第五話 怒涛の入学式
「全科目合同でやるって?」
「うん。そう聞いたけど」
ルドーの問いかけに、リリアはそう答える。
リリアが着替えの際に、他の女子たちが話しているのを聞いていた。
その聞いた話によると、どうやら他の科とも合同の入学式らしい。
ルドーたちが入る魔法科の他に、基礎科と護衛科があるそうだ。
入学式で指定された場所は、校内のイベントホールのような室内。
正面奥にステージがあり、他の科の生徒が一緒でも問題ないくらいには広かった。
「……本当にここで入学式するのか?」
目の前に広がる光景に、ルドーは疑問を抱く。
特に椅子もなく科目で集まるわけでもない、かなり大雑把な様子。
王侯貴族も生徒として来るような、そういう話は聞ルドーとリリアも聞いたこともある。
それにしては雑多に集められたこの状態。
警備体制としては疑問しかない。
本当にこれでいいのかと、ルドーが不安になるくらいだった。
少し視線を向ければ、ルドーとリリアがいる集団の向こうに、目立つ他の集団がある。
制服を着ていても、どうにも育ちが良さそうな集団が集まっている。
その近辺に、明らかに手練れのような集団が、それぞれで目を光らせている。
特に指定されてないが、魔法科、基礎科、護衛科それぞれで、何となく集まっている気がした。
「椅子すらないのか? いくらなんでも対応酷すぎるぞ」
「馬鹿だな、お前。自主的に来るんだから、お客様扱いは期待するなと親から警告されてないのか」
「これで刺客に襲われたら、エレイーネーはどう責任を取るつもりだ」
「逆だよ。入学式に襲われたほうが、問題が早期目視できて楽だから放置してる」
「つまり襲われたほうが悪いと?」
「手薄な時に来るやつは雑魚だから、それくらい自力対処出来ないなら要らないってことだろ」
皆が立ったまま、ヒソヒソと声を落として話している。
ルドーとリリアが話を聞く限りは、入学式で襲ってくるやつは基本雑魚。
あえてこの状態で放置しているようだ。
「いや、それでも入られないようにする方がいいだろ」
『最初に通った転移門の感じからみるに、本当に雑魚しか入れねぇよ』
聞こえてきた会話にルドーが突っ込んでいると、聖剣がそう響いてパチリと弾けた。
「転移門?」
『あの最初に通ったアーチ状のやつだ。あれで他の場所に移動できる』
頭に響く聖剣の説明に、ルドーは目をパチクリと瞬く。
そう言えば、ルドーがたまに出る町で、そういう門が設置されている建物があると聞いたことがある。
魔力を持たなければ起動できないので、ルドーもリリアもいつも他人事のように素通りしていた。
しかし聖剣の話から、魔力で転移する以外にも、特定の人物しか通さないようにする防犯機能も備えているようだ。
「それで雑魚以外は、厳選して弾いてるって?」
『そういうことだな。不安がるのは、仕組みが分からないやつだけだ』
頭の中でそう響かせながら、聖剣は不安そうな集団を小馬鹿にしていた。
心配するだけ杞憂、少し考えれば分かることだと。
「お兄ちゃん、静かに」
聖剣の言葉にルドーがブツブツ呟いていると、リリアが袖を引っ張った。
周囲が次第に暗くなり、檀上らしきところが明るくなる。
開会の宣言がなされ、どうやらようやく入学式が始まるらしい。
『新入生挨拶』
「あっ、舌打ちのやつ」
魔法で拡散された進行に注目していたルドーが小さく呟く。
壇上に登っている人物を見ると、先程舌打ちしてきた例の無表情が登っていくところが見えた。
新入生代表ということは、入学試験でトップの成績だろうことはルドーにも予想が付く。
『おぅ、思ったよりすげぇ奴だったな』
