表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

44/329

番外編・ネルテ先生の生徒観察記録.3

 


「うああああああああああ……」


「唸ってないで、さっさと報告書書いちゃってくださいよ」


 机に突っ伏して、大量の書類に埋もれているネルテに、ヘーヴは弁当を食べながら注意を促した。


 先のアシュでの歌姫像の暴走。

 そしておおよそ三百年振りの歌姫の出現。


 巻き込まれた各国主要人物たちも、目の前で目撃した。

 世界は血眼になって、歌姫を探し始める。


 同じく現場で遭遇したエレイーネー魔法学校にも、何か手掛かりはないかと、大量の問い合わせが入ってきていた。


 おかげで通常業務が、ただでさえ膨大に膨れ上がった。

 そこに歌姫出現で、さらに仕事が増えている始末だ。


「保護科の連中の方はどうだい」


「作られた本命である歌姫が出てきたので、そりゃもう、今までのような自由放浪旅は出来ないでしょうねぇ」


 ネルテの問いかけに、ヘーヴはやれやれと首を振る。


 エレイーネーには魔法科、基礎科、護衛科の他に、もう一つ。

 保護科というものが存在している。


 所持しているだけで、戦争の火種になりかねない、危険な役職持ちを保護する。

 それが、保護科の役割。


 歌姫の役職は、最優先保護対象となっている。


 この科は世界各国を回って、保護するべき役職持ちを探すのだ。

 だがそういうものに限って、各国が尽く囲って隠してしまい、後手に回ってしまうのが常だ。


「今日の今日まで、歌姫は出現が露見しなかった。その上像を破壊した後、また忽然と消えてしまったんでしょう? 見つかりますかねぇ……」


 今現在は、そういった保護対象の役職持ちを、一応探しているものの、発見できていない。

 保護科担当教師の二人は、万一に備えて世界を巡っている。


 保護科が設立されたのも、三百年前の歌姫の石像化事件が起因している。


 当時の記録によれば、あのような悲劇が発生する前に、早急に保護する。

 そうすることで、世界に対する影響を、善の方向へ導くことを目的としている。


 歌姫は実体がまだよくわかっていない。

 三百年前ですら、出現してすぐに石像化したのだ。


 どういう役職で、どういう力があるか未知数。


 それが世界にどう影響を及ぼすのか。

 わからない以上、いるとわかったならば、早急に保護しないといけない。


「いいからさっさと報告書、書いてくださいって。私それ待ちなんですけど」


「とはいってもねぇ、これ見てよ。信じられるかいこんなの」


 そういってネルテは、ヘーヴの目線に、報告書をぴらりと見せる。


 “

 歌姫像都市アシュ市長コロバと、ソラウ王国筆頭聖女ナナニラが共謀。

 歌姫像を何らかの方法で暴走させて、結界を張って住民と各国主要人物を分離。

 三百年前の魔物発生装置を起動させ、町を蹂躙する一歩手前まで事を進めた。

 歌姫像を制御していたのは、魔人族を名乗る、人によく似た種族の魔力。

 コロバとナナニラは、失敗の果てに逃走。

 暴走していた歌姫像は、突如アシュに飛んできた歌姫によって、魔物発生装置ごと破壊。

 何とか被害を食い止める。

 “


「記録魔法の映像がなきゃ、こんなお伽話みたいなもの、誰も信じませんねぇ」


「歌いながら大量の魔物を次々霧散させて、塔に飛来していったんだ。実物の歌姫を見た私だって、何か夢でも見てるのかと思うような光景だったのに。こんな報告書、信じるかどうか」


