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第五十二話 帰還と和解

 

「一体何がどうなってこうなってんだい? ルドー? ルドーだよね? 偽物じゃないよね」


「お兄ちゃん!」


 授業中の教室のど真ん中にルドーは少女を足に纏わりつかせたまま突風を吹かせて出現した。


 理解する前にリリアに飛びつかれて、回復してない身体に疲労も溜まっていたのかそのままルドーは教室の床にドスンと倒れ込んで埃が舞った。


「り、リリ、回復かかってねぇからいてぇ、ちょっと一旦離れろ」


 ルドーがそういうと同時にリリアから白い光がバンバン飛び始めて物凄く回復を連打される。

 泣きながら叫ぶように回復を掛け続けて顔がぐちゃぐちゃだ。

 相当心配させたのだろう。


 慌てた様子で傍に歩いてきたネルテ先生にも、心配と困惑が混じったような顔をされている。


「ルドーでいいね、大丈夫なのかい? どこ行ってた?」


「……ガチもんの地獄って言ったら信じられますか、ネルテ先生」


「うーん、混乱してるみたいだね」


 ダメ元で言ってみたものの、やはりネルテ先生には信じられなかった。


 クラスメイト達も大慌てで駆け寄ってくる。

 エリンジにガシっと肩を掴まれた。


「戻るならもっと早く戻れ」


「いや割とガチでヤバ目だったしこれでも最短だって……」


 そのままガクガクとゆすられて回復されていながらどんどん気分が悪くなる。

 いつも無表情のこいつもここまで心配することがあるのか。


「わっほーい、ほんとにルドー君だ! 血まみれの包帯だらけだけど大丈夫―?」


「怪我、酷いなら、医務室、行くべき」


「全く厄介ごとばかりだな貴様は!」


「うわああああん無事でよかったですやあああああ! 心配して心配してえええええ!!」


「あぁもう! 無事だったんだから鼻水まで出して泣くんじゃないわよ!」


「いやでも実際死んだかと思ってたよ……他国の勇者死なせて国の責任問題になるところだった……」


「なんか腕に変なのついてる様な……あれ、何この子」


 わらわらと集まってきた集団にもみくちゃにされながら、少し離れた所から観察していたアルスがルドーの足にしがみついたままの少女に気が付いた。


「ぴえっ!」


「……どこから誘拐してきたんですの?」


「ちげぇ! 保護したんだよ! あれだよカプセルの中の子!」


 キシアからの疑いの眼差しにルドーがそう言って一旦離そうとするが、見慣れない人間だらけに混乱したのか紫髪の少女は大泣きしながら足をがっしりつかんで離さない。

 思ったより力強いぞこいつ。


「カプセルと一緒に移動したのか。あの男は?」


「そっちは知らねぇ」


「あー、ちょっと保護科の方に連絡入れるか。ルドー、外傷は? 話聞いた限り相当重傷だったそうだけど大丈夫かい?」


「一応は大丈夫っす、多分……」


 そのまま色々質問されるが、疲労が溜まった思考では上手く回答できていたかどうか、あまりルドーは覚えていない。


 一旦休ませてくれと寮の自室に戻ろうとしたが、足にしがみ付いた紫髪の少女が離れない。


 流石に狭い寮の個室で一緒に寝るのは気が引けたので、しょうがないので治療の確認も含めて医務室で一夜を明かした。


「お名前はー?」


「ぴえっ!」


「どこから来たの?」


「ぴっ!」


「怖くありませんわよ」


「ぴえっ!」


「これ、お菓子、食べる?」


「ぴっ!」


 翌日もルドーの足にへばりついたままの紫髪の少女は、クラスの女子たちから優しく話しかけられたが鳴くだけで離れないし話さない。


 なんとか話だけでも聞こうと他の面子も色々と語りかけているが鳥みたいに囀るだけだ。

 エレイーネーに戻ったならそろそろ安全なので離れて欲しいものだが。


「なんかショック性の記憶障害と言語障害があるって聞いたんだけど」


「誰にだ」


「あー怪我治療してくれたやつ」


 地獄だ悪魔だといっても理解されないので、たまたま居合わせた現地の人が魔法薬を使って治してくれたとルドーは周囲に伝えた。嘘は言っていない。

 その際魔法を見てくれたので腕輪を貰ったと言えば周囲は納得したが、契約魔法が付いた右手の甲に、職員室にて改めて詳しい説明を聞いていたネルテ先生は渋い顔をする。


