第六話 大混乱の郊外講習
小規模魔物は生き物と言えるのかよくわからない見た目をしている。
個体で繁殖しないので生殖器などはなく、その為生命維持のための飲食もしないので内臓もない。
魔物はみな黒色をしているので、こいつらも例にもれず黒色をしているのだが、小さいだけで形は様々の為どうにも統一感がない。
その癖人間に対しては魔物同士が連携を取って攻撃してくるので、普通の動物よりも動きが読めなくて質が悪い。
魔物はどれも攻撃性が高く牙や爪が鋭く殺傷力が高いものばかりだ。
猫や犬などの小動物のような見た目のものが多いが、破壊衝動しかない分小さくても一般人には充分脅威なのだ。
おまけに疲れないので一度腕や足に食らい付かれたら肉から骨までズタズタにされて、その攻撃対象が絶命するまで決して離すことはないので攻撃は避けるのが必須。
食らい付いた魔物を倒すまで解放手段がないので攻撃して倒すしかないのだ。
国の一般兵でも複数が連携し魔法と武器を駆使して戦ってようやく安全といえるのが小規模魔物だが、一般魔導士からすればこの程度は軽く倒せなければまず話にならない。
もっと大きい大型魔物や、魔の森の中での生存任務など、一般兵とは比べ物にならない規模の相手をしなければならないのが魔導士であり、勇者や聖女もそれに該当されるからだ。
特に勇者や聖女は魔物暴走の際前線で戦う必要があるため一番危険に晒される。
国の一般兵と同じ実力では全然足りないのだ。
「結界出来た! お兄ちゃん!」
「おい、初遭遇で戦闘できない奴は一旦ここに避難しろ!」
闇雲に逃げても追い込まれるだけなのは最初に遭遇した経験から分かっているルドーは、リリアが咄嗟に形成した結界に戦えない者をとりあえず避難させようと試みて声を張り上げた。
「足手纏いを集めた所で魔物が群がってくるだけだ、捨ておけ!」
「散り散りになられるより一か所に集めた方がやりやすそうだと思うけど?」
流星のようにたくさんの光を散らしながら次々と魔物を狩っていくエリンジが吐き捨て、クロノが両手を上にあげて肩をすくめながら呆れたように呟く。
ルドーが見る限りエリンジがこの場で一番魔物に対して戦闘経験がありそうな様子で、魔力を練る練度が尋常じゃない。
虹色に光り輝く複合魔法は見ている内にあっという間に十体倒し切る勢いだ。
ただ周囲に気を配っている様子がない。
安全を求めて安易に近寄ると逆にこちらが魔法攻撃で倒されかねない勢いだった。
クロノも魔法が使えないなら結界の中の方が安全なのに何故か入る様子もなく、魔物の攻撃も軽く避けていなしている。
まるで踊るような軽快な足取りで、且つ最小限の動きのみで魔物からよけ続けていて全く息もあがっていない。
どうやら彼女も魔物慣れしている様子だった。
ルドーの呼びかけに走り回っていた生徒が何人か引き返して必死の形相で結界に入っていく。
それを追いかけるように複数の小規模魔物も既に群がってきていた。
「でぇい!」
追ってきた魔物目掛けてルドーが聖剣を振るい、切っ先から放たれる雷で次々と魔物を屠っていく。
しかしルドー達が浄化した故郷の森とは規模が違うのか、思ったよりも襲ってくる魔物の量が多い。
倒しても倒しても次々湧いて来る魔物の様子にルドーは舌打ちした。
「入試成績トップの複合魔法使いに、噂の聖剣使いの勇者、流石ですわね。負けていられませんわ!」
深緋色の長髪の女性が手を振ると魔力の波動で三体ほどの魔物が蒸発した。
威力十分だがその動きにあまり練度は見えない、実際少し疲れたのかふぅと息をあげながら汗をぬぐうように額を拳で拭っている。
ルドーはなんとなく剣を振るっていた最初期を思い出す。
魔力はあるが戦闘経験が初めての人間が多い様子だ。
「そうだよねぇ、困ってる人を助けてこそ魔導士ってもんでしょ!」
薄桃色の髪に水色の瞳の好青年も手を伸ばせば、魔物たちが次々と氷漬けになっていく。
消し飛ばすほどの威力はないが、倒せなくともとりあえず動きを止める方向で試している様子だ。
「なるほど、動きを止めるならほいっと!」
明らかに幼児のような体系の女子が両手をぎゅっと握って引っ張ると、周囲の木々から突如として蔦が伸びてきて魔物をぐるっと掴んで拘束する。
「あ、あれ動いてる。あれひょっとしてこれ倒せてないのかな?」
「あや、あやや! これダメだ捕まえれたけど硬い! 絞め殺せない! 拘束するだけで手いっぱい! 誰かトドメお願い!」
どうやら氷結させた方はあれで倒せた気になっていたらしい。
そして蔦の方は威力が足りないのか、抑えられてはいるが決め手が足りない様子だった。
氷結させられた魔物をエリンジが、蔦に捕まった魔物をルドーがそれぞれ攻撃を加えて倒していく。
これこいつらのカウントにならないんじゃないのかとルドーは思ったが、本人たちはそれに気付いていない様子でお礼まで言っている始末だ。