「あの場に居た各国主要人物たちも、同時に見ていましたし。問題はないでしょう」


「アシュの住民は、歌姫の再来にすごく浮足立ってた。あれだけ目撃者が多かったんだ。信じるしかないだろうね」


「よりにもよって、歌姫の本場と言われるアシュで起きましたからね。これは町の性質が悪化しそうです」


 ネルテの報告に、ヘーヴが小さく溜息を吐く。


 アシュの街は元々歌姫に対する信仰が強すぎて、ソラウ王国では政治家の墓場と言われていた。

 どれだけ政治で善政を敷こうとも、そのすべてが歌姫の功績へと、住民が変換してしまうのだ。


 市長コロバはアシュに追放される前、政治資金の横領や、脱税などといった不正を行っていた。

 ほぼ左遷といった形で、アシュ市長に就任している。


「ソラウ国は、式典の市長が謀反したってことで、誰に責任を擦り付けるかで大混乱だよ」


「式典をまんまと利用された上、筆頭聖女の離反。まぁ混乱するのも仕方ありませんか」


 やれやれと首を振ったネルテに、ヘーヴはモグリと卵焼きを頬張る。


 野心の強い無能を厄介払いできたと、国の上層部が安心しきっていた時に、これが起こったのだ。

 ソラウ王国は今、招待した他国の主要人物たちの安全責任も問われて、大騒ぎになっている。


 一方ソラウ王国筆頭聖女のナナニラ。


 ナナニラは聖女として覚醒したのが二十一歳と、指定年齢を超えていた。

 その為、エレイーネー魔法学校の義務範囲から外れてしまっていたために、入学していない。


 トラストの投影魔法から見ても、ナナニラは命令されるがまま動いていた。

 魔法でなくても洗脳されている可能性が高く、その件についても、ソラウ王国は各国から問い合わせが殺到しているという。


 現場にいなかったソラウ王国勇者は、アシュでの式典で魔導士が減った王宮内で、念の為の待機を命じられていたので、完全に蚊帳の外だったそうだ。


「歌姫はエレイーネーで保護したいのに、隠してるのかって、あっちこっちから非難めいた声が上がってるし。授業に支障が出そうだよ全く」


 情報を知りたいのはこちらの方なのにと、ネルテは報告書でバサバサと机に叩いた。


 歌姫は三百年前の伝承の時点で、並外れた規格外の魔力を持っている。


 それと匹敵するであろう、今代の歌姫を手に入れれば、世界情勢は大きく変わる。


 だから各国血眼になって探しているのだ。

 他国に渡った場合の不利益を被る可能性を、少しでも減らそうと。


「生徒達の様子は?」


 もぐもぐと肉団子を頬張りながら、ヘーヴが聞く。


「全員吹き飛ばされた時は、どうなるかと思ったけど。結果を見れば、街に散らばったおかげで、各地避難誘導できたから、被害は最小限に出来た」


 ヘーヴの問いかけに、ネルテはばさりと書きかけの報告書を机に置いた。

 そのまま感慨深い様に、状況を思い出しながらうんうんと頷く。


「やっぱ逃げられない状況っていうのは、危機感を煽るね。アルスとキシアは、初めて魔力伝達が使えたおかげで、一気に戦闘能力が上がった」


「おや、出ましたか。今年は早いですね」


「二人とも、特に欠点もなく優秀だったからね。キシアの方は、得意な魔法が分からないって、一時迷走してたけど。アルスがその相談に乗ってたおかげで、親交が深まって上手くいったみたいだ」


「まぁ特化タイプが多いですからね、今年は。それを見て得意が何か、考えてしまうのはわかります。本来はオールラウンダーに色々できたほうが優秀なんで、それに気付きさえすれば後は楽でしょうね」


