第四十四話 平和の国グルアテリア
ネルテ先生から依頼による外出許可を貰い、危険時は即退避するようにと念押しされた上で出発した。
同行するのはリリア、エリンジ、カゲツ、ヘルシュ、アリアの五人だ。
依頼人のオリーブと護衛のサンザカとは現地集合を予定しており、転移門からグルアテリアに出て集合場所に向かって草原の中舗装もされていない砂利道を歩いていた。
「あ、鳥が鳴いてる」
リリアがそう言って上を見上げれば、遥か彼方に何かの鳥が鳴いて飛んでいるのが見えた。見渡す限りの草原で、民家すらも見当たらないなにもない辺鄙な所だ。
周囲を見渡すようにキョロキョロしていたエリンジ以外のルドー達を見て、ヘルシュが指二本をビシッと頭の上に当てながら決めポーズをして話し始める。
「ふっ、初めて来るモブ君たちに丁寧に教えてあげよう、僕は優しいからね。グルアテリアは漁業が盛んな分この辺りはのどかな見ての通り平和な国だよ。魔の森の接触面積も一番少ないしここからも遠いからね、戦争とは本来無縁の国さ。この国には統一するメリットがないからね」
「でも昔は統一しようとドンパチしてたって話じゃなかったか?」
「お兄ちゃん歴史学」
集合場所に向かって歩きながら説明するヘルシュにルドーが質問すると、またリリアからジト目で非難される。
これは戻ったらまた徹夜で補習コースだ。
最近自分だけでは男子寮の中を見切れないからとエリンジまで呼び出してくる。
二人してやめろ。
「戦争を仕掛けてくるのはいつも隣のランタルテリアさ。あっちの方が国の南西がほぼ魔の森で比較するでもなく接触面積が大きいから、安全地帯を確保したいんだろうね。元が一つの国だった分、庶民含めて国民全てがその思想が強いって聞いてるよ」
「ランタルテリアだけ割を食ってるって思ってんのか。そうなるとお前勇者だし戦争時は真先に現場に駆り出されんじゃねぇの?」
「ピンチの時こそ勇者は覚醒するもんでしょ?」
「そうよね、その方がかっこいいものね!」
「……要するに何も考えてねぇと」
いつもいつも覚醒と何を言っているかは今一わからないが、何も考えてないという事だけはわかったルドーは、それ以上追及するのを諦めた。
人も見ない虫や動物だけの穏やかな道をゆったり歩いていると、まるで休暇にでも来たかのような錯覚に陥る。本当に戦争準備のような状態になっているのだろうか。
指定された集合場所が、調査を依頼されている教会だ。
しばらく歩いた丘の上から、下り坂の下方に草原にポツンと建っているそれはとても絵になる。
「しかし集落でもないのに教会だけあるのは不自然じゃね?」
「たまにある。移住して住民がいなくなっても教会だけ残ってる場所だ」
ルドーの疑問にエリンジが返す。
収入がなくなり、生活出来なくなった住民が職を求めて移住するそうだ。しかし世界宗教の女神教は教会本部や支部からの支援があるので、その土地での収入が無くても成り立つ。
結果、住民が居なくなっても教会だけが残るとこのような形になるのだ。
こういった教会は旅人やキャラバンの商人などの寝泊まりの場所を提供している宿屋のように活動しており、そういった宿泊客から祈りをささげてもらっているそうだ。
「はー、町から宿ね。仕組みは変わっても残るってもんか」
「この辺りは首都から遠いし国外への輸出路にも使われないから必然的に廃れたのさ」
『建物も見当たらないなら人がいなくなって久しいのに教会は顕在ってか』
「私たちの村には教会なかったからそこらへんよくわかんなかったね」
「ややっ!? 教会がないとは、相当な田舎とお見受けします」
カゲツが相当驚いた様子で口に手を当てている。
確かに今までいろんな場所を転移門で巡った先で大体教会を見かけたので、教会すらなかったルドー達ゲッシ村の方が珍しい例といえると何となく察しが付いてきていた。
正直村の特産品は農作物の野菜ぐらいで、それも住民を賄えばほとんど残らないような生産量だ。
魔の森が近かったから訪れる旅人も少数で、高齢化もあって住民の数は減る一方。
国に対する帰属意識も派遣されていた兵士に対する感謝ぐらいで、正直村として運用出来ていた方が奇跡といってもいいほどかなり寂れた村だ。
久しぶりに生まれ故郷に思いを馳せながらルドーはカゲツに説明した。
「農作物でのほとんど自給自足みたいなとこだぞ」
「ふむ、今度農作物見せてもらってよろしいですや?」
「えっなんで?」
「いや色んな特産品は見ておきたいものでして」
そう言い切ったカゲツの表情に儲け話を期待して等の他意はなく、純粋に特産品が知りたいだけだと分かったルドーは不思議そうにしているリリアと顔を見合わせた後首を傾げて疑問を呈した。
「カゲツお前魔導士志望なんだよな、商い志望じゃなくて」
「確かに魔導士が志望ですが、私が目指しているのは商売もしている魔導士なんですやっ!」
世界を守るとか強いものとか、魔導士とはそういう事をよく聞くのでカゲツの言うものがよくわからないルドー達は視線をカゲツに向けた。
「この魔の森があちこち点在する世の中で、あちこち回って商売するのも一苦労! 毎回魔導士を雇ってたんじゃあんまりにも効率が悪い。ならば私自身が魔導士になって魔物の脅威から自衛しながら商売すれば万事解決! ってことです」