ルドーは背の低い少女から言われるお礼をまぁまぁと左手でとりなしていたが、エリンジはまるで邪魔するなと言わんばかりにギンッと物凄い視線で相手を睨み付けたため、薄桃色の髪の少年はその場で大慌てで土下座して必死に謝っている。
「俺より目立つんじゃな——————い!!!!」
明るい赤毛の体格の大きい男がなにやら高級そうなゴテゴテの両手剣を振り上げると、周囲が一気に明るく熱気を帯びる。
周辺の森を飲み込むほどの巨大な炎が魔物を飲み込むと同時に、周囲の木々に引火していった。
威力はかなり高いが魔力の調節が大分大雑把な様子だ。
しかし本人は魔物を倒したことを自慢しながらドヤ顔を披露しており、大雑把に魔法を振るった自覚はなくふんぞり返っている。
パチパチと燃え始めた木々に、魔物よりも山火事で厄介なことになるやつなのではとルドーが思ったとき。
「ちょー!? 森に火は不味いって! 貴重な食料が燃えちゃうでしょ!」
「いや、山火事になって、私たちが燃えて死ぬ」
「頭の悪い庶民の方はこれだから嫌ですわ」
バシャッと突然巨大な水の塊が降ってきたかと思うと、燃えていた木々が水を被ってジュワッと音を立てて鎮火した。
どうやらすぐ傍にあった川から緊急で水をすくい取ってぶっかけたようだ。
しかしこちらも練度が低いせいで、関係ない場所のあちこちに水がぶちまけられていて無駄が多い。
練度の低い水を頭から被ってびしょびしょになって震えている赤毛に、水魔法をド派手にぶっかけた薄オレンジ髪の少女が猛烈に抗議しているが、どこかズレている抗議に思わずといった様子で既に結界の中にいた女子数名からツッコミが入っていた。
なんだろう、魔物を相手にしていて戦えないものもいるはずなのにどうにも空気が緩い。
最初に結界に入った女子、結界の中で優雅に扇子を広げながら日傘をさすのは何だ、薄暗くて日光なんてないだろ。
「あらいやですわ、庶民はこれだから。消し切れてないじゃありませんの」
練度の低い水で量が足りなかったのか、鎮火したかに見えた木がパチパチと音を立てて再び燃え始める。
どうやら赤髪の男の炎魔法の威力の方が高かったようだ。
様子を見ていたグルグルメガネに明るい黄色い髪をした少年が、避難していた結界から徐に出てきたと思うと、懐から何やら瓶を取り出して緑色の液体をバシャっとかける。
すると炎にへばりついた瞬間もこもこと泡が発生して今度こそ完全に鎮火し、同時に燃えて黒くなった木の部分が再生した。
魔法薬をぶっかけたかと呟く聖剣にルドーは目を見張った。
「やだやだやだ! 聖女が魔物と戦う必要があるなんて聞いてないわよ誰か助けて!」
「ハイハイハイとりあえず助けますよ!」
「ピンチの時こそ覚醒するのが勇者ってね!」
勇者の言葉にルドーは思わず振り向いた。
桃色の髪をした少女が結界に向かって走ってくるが、体力がないのかあまり早くないせいで魔物に追いつかれそうになっていた。
そこに鳶色の髪に目にハイライトのない鈴色の瞳の男が走ってきて剣を振り下ろす。
刃に魔力が込められているのかまるでバターのように魔物が切れていき、そのまま二人で走って結界になんとか避難していた。
おいハイライトのない方は今の様子から戦えるだろ、一応講習だぞ結界から出てこい何避難している。
勇者と言葉を発した右が潤色に左が銀色のツートンカラー、逆の色のオッドアイの派手な見た目の男は、決めポーズをビシッとした後剣を魔物に向かって振るが、何が起こるかと見ていたルドーの目の前で全く何も起こる気配がない。
しばらくして魔物に吠えられて悲鳴をあげた後結界に走り込んでいった。
なにがしたかったんだあいつ。
一方聖女がどうとか言っていた方の桃色髪の少女は息も絶え絶えに結界に入った後は、あとは知らないと言わんばかりにその場に座り込んだ。
聖女じゃないのか、結界すら追加で貼らないのか。
聖女なら同じリリアと二人掛かりで結界魔法を張り直せばもっと確実な安全地帯を作るとこは容易だろうに全く動く様子がない。
なんだこいつ、魔物と戦えないにしてもやる気が全く感じられない。
「誰か助けてええええええええ!!!!」
大きな悲鳴にその場の全員が振り返ると、そこにいたのは子山ほどの中規模魔物がドスンドスンと地面を揺らしながら一人の生徒を追いかけてきていたところだった。
例の手を上げて先生に質問していたメガネ男子だ。
必死の形相で一心不乱に逃げているが、どうやらこいつも戦闘経験がない様子で怯え切って反撃どころではない。
足を度々木の根に引っかからせながら必死に走っている様子から体力もあまりないようだ。
中規模魔物はルドーですら倒すまで三ヶ月かかったのだ。
魔法が使えたとしても訓練もなく初対面で倒せるわけがないので無理もない。
エリンジが舌打ちしながらそちらに手を向け、ルドーも聖剣を手に走り出す。
キメラのような頭が二つある四足歩行の魔物はその二つの大きな口を開け、無数に生えた牙で今にも彼に襲い掛かろうとしていたところだった。