 ネルテの話に、ヘーヴは感心しながらトマトを飲み込んだ。


 魔力伝達、それは一人で成し遂げられない、魔力を増幅底上げする技術。

 魔力相性のパートナー制で、魔法科の生徒に授業を受けさせている、本来の目的がこれだ。


 口で説明するのは難しく、実際に体験したり見たりする方が早いので、最初の一組が出るまで、詳しい説明を保留としているもの。


 ようやく一組、しかも例年より早めに出てきたので、魔法訓練の授業はさらに高度なものへと進めることが出来る。


 アシュでの様相を思い出しながら、ネルテはうんうんとさらに続ける。


「フランゲルの制御も大分安定してきた。リリアの浄化魔法も一歩上にあがったね。魔物を浄化で蒸発させてたよ、エリンジが援護してくれてたけど」


「あの偏屈くん、援護出来るまでになったんですか」


「多分デルメと同じなんじゃないかな。偏屈対象が居なければ、物凄く冷静で優秀な動きが出来る」


 ネルテの分析に、ヘーヴは考えたくないように眉間に皺を寄せた。


 エリンジの親、デルメは校長に対して恐ろしい偏屈がある。


 校長も校長で、普段のおちゃらけた態度に加えて、煽るような会話を掛けてくるので、その偏屈さは悪化の一途を辿っている。


 あの二人が同期で学生時代、学校が半壊するほどの大事になったらしい。


 関係はデルメが未だ一方的に険悪なままなので、出来ればあまり引き合わせたくない。


「偏屈対象と言えば、街に来てたらしいですね。クロノさんでしたっけ、行方不明の」


「実の兄から全力で逃げてたね。どうやら家族を避けているのはほんとみたいだわ」


 話題を変えたヘーヴに、ネルテは自身が見たものも交えて離せば、驚いた表情に変わった。


「あのドラゴンライダーから、生身で逃げ切ったんですか? もう魔法使えなくても、戦闘は問題ないですねそれ、戻ってくればいいのに……。他の生徒は?」


「まだ自覚が足りない生徒は何人かいるけど、モネアネ魔導士の通信を聞いて、逃げたおかげで結果的に避難誘導に貢献できてたから、まぁまずまずと言ったところかな」


「自覚なしの生徒が、やはり一番のボトルネックですね」


「名声や家からの命令で来てる子たちは、どうにも戦闘にまだ向き合えないから消極的でね。この辺りが毎回厄介になるなぁ」


 貴族家で家を継げない次男三男などが、拍を付けるために、エレイーネー魔法学校に入学してくることはままある。


 大抵は家からの命令の為、本人たちに魔導士としての人を守る意識が薄いのだ。

 こればかりは本人たちの自意識の問題なので、対応するのに時間がかかる。


「まぁまだ一年の半年もたっていないひよっこたちじゃ、そんなもんですかね」


「それがそうも言ってられないんだよなぁ、見てよこれ」


「同盟国連盟からの通達書?」


 赤く豪勢な封筒を、ネルテがヘーヴに渡す。


 既に封を切られていたそれの中身を引っ張り出して確認していくと、ヘーヴも唇の一部を震わせた。


「“……以上、アシュでの死者なしの今回の功績から、特例で魔法科一年は資格習得とみなす”……ちょっと待ってください正気ですか? まだ戦えない子もいるでしょう?」


「二年がこの間資格試験受けたばっかだっていうのにさぁ。大方各国媚びを売って、歌姫の情報をよこせって魂胆だよ」


「まだ基礎訓練も終了していない一年に、これは……」


「調子付かない様に制御しないとなぁ。あ、それに伴う書類も色々来てたから、そこら辺の事務よろしくぅー」


 ネルテがひらひらと手を振ってニカッと笑うと、ヘーヴはまるで入れ替わるように、机に突っ伏して唸り始める。

 しょうがないじゃんと、ネルテがヘーヴの頭をぽすぽす叩いた。


「試験を受けたばかりの二年から、反感買いませんかね」


「あぁそれは大丈夫。むしろ式典があんなことになって、資格を無理矢理押し付けられて、国の厄介ごとに巻き込まれそうって、逆にすごく同情的だよ。その辺りはやっぱり勘が良い子たちだね」


「立場が逆なら、情報を得るために色々引っ張られたり、通常ではない依頼をされたりするだろうと想像は出来るでしょうからねぇ、同盟国とはいえ、難儀なもんですよ」


 ネルテとヘーヴが話していると、ドアがガラッと開いて、陰気くさい男が入って来た。


「おやおやお二人とも書類に埋もれて私に声を掛けてくれれば書類事務位の手伝いはしましたのに一応私も魔法科副担任でありながらこの間の職員会議からどうにも皆さん書類すら私に渡してくれないようになりましたね一応謹慎は終えましたし失敗は行動で挽回するしかないのでなんでもいいので何らかの仕事をしたいのですが何もできないので仕方なく最近は校庭の植物の手入れをしているんですけれどそういえばこの間シクラメンが良い感じにつぼみを付けてきたのでどうでしょうか職員室に飾るというのは」


