第四十二話 束の間の休息
アシュでの一件の後、エレイーネーに戻ったルドー達だが、それからは学校ですら混乱の毎日だった。
本来二年になってから資格を得るはずが救助活動の貢献度から同盟国連盟に特例で資格が与えられ、魔法科の面々は喜ぶよりも困惑している方が多かった。
逆に喜んでいる奇特な奴はアリアだけで、何やらシナリオが進んだとかこれで攻略がとか訳が分からないことを言って周囲をさらに混乱させていた。
各国からそこまで功績を立てられていない魔法科の面々に急に依頼が殺到していたが、ネルテ先生がまともな依頼じゃないと一蹴してくれたおかげでまだ何とか授業が成り立っている。
実際依頼は建前で、何かしら例の歌姫の情報を得るために話を聞こうとしているだけだとエリンジも学校外から手回しされて届いた不審な依頼書を次々ゴミ箱に放り込んでいた。
「おらああああああああああああ!」
襲い掛かってくる中規模魔物を次々雷魔法で屠っていく。
放出すると同時に扱いきれない魔力を逃がすイメージで遠距離攻撃も同時に放てるようになったルドーは、入学時には苦戦していた小規模魔物の五十体討伐も一時間ほどで達成できるようになっていた。
ルドーを含む魔法科の面々は、ネルテ先生によって再び魔の森に放り込まれた。
今度は課題ではなく訓練としてだ。資格を持った以上、依頼による魔物の討伐は避けられなくなる。
基礎訓練も三ヶ月以上が経過し、前倒し的に資格も取ったことで毎日魔物狩りをして訓練するようにと、戦えるようになった者から順次魔法訓練の際に投入されるようになったのだ。
『ルドーてめぇこの紐外せよ! くそダセェ!』
「んなこといったってまた落としたらどうにもなんねぇし」
『せめて鎖とかもっとかっこいいもんにしろや!』
「いや鎖は雷のエネルギーが溜まってクソ熱くなる上に一発で切れちまったじゃんかよ」
ルドーは落下対策に色々と試した結果、現在は絶縁体のゴム製の紐を聖剣に結び付けている。
聖剣も大層気に入らないようだが、正直ルドーも首から小銭入れを下げている子どものような見た目に正直格好良くないとは思っている。
しかし聖剣の魔力が強すぎてこれですら攻撃を続けると数回で朽ちてしまうのだ。
他が一回で切れてしまう分多少マシだから付けているが、どうにもままならない。
「まだ速さが足らん」
「これでも溜めの時間は大分短縮したと思ったけどまだか」
「足らん、人の敵に見つかれば即対策される」
上から見下ろすような声に顔を上げると、ちょうど大規模魔物を屠った直後のエリンジが飛び降りてきた所だった。
エリンジからの評価は未だ辛辣だ。
しかし市長、いや今は元市長のコロバに聖女ナナニラが仮想敵に回った以上、魔物だけでなく人の相手も想定しないといけない。真っ当な評価だ。
逃げた後のあの二人の消息は分かっていない。魔人族と思われる人が入ったあのカプセルも。
あのカプセル三つであれだけ膨大な魔力の歌姫の像を制御していたのだ。
それを持ったまま逃走しているので、何に使われるかわかったものではない。
街を平気で蹂躙するような考えをしているのだ、膨大な魔力を持ち運んでいる以上危険人物に変わりない。
速さ対策だけでなく、あの時と同じような状況になっても攻撃出来るよう、重力魔法の対策もしなければならないだろう。
課題は山積みだ。
「エリンジ、重力魔法にかかった場合どう対処したらいいと思う?」
「使用者を倒す」
「そのやり方! やり方が分かんねぇから聞いてんだよ!」
「お前は雷魔法だろう、やりようはいくらでもあるはずだが」
「雷が重力に負けて変な方向飛んでったんだよ! だからなんかアドバイスないか聞いてんだって」
「負ける方が悪い」
「お前も結局ゴリ押し戦法かよ!」
飛んでくる小規模魔物に振り向きもせずに雷を浴びせながら、大きく肩を落として溜息を吐く。
何故強いやつはみんな感覚でやれとか過程も教えず倒せとかアバウトな事しか言わないのだろうか。
「周囲全体にやればいいだろう、いつもしている」
「俺だけならそれでもいいけどあの時トラストも横にいたし、何よりあのカプセルに当たると中の人がやばかったんだよ」
「投影魔法で見ている」
「お前ならあれどうやって助けた」
「考えている」
「つまりまだ結論出せてないか」
破壊したら魔力が逆流して中の人が持たないという、魔力を無理矢理抜き取るカプセル。あんなもの一体だれがどうやって作ったのか。
魔人族が今まで襲撃してきた場所も、どうにも怪しい情報が出回り始めた。
政治的な不正やら裏金やら、そういった情報が突然あちこちから告発文のように差出人不明で出現し始めたのだ。
お陰で新聞は今大いに盛り上がっており、余波をくらった基礎科の王侯貴族たちが対応にてんてこ舞いになっているという。
アシュでの一件も魔人族が明らかに被害者の形でカプセルに入れられた状態をトラストが投影魔法で映したので、それを見ていた各国主要人物たちが疑問符を浮かべ始めた。
