第一話 それは女神の気まぐれ
役職とは、女神によって授かる特殊な力で、様々なものが存在する。
それにはメリットとデメリット両方があり、同じ役職でもその効果は人によって違う。
つまり唯一無二の能力が、女神によって与えられる仕組みになる。
さらにルドーが女神に与えられた、この勇者という役職は特殊だ。
魔物による脅威に国の安寧を嘆いた女神によって、一つの国に最低一人、勇者が存在するように作られている。
魔物退治に特化した、戦闘向けのメリット与えられる、有名な役職の一つだ。
また勇者と対となる、聖女という役職も存在する。
聖女は瘴気に唯一対抗できる、浄化魔法が使えるようになり、魔物から民を守る結界魔法と、聖女特有の魔法が特徴的。
この勇者と聖女の二つの役職持ちが、国の安寧を決める重要人物となるのだ。
「……本当に、俺がチュニの勇者だって?」
「いやぁ、まさか先代が亡くなるとほぼ同時に出現するとは」
寝耳に水の話で驚くルドーは、チュニ王国の王宮から派遣された、ゴリラのように厳つい男と話す。
世界地図の西、周辺を大国に挟まれた小さな国、チュニ王国。
さらにその辺境、小さな魔の森のほとりにある農村が、ルドーの生まれたゲッシ村だ。
新しい勇者が、女神から役職を授かった。
判明した事態に、若者の方が数の少ない限界集落では、近衛騎士隊長と魔導士長と、国の重鎮兵たちが押し寄せていた。
近衛騎士隊長がにやりと笑いながら、自室のベッドに横たわるルドーを、横に立ったまま上から下まで観察する。
新しい勇者をその目で見て、期待を寄せている様な近衛騎士隊長の表情。
ルドーはそう感じて、少し居心地悪くもぞもぞと動いた。
ちなみに近衛騎士隊長から聞いた話だと、先代勇者の死因は老衰らしい。
勇者にしては珍しく、八十代と大往生だったそうだ。
「普通は先の勇者が亡くなる前に、新しい勇者が生まれるものなんだが」
「まぁ、確かにそう聞いてましたけど」
近衛騎士隊長の指摘に、ルドーも村で伝え聞いた話を思い出し、頷いて返す。
勇者と聖女は、国に最低一人いるよう、引継ぎが行われるように女神に役職を授けられる。
通常は前任勇者の存命時に、新しい勇者が生まれて引き継ぐ。
だが魔物の蔓延るこの世界が厳しいのか。
それとも女神が用意する猶予が短いのか。
引継ぎ期間は前例を見ても、基本それほど長くないのが常だ。
引継ぎの大体は、前任勇者や聖女の戦死による死別を意味する。
だがルドーの場合、老齢で動けなくなっていた前任勇者が老衰で亡くなるとほぼ同時に、勇者の役職を授かったというわけだ。
「聖女に至っては、次代が見つかる前に亡くなったおかげで、国による選定を慌てて準備していたところだったんだ」
「そこに私が、聖女に?」
「そうだな」
そういって騎士隊長はルドーの双子の妹、困惑顔のリリアをじっと見つめる。
ルドーが勇者の役職を授かったと同時に、双子の妹であるリリアにも、聖女の役職が授けられた。
先代聖女は、先代勇者が老齢で動けなくなって、無理が祟った過労で亡くなったらしい。
黒焦げで虫の息だったルドーに、全力で回復魔法をかけたのは他でもないリリアだ。
いきなり大量に魔力を使ったせいで、気絶してしまったリリアと、黒焦げからちょっと焦げた程度にまで回復して気絶していたルドー。
元々魔物暴走の報告を受けて、国が救援に向かう手筈になっていたゲッシ村。
さらに二人の異常な魔力反応を察知し、急遽飛行魔法で駆け付けた国の魔導士たちが、ルドーとリリアが倒れていたところを発見して保護された。
そのまま救命目的でのその場鑑定魔法で、二人揃って新たな勇者と聖女であることが発覚。
魔物暴走の対処現場は大混乱になったそうだ。
せっかく見つかった新たな勇者と聖女を、同時に失う訳にはいかない。
魔導士たちの連絡後、急遽国から別支援部隊を派遣された。
ルドーはリリアと揃って、恐縮するくらいの手厚い介抱を受けている。
小さな村に大きな駐留テントを張った彼らの勧めを、二人揃って平身低頭して全力で遠慮した。