「マジかよ……」
楽しそうに弾ける聖剣を無視して、ルドーは肩を落とす。
あの竜巻のような虹色の風の魔法を見るに、あの無表情もきっと、ルドーと同じ魔法科だ。
試験が厳しい魔法科で、入学試験トップという凄腕相手に目をつけられてしまった。
これは幸先不安だとルドーが思っていたら、無表情は檀上にあがると、周囲をぐるりと見まわし目を細めて睨み付けた。
「最高の魔導士を目指してここに来た。全員足を引っ張るんじゃない」
何を言われたのか分からず、シンと会場に沈黙が降りる。
身に刺すような痛さを感じる中、次の言葉はまだかと、ルドーとリリアが気まずく身じろいだ。
だが挨拶の言葉は、いつまで経っても続けられることはなかった。
「……え、終わり?」
ルドーは信じられないとばかりに眉をひそめた。
一言言い終えると、無表情は頭も下げずに壇上からスタスタと降りていく。
新入生挨拶というのはもっと“季節挨拶の世辞の句”とか、“入学式ありがとうございます”とか、色々言うことがある気がする。
だがあの無表情からは、そういったものは一切なかった。
ルドーは片田舎出身で詳しくないし、これがエレイーネー魔法学校の校風なのだろうか。
バレないようにしながら、ルドーは確認しようとそっと周りを見まわしてみる。
すると周囲の新入生たちは、ルドーと同じように目が点になっていた。
先生方らしき方も見てみたが、こちらも顔を見合わせて困惑している様子が見て取れる。
つまりおかしいのは、あの舌打ち無表情の方だ。
どうやら大分癖のあるやつらしい。
そんな奴に初手から目を付けられて、ルドーは不安に駆られる。
「つ、次。校長挨拶」
何度か見かけたプラチナブロンドのボサボサ頭が、汗を拭きながら先を促している。
あの人のあの配置から、どうやら先生で間違いな様子だ。
しかし無表情の不躾な挨拶のフォローに回され、なんだか可哀想になってきた。
ルドーが視線を変えると、白髭に白髪を整えた、角帽を被った初老っぽい男性が壇上に上がってくる。
紫のローブを纏った、いかにも魔法が使えそうな、威厳のある風格の男の登場。
少なからず新入生たちは、先程の挨拶からなんとかなりそうな安心を感じた。
なんとかこの微妙な空気を立て直して、威厳ある入学式になるかと、ルドーは思って眺めていた。
しかし――――。
「みんなー、入学おめでとうっぴょんっ!」
パアンと風船の弾けるような音がして、校長が風船のように膨らんで弾け飛んだ。
まるでクラッカーのように、ひらひらと色とりどりの紙吹雪が舞い上がる。
ルドーが見ている目の前で、檀上の校長の姿は消えてしまっていた。
ホール内の新入生たちは、何が起こったかまるで分らず、みな呆然と立ち尽くす。
「校長おおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」
「また脱走したぞ、探せ!」
一泊置いて、ボサボサ頭の先生が白目をむいて絶叫した。
ボサボサ頭の先生が、頭を抱えて走り出す。
会場の入り口から、これまたバァンと大きく音を立てて、ドアから外に出ていったしまった。
何人か男性の先生らしき人たちが、続くように走り出していく。
どうやら脱走したらしい校長を、総出で必死に探し始めたようだ。
叫びを聞いた新入生たちは、わっと蜂の巣をつついたように騒ぎ始める。
「今またって言った?」
「脱走常習犯?」
「え、これ入学式どうなるの?」
ざわざわと、不安がさざ波のように広がって行く。
「どうなってんだ、この学校……」
「うーん、めちゃくちゃだね……」
冷汗をかきながらルドーが呟く。
