第四十三話 初依頼はお荷物とともに
入学してから五ヶ月が経過し、学期末の休暇が近付いて生徒達が浮足立ってきた頃、ルドーに依頼したいと基礎科の生徒から声が掛かった。
まだ聖剣の落下対策も重力魔法対策も出来ていないルドーは余り気乗りしなかったが、どうしてもという声と基礎科一年からという事で話だけでも聞いてみることにした。
魔法科と基礎科では校舎が別の場所にあり、転移門の魔法でそれぞれ繋がれているので、知り合いからの紹介や訪問が無ければお互い行き来出来ない。
これは五十年程前の聖女暗殺未遂事件に起因しているらしい。
なんでも刺客が基礎科の生徒を装って入り込んだとかなんとか。
今は基礎科も護衛科も身元がはっきりしていないと入れない。だからこそ問題はないはずだ。
「あれ、エリンジとリリも呼ばれてたのか」
「あぁお兄ちゃん、言ってた用事って依頼の話なんだ」
ルドーは向かっていた指定された基礎科の個室の前でばったり二人に遭遇する。
二人とも今日は用事があると言っていたが、どうやら同じだったようだ。
扉を開いて中に入ると、こぢんまりとした部屋に革張りの椅子に磨かれた机が置かれた応接室のような場所だった。
王侯貴族が使うことが多いからか、置いてある調度品や絨毯などもどこか品がいいような気がする。
ルドーも詳しくはないのでそんな気がするだけだが。
「あ? アリアと……えーっとそっち誰だったっけ」
中には先客が二人いた、アリアとナルシスト男だ。
優雅に座って先に紅茶を頂いている様子は様になっているので、今更だが二人とも貴族の出だと再認識する。
そういえばルドーはナルシスト男の名前を知らなかったなぁと声を掛ける。
ナルシスト男はガチャンとティーカップを滑らせ、エリンジとリリアから信じられないものを見る様なジト目を感じた。アリアはノーリアクションだ。
「い、いいけどね? 僕は主人公だから寛容だからね? では刮目して聞いてもらおうか。僕は世界を救う勇者、ヘルシュ・オクロッカだ! サインが欲しいなら今の内だよ?」
「いやサインは遠慮しとくわ」
どこまでも上から目線で身振り手振りも大袈裟に自己紹介するナルシストもといヘルシュ。面倒になったルドーはとりあえずサインを断った。
フランゲルが勇者なのは知っていたが、一緒にいたヘルシュまで勇者なのは知らなかった。
聖剣を奪おうとして感電してからは諦めたようであまり絡みがなかったが、アリアも聖女なのであのグループは勇者と聖女で成り立っていたのかとルドーがしみじみしていると、ガチャリと扉が開いて人がぞろぞろと入って来た。
「あんらぁ? 呼んでない人が二人ほどいるんはどしてやろなぁ」
「あややや、アリアさんとヘルシュさんお呼びでないですよ?」
「……追い出しましょうか」
入って来たのは確かアシュで会ったサンフラウ商会のオリーブと、なぜかセットで付いてきているカゲツ、それと初めて会う女子生徒だ。
初めて会う女子はキリっとした釣り目に、黒髪に左のこめかみ辺りから緑のメッシュが入ったような髪を後ろに一纏めにした、いかにも厳格そうな様子で、腰に下げた剣に手を掛けている。
しかし明らかに部外者扱いされているのに、ヘルシュもアリアも全く気にするどころか逆に困った子たちだなぁとこちらに批判的な態度で両手を肩の横にあげていた。
「はぁーやれやれ。ここでグルアテリアについての話があるって小耳にはさんでね? 僕は世界を守るのを定められてはいるけど一応グルアテリア所属の勇者だからさ、話を聞いたほうがいいと思ってきたって訳だよ」
「そうなるとヒロインの私も来たほうがいいのは当然よね?」
「あやや、アリアさんが何を言っているのかわからないのです」
カゲツがアリアの発言に混乱している中、オリーブはヘルシュの言葉を聞いて悩むように腕を組みながら指を顎に当てる。
「うーん、まぁ確かに話したいのはグルアテリアでの事もやからなぁ、そこの勇者ですってなると話聞かせませんって訳にはいかんかぁ。ええよサンちゃん、一緒に話しましょかぁ」
諦めた様子のオリーブさんが振り返ってそう後ろの女子に伝えると、厳格そうな女子は頭を下げた後剣から手を離してピシッとした姿勢で後ろに控えた。
「あぁこの子は護衛科のサンザカ・クレトワいうて、私の護衛してくれとる子なんよ。一応色々あった後やから親からきつう言われとるけん堪忍な?」
両手を閉じて顎に当てながらオリーブにそう紹介されてサンザカは軽く頭を下げた。
確かにサンフラウ商会の後継であるオリーブもアシュでの一件で現場の要人枠にいたので、商会が警戒して護衛を増やすのは当然だ。
ルドー達も納得したように頷いた後、三人は改めて軽く自己紹介して、座るように促されそれぞれ席に着いた。
「そんじゃ話させてもらいますけど、最近色々ときな臭い情報があちこちから上がってきとんは知っとるよね?」
「いろんな国のお偉方とか、貴族とか、商会とか、なんか凄いことになってきてるあれだよな」
オリーブの指摘にルドーが指折りながら答えると、頷いてさらに先を続ける。
「一応うちのサンフラウ商会からは情報は全く出てないんやけどな、いろんな商会から同時にこんな情報が出てるもんやから、実は怪しいんやないかと言われ始めてもうての。ホラ、商会は信用が命やからちょっと困っとるんよな」
「やましいことがないなら堂々としてればいい」