結果、ルドーとリリアが暮らしている平民の狭い宅内で、物々しく説明を受けた所だった。
「しかしまぁ、本当に双子なのかい?」
「双子ですぅ」
「まぁ、よく言われるけど」
髭の生えた顎に指を置いて、しげしげと眺める不躾な騎士隊長の言葉。
リリアが頬を膨らませながら言い返し、ルドーも分からなくはないと付け加える。
ルドーとリリアは双子でこそあるが、二卵性双生児だ。
父親譲りの黒髪癖毛の、目つきの悪い、ゴマみたいに小さい瞳のルドー。
それとは対照的に、母親譲りの薄いさらさらとした栗色の髪、くりくりとした丸い緑の瞳のリリア。
対局的な見た目のせいで、一見だれもルドーとリリアが双子だとは看破できない。
双子の兄というルドーの色眼鏡があっても、リリアは可愛い女の子の方に分類されるだろう。
実際村の若い男衆からは、そういう目で見られている。
その都度ルドーが睨み付けて追っ払っているので、リリア本人は知る由もないが。
両親の顔を見れば、ルドーとリリアはそれぞれ間違いなく、二人の子どもだと言われる程にはそっくりらしい。
だが双子としては似ても似つかない容姿。
旅人などからはよく誤解されるのが常であった。
そんな両親も七つの頃に、流行り病で二人とも亡くなってしまう。
写真なんて物もこの田舎にはなかった。
実情を知っている村人たちくらいしか、もう証明してくれる人はいなくなってしまっている。
そう騎士隊長にルドーとリリアが説明すれば、なるほどとようやく納得して顎に手を当てていた。
「しかしこんな小規模な魔の森の奥に、古代魔道具があったとはね」
「古代魔道具? 普通の魔道具じゃなくて?」
「大昔に作られたオーパーツだ」
聞き慣れない単語に反応して身を乗り出したルドーに、騎士隊長は大まかな説明を始める。
「普通魔道具は、使用者が魔力を込めることで発動するんだが、古代魔道具はどういう訳か、魔道具そのものに魔力が宿り、魔力を持たない者でも扱える」
「魔力を持たない者でも?」
聞いたことのない話に、ルドーはリリアと顔を見合わせた。
魔道具というものは、前世の世界で言う所の便利な日用品だ。
照明、加熱調理器、冷蔵保管庫。
前世で家電に分類されていた便利な道具は、この世界では大体魔道具に置き換えられていた。
ただこの魔道具は、文字通り使用者の魔力を使って動かす道具だ。
魔力を持たない者が使用しても、うんともすんとも動かない。
だがルドーが話を聞く限り、古代魔道具はそうではないらしい。
「さらに普通の魔道具は、経年劣化して最終的には壊れる。だが古代魔道具は経年劣化することもなく、壊れることもない。永遠に存在するんだ」
「それがこいつだって?」
軽い金属音をたてながら、聖剣と呼ばれたそれを膝に置く。
ルドーが握っている間は特に問題はなかった。
だが気絶したルドーの手から剣を離して運ぼうとした瞬間、刃に触れた魔導士が、聖剣から発生した雷魔法に激しく感電して重傷を負った。
つまりこの聖剣は、現状ルドー以外に持つことが出来ないらしい。
勇者を授かったおかげだとでもいうのだろうか。
物々しい黒い刃が、値踏みするように膝の上で怪しくギラリと光る。
『こいつとか軽く呼ぶんじゃねぇよ、レギアだ』
「レギア?」
『おぅ、お前気に入ったぜ。よろしくな坊主』
「誰が坊主だ、俺だってルドーって名前がある」
ルドーの頭の中に声が響く。
さっき受けた物々しい説明とは裏腹に、かなり軽い感じで聖剣がルドーに話しかけてきていた。
これが本当に先程説明された、特別な凄い物なのだろうか。
それにしては、やたら軽い感じで話しかけてくるような。
いったいどういうことだろうと、ルドーが首をあげて騎士隊長とリリアに向き直る。
すると二人とも信じられないように、目を見開いたまま口を開けて呆然としていた。
ゆっくりとリリアが、怯えるように口に手を当てて肩を震わせる。
二人の尋常ではない様子に、ルドーは意味が分からず、ひたすら困惑して眉を寄せて首を傾げる。