頭の中で聖剣が傑作だと、ゲラゲラ爆笑していてうるさい。
隣にいるリリアは、もう諦めたのか苦笑いをするだけだ。
「はーい、もう入学式続行不可能なんで、解散にするからこの後の指示出すよー!」
右手を上げながら、けらけら笑う女性が声を張り上げた。
先程ルドーに書類を渡した、あの受付の女性だ。
薄黄緑の背中までかかる長い髪に空色の瞳。
男性と並んでも遜色ないほど背が高い。
胸が良く目立つ黒いタンクトップスタイルに、空色の長袖の上着を腰に巻いて、上着と同色の動きやすいストレッチ性のパンツスタイルだ。
あげている手には、指出しグローブが嵌まっている。
入学式だというのに、大分ラフな格好だ。
「基礎科の生徒は、副担任のマルス先生についてってねー。護衛科は……二人とも走ってっちゃったけど、しばらくしたらどっちか気付いて戻ってくるから、もうちょっと待機で」
ざわつく新入生たちに近付いてきた女性が、指差してテキパキと指示を飛ばす。
校長の脱走も、それを追いかけていった男性教師たちも、完全に慣れ切ってしまっている対応だった。
「そんで魔法科諸君! 私が担任のネルテ・アイビーだ、よろしくね!」
そういって明るく親指を伸ばして自身を指した後、女性は右目の横でピースする。
魔法科担任を自称した、ネルテ先生。
つまりこの女性が、ルドーとリリアの担任の先生だ。
ラフな格好に軽い口調と態度、終始笑顔を絶やさない快活な性格。
ルドーは一気に学生生活に不安が募った。
入学式の混乱に困惑した新入生も、ネルテ先生の自己紹介に返せるはずもなく、反応に困って目配せしていた。
「よろしくおねがいしまぁーっす!!」
やたらテンションの高そうな体つきのいい女子が、ビシッと手を上げて返答した。
このノリについていけるやつがいるようだ。
「いえーい、ありがとう! 魔法科諸君は明日からの授業に備えて、只今より簡易郊外講習行きます。入学式に配った紙を持って付いて来なさーい!」
ネルテ先生はニカッと笑いながらそう説明して、先導するように歩き始めた。
「入学式に、郊外講習?」
ルドーは呆然とそれを眺めながら、他の集団にもちらりと視線を走らせた。
育ちが良さそうな風貌の集団が基礎科らしく、マルス先生と呼ばれたそれらしき人に続いている。
護衛科らしき手練れた連中は、先生が不在なので、言われた通りに戻ってくるまで待機している。
この二つは明らかに寮への案内様子なのに、ルドーたちはところ変わって入学初日の郊外講習。
ネルテ先生の説明に、ルドーとリリア含む魔法科は面食らっていた。
「え、そんな。寮の案内があるんじゃありませんの?」
「荷物持ったまんまだよ、どうすんの?」
「せんせー、バナナはおやつに入りますかー!?」
先程のテンション高い女子が、最後に変なことを言っていた。
だがネルテ先生はそれすら気にせず、疑問の声も無視してズンズン先へと進んでいく。
それに気付いた魔法科は、置いてかれないように各々荷物を持ったままバタバタ続いていった。
「ほい、荷物はそこの中央ホールに置いといて! あと遠足じゃないからおやつはダメね。最初に配った真白な紙があると思うけど、それだけ持ってね」
ネルテ先生は不利かええって、テキパキと指示を続ける。
会場の入り口から外に出て、そのままルドーたち魔法科は、正面玄関から中央ホールまで戻ってきていた。
全員が困惑しながらも、言われた通りに白い紙をガサゴソと取り出し、荷物をそこかしこに降ろし始めた。
ルドーとリリアも倣うように、慌てて紙を取り出し、荷物を適当に積み上げる。
「そんで、おらっ!」
