第三十一話 傍受せよ平和
エレイーネー魔法学校に入学してから四ヶ月が経った。
月に一回だった魔人族の襲撃が最近は月二回から三回へと増え、その分被害規模が増え始めた。
襲われるのは決まって魔道具を製造している工場であることだけが共通点であり、死者が出ていないのも変わらないため、これだけ続くとルドーの推測した、破壊とは別目的で襲撃して手を抜かれている可能性が高くなってきた。
肝心のその別目的が皆目見当がつかないので、結局目的も分からずじまいのままだが。
魔人族と一緒に行動しているはずのクロノの情報も入ってこない。
遺跡で遭遇する前とまた同じように影も形もなくなってしまった。
襲撃で目撃されているのは今までと変わらず狼男のボンブだけで、カイムと呼ばれた髪の少年も、リリアが目撃した糸目の男や傷付いていた人たちの詳細も分からないままだった。
その為メインホールに張り出された手配書は未だボンブだけだ。
名前と見た目の特徴、使用する魔法攻撃といった現時点で判明しているものも記載が追記されている。
ネルテ先生と戦闘して負傷を負わせたカイムもあれはあくまで自衛行動、糸目の男も、今のところ世間的には何もしていないので張り出されていない。
ただ同行者として注意する必要はあるので、情報を持つ者として特徴だけ文字で書かれていた。
エレイーネーとしても襲撃は放置できないが、魔道具を開発し製造している施設は国の所有物だ。
襲われる施設のある国には一貫性がなく、またどこが襲われるかも定かではない以上、事前に護衛として施設に職員派遣を送ることも出来ず、また各国から用心の為の依頼もないためそちらの線での護衛も派遣することが出来ない。
後手に回るしかない状況に、先生たちもやきもきしている様子だった。
「だ、大丈夫なんですかね、今日の式典」
ルドー達魔法科の面々は今、東南にあるソラウ王国の建国三百周年の記念式典の為に都市の一つアシュに来ていた。
郊外学習での規制は相変わらずの為、ネルテ先生の同伴の元だ。
ただ今回いつもと違うのは、エレイーネー側からの申請ではなく、ソラウ王国からの式典招待の為で招待客であるという点だ。
各国の主要陣も招待され、同盟を結んでいるエレイーネーにも招待が回ってきたので、一番時間の取れる魔法科の一年が来たという訳だ。
不安そうに呟いたトラストに、仕方ないといったようにキシアは慰める。
「そうは言いましても、ここで式典を中止にでもしたら、それこそ不安が広がりますわ」
「不安は魔物を呼びやすい、あまり大規模な不安は、危険」
「そうそう! せっかく訓練もない自由時間なんだしさぁ! パーッと楽しもうよぉ!!」
イエディの発言にメロンが後ろから抱き付きながらブンブン手を振る。
最初に発言したトラストは未だ不安そうな顔をしていたが、魔法科の面々は今どちらか言うとその場の楽しそうな空気に飲まれてワクワクが止まらない様子だった。
「なんだ貴様らまだこんなところにいたのか! いつまでもじっとしてると時間が無くなってしまうぞ!」
「あっもうそんなに食べてるズルい! イエディ早く屋台行こう!」
「まって、歩ける、自分で、歩ける、まって」
フランゲルが既に大量に屋台を回ったのか、腕いっぱいに買い食いの色んな食べ物を抱えて戻ってきたのを目にして、メロンがイエディを抱いたままズルズル引きずって屋台の人混みに消えていく。
フランゲルもいつもの三人を引き連れてまた屋台の方に戻っていった。
王族の為自由に使えるものが多いのか、集られているようだ。
甘いものやら肉料理やら、屋台の片っ端からさらに注文している。
おだてられて満更でもない様子の為、集られている事にフランゲル本人は気付いてなさそうだ。
「へーんな町だなぁ」
「お兄ちゃん行かないの?」
「お前もだろリリ、わかってんだろ」
「うん」
ルドーとリリアは意味深に顔を見合わせた後、揃って大きく溜息を吐いて項垂れた。
