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第二百九十八話 バラバラの反撃の糸口

 

 何もなかった空間に、見たこともない大きな飛行船のようなものが現れた。


 レチマスの屋敷が爆破されたあと、ネルテはボンブや生徒たちと救助活動を行なっていた。

 一通りの一般参加者が手当てされ、一段落して一息付いたタイミングだった。


 夜の真っ暗な海に横たわる、古ぼけた巨大な船。

 その上空に浮かんでいる、真新しい金属製の同じ大きさの別の船。


 あれをこのまま放置してはいけない。


 それぞれが武装を携えた巨大な船を見て、ネルテは直感したのだった。


「また来た! ボンブ!」


「いつでも行けるぞ!」


 大きな戦艦から発射された巨大な砲撃魔法に向かって、ネルテはボンブとともに両腕を構えた。


 ネルテの緑の魔力と、ボンブの赤黒い魔力が、相互循環して膨張していく。


「うらああああああああ!!!」


 魔力伝達で膨大に膨らんだ魔力が、砲撃魔法を正面から捕らえ、なんとか軌道を曲げる。

 東三連諸島、レチマスの屋敷に向かって放たれた砲撃は、上空に向かって曲がり、輝く線になってどこまでも飛んでいった。


 家一棟よりも太い砲撃の攻撃では、迎撃どころかこうやって軌道をそらすことが精一杯だ。


 正面の砲撃魔法を放った大砲が、また攻撃しようと魔力を溜め始めたのを、ネルテは睨みつける。


「絶対に島に当てるな! 何百人犠牲になるか分からないぞ!」


「アーゲスト、悪い。まだ行けるか?」


「ここは踏ん張りどころでしょ。気にせず前に集中しろ」


 背後の足元に話すボンブに、包帯から血を滲ませたアーゲストが狐目を向けた。


 レチマスの屋敷、アーゲストはラグンセン残党に狙われるアリアの傍にいた。

 そして爆発の混乱に乗じて、一般参加者に紛れたラグンセン残党に滅多刺しにされたのだ。


 周囲に関係ない一般人が助けを求めて群がり、身動きも反撃も出来なくなった瞬間を狙った攻撃。

 アリアも同時に狙われたせいで、攻撃を防ごうとアーゲストがその身で全て受けたのも良くなかった。


 それでもアーゲストは、アリアの救助を優先するよう、傍にいたエレイーネーの生徒たちを焚き付けた。


 攫われた魔人族救助班のリーダーをしていた責任感。

 また繰り返してはならない。


 目の前で同じようにマフィア組織に攫われたアリアの救助を、アーゲストは己の身よりも重点を置いていたのだ。


 血塗れになったアーゲストは生徒を送り出し、一時全身から血を流して倒れ、そのまま動けなくなる。


 フランゲルが転移門で奪われたネルテとボンブは、レチマスの屋敷が爆発し避難誘導をしていた。

 その際血塗れのアーゲストを見つけて、大慌てで回復魔法をかけたのだった。


 ネルテとボンブは今、アーゲストの作り出した魔力の大鳥に乗り、目の前の船から放たれる砲撃魔法を逸らし続けていた。


「動きが変わった……」


 砲撃魔法の大砲に魔力が集中する中、上に浮かぶ新しい船に穴がポツポツと開き始める。


 ネルテが顔を顰めて警戒観察していると、小さな穴からそれぞれ、砲台よりも圧倒的に小さい、銃口のようなものがガチャガチャと伸び現れ始める。


「弾幕攻撃がくる! 回避行動!」


 ネルテの掛け声とともに、アーゲストが魔力の大鳥の翼を伸ばした。


 島までの空を覆い尽くしていく、小さな砲撃魔法の球体の嵐。

 その隙間を右に左に木の葉のように翻り、あちこち飛び交う弾幕攻撃をなんとか掻い潜る。


 避けた先の水面で、砲撃魔法の球体が小さく爆発して水飛沫をあげた。


 大きな船――――新造の戦艦。


 背面に伸びた配管を、不気味な翼のようにバラバラと動かし、ゆっくりと船体の旋回を始めた。


 ガラスを掻き鳴らすような耳痛い音が、辺りに響き渡る。

 その音を聞いたボンブが、怒りに牙を剥き出して狼の体毛を逆立てた。


「……アーゲスト、同胞の悲鳴だ」