恐る恐ると、リリアがゆっくりと口を開いてルドーに言葉をかけた。
「……お、お兄ちゃん。今、誰と話してたの?」
「はい?」
「君、大丈夫か? 魔導士たちの説明では、後遺症はないはずなんだが……精神的なものか?」
「へっ?」
「わ、私もう一度回復魔法試してみます! やり方教えてください!」
「待て待て待て! 俺は正常、正常だって! ていうか今の、聞えなかったのか?」
必死の形相でリリアが騎士隊長に掴み掛ろうとして、ルドーは慌てて両手を振った。
ルドーの頭の中には、ここまではっきり聖剣の声が聞こえたはずなのに。
この様子では二人には、その声が聞こえていないのだろうか。
そう思ってルドーが向けた視線の先で、リリアの心配するような猜疑的な顔が向けられていた。
「聞こえたって何? お兄ちゃんほんとに大丈夫?」
『どうやら俺の声が聞こえてんのは、お前だけみたいだな。ルドー』
響く頭の中の声に、ルドーはゆっくりと視線を下げて、恐る恐る聖剣を見つめた。
聖剣が特に勝手に動くような素振りは、今のところ見られない。
ただリリアだけでなく、古代魔道具について説明していた騎士隊長でさえ、怪訝な表情を見せた。
つまりこれは古代魔道具でも、そうそうない事例だろうということは説明がつく。
訳が分からずルドーが困惑していた時、使い古した木製のドアがガチャリと開かれた。
「まぁ、古代魔道具そのものがオーパーツだ。我々も初めて見るものだから、知らない情報があってもおかしくはない」
高貴なマントを羽織った優男が、開いたドアから部屋に入って来る。
騎士隊長から、彼が国から派遣された魔導士長であることは、ルドーは既に伝えられていた。
ルドーとリリアを最初に発見して、治療しようと鑑識魔法をかけたのも魔導士長だ。
そのまま役職が判明し、魔導士長は王宮に大慌てでとんぼ返りして、別部隊を即座に引き連れて飛行魔法で戻ってきた。
騎士隊長から受けた説明から、目の前の男がこの国のトップ魔導士であることは想像に難くない。
調査から戻り横に並び立った魔導士長に、騎士隊長が報告を聞き出し始めた。
「状況は?」
「そこのルドー君の証言を元に調べた所、その聖剣が刺さっていた場所周辺に、遺体が多数放棄されていたことが分かった」
声を落とした物々しい説明を、ルドーはリリアと共に耳をそばだてて聞き入る。
「瘴気が濃すぎて見えなかったんだろう。白骨化して久しく、ほとんど土に帰っていた状態で確認しにくかったが……数はニ、三十は下らなかった」
ルドーとリリアの目の前で話される報告に、二人してぞっと身震いした。
ニ、三十は下らない数の遺体。
村からすぐ傍の魔の森で、人が立ち入らない森の奥深くとはいえ。
そんなものがあったなんて話、ルドーもリリアも聞いたことがなかった。
そんなルドーたちの様子には気付かず、騎士隊長と魔導士長は話し続ける。
「その放置された遺体から瘴気が発生し、今回の魔物暴走に繋がったと?」
「可能性は高い。この規模の魔の森から発生する量の魔物ではなかったと、報告は受けている。別の要素とすれば、その数多の遺体が原因となるのが自然だろう」
「しかし森の奥に何故そんな数の遺体が……」
「それをこれから調べるのも、我々の仕事だろう。その為に派遣されたんだ」
ゴリラが唸るように考え込んだ騎士隊長に向かって、魔導士長はあっけらかんと小気味よく、人差し指を伸ばした手を振り始める。
「小規模な魔の森から、発生しない規模の魔物暴走だ。国としても放置できん。ここだけではなく、周辺の小規模の魔の森の再調査も予定されている」
「やれやれ、仕事が増えそうだ。ルドー君、リリア君、協力感謝する」
騎士隊長と魔導士長が、それぞれ向き直り軽く会釈をしてくる。
だがルドーとしては、笑える話ではなかった。
話の経緯から、おおよそ最近の出来事ではないにしても、村の傍の魔の森で起こったこと。
――――冷静に考えれば、それはつまり。
「昔の、村の人たちの遺体ってこと……かな、お兄ちゃん」
「リリ、考えるな」