指をぴょこぴょこ動かしながら得意げに笑って言い切ったカゲツの話に、ルドーとリリアは驚いて歩きながら顔を見合わせてそれを眺めていた。
エリンジでさえ目を見開いてカゲツの方をじっと見ている。
ヘルシュとアリアも思っていた魔導士の姿から大きくかけ離れているカゲツの理想像に、二人話していたのも忘れて驚いて見つめていた。
「へー、確かに大きい商会しか旅できないし、そういう商会にはお抱え魔導士が居たりするときもあるもんね。あれ、でも魔導士がそういうことしていいんだっけ?」
「戦闘に関する魔法や逮捕関連の資格だ。商売は別に禁止されていない」
「なーるほどなぁ、それなら確かにいけるか」
エリンジの補足に、リリアとルドーは納得した。
世界平和だけでなく、こういう魔導士を目指すのも悪いものではないだろう。
「それで将来の事考えてオリーブさんと一緒にいるわけか」
「はいや! サンフラウ商会は人情をモットーにしている大手、仲良くさせてもらって損はありませんから! 経験にもなりますしね」
「そう言ってもらえると助かるわぁ、カゲっちゃん。私も将来たくさん頼りにさせてもろうからよろしゅうね?」
辿り着いた教会の扉を開けば、教会の人と話していたオリーブと視線が合う。
横長の椅子がたくさん並んだ室内の中央には、様々な形をした剣が人より高いほどに乱雑に山積みにされていた。
その前で教会の人と話していたオリーブと、護衛科のサンザカ、あともう一人、一般人の服装をしたツンツンと尖った黒髪に黒い垂れ目の四十代くらいの男性が一緒だ。
腰に両手剣をさした名前の知らない男、しかしどこか見覚えがある。
「あれ、またイスレさん?」
「やぁ、また会いましたね君たち」
オリーブが話していた教会の人はイスレだった。
リリアが不思議そうに声を掛けると、ニッコリ笑って丁寧にお辞儀する。
これで会うのは三度目になるが、毎回国が違うのにこうもよく会うものだろうか。
ルドー達がそう疑問に思っているが伝わったのか、イスレさんが説明し始めた。
「いやぁ、私は指定の教会所属ではなくあちこち派遣されるタイプなんですよ。だから派遣された先での相談やら依頼やらを引き受けることが多いという訳です」
「面倒事を押し付けられているか」
「も、もっとオブラートに包んでくれないかな」
エリンジの容赦のない指摘に思う所があるのか、イスレさんが困った表情で顔をひきつらせた。
「やぁどうも! 主人公の登場だよ! ところでそちらの一般人の方は誰かな?」
「君、俺もエレイーネーの先生だって。まぁ護衛科の担任だから滅多に会わないけどさ」
「護衛科の担任!?」
「ニン・エファーだよ、よろしくねー」
驚くルドー達にそう言って腕を組んだまま手をひらひらさせるニン先生を見てルドーは思い出す。
入学式で脱走した校長をヘーヴ先生の後ろから一緒に追いかけていった男性教師の一人だ。
「先生は武器に詳しいのと、危険を考慮して念のために私からお願いしました」
サンザカが後ろに控えたままきりっとした顔で告げる。
護衛科のサンザカだからこその提案だろう、確かに武器を調べる依頼なら武器に詳しい人間が必要なのは当然だ。
「うーん役得役得。あ、君が例の聖剣使いの勇者くん? ぜひ今度その聖剣見てせて欲しいんだけどなぁ」
「あー……触らなければ、いけますかねぇ」
『うっわ目が逝ってら』
「わー噂通り喋るんだぁ」
ぐるっと顔を向けて怪しい息遣いをしながらルドーにじり寄ってくるニン先生に、聖剣は怯えたのか一瞬ピリついた。
「先生、今は依頼を優先してください」
控えたままのサンザカに目を閉じたまま指摘されて渋々後ろに戻っていくニン先生。
ルドー達は改めて積み上がった武器を見上げる。
年代はよくわからないが、刃がギラギラ光っており古そうには見えない。
「俺の見た限りこの雑多に積まれた剣はどれもグルアテリアでは登録がないものだと思う。その割には手入れが恐ろしいほど行き届いているから、ホラ、この通り」
そう言って徐に積み上がった剣を一本適当に引っ張り出した先生は、ポケットからハンカチを取り出して切り付ける。
ヒュッと軽い音が鳴ったと思ったらハンカチは一瞬で分割されて小さくバラバラになっていた。
流石護衛科担任、剣の実力は相当なもののようで思わずルドーは目を見張った。
「武器に詳しい俺が見た感じ、打ち立てにほぼほぼ近い新品状態だ」
「……ヘルシュお前、鑑定魔法使えんの?」
「任せてよ! こういう時こそ勇者として覚醒するのが主人公だからね!」
とりあえず自国の勇者を優先したほうがいいかとルドーがヘルシュに声を掛け、エリンジとリリアに下がらせる。
ヘルシュは手を掲げてしばらくうんうん唸っているが、一向に何か起こる様子はない。
「唸れ僕の主人公補正! うーん、あれ、おかしいな……」
「頑張ってヘルシュ君! ヒロインの私が付いてるわ!」
「あー……ひょっとして君たち二人、勇者聖女症候群だったりする?」
また大袈裟な姿勢で手を動かしているヘルシュと、横で声を掛けているアリアを交互に見ながら、ニン先生が何やら意味深な様子で顔に手を当てて声を掛けた。




