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第三十話 謎は深まるばかり

 

「俺は妹の事何にも知らねぇんだよ」


 話をすること数日、大分落ち着いてきたイシュトワール先輩からもクロノの話を聞いた。


「あいつは元々酷い秘密主義で、俺たち家族が近寄ろうとしても物理的に距離取って、話したと思ったら最低限の伝達事項だけで挨拶すらしねぇ。俺たちは仲良くしてぇのにどうすればいいかわからなくて、結局俺は嫌われるのが怖くて見てるだけでずっと近寄れなかった。後悔してるよ、歩み寄ってくるのを待つんじゃなくて、もっと突っ込んでいくべきだったって」


 溜息を吐くイシュトワール先輩、ルドー達三人は昼食時間を合わせた食堂で静かに話を聞いていた。

 確かにクロノはいつも何を考えているかよくわからない様子だったが、家族にもそういう態度、話を聞くと下手したらそれ以上に会話すら拒絶していたようだった。

 入学からのエリンジに対する態度はあれでかなり譲歩的だったと理解できる。

 イシュトワール先輩はさらに話を続けた。


「領地にいた時はずっと屋敷の書斎に引き篭もってて、魔物退治に連れて行ったことが家族の誰も一度もないんだ。なのに素手で魔物を平気で倒すだの、魔法をはじき落とすだの、先生から聞く話は見たことないことばっかでなにがなんだか分からなかった」


 イシュトワール先輩の話に、思わずルドーは驚いて声を上げる。


「えっ、つまりクロノは身体訓練すら領地ではしてなかった?」


「そうだよ、三人目だったから親父もそこまで厳しくしてなかった。だから分からねぇんだ、あいつはそんな力を付けるような何を隠して今まで何してたんだって。そんな秘密にするほど俺ら家族は信用ならなくて、魔人族とかいう魔道具施設破壊集団についていくほど嫌われてたのかって。最近そればっか考えてて気がおかしくなってたんだ」


 そう語るイシュトワール先輩の話に、ルドー達はさらに混乱するしかなかった。

 魔物を一撃で破壊する身体能力は、魔物暴走(スタンピード)を何度も阻止するほど魔物退治で有名なレペレル家出身であることがわかったことで皆が勝手に納得していたのだ。

 だが家族の誰もが戦闘から遠ざけていたとなれば、クロノはあの身体能力をどうやって身に着けたことになるのだろう。


 魔法も使わず素の身体能力だけであれだけの威力、並大抵の事ではないはずだ。

 それをひとつ屋根の下で暮らしていた家族、しかも仲良くしようと定期的に様子を見に来ていた複数相手に、気付かれずに身に付けることは可能なのか。

 ルドー達ですら混乱するような内容に、身内でありながら先生から人伝に聞いた先輩が混乱して気がおかしくなるのも無理はない話だった。


 しかしその先輩との喧嘩でルドーは一つだけ分かったことがある。

 遺跡でクロノと対峙したルドーだからこそ、それは確信に近かった。


「あいつは多分先輩の事ずっと見てた、んだと思います」


 真直ぐイシュトワール先輩を見つめてルドーが告げる。


「この間の喧嘩の動き、あいつ、クロノの戦闘そっくりで。足を回す動きとか、攻撃の腕の振り方とか、フェイントの入れ方とか。あの戦闘方法は先輩独自のだって、他の三年たちが話していたのを聞いて。だから、あいつは先輩の動きを見て覚えた、んだと思います」


