるのだろう。
動かない二人を横目にルドーは適当に唐揚げと串焼きを買ってきて二人に押し付けるように渡した。
エリンジが金を払おうとしたが奢りだと言って押し留める。
ルドーなりに二人を労ったが怪訝な表情から多分伝わってなさそうだ。
「いやだめだってロイズあっちはダメだって」
「なんでだよー! 男の人いっぱい入ってくじゃんかー」
「男の人が入るなら僕たちも入っていいでしょー?」
「いやダメだってばレイルもだめだって」
プレッツェルサンドを食べ終えたロイズとレイルが何やら騒ぎ始め、必死に引き留めようとするクロノの声に串焼きとから揚げをそれぞれ食べながら何事かとルドー達も近寄る。
「なんだよ急にどうした?」
「次はあっちに行こうって言ってるのにクロねぇちゃんが聞いてくれねぇの」
「男の人がいっぱい入っていって、なんかあわあわの黄色い飲み物飲んでるの、気になるー!」
ロイズとレイルがそれぞれ訴えるように言ってくるので、不満たらたらの二人をカイムに任せて怪訝に思ったルドーは同じく怪訝な表情のリリアと一緒に、一人必死に止めているクロノに向かって声を掛ける。
「なんで止めてんだクロノ」
「別に行かせりゃいーじゃねーか」
「だよねぇ」
「いやだからあっち昼間も解放されてる、その、遊郭街だって……」
『あー……』
「ゆう……? なんだそれ」
「え?」
聞き慣れない単語にルドーが聞けば、クロノは逆に固まる。
ルドーがクロノと一緒にいたリリアの方を向いてもきょとんとしているので知らない様子だ。
ルドーが視線をクロノに戻せば、クロノはそのまま周囲を見渡すかのように帽子を被ったまま首を動かして助けを求めているような動きをしている。
「ルドーがダメならリリアも? カイムは、いやそもそもだめか。えーっと、エリンジ?」
「何の話だ?」
『マジか』
「嘘でしょ仮にも領主を父に持った貴族でしょ!?」
エリンジにクロノが聞くが、無表情に疑問符を浮かべているのでエリンジもよくわかっていない。
クロノはそのまま帽子の上から頭に手を当てて項垂れ始めた。
なんなんだ一体。
「十六歳過ぎてんのにみんなピュアッピュア過ぎない?」
『田舎育ちと森育ちとこれだ、しゃーねぇんじゃねぇか』
「だから何の話だ」
「……エリンジ、領地の事だよ、あそこ未成年立入禁止になってたりしない?」
「そういえばそうだな」
クロノが下を向いたまま先程ロイズが示した場所を改めて指さしながらエリンジに聞けば、思い出したかのようにエリンジが肯定した。
理由はよくわからないが未成年立入禁止ならルドー達は勿論ロイズとレイルも入れない。
疲れたような様子のクロノだが要はそれを伝えたかったらしい。
途端にブーブー文句を言い始めたロイズとレイルだが、クロノが頑として許さない様にカイムに物凄く念押しして、逆にカイムが帽子越しのその剣幕に圧倒されていた。
「もうすぐ広場で劇が始まるぞ」
「えっなにそれみたい!」
「僕も!」
「俺も!」
文句を垂れて動こうとしなくなったロイズとレイルを見ていたエリンジが思い出したように言えば、ライアが飛び付いて三人とも興味がそちらに移ったらしく、ライアがぐいぐいルドーの腕を引っ張り始めた。
祭りだからイベント劇がある様子で、エリンジの案内に街の広場方面に向かったルドー達は、ごった返した人がさらにぎゅう詰めになるように広場に集まっていて入るほどに身動きが取れなくなってくる。
「カイにぃ見えないー!」
「いや髪使うかよ後ろもいるっつの!」
「そこの建物だ、入って回数券使え、二階のテラス席に行ける」
すし詰め状態の隙間を縫ってルドーが前に行こうとしても人しか見えない。
エリンジが先導するような声が聞こえたが、人混みの喧騒にかき消されてどこの方向かわからなくなる。
「聖剣、エリンジ、どっち行ったよ!?」
『すまん、人が多すぎだわからん』
「畜生!」
「あぁールドにぃ始まっちゃったよー!」
ライアが潰されない様に周囲を押さえながら持ち上げたら、上にあげられたことで広場が見えたのか指さして大声をあげ始めた。
エリンジの言う場所も分からなければ回数券もないのでどの建物のテラス席か分からないルドーは、劇が始まってしまったこともあってどうにでもなれと、ライアを持ち上げたままよく見えるように前にと移動し始めた。
広場の中央に大きな舞台のようなものがあり、ライアはルドーに持ち上げられたまま夢中になってそれを見ている。
大きな黒い紙の装飾がされた、人が三人は入れそうなほど大きな黒く長い蛇のぬいぐるみが宙を舞っている。
山のような背景を前にその蛇が暴れるように動いて、下の方にあった人のぬいぐるみが逃げ惑うように動いていた。
『街に現れた大蛇の魔物は破壊の限りを尽くし、人々はたくさん襲われて困り果てていました。そこに女神さまに導かれた勇者様が現れてくれたのです』
