第三話 空は飛べても着地は出来ない
リリアに促されて村に戻れば、もう日暮れも近かった。
魔物に襲われた復興作業は、魔導士長や騎士隊長の協力もあって迅速だったため一ヶ月ほどで終わった。
踏み荒らされた畑などを直して植え直し、また普段の生活に戻りつつある状態だ。
日暮れ時の為、作業を終えた村人たちがそれぞれ家に帰っていく。
村に入ったところで、ハゲを帽子で隠している、髭面の小柄な男に二人声をかけられた。
「ルドー、リリア、お勤めご苦労さん。どうだい調子は」
「村長さん」
「ちょうど今日作業終了したとこだよ、魔導士長さんのお墨付きだ」
ルドーの報告に、ちょうど周囲にいた村人たちからわっと歓声が上がる。
比較的安全とはいえ、長年不安に過ごしてきた者も多いだろう。
魔物暴走の後ならば尚の事。
きっと明日にでも村中に広がっているだろう。
いいことをしたと思ったルドーとリリアは、誇らしく胸を張れると思った。
長年の村の長でもある村長も、魔の森には相当苦労してきたはずだ。
ようやく胸のつかえがとれたかのように、とても長く息を吐いた後、珍しくにっこりと優しく笑った。
「それはいい知らせだ。今日はお前たちの送別会だが、祝いの宴も追加しとこう」
「理由付けて飲みたいだけだろじじい」
「はっ、言っとれクソガキめ」
年柄年中飲んでいるのを知っている、ルドーと村長のいつものやり取りだ。
そういいつつも、労うように村長は笑いながら、人並みに消えていった。
今日村人たちは夕方一旦家に帰った後、小さな村の中央広場に集まることになっている。
ルドーとリリアの、エレイーネー魔法学校入学祝の送別会だ。
各家庭で料理を出して、無礼講のため酒も飲み交わされる。
送り出される本人であるルドーとリリアは、未成年で飲めないのにお構いなしだ。
「君たち両親はいないと聞いていたが、送別会までしてくれるなんて、良いところだねこの村は」
「親父たちがいい人だっただけっすよ。だから死んだ後も、自分らの子どもみたいに面倒見てもらえただけっす」
同行して村に戻った魔導士長の言葉に、ルドーは何でもないかのように返す。
七つの頃に流行った流行り病。
両親は医者夫婦だった。
村中駆けずり回って診て回ったおかげで、助かった命は一つや二つじゃないときく。
ただ患者を優先して無理したせいか、特効薬が開発されるほんの少し前に、二人とも急激に病状が悪化して亡くなったそうだ。
ルドーもリリアも、病気が移るといけないからと隔離されていて、親の死に目に会えなかった。
特効薬の開発を糧に、必死に診て回っていたから、単純に運が悪かっただけだ。
それでも残されたルドーとリリアが寂しくないようにと、村ぐるみで色々と世話になったおかげで、村そのものが家族のように思える。
向かいの家に住むおばさんなんかは、特に気に掛けてくれていたし、生意気なクソガキと言ってくる村長も、あれで毎日わざわざ顔を見に来てくれているのだ。
魔物暴走の際も、身を挺して逃がそうとしてくれた人もいた。
軽症で済んでほっとしている。
だからこそ魔の森の浄化が成功して、村人たちに安心してもらえるのは、ルドーもリリアも一種の恩返しのようにも感じていた。
「双子の勇者と聖女の生まれた村として、これからは観光にも力を入れて行こうかね……」
宴の席の中、酒が入った商い魂強めの村長にル、ドーもリリアも引き気味になったのは言わないでおく。
お酒が入った男衆に、強引に誘われた魔導士長も巻き込まれ、宴の喧騒はより一層大きくなっていった。
こうしてルドーとリリアは、村人たちにエレイーネー魔法学校への門出を、宴で盛大に祝われた。
これが後に世界を揺るがす戦いの、最初の一歩になるという事には、この時は露程も思わず、純粋に楽しんでエレイーネーへの期待を大きくしながら、朝を迎えていったのだった。
今現在、ルドーとリリアはそれなりのサイズの荷物をそれぞれ抱えたまま、遥か上空を文字通り飛んでいる。
何か乗り物に乗っているとか、飛翔物体に跨っているとかは一切ない。