 ルドーの言葉に、イシュトワール先輩はしばらく呆然とした後噛み締めるような顔をしていたが、不意に下を向いて少し優しく笑う。


「……見ていてくれたか、そうか」


 何故だろうか、その口元がクロノによく似ている気がした。


 結局ルドー達の話をしても、クロノの居場所が分かるような進展はなかった。

 それでも何か分かれば連絡を取り合うことを約束し、イシュトワール先輩との一件はなんとか片が付いた。


「イシュトワール先輩、謝罪受け入れてくれるって。クロノさん見つかるまで協力しようね、お兄ちゃん」


「目を離した責任はある。協力する」


「つっても話聞く限り逆にわかんねぇこと増えた感じだけどなぁ、今のとこ手掛かりもねぇし」


「先輩の貸出期間も結局終わってしまったな」


「まぁ、でも悪い気はしないだろ」


「それもそうか」


 まだクロノ本人が見つかったわけでもないが、胸のつかえがとれたような気がして、三人は心なしか穏やかな気分だった。


 一週間の貸出期間も経過してしまい、ルドーは改めて図書室に赴き、先輩から返却された古代魔道具に関する書物を借り直した。

 このたった五冊の為に随分回り道をした気がするが、問題の聖剣(レギア)は未だずっと黙ったままだ。

 通常三年にならないと借りることが出来ない本に他の生徒達も興味津々らしく、教室で広げようとしたら周囲にわらわらと集まってくる。


「でもお兄ちゃん、書いてあることとお兄ちゃんの聖剣って、該当するのかな」


「確か武器型の古代魔道具はさらに貴重だそうですわね?」


「古代魔道具を主に研究してた国は大陸中央ばかりで、今はほとんど滅んで中央魔森林に没してますから関連書籍は本当に貴重なんですよ」


 リリアが心配そうに呟き、キシアは興味津々に本に視線を向けている。

 トラストに至っては知識欲が爆発してパラパラめくっている横で大量メモを取っている始末だ。


 中央魔森林とは、大陸中央に鎮座している信じられないくらいどでかい規模の魔の森の事だ。

 かつてはかなり小さかったらしいが、戦争による魔物誘発や魔物暴走(スタンピード)によって国が没した後森に飲まれて行ったので、今では大陸の半分程の規模になっている。

 トラスト曰く古代魔道具の研究を行っていたのがその滅んだ昔の国ということだろう。


「なにか簡単に浄化魔法が強くなる方法とか載ってないわけ?」


「炎魔法に特化した古代魔道具はないのか貴様!」


「主人公にふさわしいもっとかっこいいやつはあるかい?」


「ねーねーおいしそうなご飯作れるものってあったりする?」


「商売繁盛の古代魔道具があったはずですや! 読みあげてくれませんや?」


 好奇心と楽しそうと言う理由で横から色んなやつに覗かれてはやいのやいのと言われて物凄く読みにくい。


 横で大騒ぎされながらとりあえずルドーは古代魔道具が喋るかどうか調べてみる。

 しかしどうにも該当箇所がどの本からも見当たらない。

 古代魔道具の仕組みや魔力貯蔵量の予測が多く、どういった古代魔道具があり、それぞれどういう性能で機能がどう動くかといった具体的な解説はほとんど載っていなかった。


 次に不調が発生した場合の項目を調べてみる。

 そもそも五冊とも研究書と言った感じで使用している様子が書かれていない。

 実物を見て書いていないのだろうか、それでも探すが中々それらしい項目がない。

 パラパラとページをめくっていくが、諦めそうになった時に一冊の最後辺りに簡素に一言書いてあるのが見つかった。


 〈古代魔道具の不調、暴走の危険あり〉


「……まずいんじゃないの、これ」


 面白そうに横から覗いていたアルスが珍しく神妙な顔をした。

 あの暴走して瘴気を大量発生させていた古代魔道具の真鍮の大鍋がルドーの脳裏をよぎった。思わず身体から冷汗が噴き出す。

 勇者として魔物と戦うための武器を失い、同時に今この場で誰も対処できない脅威になってしまったら。

 武器型の聖剣(レギア)だったからあの古代魔道具、真鍮の大鍋は破壊できたのだ。

 もし聖剣(レギア)が暴走して同じように瘴気が発生したら、武器がない今もう破壊する方法も存在しないのではないか。

 その時溢れ出てくる魔物をどうやって対処したらいい。あの時ネルテ先生でさえ見たこともないような超大型魔物まで湧いたのだ。あの時はクロノが対処していたが、あんな規模聖剣(レギア)もなしに倒せるはずもない。


 そういえば聖剣(レギア)はあの真鍮の大鍋に刺さっていた。

 あの時の苦しそうな声、自我が持たないと語っていたあの時、もしなんらかの影響が聖剣(レギア)の中に残されていたとしたら。

 背中を伝う冷汗が止まらず、ルドーは震える手で支えながら何度も聖剣(レギア)を呼ぶが、未だ何の反応もない。

 これが暴走の前兆だとした、リリアもみんなも危ない。


「おい! おい聖剣(レギア)! いい加減にしろよ! 起きろっておい!」


「ばっばか! 叩いてもどうにもなんないでしょ!」


 ルドーは焦りのあまり、聖剣(レギア)の鞘を掴んでその柄をガンガン机に叩き始めた。

 とうとう錯乱したと思ってメロンが叫び、先程の暴走の文字が同じく過った周囲が慌てて止めようとした時、柄についていた緑の宝石部分が机の角に思いっきり当たってバチンと煌めいて雷を飛ばした。