掛け声と共にネルテ先生が手を上げると、空中に巨大な緑色の魔法の拳が現れた。
そのまま殴る要領で腕を振るうと、魔法のこぶしが飛んでいく。
中央ホールに無造作に設置されていたアーチ状の通路の一つを、緑の魔力の拳が殴る。
すると先程城に辿り着く前に見た、黒い空間がアーチの中に現れた。
「これは簡易的な転移魔法門だから、ここから通れば目的地に一直線よ」
「目的地ってどこなんですか?」
メガネをかけた栗毛の少年が、恐る恐るといった様子で手を上げた。
「それは行ってのお楽しみ。さぁ、入った入った!」
ニコニコしながら、パンパンと手を鳴らして入るよう促すネルテ先生は、見ていて逆に恐ろしい。
笑っているのに逆らう事を許さないような圧を、その場の皆が感じていた。
すると渋る周りを無視するように、あの舌打ち無表情がスタスタと周りも気にせず先に進んだ。
全員が沈黙している間に、あっという間に無表情は転移門に入っていってしまう。
一人入れば、後に続くものが出るもので。
渋々といった形で、それぞれが顔を見合わせ、ぞろぞろと後に続き始める。
ルドーとリリアも並んで怪訝に目配せしたあと、最初に指示された紙だけ手に転移門の中に入っていく。
アーチをくぐった先は、それまでルドーがよく見てきた光景だった。
薄暗く鬱蒼とした、肌に纏わりつく重い空気に嫌な感覚。
「……魔の森の中か、ここ」
ルドーの低い一言に、初めて見た様子の周りが、何人か顔を強張らせて息をのんだ。
「はい。そんじゃまず、最初に言ってた紙に、掌をかざしてみてくれるー?」
魔の森の中でも変わらずニコニコ笑顔のネルテ先生が、お手本のように紙に手をかざす。
するとネルテ先生が持っていた紙が、即座に薄水色に変化した。
それに倣って各々紙に手をかざすと、つぎつぎと色が変わっていく。
ルドーも同じように手をかざせば、紙は隣にいたリリアは同じ水色に変化した。
「これは魔力を簡易確認する魔道具で、一度きりの使い切りなんだけどね。色が同じほど魔力の相性が良いんだ」
ネルテ先生が、薄水色に変わった紙を指で弾きながら説明を始めた。
「配った紙は、同じ色がもう一人出てくるように調整してるから、同じ色の相手がパートナーになるわけだね」
今の間に同じ色の紙の相手を探せと言いながら、ネルテ先生は説明を続ける。
「なんでパートナーが必要かっていうと、魔力伝達について学ぶためだ」
魔力伝達。
聞き慣れない単語の登場に、ルドーは周囲を見渡す。
同じように初めて聞いたという顔が多く、真剣に話を聞いている者が大半だった。
「魔力伝達の学習は、魔力の相性が良い人とやるのがうってつけだから、この方法でパートナーを決めてるってことさ。ここまでで質問あるかい?」
「それを何で、魔の森でする必要があるんですか?」
また先程のメガネ男子が、おずおず質問する。
「あぁ、それは簡単。これから行うのは、簡易テストみたいなもんだからだよ」
いい質問だと言わんばかりに、ネルテ先生はニカッと笑う。
「義務入学の子たちも今年は多いし、入学試験もバラバラで実力がわかりきってないから、そもそも魔力伝達どころじゃないだろう?」
そう言ってネルテ先生はルドーやリリア、それから他数人にそっと視線を向けていた。
どうやらルドーやリリア以外にも、義務入学でこの場に来ている者がいるようだ。
「なのでとりあえず、パートナー二人を二組で四人チームを組んでもらう。そんで一人五十匹、小規模魔物を魔法で退治して、実力を知るってのが今回の課題だよ!」
「えぇ!?」
何人かから驚愕の声が上がる。
魔法は使えても、魔物退治が出来るかどうかはまた別問題。