拡声魔法の解説がようやく聞こえるようになって、ルドーはようやく何が行われているのか何となくわかるようになる。
どうやらこの街で過去に起こった魔物との衝突を舞台に人形劇にしているようだ。
魔法も使ったかなり派手目の人形劇のため、見ているだけでもルドーは圧倒され、ライアも真剣なまなざしでそれをじっと見つめている。
突如として明らかに勇者の様な風貌をした人形がスポットライトでも当たるかのように輝きながら空中に現れて、大きな蛇のぬいぐるみに向かって剣を掲げる動きをすれば、背景の山が動いて布で被せるように蛇を包んでいく。
『こうして街に現れた大蛇の魔物は、勇者様によってレフォイル山脈に封印されたのでした。めでたしめでたしー』
『なんだ倒してねぇのか』
花吹雪が舞ってフィナーレとでもいうように勇者の人形と人のぬいぐるみが大きく喜ぶように踊り始めた中、聖剣がぽつりと溢す。
しかし激しく拍手をして暴れるライアを抱えたルドーには聞こえなかった。
「もう一回! もう一回!」
「設定された劇だからもう一回はないってライア」
「えー! もっとちゃんと見たーい……あれ、ロイズ?」
「えぇ?」
人混みの中、突然ライアがきょとんとした顔であっちだと指差した。
明らかに建物の方向ではなく、どちらかというと先ほど行きたいと暴れるように訴えていた方向ではないだろうか。
「さっきのゆうなんちゃらの方かあれ?」
『あー、人混みに紛れてまいた後こっそり行こうって腹かあれは。止めろルドー』
「えぇー?」
ロイズの姿は見えないが、抱え上げたライアからははっきり見えるのか、あっちあっちと指さされる方向にルドーは人をかき分けながらなんとか進む。
広場から出たあたりで人の波はマシにはなったものの、それでも多い人混みの中ライアを頼りに走り始める。
すると先ほど食事をしていた食べ物屋台が立ち並ぶ街の通路で、クロノが止めていた場所にこっそり入ろうとして警備の様な人に捕まっていたロイズを見つけた。
「子どもは入るな、帰りなさい」
「やーだー! ずるいよー!」
「ダメって言われただろロイズ何してんだ」
「げっルドにぃ!」
「なにがげっだなにが」
物凄く怪しいものを見る様な表情でロイズを捕まえていた警備員にルドーは謝り倒す。
エレイーネーの制服を着ていたためか、ルドーを見た瞬間警備の人は怪訝な顔をしつつも割とあっさりロイズを解放してくれて、気を付けるようにと厳しめに注意を受けた。
「ロイズ、離れちゃダメってカイにぃに言われたでしょ」
「だってぇー」
『多分滅茶苦茶心配してんぞ』
「うー……」
「ほら一緒に謝ってやるから、な?」
ライアに指摘され、ルドーにも諭されて流石に気まずくなったのか、下を向いてしょんぼりし始めたロイズにルドーはしゃがんで肩を叩く。
下を向いたまま頷いたロイズに、カイムたちのところに戻ろうとルドーが立ち上がろうとした瞬間、突然上からドスッと酒臭い何かに押しつぶされて倒れ込んだ。
「ぐえっぷ!?」
「る、ルドにぃ大丈夫!?」
「また負けた……うぇっ、俺はダメ人間だ……」
「支払また付けとくからな! いい加減懲りろよ!」
通路の方から店の従業員だろうか、大声で怒鳴るような声が上から聞こえる中、ルドーは覆いかぶさってきたものから脱出しようと何とかもがく。
「うぇっぷ……動くかないでくれ……俺は無力だ……オロロロロロロ」
「うわあああああああああ!??」
「「ルドにぃー!!?」」
突然ルドーの頭上から酸っぱい匂いのどろどろと生温かいものが降りかかり、それが吐瀉物であると分かった瞬間ルドーは大声で悲鳴を上げた。
ライアとロイズの絶叫が続く。
ルドーが脱出しようと暴れれば暴れるほど、上に乗っかっている酔っ払いはどんどん吐瀉していき、どんどんルドーの全身が吐瀉物まみれになる。
聖剣が俺に当てるなと悲鳴を上げていた。
「わぁー!!? ムスク! 迎えにきたらなにしてるの!?」
「俺は無力だ……」
「下の人が先でしょ! もうなにやってるの、大丈夫ごめんね!?」
上にのしかかっている何かがようやく退かされたのか、動けるようにはなったものの既にルドーは吐瀉物だらけだった。
なんとかどろどろの顔を上げれば、ロイズは気持ち悪そうな顔をしているし、ライアは貰いゲロをしたようで横でケプケプ小さく吐いている。
『ロイズ、こういう目に遭うからもうここ近寄るんじゃねぇぞ』
「いや模範が酷過ぎるわ……」
聖剣とルドーの語る言葉に視線を向ければ、気持ち悪そうな顔をしながらもロイズはコクコクと頷いていた。
どうにもならなくなったルドーは、とりあえず服を洗いますという天の声に大人しく従うように吐瀉物を滴らせながら渋々立ち上がった。