「気を付けなよ、契約魔法はどうやっても破れない。どんな内容で契約したんだい?」


「学校に送り届ける代わりになんか目的に協力しろって……」


「内容は?」


「聞いてません……」


「肝心なところを聞かないでどうするかねこのおばか」


 べしべしとネルテ先生にチョップをされて反省するも、手段が他になかったのでどうしようもない。


「まぁ無事戻ってきてよかった、報告聞いた時は肝が冷えたよ。酷い怪我してるはずなのにいくら探知魔法使っても引っ掛からなくて見つけられないから探索範囲を広げてたところだったんだ」


「うちのサンフラワアと護衛科のクレトワさんが心配してましたよ。後できちんと報告しときなさい」


「う、うっす」


 書類の山に埋もれているヘーヴ先生からも、書類から目を上げて手に持ったボールペンで指されながら言われ、しどろもどろになりながらもなんとか返答する。


 依頼の結果大量の剣に刺された後転移魔法の暴発で行方不明だ。

 依頼者である二人には責任から相当心配させているだろう、後で顔を出すべきか。


「先生、あの男はどうなったんですか?」


 グルアテリアとランタルテリアの戦争は阻止できたらしい。

 ただルドー達が対面したあの男の詳細は不明だった。


 ルドー達と一緒に転移魔法の暴走に巻き込まれてどこかに吹き飛んだらしいが、それがどこだか定かではない。

 出来れば地獄にいて戻って来られなければよいのだが、それならあの時ゲリックが何かしら言っていてもおかしくない気もする。


 つまり地獄にはいない。こちらのどこかにいる可能性が高い。


「意図的に戦争を引き起こそうとしてたやつね、悪いけど情報は全く上がってきてない。部下とか言ってたらしいし大掛かりだから組織的なものだろうけど、今は何もわからない状況だ」


「あとこの子、多分魔人族だと思うから返したほうがいいと思うんですけど……」


 ルドーが少女を見下ろす、制服のズボンごと足をがっちり掴んで離さない。

 おかげで危険なため基礎訓練も魔法訓練も出来ない。

 座学はなんとかなるが、このままでは授業に支障が出る。


 ネルテ先生と相談していたが、一応事前に保護科の先生たちとも話したが怖がって全然引き剥がせなかった。


「うーん、あの後から襲撃はないし、そもそも連絡手段がないからな。クロノなら何か知ってるかもしれないが、話すかどうか」


「え、話すって、行方不明じゃ?」


「あぁ言ってなかったか、戻ってきてるんだよ。ただ授業には相変わらず出てきてない。学内のどこかにはいるはずだよ」


 魔人族について一番詳しいとすれば、一緒に行動していたクロノだ。


 戻ってきていたことを知らなかったルドーはネルテ先生達に説明を終えた後、学内を探し始める。

 同じ魔法科のままならルドーが行動できる範囲内にいるだろう。


「お名前言える?」


「ぴえっ!」


「うーんやっぱり駄目だねぇ」


 職員室の外で待っていたまま一緒についてきたリリアも何度も試しているが、相変わらず囀ってしがみ付くだけで何も話さない。


「クロノが戻ってきてるって言ってたけど、戻る気になったなんて何があったんだ?」


「正確には連れてきたの。あの髪の、カイムくんだっけ? 錯乱して髪の刃に貫かれて、瀕死の重傷になったの。回復魔法を使ったんだけど何故か効かなくて」


 血まみれになって意識を失ったクロノはそのままニン先生がエレイーネーに連れ帰り、ベテラン聖女の保護科担任、クランベリー先生が回復魔法を大量に施してやっと止血出来たという。

 すると血が止まってクランベリー先生が安心して一息ついた途端、何もしていないのに急に一気に怪我が治り、あっという間に回復して意識を取り戻したそうだ。

 ただあまり調子は良くなさそうで、本人も心ここにあらずといった様子。


 クロノのエレイーネー出奔は学習科目変更の件もあり、瀕死の重傷を負わされたことで脅されていたのではという見方が強いためお咎めはなかったが、実力こそ高いもののこのまま魔法科に置いていいものか先生たちも考えあぐねていて、本人の意向を聞きたいが本調子ではない今それも出来ず、事情も何も聞けないままなにもかも宙ぶらりんのまま学内をふらふらしているという。


