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第三十四話 魔人族との対峙

 振り返ったクロノがルドー達、特にイシュトワール先輩が目に入ったのか、振り返って数歩歩いた瞬間ビタリと固まる。

 まるで助けを求める様な声色で振り向きもせず再度後ろにいるカイムに問いかけていた。


「あー……カイム?」


「なんだよさっさと戻れって……あ?」


 喧噪の中ルドーが急に黙り込んで立ち尽くしているのを不思議そうに思ったリリア達が、その視線を辿って先にいる人物に気付き、クロノが声を掛けていたカイムも振り返ってこちらに気が付いた。

 ルドーたちが驚いて誰も動けない中、ぼりぼりと頭をかいてクロノの横に歩いてきたカイムに、視線を合わせるようにクロノは顔を向けて二人しばらく無言で顔を見合わせていた後、同時に別方向に恐ろしい勢いで走り出した。


「クロノ!」


 イシュトワール先輩は当然クロノを追いかけたが、とんでもない跳躍で一瞬にして三階程までの高さに飛び上がり、そのまま建物の壁を飛び移って恐ろしい速さで逃げていく。

 魔法を使わないで一体なんなのだろうかあの跳躍力。

 それでもイシュトワール先輩は必至の形相で追いかけていく、魔法で足を強化したようで同じように建物に向かって飛び上がって壁を飛び移り始め、新しい催しでも始まったかと下の群衆から拍手喝采が沸き起こった。

 群衆の喝采に一瞬我を忘れていたルドーは気を取り直し、逃げた赤褐色の髪を慌てて目で追いながらリリアに叫んだ。


「リリ、ネルテ先生に連絡しろ! 俺はあっちを追う!」


「えっなになになんなの!?」


「いっ今のクロノさんですよね、てことはご一緒の方って!?」


「そういう事だ! トラスト、リリと一緒にいてくれ!」


「えっえっ」


 何が起こったかわからずリリアとトラストは二人混乱しているが、これ以上走り逃げていくカイムを放置すると見失いそうになるためルドーは聖剣(レギア)を鞘から引き抜いて二人をそのままに走り始めた。

 人混みを押し分けるように走るせいで時々非難の声が上がったが、謝りながらなんとか掻き分け追い掛ける。


 クロノがあれだけ派手に逃げたせいで、反対方向に逃げるカイムには誰も目を向けていない。

 つまりクロノはおおよそ陽動目的だ。これだけの警戒態勢の中魔人族であるとわかれば周囲の魔導士が一斉に襲い掛かってくるだろう。

 目立たないように逃げるならカイムは髪を使わないはず、先程の戦闘厳禁の会話も本当ならまだやりようがあった。


『油断すんなあいつ足だけでかなりはえーぞ!』


 カイムは靴を履いている様子もなく裸足なのに恐ろしく早い。見失わない様にするので精一杯で追いつくどころかどんどん引き離されていく。

 おまけに街全体の路地がグネグネと入り組んでいるせいで曲がり角が多く、人を避けながら走っているせいで曲がる度に見失いそうになる。

 時折人の塊を素早く横に避けながら走り去っていくカイム、身長と同じくらい髪が長いお陰で見分けやすいのが幸いして何とか追えているのが現状だ。


『追ってるだけじゃ離されるぞ、追い込め!』


「無茶苦茶言うなっての!」


 聖剣(レギア)に追い込めと言われても走るだけで精一杯だ。魔法を使おうにも人通りが多すぎて誤爆被害が怖い。

 そういえばと走りながら先程貰ったパンフレットを引っ張り出して見やると、裏表紙に簡易的な街の地図が書いてあった。


「逃げれねぇとこ、逃げれねぇとこ」


 カイムを追い込むにしてもそこに誘導する必要がある。これだけ距離を離されている今どこに、どうやって。

 必死に頭を回転させながら走っていると、屋台通りに戻ってきて一瞬エリンジたちが見えた。しかし何事かと掛けられる声に返すことも出来ずそのまま素通りする。

 カイムは今や遥か彼方だ。このままでは追い込むどころか引き離されて完全に見失ってしまう。


『しゃーねーな。おいルドー舌噛むなよ!』


「いきなりなにをうわぁっ!?」


 バチッと雷が走ったと思ったら、突然グイっと引っ張られるように上空に飛び上がった。

 そのまま飛び上がっていく聖剣(レギア)に両手でしがみ付いて上に上にと飛んでいき、しばらくすると固い何かに聖剣(レギア)が刺さったと思ったら、勢いあまってルドーも頭からぶつかってガツンと重い一撃が入り、着地してフラフラする中ピヨピヨと鳥が回っているのが見えた。