風を切るように轟音とどろかせながら空を飛んでいる。
飛んではいるのだが、これはルドーとリリア二人が、自身で制御できている状態ではない。
「ごめーん、今国に転移魔法まで使える魔導士、俺含めていないんだよね。なので風魔法で学校までぶっ飛ばすね」
宴の翌日。
国に用意されたエレイーネー魔法学校への入学手続きなどの書類と、着替え等の必要最小限の荷物を詰めた鞄に、聖剣を手にしたルドーと、それに続くリリアに対して、魔導士長はあっけらかんと言い放った。
了承も得ぬまま、二人そろって魔導士長にフルスイングされて、現在仲良く空の旅の真最中である。
昔どこかで聞いたような金属音と共に発射されたルドーは叫びながら、リリアは号泣しながら、どうあがいても快適とは程遠い空の旅だ。
せめてどれくらいかかるかくらい教えてくれても良かっただろうと叫び続けるが、既に魔術師長どころか、村すら視界には見えない。
出立の挨拶位させてほしかったが、冷静に考えて昨日の宴で夜遅くまで飲んでいたので、今日は昼過ぎまで村民は起きてこないだろうと思い返した。
時折鳥にぶつかりそうになっては、ごめんなさーいとリリアが叫ぶ。
流石に上空過ぎて虫などはいないが、雨雲にぶつかった場合、全身ずぶ濡れになるのは免れないだろう。
空中を豪速で飛んでいるせいで。視界が上手く回せないため景色も楽しめず、だが今のところ、大きな雨雲は見当たらないのは幸いなのか。
どれくらい経ったのか、時間感覚すら分からなくなってきた頃、上空にたたき上げられた時の同じように、唐突に落下し始める。
あれ、そういえば風魔法で飛ばすとしか聞かされていなかったが、着地はどうするのだろう。
なにも聞かされてないことに、今更ながら気付いてルドーは冷汗が噴き出す。
まさか国の魔導士長が、それを考えていないはずはないよな。
後ろで同じことに気付いたリリアも、また悲鳴を上げ始めた。
せめて着地点でも視認できればいいが、見事に横斜め上向きの姿勢で飛び続けていたため、身体を動かせずどうあがいても地面が視界に入らない。
どれくらいで地面に落下するか、皆目見当がつかなかった。
そうこうしている内に、どんどん高度が低くなっていく。
聖剣の雷魔法で何かできないかと考えるも、まだ上手く扱えないことと、パニックも相まってなにも良い案が思い浮かばない。
まだ地面は遠いとルドーが思っていたら、突如として背中に何かが当たって、ゴムのように伸びて弾き返される。
飛んだ先でも同じように弾き返されて、バインバインとまるでピンホールにでもなった気分で困惑していた。
すると轟音が響いて、周囲に輝く風が巻き上がった。
まるで、小さな虹色の竜巻の中心にいるような様子が続いたと思ったら、不意に地面にゆっくり下ろされる。
最後は雑だったようで少し腰を打った。
ルドーが痛みに呻きながら、落ちた時の座った状態で周りを見渡してみると、背の高い白髪の青年がこちらを見下ろしていることに気付く。
見た限り高級そうな身なりに、上等な布のケープを纏っている所から上級国民なのは見て取れた。
だがその中緑の瞳には、どこか冷たい印象を抱いた。
顔が整っているのに、感情の読めない仏頂面でいるのも原因の一つだ。
「えーっと、あんたがやってくれたんだよな、助かった」
「チッ」
「今開口一番舌打ちした?」
助けてもらったからお礼をと思ったが、機嫌が悪いのか一睨みされた。
かと思うとそのまま無視してスタスタと立ち去っていってしまい、ルドーは困惑して見送り続ける。
『おい、妹落ちてくんぞ』
聖剣の一声と、聞こえてきた悲鳴に、はっと顔を上げると、ちょうどリリアが真上に振って来たところだった。
当然避けるはずもなく、諦めてそのままグシャッっと下敷きとなった。
「……回復」
「リリ、怪我してないならよかった……
リリアの申し訳なさそうな声での回復魔法に、ルドーは呻くように片手をあげつつ声を返した。
無事なら早くどいてくれ。