 その様子を心配したイシュトワール先輩が毎日のように様子を見に来てはいるが、相変わらずそれからは全力で逃げているらしく事情も何もわからないままだそうだ。


『瀕死の重傷? 俺の雷魔法弾いたあいつが?』


「嘘だろ攻撃が通った? なのに回復魔法が通らなかった? なにがどうなってんだ?」


「わかんない。意識戻った後何度か聞いたけど、ボーっとしてた時に無意識に外したとか、そう一回口を滑らせたように言った後、何にも話してくれなくなった」


 無意識に外した、なにを外した。


 あの時遭遇した剣男はクロノに向かって何か言っていたような気がする。

 あいつの体質は一体どうなっているのだ。


「――――その子」


 ルドーとリリアが廊下を歩いていると、後ろから声を掛けられて振り返る。


 噂をすればとでもいうのか、クロノがそこに立っていた。

 確かに調子が良くないのか、こちらに歩いて来るその様子はどこか幽霊染みていてフラフラしている。


 ゆっくり歩いてきたと思ったら、徐にルドーにしがみ付く少女の傍に腰を下ろして目線を合わせた。

 帽子を被っているままなのでそう見えただけではあるが。


「……ライア?」


「クロノ、ちょうどよかったこいつの事で探してたんだ……って知ってるのか?」


「カイムがずっと心配して探してたよ」


 クロノはルドーの言葉には答えず、少女に話しかける。

 目線を合わせたまま、帽子はしっかり被っているので表情はわからないが、何となく心配している様な声色だと思った。


 ルドー達がクロノの様子をしばらく見た後少女に視線を向けていたら、ライアと呼ばれた少女の黄色い瞳から大量の涙がこぼれ落ち、ボロボロとそのまま大泣きし始めた。


 その場にいた三人全員飛び上がって慌てる。


「えっ、あ、いや、泣かせるつもりで言ったんじゃなくて」


「どうしたの? 何か怖いことあった?」


「大丈夫だって、ここに怖いもんねぇから。クロノ、こいつあいつらに返せないのか?」


「……ごめん、私は捨て置かれた。知ってる拠点も見てきたけどもぬけの殻で私も連絡できない」


「いつ見に行ったんだよ……」


「カイっ……にいちゃ……」


 ライアが初めて言葉を発した。


 そのまま声を上げて大泣きし始めたライアにルドー達は何もできず立ち尽くす。

 静かな廊下にライアのすすり泣く声だけが木霊した。

 誰も何も言う事が出来ず、延々と続くような沈黙が場を支配する中、唐突に大きなため息が聞こえた。


「あぁーほんっとなにやってんだろうなぁー」


 急に一人呟き始めたと思ったら、クロノはパアンと大きく両手で自分の頬を叩いた。

 あまりの衝撃で周囲に突風が舞い面食らうルドーとリリア、驚いたライアも目を見開いて泣き止んだ。


 しかしそんなルドー達も気にするでもなくクロノはライアの前で立ち上がる。

 先程見かけたフラフラしたような様子が消え、最初に会った時の様な飄々とした調子が戻ってきていた。


「やることが出来たな、やるか。ねぇ、ルドー、だっけ?」


「えっおう、な、なんだ?」


「あいつだれだっけ、えーっと、初日からずっと絡んできた」


「エリンジか?」


「どこにいるか教えてくんない?」


『なんだなんだ急にどうした』


「うーん、座学の時間が近いし多分教室にいると思うけど」


「あいよありがと」


 ルドーの代わりに答えたリリアに軽く礼を言ったと思ったら、強めの足取りで歩き始めたクロノに、ルドーとリリアは一抹の不安を感じてライアをぶら下げたまま後を追う。


 魔法科の教室に続く廊下の先でドアが開く音に、先ほどまでざわついていた教室が急に水を打ったように静かになる。


 ようやく追いついたルドー達が教室の開いたドアから中を見ると、クロノがエリンジの襟首を掴んで唐突に上に吊り上げた所だった。

 静かになっていた教室が途端に大騒ぎになる。


「ちょっ、クロノさん!? 珍しく教室に来たと思ったら何を!?」


「あわわわわわわ」


「えっ喧嘩―? 今度は逆に喧嘩売る感じー?」


「確かに恨みは買ってそうだけども」


「いいぞ! そのすました顔に一発かますのだ!」


「どっちが勝つか賭けを開催したほうがいいですかや?」


「ハイハイハイここであえてエリンジくんが勝つ方に賭けてみますよ!」


「全くこれだから野蛮人は嫌ですわ」


 慌てて止めようと声を掛けるキシアに、困惑するトラスト、不思議そうにするメロンの横で納得の表情のアルス、ついでと言わんばかりに殴ってしまえと声を上げるフランゲルと賭け事を始めようとするカゲツに、賭け乗り始めたハイハイ男に嫌味を言い始めたハイドランジア嬢。