『イッッッテエ!!! ルドーてめぇ考え事してる時に何しやがる!?』


「はぁ!? 考え事!?」


 いつもの乱雑な声が聞こえてルドーが安心したのもほんの僅か、どうやら聖剣(レギア)は不調でもなんでもなく、ただ考え事をしていたために思考の奥に沈んでいてこちらの話を聞いていなかっただけらしい。

 おおよそ数十年単位で放置されていた聖剣なので、数日程度あっという間で気にも留めないという事なのだろうか。こちらとしては大迷惑である。


 ルドーが項垂れながらも安心したように長く息を吐いていると、ようやく周囲がシンと静まり返っている事に気付く。

 訳が分からずルドーがパチパチと目を瞬かせて周囲を見渡すと、横にいたリリアが震える声で聞いてきた。


「お、お兄ちゃん、今、痛がってたのが、その、聖剣(レギア)、さん?」


「えっ?」


『あん?』


 周囲を見渡してみると、皆驚愕した表情をしながらコクコクと頷いている。

 ルドーは周囲と聖剣(レギア)を何度も視線を行ったり来たりを繰り返していたが、突然変化したその状況を飲み込むまで少し時間がかかった。

 改めて周囲を見渡し、震える声で確認する。


「えっと、みんな、こいつの声、聞こえるようになった?」


「肯定する」


『わーお、マジ? マジのマジ?』


「えっ、かっる! もっと威厳のある声想像してた!」


『なんだとコラぁ!』


 アルスの感想にバチッと雷を飛ばして威嚇し周囲に悲鳴を上げさせた。

 どのタイミングで何が原因かはわからないが、どうやらルドー以外にも聖剣(レギア)の声が聞こえるようになったようだった。


「考え事してる間になんかしてたのか?」


『知るかよ、俺はただ考えてただけだっつーの』


「お前ホントいつもアバウトだよな……」


 突然声が聞こえるようになった聖剣(レギア)にクラス中が興味津々で色々質問攻めし始めたのだが、かなり適当な性格の聖剣(レギア)はあまり役に立つような回答もしてこない。

 古代魔道具の凄い伝説話を期待していた面々は、色々と質問攻めした後思ったような返答がなく二時間ほどの質問詰めのあとしょんぼりしながらそれぞれ寮の自室に戻っていった。

 ルドーも寮の自室に戻った後、借りてきた本をまた読み返してみるものの、結局のところよくわからないということが延々と書いているとルドーは結論付けて本を閉じてベッドに身を投げ出した。


「図書室の本読んでも結局よくわかんなかったし、一体なんなんだよ古代魔道具って」


『……覚悟がないなら深入りすんな』


 諦めモードでため息交じりに呟いたら、思ったよりドスの効いた声が聖剣(レギア)から返ってくる。

 想定外の反応にルドーは首を壁に立てかけていた聖剣(レギア)に向けた。


「……なんだよ覚悟って、お前がいないと戦えないんだぞ俺は」


『今ならまだ引き返せるんだよ、ルドー。勇者やめて農民に戻ってもいいんだぜ』


「いやだから急に何なんだよ!」


 思わず立ち上がって激しく問い詰める。

 ルドーを認めたのは聖剣(レギア)だ。勇者の役職を授かった後に力を与えてくれたのも聖剣(レギア)だ。

 それなのにここまで来て急に引き返して勇者をやめろと言ってくる意味が分からなかった。


『お前は一つ業を背負った。知らないままでいたほうがいいもんもあるってことだよ』


「業? この間の古代魔道具を壊した事か? 考え事してたってのもその後だし……いったい何なんだよお前は!」


『悪い、思ったより軽く見ていた。魔物を倒して妹守ってハッピーエンド、勇者としては上々だ。ただやっぱり俺は古代魔道具で、見通しが甘かったってだけだ』


「何の話してんだよ」


『教えん』


「覚悟って何の覚悟だよ!?」


『いらん覚悟だ。知らんでいい』


「いや意味わかんねぇって!」


 ルドーはまた鞘を握ってブンブン振り回してみるものの、ようやく話すようになった聖剣(レギア)はオウム返しの様に教えん、知らんでいいの一点張りになってしまった。


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