第二話 初陣は誰もが通る道
「さーて、重苦しい話はやめだ、君たちの今後の事について話そう」
魔導士長がパンと手を叩いて、空気を振り払うように手を払う。
隣の騎士隊長も重苦しい空気を誤魔化すように、軽く咳払いをした。
ルドーとリリアは重苦しい気分に後を引かれながらも、顔を見合わせて改めて向き直った。
「勇者と聖女となった君たちには、国の安全を背負う義務が発生するわけだが、つい昨日まで農村民だった少年少女に、いきなり魔の森で大規模魔物狩りをしてくれという訳にもいかない」
そう説明した魔導士長が横を向くと、騎士隊長も考え込みながら説明を続ける。
「まずは基礎的な訓練を経て体力を付けた後、小さい魔物から順序戦っていく。力を付けていく訓練をしていく形になると思われる」
『えぇー、チマチマメンどくせぇ。どかんとデカい奴行こうぜ』
頭の中に発生したブーイングに、ルドーは顔を顰めた。
「うるせぇな。黙ってろって」
『やなこった』
さっきまで静かだった聖剣が、急に話に噛み付き始めた。
騎士隊長に聞かされた訓練方法が、聖剣は気に食わないらしい。
大きいやつを屠るほうが楽だし早いだの。
安全圏だと危機感が足りないから成長しないだの。
ルドーの頭の中で響く声が、やいのやいのと一気に捲し立ててくる。
聖剣にそうは言われても、ルドーもリリアも先日まで、普通に畑を耕していた農村民だ。
生活に使う一般的な、ほどほどの火魔法や水魔法こそ使えるものの、戦闘に使えそうなものは何一つ習得していない。
先日の魔物暴走で出てきた魔物だって、大型ではない一般的な小規模魔物。
複数とはいえ、小規模魔物ですらルドーもリリアも太刀打ちできず、成す術がなかったのだ。
それがいきなり魔の森に入って魔物狩りなんて、ルドーもリリアもできるわけがない。
「ただの農村民に、いきなり魔の森で魔物狩りなんか出来ないって」
『うるせぇ。やらなきゃ強くならねぇぞ、弱っちいんだから』
ルドーが聖剣に言い聞かせたが、返ってくるのは罵倒ばかり。
不審なものを見る三人の視線が痛いが、うるさいのだから仕方がない。
先程の沈黙が嘘のように、ルドーは聖剣に向かって一人漫才をギャアギャア披露し続ける。
三人が首を振り、ダメだこりゃとばかりに放置した。
そこで魔導士長が思い出したかのように、ルドーから視線を逸らしてリリアに声を上げる。
「そういえば、君たちの年齢を聞いていなかったが。何歳だね?」
「私たちですか? この間十六になったところですけど」
突然年齢を聞かれたリリアが、怪訝そうにしながらも律義に答えた。
つい先週、ルドーとリリアは十六歳の誕生日を迎えたばかりだ。
ルドーは周囲のおばさんおじさん連中から、たくさん食べろと収穫した野菜をお裾分けされたぐらいだった。
だがリリアは村の男衆から人気があるせいか、手紙やら花やらたくさんもらっていた。
リリア本人が知らない間に、差出人の名前もなく玄関マットに、山積みになって置き去られていたもの。
心当たりがないリリアが気味悪がっていた。
なのでその日のうちに、ルドーが全部暖炉に放り込んで燃やしてしまったのだ。
そんなあまり一般的ではない誕生日祝いを、ルドーは感慨深く思い出していた。
すると魔導士長は困ったと言わんばかりに、首をひねって頭をかき始める。
「あー……それじゃダメだな、うん。前言撤回、順序立てた訓練は出来ない」
「でぇっ!? 撤回!?」
「ふぇっ?」
魔導士長の発言に、ルドーとリリアは同時にそれぞれ変な声を出す。
安全に訓練をしていけそうだと安堵していたのに、それが全撤回された。
意味が分からず混乱している二人に、魔導士長は更に混乱する言葉を続ける。
「今からだと、うん三ヶ月か。悪いが君たち、そこの魔の森の処置作業をするので、前線に出て手伝ってくれ」
「「ええええええええええええ!?」」
『やったぜ』
ルドーとリリアの絶叫が、狭い部屋に木霊する。
頭に聖剣の喜ぶ声と共に、膝の上で本体がパチリと弾けた。
魔導士長の言葉に喜んでいるのは、暴れられる聖剣だけだった。