魔道具施設の襲われた方に問題があったとするなら、きっと今までの襲撃の意味合いも変わってくる。
カイムの言っていたことがずっとルドーの心に引っかかったままだ。
クロノはもっと深く内情を知っていて彼らに協力しているのだろうか。
「エリンジ、お前が同じ状況だったらあいつら助けたか?」
「当然だ」
「そっか、ならいいや」
エリンジも魔人族に対する認識を改め始めていた。それが分かっただけでルドーには十分だった。
魔人族のやり方はきっと間違っていただろうが、そうせざるを得ないなにかしらの理由がある事だけはこの間の一件でよくわかった。
どうにか説得して正しいやり方に引き戻せないものか。
『今はがむしゃらに鍛えるんだな、考えたって解決しねぇよ』
「はぁーしゃーねーか。あ、がむしゃらにって言えば……」
思い出したかのようにルドーが振り向けば、少し離れた場所でキシアとアルスが息を合わせて戦っていた。
二人の魔力がまるで蜘蛛の糸のように伸びたと思ったら、お互いがドッジボールのように息を合わせて魔力をポンポン投げ合って、それがどんどん大きくなっていく。
最高潮に大きくなったその魔力の大玉を、目の前にいた大規模魔物に向かって二人で投げれば、氷魔法と拡散魔法が合体して氷の大きな棘が大量に出現し、それが魔物を喉から貫いて一瞬にして蒸発させていた。
「あれがネルテ先生が初日に言ってた伝達魔法ってやつか。いやどういう原理だよ」
「魔力は複数合わさるだけ強くなる」
「あーそれでお前のも強いのか」
「俺はあくまで一人分だ。伝達魔法は人数で増幅する分より強力になる」
「ちょっとあなた達見世物じゃありませんのよ解説しないでくださいまし!」
キシアとアルスの様子を見ながらエリンジと話していると、こちらに気付いた後恥ずかしくなったのか、顔を真っ赤にさせたキシアがズンズン歩いてきていた。
見世物としてみていたわけではないのだが顔を真っ赤にして涙目になっていて申し訳ないので一応謝罪しておく。
後ろからついてきたアルスは頭の後ろで手を組みながら苦笑いして見ていた。
「いや仕組みがよくわかんなかったから教えてもらってただけで」
「うーん、俺たちもアシュでの魔物に必死でやってたらなんか出来たって感じだしな」
アシュでの戦闘で、キシアとアルスは同じ方向に飛ばされたそうだ。
アルスの氷魔法だけでは魔物を防ぐどころか妨害すらままならず、キシアの拡散魔法も吹き飛ばされたみんなを救いはしたものの、魔物に対しては決定打に欠けた。
それでもがむしゃらに戦っていたがやはり一歩及ばずに攻撃を受け続けてボロボロになっていた時に、相手を庇い起こす際に手をつないだら魔力が相互循環し、そのまま魔力の勢いに任せて二人で息を合わせて魔法を放ったら周囲の魔物を一掃出来たそうだ。
本人たちもなにが起こったかわからず呆然と眺めていたところに、モネアネ魔導士長の通信が入った為倉庫街に合流したそうだ。
「なんだろうねぇ、パートナーだしキシアの相談にいっぱい乗ってたから、どう魔法を使うのか何となくわかってきたから上手くできたのかな」
「相手の理解が必要か」
「相談ねぇ、そういや一時期なんかすげぇ迷走してたよな。どの魔法が得意か見てくれとか言ってよ」
「恥ずかしいからその話はやめてくださいまし……」
『色々な失敗の仕方見れて面白かったぜ』
「やめてくださいまし!」
キシアはどう魔法を使えば効率よく魔物を倒せるか自分の持ち味がよくわからなかったらしく、一時期魔法訓練で色んな人に声をかけまくっては言われるがまま魔法を使っては失敗を大量に繰り返していた。
失敗する度にこれでもないあれでもないと言いながらさらに魔法を使い続けて失敗する悪循環に陥って自信喪失していったため、女子たちで集まって慰め甘味大会を開催するほどに落ち込んでいたが、なにやら知らない間に復帰していた。
ルドーがそう思い返していたらつい口に出していたのか、顔を真っ赤にしてやめてくださいましと更に訴え続けているキシアと笑いながら宥めているアルスを見ながら、他の人間も確実に成長していっているとルドーは感じていた。
自分はまだ何も成長できていない上このところ敗戦続きだ。
気を引き締めないといけない。
「お兄ちゃん今日のノルマ達成できたの?」
「んーまぁ一応。リリは?」
「な、なんとか自力で三体倒すまでは行けたけど、もっとやりたいことも出来たかな」
「リリもか。課題は山積みだなぁ」
リリアがアシュで大規模魔物を浄化魔法で蒸発させたと聞いた時は腰を抜かしたが、その後もエリンジに色々聞いて浄化魔法を色々試しているようだ。
隣でニコニコと笑っては待っててねと言うリリアに少し鼻を高くする。
「あ、お兄ちゃんまた学習本の進み具合も見るから……ってお兄ちゃん!」
座学の方はどうにも苦手で中々進まないルドーは、また大量の往復ビンタと小言が雨あられと降ってくる前に走って逃げだしていた。
 