『おい、おい! 目ぇ回してんじゃねぇ!』


「いっつつつつ……ってなんで建物の上ぇ!?」


 ガンガン鳴る頭を振って何とか正気を取り戻して周りを見ると、ルドーは五階建ての建物の上に立っていた。

 何にぶつかったかと思ったら、鉄製の大きな看板だった。聖剣(レギア)が刺さった影響で少し傷が付いている。


『電の磁力で今ぶつかった看板狙ったんだよ。鉄製に見えたからいけるかと思ってな』


「助かったけど次は何やるか言ってからやってくれ……ん? 磁力?」


 周囲を見渡してもルドーが今いる建物が周辺では一番高い。遠のいたカイムも髪のおかげで分かる。

 ルドーは先程の地図を取り出して、指差して逃げるカイムを確認しながら経路を確認した。


「……入り組んでる街並みが幸いしていけそうだな、なぁ聖剣(レギア)、磁力ってこういう使い方もできるか?」


『あん? ……へぇ、面白れぇ試してみようぜ』


 ルドーはそう言って笑う聖剣(レギア)を建物に突き立てる。

 建物から地面に電流が流れていくようイメージして放出し、雷を這わせて狙った位置に放出して磁力を発生させる。

 狙った位置での強力な磁力で周囲の鉄や砂鉄が一気に巻き上がって規則正しい列になり、簡易的な鉄の壁となって進路をふさいだ。

 壁を作っただけなので観衆に特に被害もなく、こちらも新しい催しかと声が上がっているだけだ。

 しかし目立つことを避けようとするカイムはその壁を髪で破壊せず、迂回するように道を曲がっていく。

 思った通りの成果を出せたことにルドーは安心しながら追跡を再開した。


「前世で見てたアニメにこんなのがあったんだよな、にしても結構精密さがいるなこれ」


『まぁ初めてにしては上々だ。追い込むぞ』


 建物の上から飛び移って移動しながら、定期的に聖剣(レギア)を突き立てて狙った位置に磁力を発生させて壁を作って誘導する。

 上からあの髪を視認して目的地に誘導出来ている様子を確認しながら、ルドーも建物の上から飛び移っていくことで距離を詰めていく。

 磁力の壁を作ること数回、人通りがなくなって目的地に近づいたところでルドーは建物の上から確認し、下り階段のように建物を飛び降りながら、カイム目掛けて上から思い切り飛び掛かった。


「でりゃあああああああああ!!」


 上空からの飛び蹴りが直撃してカイムごと目的地の建物にドアを巻き込みながら雪崩れ込む。

 地図で注意書きされていた人通りの少ない町外れの廃墟ならば、もう周囲を巻き込む心配はない。

 跳び蹴りでもみくちゃになったものの、背中から蹴り入れたためにそのままカイムに馬乗りになるような形になり、立ち上がろうと抵抗してくるのを動かない様に何とか抑え込んで背後の首元に聖剣(レギア)を押し付ける。

 資格のないルドーに逮捕権はないので、このまま逃げられないように押さえて威嚇してネルテ先生に来てもらえば後は問題解決だ。

 ルドーは通信魔法が使えないので場所を即座に連絡することが出来ないが、リリアの連絡を聞いたネルテ先生がルドーを探知魔法で探してくれれば見つけるのにそこまで時間はかからないだろう。


 しかしそう思って押さえつけていたルドーは突然視界外から大量の髪が巻き付いてきたと思ったらそのまま大量の髪に捕まり、大きく振り回されて壁と床に何度も叩き付けられて思わず息が止まった。

 反動で聖剣(レギア)が手から離れ、回転しながら宙を舞って天井近くの壁上部に突き刺さってしまう。

 全身に入った衝撃に思わずゲホゲホとルドーが咳込む隙に、更に全身をギリギリと締め上げるように大量の髪が巻き付いて、辛うじて声は出せるものの身動き一つとることが出来ないほど大量に絡みつかれてしまう。


