第四十話 再来する伝承
コロバの計画を下にいる各国の要人たちに伝えることは出来たが、それは今起きている状況を何とか解決しなければ意味がない。
異常濃度の瘴気は相変わらず翼竜魔物を滝のように吐き出し続けているし、細工されている歌姫像もそのまま轟音を響かせて結界魔法を張り続け、青白く光り震えるカプセルからあがる悲鳴は今もなお続いている。
計画が頓挫したところで、コロバが歌姫像の細工を止める様子がない今、状況は何一つ変わっていなかった。
無限増殖し続ける魔物に、逃げ場所もないままでは戦う人間の魔力が有限な以上対処し続けることは出来ない。止めなければいずれ力尽きて蹂躙されるだけだ。
ルドーとトラストは重力魔法で動けない中、コロバから続けられる暴力を一身に浴び続けながらも必死に打開策を考えるが、何一つ解決策が思いつかずに時間だけが過ぎていった。
聖剣も解決策が思いつかず悔しそうにしているのか、ルドー達が攻撃を受けて唸るような声の中握る手の中でビリビリ雷が痺れるような感触がある。
「おい! なにをボサッとしている! さっさとこのガキの投影魔法と音声拡散魔法を止めないか!」
コロバがいくらトラストを殴っても蹴り続けても、青あざだらけのボロボロ状態になりながら必死に意識を保ち続けながら黄色く光る目を見開き、魔法を止めない様にする姿に業を煮やしたのか、相変わらず機械を操作し続けていたナナニラに向かって叫ぶ。
命令されたナナニラが無表情にこちらを向くと、右手を上げて何やら魔法を練り上げながらトラストの方に歩み寄っていたが、不意にそれはナナニラが背を向けた機械から聞こえてきた大きな警報音で足が止まった。
「なんだこんな時に!」
コロバが唾を飛ばしながら確認するように叫ぶ大声に、手に持っていた魔法を解除してナナニラが機械に戻ってモニターをポンポン指で叩いて確認し、そこに映し出された簡易的なアシュの地図に大きな円状の何かが物凄い勢いで動いているのを見て抑揚のない声で報告する。
「アシュの外より巨大な魔力反応が接近」
「アシュの外からだ? そんなもの歌姫像の結界で誰も通れんわ!」
吐き捨てるようにそう言って、問題は解決したと言わんばかりにトラストに再びドスドスと蹴り付けながらさっさと魔法を止めさせろとナナニラに叫ぶコロバだが、ナナニラがモニターを見たまま接近してきたなにかを確認するように機械を確認していると、唐突にかなり遠くから巨大な分厚いガラスが割れる様な乾いた音が響いた。
その音に続くようにビシビシバラバラと、まるでなにかが崩壊していくような大きな音に、何が起きているのかわからずルドーとトラスト二人混乱する。
「アシュ外郭を覆っていた歌姫像の結界が突破され、連鎖崩壊しました」
「なんだと!? 何が起きている!」
「……音が止まった?」
コロバが叫んでトラストを蹴るのをやめ、ナナニラは何が起きているかと機械を確認している中、トラストが気付いたように呟く。
言われたルドーが耳を澄ませながら歌姫の像に瞬時に目をやれば、振動するカプセルから青白い魔力は流れ続けているのに、ずっと頭が割れそうだったあの音が止んでいた。
その代わりだとでもいうように、塔の外から魔物の大きな雄叫びが一斉に響いて、同じ方向に飛び上がっているのか恐ろしい数の飛翔音が聞こえる。
まるで魔物共通の敵でも認識して攻撃し始めたかのような音だとルドーは感じた。
結界魔法の破壊に気を取られていたコロバも、歌姫像の音が止んだことに気付いて大声をあげた。
「おいどうした! 歌姫像の制御を切れなどと命じてないぞ!」
「こちらは変わらず魔力一定量です。制御も切れていません」
機械を確認していたナナニラが指で叩きながら抑揚のない声で話していたが、その言葉が信じられないのか怒りの形相でコロバが走り寄ってナナニラを横に衝き飛ばし、必死に機械を叩いて操作する。
しかしナナニラに言われた通り機械は正常に動き続けているようで、なぜ急に制御が切れたかわからないのか、コロバは大きく悪態をつきながらあちこちガンガン叩いたりつまみを捻ったりレバーを上げ下げしている。
突き飛ばされて倒れたナナニラだったが、特に意を介さずゆっくりと立ち上がって命令を待つかのようにその後ろに控えてじっとしていた。
その様子を呆然と眺めていたルドーとトラストの耳に、遠くからだんだん近づいて来る音が入ってきて、重力魔法で動けない中何とか周囲を見渡した。
「……なんですか、この、規則性があるようなないような音……」
「――――――歌?」
それは女性の声で奏でられた、不思議とゆったり安心する子守歌のような歌だった。
ルドーは転生してからこの世界で音楽は聞いたことがない。
誰も物理的に歌うことが出来ないから聞く機会がなかったからだ。
だから前世の記憶すらないトラストはこれを聞いて歌であることに気が付かなかった。
前世での記憶からこれが何かの歌であることが分かったルドーは呆然とした。
歌姫が最後にいたのは三百年前、それがこの目の前にある石像だ。
だったら今聞こえて近付いてきている歌声に、暴走させられていた歌姫像の、古代魔道具の聖剣でさえ破壊できなかった結界を突破したやつは何だ。
どんどん歌が近寄るとともに、瘴気から発生している魔物が凶悪な叫び声を上げているのが聞こえる。
しかし同時に弾けるような音と共に魔物の叫びも消えていく。