魔物退治は今回が初めてのやつも、何人かいるということだろうか。
確かにそもそも魔の森に入るのは危険だ。
非常事態でもなければ、基本国の許可が必要なのが一般的。
何の権限も持たなければ、魔物退治は滅多に出来るものではない。
しかし小規模魔物なら、魔導士が倒す基本の雑魚だ。
魔法限定で倒すのが、魔導士育成機関らしいといえばらしいのだろうか。
「お兄ちゃんとパートナーか、なんかいつもと変わんないね」
そう言いつつも、どこか安堵した顔のリリアがルドーの傍に近寄る。
「問題は誰のペアと組むか、か……」
そういってルドーがざっと周りを見渡す。
既にいくらか声を掛け合って、チームが出来つつある。
まずい、出遅れてしまった。
ルドーは慌てて、まだチームを組んでなさそうな二人組みを探す。
すると明らかに不機嫌オーラをまき散らして、誰も声をかけてない二人組みが目に入った。
正直ルドーも話しかけるのは、その空気を見る限り遠慮したい。
だがそこまで人数が多くないので、もうほぼチームが出来上がってしまっていた。
このままでは埒が明かない。
ルドーは億劫に感じながらも、意を決して舌打ち無表情に声をかけた。
「あー、そこ。チーム決まってるか?」
「まだだよ。この不機嫌顔のせいで、誰も近付きやしない」
白髪の横から出てきた声は、先程リリアのハンカチを拾ってくれた、黒い帽子の人だった。
腕を組んで首を傾げ、やれやれと肩をすくめている。
スカートを履いているから、やはりルドーの予測通り女子のようだ。
でも帽子は外してないので、目元が分からずやっぱり表情がわからない。
帽子の子の手元にある紙は、無表情の手にあるものと同じ橙色。
どうやらこの二人がパートナーらしい。
「えぇっと、もうほぼ決まってるっぽいから、チーム組んでもらっていいすか?」
「いいんじゃないの? じゃなきゃいつまでたっても終わんないし」
ルドーの慎重な提案に、帽子の子はだるそうに答える。
なんだろうこの人、ものすごく他人事だ。
ルドーが無表情にも確認しようと、そっと視線を向ける。
無表情はうんともすんとも言わないが、物凄くルドーを睨み付けてくる。
イエスかノーかくらい言えないのか。
気に入らないなら、そうとはっきり自分で言えばいいのに。
「一人に付き小規模魔物五十体倒せたら、さっき潜った転移魔法がまた通れるようになるから、そこから戻ってねー」
チームが決まってきたあたりで、ネルテ先生が説明を再開させた。
その説明から、所定量魔物を倒さなければ、エレイーネーにそもそも戻れない。
不安そうな声が、そこかしこから上がっていた。
「私は採点するんで手助けしないよ。それじゃー、アデュー!」
そう言ってネルテ先生は、また魔力の拳を作り上げる。
そのまま両手を地面に振り下ろすと、バシンと魔力の拳が爆発して、遥か上空に飛び去っていってしまった。
宣言通り、ネルテ先生は手助けしてくれないようだ。
「お兄ちゃん、私まだ浄化魔法で魔物が倒せるか微妙なんだけど……」
「あー、援護するわ。えーとそんで、そっちのお二人さん」
不安そうなリリアをたしなめつつ、ルドーは無表情と帽子の子の方に向き直る。
魔物を倒すにしても何をするにしても、まずは協力が必要だ。
そして協力の為には、お互いの名前は必要不可欠。
そう思ったルドーは、まずは自分からと名乗りをあげた。
「俺はルドー、こっちは妹のリリアだ。俺はこの背中の聖剣で雷魔法が使える。一応魔物退治もしたことあるから安心してくれ」
「よ、よろしくね」
「……」
「いつまでも仏頂面だとやりにくいんですけど」
流石の帽子の子も、腰に手を当てイライラしながら無表情に投げかける。