ルドーは大量に漂う食欲をそそる匂いと、耳を刺激する食べ物の焼けるジュウジュウという音、楽しそうにしている人混みを見ながら、リリアと一緒に恨めし気に眺めている。
農村出身で親なしのルドーとリリアはこういったとき自由にできる金がない。
エレイーネーへの入学は義務の為入学資金は学校の支援があるが、別にお小遣い制があるわけでもないので私物を増やしたいなら働かないといけない。
だが魔法科は訓練が忙しくてエリンジレベルでないと自由時間がない。
ルドーは特に座学が遅れ気味の為放課後も勉強しないと追いつかない。
資格もない一年は依頼も受けられないためお金を稼ぐために働けないのだ。
屋台に行けないルドーは気を紛らわせようと町を見渡す。
アシュは今まで訪れた場所で最も規模が大きい街で、ルドー達が入って来た転移門の建物から見ても全体像が見渡せない。
しかし円形に並んでいるのがかろうじてわかり、町の中央に大きな塔のような建物が、天辺付近だけ丸く膨らんだ状態で生えていた。
あちこちで色んな魔道具が飛び交っており、飲み物を出したり花を咲かせたり手品をしていたり、様々な催し物が開催されている。
トラストが心配したのは思ったより多い魔道具を見かけたことで、魔人族から襲撃を受けるのではと懸念しての事だろう。
「このアシュの街は魔道具で発展してきたといっても過言ではありませんからね、トラストさんの心配も無理もないことでしょう。しかし各国主要人物と共に護衛としてその国の魔導士もたくさんいらしているんです。警戒は厳重ですから、魔人族もそうそう襲う事も難しいと思いますわ」
キシアがチラチラ屋台を見ながらトラストを安心させるように説明する。
貴族のお嬢様の為こういった機会に恵まれることがなかったのだろう、かなり興味津々のようだ。
各国主要人物として基礎科からも何人か招待されており、その影響で護衛科も何人か駆り出されている。
国を通じての招待の為エレイーネー名義では参加できないため、そういったことの少ない魔法科の参加となっているのだ。
式典まではまだ時間があるので、集合時間までは各自自由にしていいとのネルテ先生からのお達しで、魔法科の面々は大喜びで各自一斉解散した。
どうしようかと迷っているのが今のルドー達の現状だ。
「とりあえず回ってみようって、こんな楽しそうなんだし。そこの項垂れてるお二人さんも! 金はなくても見れるもんもあるから行こうって」
アルスに声を掛けられ、ルドー達が諦めて回ろうとした時、ルドーの近くにいたエリンジに向かって突然背後から強烈な魔法が数発ぶつけられた。
爆炎が上がって悲鳴が周囲から上がる中、ルドーはエリンジに向かって叫ぶが、煙の中から防御魔法を纏って現れたエリンジは、特に動揺するでもなくいつもの無表情で立っていた。
「なんだよ急に! 何かの襲撃か!?」
「いつものだ。気にするな」
「いつものって……?」
「ふむ、よく防いだ」
大声を上げて周囲を見渡していたルドー達に向かって、一人の男が声を掛けてスタスタと歩いてきた。
細長いメガネをかけたエリンジと同じ冷たい深緑の目をした四十代くらいの男は、エリンジと同じ白い髪をして、どこか高貴そうな緑のローブを身にまとっていた。
伸びた腕の先の手から煙が上がっていることから、攻撃魔法を放ってきたのはどうやらこいつみたいだ。
ルドーは警戒するようにその男を見ていたが、エリンジは大丈夫だというようにルドーの肩を叩いた後、その男に近寄って軽く頭を下げる。どうやらエリンジの知り合いみたいだ。
「親父も招待されたのか」
「ふん、学校生活で腑抜けになってないようだ」
「当然だ」
「いやいやいや意味わかんねぇよいきなり魔法ぶつけてくんなよ一般人に当たったら危険だろ!」
似たような簡潔な会話、その会話内容からこの男が例の魔法攻撃を叩き込む過激な教育をしていたエリンジの父親だと分かる。