あの空を覆うような勢いの大型翼竜魔物の大群を真正面から突破しているのだろうか、にわかには信じ難い。
唐突にコロバが使っていた機械が光って爆発した。
機械に繋がっていた魔力が弾けて暴走し、周囲に巨大な爆発が連鎖する。
塔の天辺の空間が爆発の衝撃でぐらついた瞬間、ルドーは重力魔法が解けて動けるようになっている事に気が付いた。
何かできるわけでもないのに軋む身体を押さえながら立ち上がったルドーはカプセルの方を見たが、トラストの悲鳴が聞こえて振り向けば、爆発の衝撃で部屋に大きく亀裂が入ってトラストのいた部分がぐらついて落下しそうになっていた。
その傍で気絶していたカイムが開いた亀裂に落下していくのが見えて思わずルドーはその名を叫んだ。
「くそ、くそ、くそ! この程度で諦めはせんぞ! おい! 脱出しろ!」
ルドーがなんとかボロボロで動けないトラストの方に走って間一髪で腕を捉えて落下を防いだと同時に、コロバが大声を出してナナニラに命じると、一瞬にしてカプセルがなくなった。
ナナニラが転移魔法で移動させたカプセルと一緒に近場の大型機械に乗り込むと、空間から分離してプロペラのようなものが回転し始める。ヘリコプターのような乗り物に乗ってそのまま逃げる気だ。
一撃を食らわせようにも乗り物にカプセルがあるせいで下手に攻撃できない。何よりトラストを抱えたままなので攻撃するどころではない。
ぐらつく足場を何とかトラストを引きずりながら安全そうな場所まで移動し、コロバとナナニラが乗った乗り物が離陸してどんどん遠くなっていくコロバたちを眺めている事しかできなかった。
「る、ルドーさん、あれ……」
不意にトラストが指差したほうを見れば、虹色の長い髪に虹色の瞳の若い女性が、光り輝きながら空中に浮遊していた。
まるで歌姫の像に訴えかけるように口を開いて優しく歌い続けている彼女の周囲は、いつの間にかおぞましい濃度の瘴気はなくなり、無限発生していた魔物もいなくなっていた。
ビシリと音が響いて今度はそちらを見ると、歌姫像にヒビが入り、何かが中から弾けて飛び出した。
飛び出してきたのは歌姫の像とは似ても似つかない少女だった。
せいぜい五つくらいにしか見えない小さな少女は、虹色の女性周りを嬉しそうに歌いながら光り輝いて飛び回り、二人はやがて二重唱を奏でだす。
そのどこまでも神秘的な光景と、二人が歌う温かくも優しい音色にルドーとトラストはただただその場の空気に飲まれて眺め続けていた。
楽しそうに笑顔をいっぱいにして歌う小さな少女とは対照的に、虹色の女性は今にも泣きだしそうな、どこか悲壮な表情を浮かべつつなんとか笑って歌い続けていた。
まるで天使が舞い上がっていくかのように、像から飛び出した少女は光り輝きながら空へとどんどん飛び上がっていき、弾ける様に光り輝いて――――
――――消えた。
『――いたのか、今代』
思わず漏らしてしまったかのような聖剣の声にはっとして見ると、小さな少女を悲痛な笑顔で見上げていた虹色の女性はもうどこにもいなくなっていた。
ルドーはトラストと二人で呆けていたが、不意に足場がガクンと下がって我に返る。
塔が完全に崩壊を始めていた。
流石にこの高さから塔と一緒に落下して無事にいられる魔法はルドーにはない。
二人悲鳴を上げながら塔から落下したが、思ったよりも高い位置で背中に衝撃が入って何かの上に乗った。
「ありゃ、人間がまだいたんですかい。悪いけどこれは同胞専用なんでさいならー!」
巨大な魔法の鳥の上に乗っているとルドーが理解したと思ったら、白髪狐目の長身男にトラスト諸共ひっつかまれて再び空中に投げられる。
投げられる直前先に落下した血まみれのカイムを見た気がした。
空中で落下していく中、巨大な魔法の鳥は物凄い速さで街の外の方へと飛んでいった。
どんどん高度が下がっていく中、トラストを何とか掴んで背中に回す。一か八かはいつも通りだ。
「聖剣! 雷魔法の衝撃で落下のスピード殺すぞ!」
『へっ、ぶっ放しな! 威力の調整はしてやる!』
どんどん地面が近付いて来るのが見え、誰もいない場所を狙って思いっきり聖剣を振り下ろした。
極太のレーザー、雷閃が発射されて地面に当たる。雷を下ではなく上に持ち上げるイメージで放出し続けて、徐々に徐々に落下速度を落としていった。
落下の勢いが付き過ぎたせいで速度を相殺しきれなかったものの、なんとか落下しても死なないほどの速度に達した辺りで地面にド派手に激突して瓦礫を飛ばしながら砂埃を巻き上げた。
「お兄ちゃん! ほんと無茶ばっかり!!」
目を回しているトラストと二人、静電気でバリバリの中何とか立ち上がるとリリアが駆け寄ってきた。
全身打撲の上トラストを庇ってギリギリまで魔法を使っての顔面衝突の影響で鼻血まで出ているので、回復魔法をかけてもらってまた襲い掛かってくる往復ビンタを大人しく受け入れようとしたが、いくら待っても来ない往復ビンタに恐る恐る目を開けると、涙目のリリアにそのまま抱き付かれた。
「こりゃあ今後大変なことになるな……」
「一件落着――とはいかないねぇ、まぁお疲れー」
ずっと戦い続けていたであろう、同じく満身創痍のネルテ先生と、かなり余裕そうなモネアネ魔導士長を先頭に、ボロボロの魔法科の面々も集まってくる。
崩れ落ちた塔を改めて見上げながら、返せと唸ったカイムの声がルドーの頭の中に響いていた。