「でも……」
不安そうに両手を胸の前で結んだリリアに、ルドーは顔を背けたまま首を振る。
何らかの理由で魔の森に迷い込んだ村人が聖剣を見つけて、何かしらの生存手段の為に抜こうとして、雷に焼かれて死んだ。
そういった経緯を、ルドーは嫌でも考えてしまう。
今手にしているのは、実はとんでもない人殺しの代物なんじゃないのか。
聖剣の柄を握る掌に、じっとりと汗がにじみ、胃のあたりが重くなる。
そんなものを手に入れて、勇者と名乗って良いものだろうか。
「亡くなった者たちも、改めて丁重に埋葬する予定だ。彼らの身元調査も含めてね」
ルドーとリリアの会話で、重苦しい様子に気付いた魔導士長が、優しい声で話し始めた。
「ただ今のところ、旅人のような装飾品が多く残っていたこと、森の奥深い場所にあったことを踏まえると、地元の人間が迷い込んだ可能性は低いとみている」
「……そうなんですか?」
「君たちは魔物によって、あそこまで追い立てられていたのだろう?」
恐る恐る聞いたリリアに、騎士隊長が神妙に振り返る。
「おそらく魔物が君たちを、逃げ切れない場所で囲い込もうとしていたのだろう。だから地元の人間でも足を踏み入れないような、最奥に辿り着いた」
騎士隊長の説明で、村の人たちの可能性がかなり低くなる。
話を聞いてルドーとリリアは、安堵して思わず息を吐いてしまった。
人が死んでいることには変わりない。
それでも知っている相手と知らない相手では、こうも感じ方が違うものなのだろうか。
安堵してしまったことに気付いたルドーとリリアは、下を向いて反省し後悔する。
だが騎士隊長と魔導士長は、特に責めもせずに見守ってくれた。
気まずい空気から逃げるように、ルドーは今聞いた話を考える。
旅人が多数死んでいたということは、そいつらが聖剣をあの場所に設置したのだろうか。
しかしルドー以外触ると雷魔法が放たれる聖剣を、どうやってあの森まで運んだのだろう。
ルドーが話を聞く限り、かなり古いとされるその死体たち。
一体いつなのかは知らないが、当時はルドーと同じように、聖剣に気に入られて触ることが出来る人間でもいたのだろうか。
それがなんらかの魔物に襲われてしまい、聖剣が手から落ちてしまったがために戦えず、全滅。
そしてあの誰にも知られない場所で、聖剣だけ安置されてしまったのだろうか。
それならだれも近寄らないはずの魔の森の奥底に、ポツンと聖剣が刺されていたことにも、周囲に死体が散乱していたことにも納得がいく。
ルドーが考えられる限り、理由はこれしかないと思った。
考えが合っているか、騎士隊長と魔導士長には試しに聞いてみたい。
だがまた変人を見る目で見られることが嫌だったルドーは、空気が悪いこともあって、後で聞こうととりあえず話すことは保留にした。
「魔物って、そんな知能的なものなんですか?」
ルドーが一人そんなことを考えていると、怯えた様子のリリアが騎士隊長に質問して、現実に引き戻される。
掛けられた問いかけに、騎士隊長は物々しい雰囲気で口を開いた。
「魔物は本能的に動くものだ、動物的な狩りと近しいかな。ただし生き物とは違うから疲れ知らずで、どこまでも追いかけてくる」
顔の前に指を置いた騎士隊長の話は、経験からくる物々しい重圧が漂っていた。
「正直に言おう。我々だけではこの辺境は遠く、間に合わなかっただろう。君たちが今回助かったのは、あくまで幸運だったからに過ぎないというわけだ」
ルドーとリリアは思ったよりも危ない状況にあったことに、話を聞いて初めて気づいて、ぶるりと身を震わせた。
聖剣があったから無事だったようなもの。
なければルドーもリリアもあの時、あの遺体たちと同じ運命を辿っていただろう。
脳裏につい、ルドーはリリアと血まみれで横たわった、骸と同じ姿になった自分を想像してしまった。
騎士隊長の話に、ルドーは冷汗が額を伝うのを感じて、ごくりと息を飲み込む。
ドクドクと胸を叩く鼓動が嫌にうるさく、何も言えない重苦しい沈黙が続いた。