「ケッ、追い込んだと思ったら追い込まれてたってのもよくある話だよなぁ」


「クッソ、床板の下から髪伸ばしてたのかよ……」


 首をボキボキ鳴らしながら呻きつつ立ち上がったカイムの背後に目をやれば、床が抜かれてそこから髪が伸びていた。

 蹴り倒した時に髪で隠すように床を壊した後、見えない床下に髪を伸ばしてルドーの視界外である後ろから攻撃してきたのだ。

 先程の飛び蹴りも一応ダメージは入っているはずなのに今は平気そうに立っている当たり、耐久力が段違いだ。


「いっづづづ……」


「はん、剣がなけりゃ魔法もまともに使えねぇ雑魚かよ。しばらくおねんねしてな」


 そのまま髪でギリギリと締め上げられる。

 しかし髪で拘束されている今、カイムも動くことは出来ない。

 ならば今やることはネルテ先生が来るまでの時間稼ぎだ。

 ルドーは開いている口で何とか思いつくままに情報収集も兼ねて質問してみることにした。


「お前らなんで魔道具製造の施設狙うんだよ、なにもしてねぇだろあの人たち……」


「あ?」


 現状の襲撃目的を聞いてみたら、思ったよりドスの効いた低い声が返ってきてルドーは戦慄する。

 先程までの面倒くさそうな態度が豹変し、強烈な殺気が放たれ始めていた。

 一般的な疑問を口にしたはずなのに、なぜそこまで殺気立つのかわからない。


「なんだと? 何もしてねぇだって? ふざけんじゃねぇぞ! 先に手出しして来やがったのはそっちじゃねぇかくそ人間どもが!」


 叫ぶように訴えてくるカイムの目は怒りで煮えたぎっていた。

 先程までの比ではない締め付けの強さにルドーは息が出来なくなる。殺す気で締め付けてきている。

 しかし髪だけでなく本人からも異様なほどの殺気にルドーは苦しみながらもその目を見開く。

 怒りで顔が真っ黒になっているカイムは、その深緑の瞳の奥に闇を感じるほど怒りでどんどん濁っていた。


「てめぇまさかなにも知らねぇのか? 知らなくてこんな、正義の味方ごっこみてぇなことやってるって? 冗談じゃねぇ……ふざけんのも大概にしろよくそ人間が!!!」


 怒りのままにギリギリと締め付けられ、ルドーの全身が悲鳴をあげている。思わず口からうめき声が漏れた。


 こんな時になんで思い出すのだろうか。

 手で締め付けられて、何か話しているのになにも聞こえなかったあの時の光景が、なぜ重なるのだろうか。

 死ぬ前のあの時の、苦しそうな親父の顔が。


 カイムは苦しんいでる、何故そう思ったのだろうか。


「だったら……クロノは……なんで一緒にいんだよ……」


 カイムは苦しんでいる、そう思いはしたが、どうしてそうなっているのかは皆目見当がつかない。

 解決策が思いつかない以上、カイムの神経を逆なでするだけのこの話題は危険だと思ってルドーが話を逸らそうと、必死に息を吐きだしながらクロノの話題を出せば、不意に締め付けが弱まる。

 動揺しているのだろうか、なんとか弱まったところで気道を確保しようとルドーは空気を必死に吸った。


「俺が知るかよ、あいつの都合としか言わねぇ……。もう拘束も強制もしてねぇ、逃げようと思えば逃げれるのに逃げねぇし戻ってくるし……勝手ばっかだ、知るかよ……」


 カイム本人からの困惑に似たような声色に、ルドーも混乱する。

 拘束も強制もしてないなら、なんでクロノは親や兄にあれだけ心配させて戻ってこない。

 それだけエリンジに絡まれたのが嫌だったのだろうか、望まない魔法科に入れられたことがそれほど苦痛だったのだろうか。そこまで先輩が嫌いなのだろうか。

 頭に酸素が回らないせいで上手く思考がまとまらずにグルグルと循環する。


「もういい、お前寝てろ……」


 緩んだと思った拘束が強まってまた息が出来なくなる。締め落とすつもりだ。

 抵抗しようにも全身巻きつけられているせいで身動きできないまま、どんどん視界が悪くなって音が遠くなる。

 睨み付けてくるその歪んだ瞳の中に、何か揺らいでいるのを見たのが最後だった。


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