そうしてルドーとリリアの二人は、村の魔の森の中に放り込まれた。
結果、森の中で魔物退治に至るわけだが。
「お兄ちゃん! 待ってって言ったのに、また突っ走って戦ったわね! 回復!」
「いや、ダメージ発生してねぇから」
目をギンギンに光らせながら、手を振りかぶってきたリリアに、少々臆しながらルドーは制する。
回復魔法を覚えてからは、リリアは常にルドーの後ろに貼り付いて回復してくれる。
だがリリアは戦闘が出来ないので、危ないから正直もうちょっと距離を取ってほしい。
ルドーは何度もそう言っているのだが、リリアは聞いてくれやしない。
頑として譲らなかった。
昔からそうだ。
リリアはルドーが喧嘩をしている時は、どこにいようとすっ飛んでくる。
そうして怪我だらけになったルドーを説教しながら介抱するのが、毎度のお約束だった。
「太刀筋は大分マシにはなってきたな」
「これで合ってるのか、よくわかんないんっすけど……」
「正式な剣を使うわけじゃないからな。古代魔道具の得物だ、完全に型にはめるわけにもいかん」
背後で腕を組んで様子見していた騎士隊長から、ルドーは順当に評価された。
剣でありながら、刃先が枝分かれしたハンティングソードという特殊な形態の聖剣。
騎士隊が使うような、両手剣ともまた勝手が違った。
聖剣にどうす使えばいいか聞いても、その時に応じてやれと、かなりアバウトに指示されて、なんの参考にもならない。
その為ルドーの剣の扱いは、騎士隊長に教わっていたわけだ。
だがその騎士隊長にも、どの武器にも通じる基本の動きだけしか教われず、あとは自力でと投げ出された。
騎士隊長曰く、古代魔道具は規格外の武器なので、規格的な武器としての固定概念が、逆にノイズになるとかなんとか。
なので、基本の動きをルドーが覚え始めてからは、騎士隊長は基本後方待機で適宜指示してくるだけだった。
「まだ回復効果は強く出来ると思うんです」
「あはは、今は気絶する回数が減って来ただけマシだよ」
両手を見つめるリリアに、魔導士長がそうあっけらかんと返した。
ルドーが騎士隊長から剣の基本的な動きを教わるのと同時に、リリアも魔導士長から魔法を教わっていた。
今は時間がないからとりあえずこれだけはと、回復魔法の一点のみで。
戦い始めた最初の頃は、ルドーが加減を見誤って、何度も自爆して黒焦げになった。
その度にリリアは回復魔法を使い、同じように加減を見誤って気絶するを繰り返す。
そうして何度も何度も経験を重ねたからこそ、リリアも回復魔法が一気に上達していった。
国の騎士隊長と魔導士長の補佐を受けつつという、好待遇で魔の森での魔物退治。
比較的安全は確保されているので、渋々だが受け入れている。
どうしてこんなことになったかというと、この世界の仕組みが関係していた。
「十六になった新人の聖女と勇者には、エレイーネー魔法学校への入学が、同盟国に義務付けられていてね。ちょうどそれが三ヶ月後なんだ」
魔物退治に入る際に、魔導士長が説明していた。
エレイーネー魔法学校。
それはこの世界の平和維持機関だ。
流石にルドーとリリアのような片田舎の平民でも、その名前は聞いたことがある。
世界平和を理念に置き、魔物や瘴気の対策のために、魔導士を育成する専門機関だ。
各国の大人の事情を避けるために、どの国にも属さず、完全に独立した中立機関となっている。
さらに各国は、エレイーネーに協力する同盟に加入している。
これが同盟国連盟である。
ルドーたちの住むチュニ王国も、当然加入していた。
しかしここは加入しないと、戦争準備をしているぞと認識されて、周囲から袋叩きにされるのと同義。
その為渋々加入しているところも多いと聞く。
『学校とかあるのか、楽しそうじゃねぇか』
話を聞いた聖剣が、嬉々としてバチバチしゃべりだした。
ルドーたちもエレイーネー魔法学校の名前と目的、平和維持のための魔導士育成機関だとは知っていたが、義務入学がある話は初耳だった。
本来は希望した生徒が厳しい試験を受ける、受験式の場所。
入学するのも実力重視の狭き門。