帽子の子が無表情の名前を呼ばないのは、どうやら彼女も無表情から自己紹介されていないからだ。
しかし無表情はルドーの名乗りも、リリアの挨拶も、帽子の子の苦言も無視して、薄暗い森に向き直り始めた。
「魔物五十体くらいさっさと終わらせるぞ」
「いや、名前聞いてんだけど……」
名乗り上げたのに名前を教えられず、流石にルドーも困惑する。
「エリンジ・クレイブだ。二度は言わん」
そういって徐に無表情、エリンジが左手を上げた。
瞬間、七色に光る四つの閃光が、森を眩く照らしながら走る。
その先に迫ってきていた小規模魔物が、あっという間に虹色の閃光で粉々に撃ち砕かれた。
ルドーが見たことのない魔法の使用と、複数同時に軽々と屠った実績。
エリンジの入学試験トップの実力は、伊達ではなさそうだ。
「エリンジねぇ。うわぁ、複数魔法同時発動か。あ、私はクロノでいいよ」
「えぇ……」
帽子の子、クロノは、顎に手を当ててエリンジを観察していた。
直後に思い出したかのように片手を上げて自己紹介して、ルドーは拍子抜けする。
エリンジが対処したものの、魔物も迫ってきた危機的状況。
だがクロノは先程から、やたらマイペースが過ぎる。
周囲は初めて見る魔物に、悲鳴を上げて逃げ出し始めていたり、応戦したりと様々だ。
ルドーやリリア同様義務入学やら、実力ある魔道士を目指して、全員魔法科でこの場にいる。
倒すべき雑魚の小規模魔物相手に逃げるのは、今からその調子で大丈夫なのだろうか。
でもよくよく考えれば、ルドーも最初は逃げていた。
最初なら誰だってあんなものかと、ルドーも思いなおす。
彼らももっと、ちゃんとエレイーネーで訓練してからの接敵を想定していただろう。
あまり悪くいうものじゃない。
「リリ、下がってろ!」
「お兄ちゃん!」
背中を追いかけてくるリリアの咎める声を、ルドーは無視した。
逃げている周囲に被害が出ないよう、ルドーは聖剣を鞘から抜いて走り出す。
「遠距離調整どうすりゃいいんだ!?」
『知らん! 感覚でやれ!』
「アバウトだな、此畜生が!!」
聖剣を振り下ろすと同時に、雷撃が振り下ろされる。
そのまま蛇のように曲がりくねった雷撃は、他の魔法科生徒を追っていた小規模魔物に数珠つなぎ撃ち抜く。
バチバチと次々当たっていき、威力充分で小規模魔物は一撃で消し飛んでいった。
「ひぃふぃみぃ……お兄ちゃん五体に、エリンジくん七体だね」
『おいおい、こっちが少ないじゃんか。もっと頑張れ、お兄ちゃんよぉ』
暴れ始めた途端うるさくなる聖剣を放置して、ルドーは振り向く。
討伐数を数えていたリリアが、掌を向けて両手を広げた。
ふわりと光の風が周囲を舞って、瘴気を霧散させるように払っていく。
そこを中心に覆うように、大きな薄い魔力の幕が、泡のように広がっていった。
リリアはとりあえずの安全地帯を作るつもりらしい。
森の規模が分からないので、瘴気の完全な浄化こそ出来ない。
だが一時的に魔物を寄せ付けない、簡易結界のようにはなるだろう。
「あー……悪いんだけど、ちょっといいかな」
様子を見ていた帽子の人、クロノが徐に手を上げて言う。
「私まともに魔法使えないんだわ。だから後よろしく頼んだ」
「「は?」」
「……えっ?」
ルドーとエリンジの驚愕の声と、リリアの呟きが森に吸い込まれていく。
ルドーは初めて反応を見せたエリンジに一瞬気を取られた。
課題は魔法で一人五十体の小規模魔物を倒すこと。
魔法を使うことが最低条件。
予想外の大きな問題が発生して、ルドーたちは三人とも動きが止まってしまった。