「……何しに来たんだい、スペキュラー」


 普段職員室に来ない、多弁なスペキュラーの登場に、ネルテもヘーヴも顔を上げる。


 必要なことがなければ、基本いつもぶらついている廊下から、あまり動かないスペキュラーが現れる時は、何らかの連絡の必要性を感じた時だけだ。


 それが良い連絡か悪い連絡かは置いておいて。


「申し訳ない必要事項だと思いましてこちらに伺おうか大分迷ったのですが如何せん解析魔法が効かないので本物かどうかの鑑定がまるでできなくしかし報告の必要性を感じましたのでここに伺った次第でありましてこちらは冬の寒空の中シクラメンの世話をしていたところ唐突に飛んできましたので何事かと思い後を追ったのですが通常連絡用の郵便入れに入ったのを確認しましてしかしそこに飛翔物が飛んで入っていくようには制御されていませんので何か通常では起こりえないものであると判断しまして郵便入れからこれを引き抜いて中を確認して持ってきた次第でありまして」


「要するに、変な郵便物を目撃したので持ってきたと?」


 ぺらぺらと喋るスペキュラーの話を、根気よく聞いていたヘーヴが確認するように言う。

 喋りながら頷いたスペキュラーが、服の胸元から、何の変哲もない白い封筒を取り出した。


「宛名も差出人も書かれておりませんでしたが一番の問題は中身にありまして一応まだいろいろと確認中ではありますが色んな国の記載が同時にされておりましてこのままだと戦争の火種になりかねないと判断いたしましたが如何せん私は自己判断でこの間間違いを犯しましたので自己判断だけでそこまで考えるのは危険だと思い他の人に誰か意見を聞こうと思いましたが校長相手だとダメだとこの間教えられたので誰かいないかととりあえずこちらを目指した次第でそういえばシクラメンの他にも職員室に飾ると映えそうな花が新しく咲いたような何の花だったか」


「……戦争の火種になりかねない内容?」


 ネルテはヘーヴと顔を見合わせた後、しゃべり続けるスペキュラーが手に持っていた封筒をひったくった。


 花についてしゃべり続けているスペキュラーを無視して、開封してある中身を引っ張り出す。


 どれもこれも汚職や裏金、横領に献金と不正のオンパレード。

 ほぼ全世界規模で、ずらずらと並べられていた。


「武器の横流しもありますね……これは相当不味い状況では?」


「ちょっと待ってこの記録……ここも、これも……」


 一枚二枚どころではない。

 相当数の紙の束を、パラパラと眺めていた一同だが、ネルテは何かに気付いたように、眉間に皺を寄せる。


 なんだろうと顔を向けるヘーヴと、尚もしゃべり続けるスペキュラーに、神妙な面持ちで返した。


「……ちょっと魔人族の襲撃箇所を洗い直すよ」


 資料に記載されている場所は、世界各国多岐にわたる。

 だがどうにも、魔人族が襲撃した施設に関連した箇所が妙に多いことに、ネルテは気が付いた。


 今まで一方的な被害者だと思っていた。


 施設が潰れて、火災も起きていたため、ろくに物的証拠が残っていなかったから、口頭での聞き込みでしか、情報が手に入らなかったのも不味かった。


 都合の悪いことは、誰だって馬鹿正直に喋ろうとしない。

 上から命じられれば、喋りたくても喋れないものもいるはずだったのに。


「解析が効かなかったんですよね、スペキュラー」


「残念ながら解析を何回も掛けてみたのですがなしのつぶてでして私の解析魔法の特殊性は皆さんご存じでしょうが改めて説明させていただきますと私の解析魔法は役職観測者が起因しておりましてこの観測者も通常の役職の人たちとだいぶ異なっておりまして私の観測者による解析魔法は一人に対して一度だけ本人の認知の歪みや解析防御を突破して解析できるというものでありますのでこれだけ何度もやって解析できないとなると役職によって既に解析してしまった者が製造した可能性が高いと思われますが何分私はその性質から初対面の方にも解析を無意識に発動してしまう癖がありますから対象者がかなり膨大で絞り込めず」


「わかったわかった。これだけの資料だ、解析が使えない以上時間がかかる。やるよヘーヴ」


「私を便利な書類事務担当だ、勘違いしてませんかあんたら」


「普段からやってるから得意だろ?」


「あなたが課外学習ばっかりして学校にいないから、こっちに回ってくるんでしょうが!」


 抗議してくるヘーヴから、ネルテは逃げるように、持ち込まれた資料の確認に没頭した。

 


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