そこに明らかに実力不足なのに、義務で入学していいものか。
リリアも不安そうに魔導士長に問いかける。
「聖女と勇者に、入学義務があるんですか?」
「魔物と戦い、国を守る義務を負う役職だろう? 万一のことがない様に、戦闘水準を上げて、平和維持のための力を付けさせるというのが理由だね」
そう魔導士長は、リリアを安心させるように、あっけらかんと笑って返した。
「実際魔の森でも規模が違えば、脅威も違う。国によって対処する基礎基準が違うが、なにが起こるかわからないのも魔の森の怖いところ。だから危険度の低い国でも、念の為ということだね」
『いいねぇ、好きなように暴れられそうじゃねぇか』
バチバチうるさい聖剣を、ルドーは一旦無視する。
魔導士長の話す義務入学の説明に、ルドーもリリアも納得した。
実際に規格外の魔物暴走を経験した後だと、確かに説得力しかなかった。
女神によって授けられる、国を守るための役職、勇者と聖女。
その実力の基礎水準を上げるための義務入学というなら、確かに必要だろう。
しかしそれがどうしてルドーたちの住むゲッシ村の、魔の森の対処に繋がったのかがわからない。
「や、脅威があった身としてはありがたいんすけど、なんでこれがエレイーネーに繋がるんだ?」
「エレイーネー入学中は、国に勇者や聖女がいない状態になるだろう?」
ルドーが魔導士長に質問すると、思わぬ返事が返ってくる。
「一応同盟措置として、在学中はエレイーネーから魔導士の派遣はされるが、国に対する常識や土地勘がないのは確かだからね」
そう言って魔導士長は、仕組みについての詳しい説明を始めた。
エレイーネーに義務入学で生徒が入学する際、国が手薄にならないよう、エレイーネーから魔導士が派遣される。
ただ国に対する派遣の名目となるので、どこを優先的に守るかは、国が決める管轄となるのだ。
決して義務入学した生徒の、生まれ故郷を守るわけではない。
「万一君たちが在学中に故郷に何かあったら、きっと後悔するだろう。ここは異常な魔物暴走が発生した後だから、放置するのはよくない」
話を聞いていた騎士隊長も、賛同するように指を上げた。
「君たち自身の手で対処した後なら、心置きなくエレイーネーに行くことが出来ると思ってね」
訓練の一環になるなら尚更と、魔導士長はそう説明を締めくくった。
思ったよりも自分たちに譲歩的な理由で面食らい、ルドーは思わずリリアと顔を見合わせた。
その様子が面白いのか、魔導士長はクスクスと笑う。
「いやぁ、国を守る勇者と聖女だろう? 国に悪い印象持って、国外逃亡されたら大混乱の元だし」
そう言って魔導士長は、笑顔を引っ込めた真顔に変わった。
「実際勇者や聖女を蔑ろにして、国外逃亡されて滅んだ国は歴史上いくつかある。国を守る二人に故郷を大切に思ってもらうことは、悪いことじゃないからね」
国運営としても重要な事だと伝えられて、ようやくルドーとリリアは納得した。
確かに合理的な理由でもある。
実際に滅びた国もあるならば尚更だ。
魔の森対処の理由説明を終えた魔導士長は、実際にどうやって魔の森を対処していくかの説明に入った。
「この規模の魔の森で勇者と聖女がいるなら、魔物を退治して浄化魔法で瘴気を払い、あとは木の剪定をすれば普通の森に戻る」
「えっ、木の剪定いるんすか?」
「瘴気は空気の淀みに近いからね、空気の循環を促せば発生しにくい」
話を聞いて驚きの声をあげたルドーに、魔導士長は魔の森の浄化方法を軽く説明した。
瘴気から発生した魔物を退治して、浄化魔法で瘴気を払い、また瘴気が停滞しないよう、木を選定する。
実際そういう方法で、小規模の魔の森を通常の森に戻した前例は、少なからずあるらしい。
窓を閉めっぱなしの部屋が、埃っぽく淀んだような空気になるのと、似た現象なのだろうか。
その為に森は木の剪定をして、空気が循環しやすい様に、定期的に手入れをしていく必要がある。
「まぁそれでも、魔物と対峙するリスクはある」
一見簡単そうに聞こえても、危険な行為ではあると、騎士隊長は釘を刺す。