 聖剣(レギア)も賭けに乗りたそうに悩む声を上げ始める。いや状況考えろよ。

 しかしクロノの腕力をこの場の全員が知っているので、下手に手を出せない。


 急に首を絞められて苦しそうにしているエリンジだが、今までの所業があったせいかあまり抵抗する気がなさそうでされるがままだ。

 突然の事に周囲が混乱する中、パサリと何か封筒のようなものがエリンジの制服の脇から落ちた。


「やっぱあんたか。私が書いた退学届隠してたの」


 そう言ってようやくクロノはエリンジから手を離し、エリンジはそのまま落とされて地面に尻もちをついた。


 ルドーが近寄ってエリンジの傍にしゃがみこんで様子を見ようとした前でクロノが落ちていた封筒を拾い、驚いたルドーが顔を上げて声を掛ける。


「……えっ? 退学届? 隠してた?」


「自分の保身か、罪悪感か、まぁなんでもいいけど。変だと思ったんだよ、退学届置いてきたのにいつまでも捜索されてて」


「エリンジ?」


「手がかり探して寮に忍び込んで、見つけた。つい、隠した」


「なんでまたそんなこと」


「俺もよくわからん」


「えぇ……」


 珍しく曖昧なエリンジの返答にルドーは困惑して頭をかいた。


 教室の空気が困惑してざわついている中、ビリビリと紙を破る音に全員が驚いて顔を向けると、クロノが拾った退学届を雑に破り捨てている所だった。


「はい、これでなし。やりたいこと出来たからもうちょい残るわ」


「えっ、えぇ? お前それでいいのかよ、退学届隠されてたんだろ、軽くね?」


「後に引きずるの嫌いなの。ほら、もう気にしないからあんたも気にしない。えーと、エリンジだっけ。怪我の治療ありがとね」


 そう言ってクロノは強引にエリンジの腕を掴んだら物凄い勢いで立たせた。

 あまりの勢いに横でしゃがんでいたルドーがひっくり返ってライアも折り重なるように上に一緒に倒れ込んだ。



「……今更だが、入学してから攻撃して悪かった」


 引き上げられたエリンジはしばらくクロノの方を呆然と見ていたが、目線を下に下げたと思ったら、頭を下げて謝罪した。


 教室が再び水を打ったように静かになる。


 全員が固唾を飲んでその様子を見守る中、クロノはいつもの他人事でどうでもいいというように、首を傾げるように顔を背けながら手をしっしと振りはじめた。


「あー、もういいよ別に、立場として正しいのそっちだし。私魔法まともに使えないままだけど、それでもいいなら置いてくれる?」


「……わかった」


 二人の会話に教室が静かになる中、エリンジの返答を聞いたクロノは、肩をすくめてそのまま入って来た時と同じように颯爽と出ていった。


 会話内容からネルテ先生にでも在留を報告しに行くのだろうか。


「つまり全員戻ったってことでよろしいので?」


「うわぁーい! やっと全員揃ったー! また筋トレのアドバイス聞こーっと!」


「あのアドバイスで役立つと思っておるのか貴様!」


「楽な方法聞くに越したことないじゃない! これで楽に能力あげて知名度上げるわよ!」


「多分、楽には、ならないと思う」


 嵐が急に来たと思ったら過ぎ去って、また教室の喧騒が戻ってくる。


 混乱して座り込んだままのルドーと、同じく突っ立ったままのエリンジの傍にリリアが寄ってきて、ルドーとライアをそっと引き立たせた。


「とりあえず、一件落着?」


「多分そうじゃね、エリンジ大丈夫か」


「……正直拍子抜けだ」


 入学してからずっと続いていた蟠りがようやく解消されて、エリンジは少し呆けていた。


 その日の校庭での魔法訓練、ルドー達が見ている中エリンジは初参加してきたクロノに組手を依頼されて素手でボコボコにされた。


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