↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

1/337

プロローグ 思い出すのはいつも

 


 思い出すのはいつも、あの一瞬の光景だ。


 窓から差し込んだ、激しい雷光に照らされた情景。

 今でも目に焼き付いている。


 それまで見たこともないような、苦悶の表情で首に手をかける親父。

 ぼたぼたと顔中から水を滴らせ、横で寝ていた妹に手をかける母親。

 バタバタと手足を動かしていたのに、次第にぐったりとしていった妹。


 首に手を掛ける目の前の親父が、パクパクと口を動かして何か話していた。

 激しい雷鳴にかき消されて、なにも聞き取ることが出来なかった。




 なんでこんなことになっているんだっけ?




 確か今日は、妹(あかり)の三歳の誕生日。

 小さなケーキで、ささやかなお祝いをしていたはずだった。


 貧乏生活でボロボロの、ワンルームのアパート暮らし。

 四人せんべい布団に雑魚寝して、いつ以来か忘れたケーキと御馳走に、久方ぶりに腹をいっぱいにして。

 余韻に幸せを感じながら、明日は何をして遊ぼうと目を瞑ったはずだった。


 さっきまで楽しく誕生日を一緒に祝っていたじゃないか。


 おめでとうと手を叩いて、二人とも嬉しそうに妹を眺めて頭を撫でていたじゃないか。


 なんでそんな表情をしているんだ。

 声が聞こえない、何を言っているんだ。

 なんでそんなに顔から涙を滴らせているんだ。


 考えても答えがわからず、息が出来ない、苦しい、首が痛い、目が乾く。


 あいつは、妹(あかり)は無事なのか。


 親父はなんでそんな苦しそうな顔しているんだ。




 真白になっていく頭の中で、そんなことをぐるぐる考えている内に――――


 ――――世界は暗転した。




 ◇


『ボーっとしてっとあっという間に喰われてお陀仏だぜ!』



 豪快な声が頭に響いて、はっと視線を上げる。


 唸る怪物。

 小山一つありそうな巨大な犬型の魔物が、牙だらけの口をガバリと大きく開けて、今にも食い掛ってくるところだった。


 慌てて話しかけてきた、手にある聖剣――――レギアに意識を集中させる。


 普通の剣の倍近い太さに、黒い刀身。

 切っ先が波打つように枝分かれした、独特の形状のハンティングソード。


 大きく振り上げて食い掛ってくる魔物の顎下に、黒く鋭い刃をぶすりと突き刺す。

 柄に付いた緑の宝石が、笑うかのようにきらりと光った。


「くたばれええええっ!!」


 叫ぶと同時に、周囲を明るく照らすほどの雷撃が、剣の先から放出される。


 耳を貫き腹に響く轟音に、目にチカチカと光る雷光。

 物が焦げていく異臭が、鼻腔を満たしていく。


 十秒ほどその状態が続いた後、力尽きた魔物は灰のように霧散して消えていった。


『ここらで一番デカいのが今のだな、あっけねぇ。あー、退屈退屈』


「何が退屈だよ、もう少し威力落としてくれって……」


 攻撃を放った余波の静電気で、バチバチと髪が唸って纏まらない。

 手元の聖剣(レギア)を地面に突き刺し、静電気を何とかしようと体中を手で振り払うも、何とかなっている気がしなかった。


 頭の中でゲラゲラ笑っている聖剣(レギア)が、お前が弱いからだと吐き捨てる。


 髪を整えるのを諦めて、少年ルドーは聖剣レギアを地面から引き抜いて、周囲の鬱蒼とした森を見渡した。


 ◇


 ルドーは国外れの田舎村の平民で、転生者だ。


 転生者といっても、前世は五歳までの記憶しかない。

 死因は最後に見たあの焼き付いた光景から、多分一家心中だと今なら思う。

 だがそれは今関係ないので、置いておくとする。


 黒髪は元々の癖毛が、静電気のせいでさらにバリバリに跳ね上がっている。

 農村での農作業でそれなりに鍛えた身体を付け焼刃に、聖剣(レギア)をなんとか振るって。


 だが目つきの悪い三白眼のせいで、村のちびっ子たちには出会い頭よく驚いて泣かれ、その後丁寧に謝られては、居たたまれない気持ちにさせられていた。


 なにもない長閑な農村。


 この転生した世界で唯一危険だとされている、魔物が闊歩する魔の森がある。

 だが山一つ程度の規模でそれほど大きくないために、国の中でも比較的安全とされてきた場所だった。