「幸いこの森はルドー君のおかげで、大方の魔物が消滅している。あとは元々この森にいた魔物を対処すれば大丈夫だろうし、それなら規模も小さくなる、君たちでも対処しやすいだろう」
我々も調査があるから、ついでに同行できるしねと、そう魔導士長は締めくくった。
普段から世話になっている村の人たちの危険が減るに越したことはない。
どうせエレイーネーに行くことが決定事項であるならば、生まれ故郷の村から離れる憂いは残さないほうがいいだろう。
そういう訳で、ルドーもリリアも魔導士長の提案に乗って、魔の森浄化作業を開始した。
小規模魔物は、基本森に入らない限り人間を襲っては来ない。
成長する魔物が基本的に小さいからだ。
小型犬から中型犬くらいの大きさの魔物が大半で、一定ダメージを与えれば霧散して消える。
懸念点は年月が経って、大型化した魔物がいるかどうかだ。
大規模魔物は急所を狙って攻撃し、致命傷を与えないと再生してまた暴れ回る。
力も強ければ、純粋に人間より大きいのも厄介さを増していた。
幸いここの魔の森なら、大規模魔物がいても一、二体程度。
騎士隊長や魔導士長の交代監視、指導の元。
ルドーは基本的な剣の振り方と、リリアは回復と浄化魔法のやり方を教えてもらいながら、この三ヶ月、ひたすら魔物退治をしてきた。
『思ったより森の規模が小せぇな。これじゃもっとデカイのは期待できなさそうだ』
問題はこのうるさい聖剣だった。
どうやっても他の人間とは意思疎通出来ないらしく、やれ魔法を放てだ、剣の振り方がイマイチだの、ルドーのやることなすこと文句を付けてくる。
言われるがまま魔法を使ってみて、ルドーごとまた丸焼けになること数回。
聖剣にゲラゲラ笑われながら、ブチギレてるリリアに回復されること数回。
なんとか出力先を剣先にイメージして、ルドーがダメージを負わずに雷魔法を使えるようになってきた。
まだ数回に一度失敗するが。
「怪我してないならいいんだけど……」
頬を膨らませたリリアが、ジト目で確認してくる。
リリアの方もルドーが何度も自爆するせいで、回復の使い方が上達した。
最初は加減がわからず、全力で魔法を使っては、リリアは魔力不足で気絶していた。
少しずつ出力を抑える方法を覚えてきたので、最近は気絶することもなくなっている。
浄化魔法の方はまだリリアには狙いにくいようだが、少しずつ練度も上がって来たところだ。
まだ大規模魔物を相手にするのは不安かなぁと、魔導士長には言われていた。
だが聖剣がやりたいと暴れたのだ。
ルドーに向かってバチバチと雷魔法まで食らわせてきたので、渋々探していたところ見事に遭遇。
倒すことに成功したのである。
「いやはや、聖剣様はスパルタだねぇ」
倒れて霧散していった大規模魔物とルドーを交互に眺めつつ、魔導士長があっけらかんと笑う。
「でもこれで、魔物の脅威はなくなったとみていいだろう、浄化も大分進んだし、あとは本当に木の剪定をすれば終了だね」
魔導士長がそういって徐に手を伸ばすと、ごうっと激しい突風と風切り音が轟いた。
咄嗟にルドーはリリアと一緒に、両手を顔の前に上げて目を瞑る。
しばらくして収まったかと閉じていた目をルドーがそっと開けると、鬱蒼と茂っていた木々が見事に剪定され、太陽の光が差し込んで明るくなっていた。
『風魔法ねぇ。初歩的な奴だが、威力は桁違いにデカいな。国のトップ魔導士は伊達じゃねぇってか』
聖剣が舌なめずりするような声色で、バチリと呟く。
魔物に追われて入った頃とは様変わりして、気軽にキャンプしたくなるような、明るい森になっていた。
瘴気も見当たらず、もう魔物の脅威も発生しないだろう。
「二人とも三ヶ月お疲れ様。必要最低限は出来るようになったし、後の詳しくはエレイーネーで習えばいいだろう。期待してるよ」
魔導士長がパチパチと手を鳴らし、騎士隊長が不遜に笑う。
労われていることに気付いたリリアが、慌てて膝に手を当てて頭を下げる。
褒められた気恥ずかしさに何とも居たたまれなくて、ルドーは誤魔化すように頭をかいてそっぽを向いた。