思わずルドーが攻撃は危険だと突っ込んだが、当たるわけがないが、みたいなさも当然のような反応の表情を男からされて絶句する。
エリンジとよく似て無表情だがなぜかルドーにだけは分かった。いや分かりたくなかった。
どうやらかなりの似た者親子らしい。思わず二人を見たまま項垂れてしまった。
「いやーんほんと危ないっぴ! わたしこっわーい。怪我しちゃうかと思っちゃった!」
話している横から男の変な声が聞こえてルドー達が振り向くと、白髪の男の横に、両手を握って胸の前で乙女のポーズをしている校長が目に入って全員思考が停止した。
お気楽に屋台でも回ってきたのか、入学式で見た角帽ではなく、キャンドルの装飾が施されたふざけた感じのクッション帽子を被り、厳格そうだった紫のローブのあちこちに大量の明るいステッカーが貼られていて台無しになっている。
いの一番に回復したのはエリンジの親父で、校長に向かって鬼のような形相になり唇が捲れ上がった。
「貴様! どの面下げて私の前に!!!!!」
「いやーん、デルメ君こっわーい! 眉間の皺一本増えてるぅー。奥さん川で今朝取れた魚、良かったら食べます?」
よくわからないことを言ってビチビチ跳ねるとても新鮮そうな魚を差し出した校長に固まるルドー達。
デルメと呼ばれたエリンジの父親はそんなふざけているとしか思えない校長の態度に、般若のような表情で魔力が瞬時に放出され始めた。
デルメの体中から湧き上がってく魔力の圧力にそのままでは危険だとその場の全員が後退し始めるが、当の校長は一体いつ魚を受け取ってくれるのかなぁと、ビチビチ跳ねるそれを握ったまま差し出した状態で全く意に介していない。
これだけの魔力の圧を受けても平然としている様子は流石校長だが、どう見てもふざけた態度のそれはデルメの神経を逆なでしているとしか思えなかった。
これで他意がないなら校長はよっぽど頭がおかしい。
いや入学してからずっとおかしかったから頭のおかしい人なのかもしれない。
誰も止めることが出来ないのではとこの場の全員が恐怖し始めた時。
「校長……やっと見つけましたよ……」
今にも死にそうな声がして振り向いたら、入学式の時に見かけたあのくたびれたプラチナブロンド、基礎科のヘーヴ先生がいた。彼もどうやら招待客だったようだ。
顔が真っ黒で目だけが異様に輝いていて、ルドー達はデルメとはまた違ったあまりの剣幕の恐ろしさにさっと脇に避けた。
「陽気なあなたなら絶対に参加しに来ると思いましたよ……半年分の書類が溜まってんですよ……エレイーネーにいい加減戻りますよ!!!」
「ひええええ誘拐よー! おーたーすーけー!!!!」
「だれが誘拐ですか! いい加減観念しろ! 仕事してくださいよ!!!」
叫ぶように訴えたヘーヴ先生は校長の腕をガシっと掴むと、逃げようと暴れる校長をそのまま転移門の方にズルズルと引きずって人ごみに消えていった。
引き摺られていく校長の手から魚がベチャッと地面に落ちる。
誰も何も言えずしばらく呆然とした後、唐突に咳払いが聞こえ、首だけギギギと動かすと何事もなかったかのようにエリンジの親父が佇んでいた。
「各所挨拶があるので行く」
「学期末は帰る」
恐ろしく短い会話をエリンジとした後、デルメは踵を返してどこかへ歩いて行ってしまった。
残されたルドー達はこの異様な空気をどうすればいいのかわからず思考を放棄した。
校長が落とした魚が石畳の上で未だビチビチ跳ねている。
「貴様らまだ動いていないではないか! 一体何をしているのだ」
「嵐が去った……」
フランゲルがまた新たに大量の食べ物を抱えながらいつもの三人を引き連れてルドー達の傍を通りかかって声を掛けてきた返事に、全員呆然としながら立ち尽くしたまま、絞り出すように答えたルドーにフランゲル達は揃って首を傾げて頭にハテナマークを浮かべていた。