エリンジがいつもの調子で断言する。
ルドーはリリアと二人こういう奴です気にしないでくださいと苦笑いを浮かべながら頭を下げる。
気にしない様にニッコリ笑うオリーブの背後でサンザカが怖い顔でエリンジを睨み付けてきていた。
「そうは言うてもねぇ、お客さんは不安がるもんよ。しゃーないから不安を払拭させるために色々とこっちでも調べてたんやけどな、どうにもグルアテリアの方で変なことが起こっとるみたいで」
「変な事ってなんですか?」
「流れが全くわからん武器がたくさん出てきてるみたいなんよね」
オリーブの話によると、お金や人の流れが多くなってきているのは調べが付いたのだが、どこから来たのかとんと見当のつかない武器があちこちからたくさん出てき始めたらしい。
流れが伏せられているならその様子を隠し通しても何らかの形跡が出るはずなのに、その形跡すらないそうだ。
「人やお金がたくさん動いてるんがうちとは商売敵のエルムルス商会でな、最近警戒心やたら強くて調べるんに一ヶ月もかかってしもうたんよ。一応エレイーネーの先生方には知らせとるんやけど、どうにも気になるからこっちでも個別に調べたい思うて声掛けさせてもろたんやわぁ」
「金に人に武器か、まるで戦争準備だな」
「えぇ!? 国からなんにも聞いてないけど!?」
エリンジの言葉にヘルシュが流石に慌てる。
しかし戦争阻止のために動くならそれこそエレイーネーの熟練たちの出番だ。ルドー達まだ資格取り立ての新人に出来ることは少ない。
オリーブもそれはわかっているだろう、何をさせたいのだろうか。
「グルアテリアと隣のランタルテリアは元々一つの国だったさかい、昔からどうにも統一しようと小競り合い絶えんからな。ここ三十年くらいは大人しかってんけど、まだ火は燻っとる。でも戦争なんてなったらうちらにはどうにもならんからそこら辺は専門家のお仕事や。うちの方で調べたいんはどうにもはっきりせん武器の出どころ。知らん間に商会内に出現されたら火の粉被るしたまらんからな。多分魔法がらみやろうから調べて欲しいんよ」
「それこそ先生たちの方の仕事になるんじゃ……」
「先生方の方でも調べてもろとるよ。エルムルス商会の方を主軸に、きな臭い情報が出てるところを調べてもろとる。あんさんたちに調べて欲しいんは、戦争とは無縁のはずの教会から出てきた武器の方やね。こっちは調べるんに協力的やから」
「……今は他者利益が基本思想の女神教の教会から武器が出てきたって?」
オリーブが続けた話によると、教会構内の真ん中に突如として山積みにされた武器が見つかったそうだ。
基本人の出入りはあるし、夜は施錠されている。鍵が細工された形跡もないので関係者の方がどうすればいいかわからず困っているらしい。
それで武器の引き取りの扱いはないかとサンフラウ商会に声が掛かって情報が上がってきたそうだ。
一ヶ所だけならまだ不思議現象で終わったものだが、グルアテリア各地の教会で続々と発生し始めたらしく、教会としても活動が妨害されて迷惑被っているようだ。
「本来はグルアテリアの魔導士さんたちの仕事なんやけど、今の混乱であちこち呼び出しやら調査やらで手が回らへんの。先生方も手一杯やし」
「それでこっちに話が回ってきたんだね、これぞ主人公の活躍の場ってもんでしょ! グルアテリアには顔が効くし任せてもらうよ!」
「キャッ、ヘルシュくん素敵よ!」
自国の事なのでヘルシュの方はわかるのだが、アリアは本当に何なのだろうか。
この間までフランゲルの方をヨイショしていたように思っていたルドーはアリアが何を考えているか全くわからない。
「攻撃力の高いエリンジくんとルドーくんに声かけたんは、出どころ不明でようわからんこの武器を調べた後破壊して欲しいからや。絶対碌なもんちゃうからな、あっていいことないと思うんよ。リリアちゃんに声かけたのは保険や。回復魔法が凄い上手いらしいから、万一のことがあった時の為にいてほしいっちゅうわけ」
「まぁ武器が大量に転がってるってなったら万一もあるか」
「どうする? お兄ちゃん」
「うーん……」
盛り上がって二人の世界に入っているヘルシュとアリアは無視して続けたオリーブに、ルドーはどうしようかと悩む。
解析魔法はデメリットで使えないので調べるのはエリンジとリリア任せになる。武器の破壊は問題ないだろうし、聞く限りそこまで危険な案件でもない気がする。
しかし最近そういった案件で立て続けに戦闘が発生しているし、物が物だ。先生の援護も話の流れで受けられないのだろう。
危険と天秤にかけてルドーが唸っていると、オリーブは両手を合わせてにっこり微笑んだ。
「恩は倍で返して欲しいんやけど」
「……うん?」
「恩は倍で返して欲しいんやけど」
「……あっパンフレット……」
アシュでサービスしてもらったパンフレットのことをルドーは思い出す。カイム追跡の際に重宝したし、未だに所持金のないルドーには倍にして支払う事も出来ない。
冷汗がダラダラと背中に伝うのを感じた。
「……エリンジ」
「行くぞ」
「あーうんだよなぁ」
「それじゃ決定だね?」
微笑み続けるオリーブに、ルドーは肩をがっくりと落としながらも受ける旨を報告して、集合場所などの話を始める。
『女神教ねぇ……』
話に夢中で意味深に一人呟いた聖剣には誰も気付かなかった。