 事の発端は数か月前。


 比較的安全とされてはいても、魔の森は魔の森。

 その森の中で、魔物暴走(スタンピード)が突如として発生した。


 国外れの村は、魔の森を見張っている国の兵士こそいるものの、少数でしかない。

 さらに兵士だけでは追い払うどころか、立ち向かう事すら困難な量の魔物が、突如何の前触れもなく、森から溢れ出した。


 突然のことに悲鳴をあげて逃げ惑う、顔見知った村人たち。

 森から湧きだすように押し寄せてきた魔物に、逃げ道を塞がれて追い込まれ。

 追い立てられるように散り散りに、魔の森の中へと入っていく。


 ルドーも例にもれず、魔物によって森に追い込まれ、森の中を走り逃げていた。

 その内に一緒に逃げていた妹が、走り慣れていない森の木々の根に躓いて、足を挫いて動けなくなる。


 瘴気の淀みが充満している魔の森は、薄暗く視界が悪い。


 足を庇う妹を強引に背負って、迫る狂暴な魔物から逃げ惑う。


 そんなルドーは背後ばかり気に掛けて、後ろばかり見て走っていた。

 だからどんどん淀みが酷くなっている場所に、魔物に追い込まれて踏み込んでいると、気付くことが出来なかった。


「いっでぇ!!!」


 魔物を確認しようと妹を背負いつつ、後ろを向きながら走っていたら、唐突に何か固いものが踝に当たった衝撃で派手に転ぶ。


 なんとか妹を抱きかかえつつ下敷きに倒れ、事なきを得たと思った瞬間。


 辺り一帯に耳を貫くような激しい轟音が響いて、薄暗い森を照らすように激しい雷光が走った。


 追いかけてきた魔物が数匹、その大きな雷撃に当たって霧散して消える。

 地面に突き刺さっていた、雷を発生させた真っ黒い刀身の剣が、ルドーの目に入った。



 ――――それを見て、ルドーはこれしかないと思った。



「こっちだああああ!!!」


「お兄ちゃん!」


 動けず叫ぶ妹を傍の茂みに置いたまま、魔物を引き付けるように飛び出す。

 更に迫ってきていた魔物を消滅させるため、無我夢中でその雷を放った剣に、ルドーはしがみついた。


 途端に凄まじいほどの轟音と共に、あたり一帯が眩しく照らし出される。


 激しい熱と、痛みを超える痺れ。

 手にした剣から放出される雷撃は、周囲の魔物は勿論、その柄を握ったルドー自身にも向けられていた。


 小規模の魔物が一瞬で霧散するほどの凄まじい威力。

 至近距離にいたルドーも、当然無事では済まなかった。


「お兄ちゃん、手を放して! そのままじゃ死んじゃう!」


 背後から妹がルドーを呼び叫んでいる声が聞こえる。


 それでもルドーは激しい雷撃を放つ剣を掴み続けた。

 掌の感覚が無くなって、どんどん腕が焼け焦げていき、肉が真っ黒になって黒煙を上げても、ルドーは手を放そうとは全く思わなかった。


「また(・・)妹を……殺されてたまるかああああああああ!!!」


 叫ぶ。


 なにがなんでも助けると、誰一人失って溜まるものかと。

 腕から次第に、全身が焼け焦げていきながらも、ルドーはそう無我夢中で絶叫し続けていた。




『へぇ、この雷を魔物退治の攻撃に使う奴なんか初めてだな』




 頭にぶっきらぼうな声が響いて気が付いたら、ルドーは仰向けに倒れていた。


 右手には、地面から抜けた剣を握りしめたまま。

 もう雷は収まっていた。


 黒焦げになっていた右手も、火傷跡が残るような傷こそないが、少し焦げた程度にまでいつの間にか治っていた。


「ばか! お兄ちゃんのばか!!!」


「いっでぇ!!!」


 起き上がると同時に泣きじゃくる妹から、ルドーはバシバシと強烈な往復ビンタをくらう。

 だが周囲を見渡せば、もう魔物の姿はそこにはなかった。


 ルドーが後で聞いた話だが、この時点で周囲どころか、魔物暴走(スタンピード)で発生した魔物すら、ほぼ駆逐出来ていたらしい。


 おかげで村人の被害は軽傷で、死亡者もゼロ。


 妹を助けることだけに無我夢中だったルドーには、そこまでの規模になっていたのは予想外だった。


 さらに予想外なことに、ルドーはこの聖剣に気に入られたらしい。

 後に来た国の魔導士の鑑定で、勇者の役職を新たに授かっていることが判明したのだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。