 唸り上げたボンブの言葉に、アーゲストは狐目をさらに険しくさせて新造の戦艦を見上げる。


 未だ小さな砲撃魔法の弾幕が広がる戦艦。

 その動力源も、攻撃も、ボンブやアーゲストと同じ、攫われた魔人族から魔力を無理矢理絞り出して使われていた。


「あんなものに、同胞が、カプセルが使わられているのか――――!」


 動き出した新造戦艦を、ボンブとアーゲストが睨みつける。

 弾幕の攻撃は激しく、アーゲストの魔力の大鳥がひらひらと宙を舞った。


 砲撃魔法の音に混じって聞こえてくる、重なった複数の金切り音。

 攫われた魔人族の同胞がカプセルであげた悲鳴が、こんなところまで響いてきていた。


 助け出さなければならない。


 だがこの弾幕の密度では、近寄ることすら叶わなかった。


「あそこからあれを動かすのはまずい。島に近付かれたら、さっきの弾幕攻撃は防ぎきれない」


 ネルテが正面を向き始めた戦艦を眺めつつ、視線だけで背後の島までの距離を測る。


 砲台からの砲撃魔法だけでも、軌道を逸らすだけで精一杯。

 それなのに戦艦そのものに近寄られてあんな密度の弾幕砲撃を島に向かって放たれたら、穴だらけになって跡形も残らない。


 ここで新造の戦艦の動きを食い止めなければ。


 魔力を溜めていた砲台が、バチバチと火花を散らし始める。

 砲台がゆっくりと、狙いを定めるようにカタカタと動き始めた。


「また来るぞ!」


「カプセルを止める方法はないのか!?」


 ボンブとアーゲストが、動き始めた戦艦を見上げながら叫ぶ。


 動きを止めるならば、動力を遮断するのが効果的。

 だが、同胞の魔人族が入れられたカプセルを破壊することは出来ない。


 中身ごと破壊されてしまえば、それはボンブとアーゲストにとって最悪の結末となる。


 ボンブとアーゲストの考えを読むように、ネルテも新造の戦艦を眺めながら構えた。


「カプセルは動力源、おおよそ内部構造に組み込まれてる」


「内部に入り込んで止めなければ無理か」


「でもあの砲撃を無視できないせいで、近寄れない……!」


 ボンブが意見を聞いて、居場所を探ろうと鼻をヒクつかせた。

 だがそもそもの問題が別だと、ネルテは砲台を睨み付ける。


 魔力エネルギーがバチバチと激しさを増し、砲台がピタリと狙いを背後の島に定めた。

 威力の試し撃ちのつもりなのだろうか。

 島ごと破壊する威力の砲撃を、子どもの遊びのように使うそのありように、ネルテは吐き気がした。


 ネルテはボンブと二人で、また軌道をそらそうと身構える。

 だがその瞬間、その場の全員がガクッと身動きが取れなくなった。


「ナナニラ――――!」


 ネルテは身動きが取れない中、戦艦の方向に視線だけを動かす。


 アシュで暴走した女神像の破壊を阻止した、ナナニラの重力魔法だ。


 ネルテのいる位置からは、ナナニラは遥か遠く視認できない。

 だがこの重力魔法が発動しているということは、あの新造された戦艦に乗っているはずだ。


「くそっ」


「堪えろ!」


 ボンブとアーゲストの歯噛みした声が漏れる。


 アーゲストが魔力の大鳥を制御できなくなり、砲撃の弾幕を真正面から受け始めた。

 重力魔法で押さえつけられ、防御態勢をとることも出来ず、爆発する砲撃をもろに浴びる。


 砲撃の弾幕にも重力魔法が働いて、威力こそ減っているが、狙いは集中していた。


「あそこですわ、早く!」


「先生!」


「キシア、魔力伝達!」


 背後から叫び声と共に、不意に重力魔法と砲撃が止んだ。


 息を吐いたネルテが顔を上げると、ひやりとした空気が顔を撫でる。


 目の前に巨大な氷結が出現していた。

 どうやらこれでナナニラの視界を遮り、重力魔法の狙いを不能にしたらしい。


 ネルテが背後を振り返れば、海上を氷結させて走り寄ってくる、アルス、キシア、トラスト、ビタの姿があった。


「よかった、ギリギリ間一髪……」


「砲撃がまた来ますわ!」


 海面を氷結させていくアルスの横で、キシアが正面に気付いて叫ぶ。


「弾幕を減らします! ビタさん、援護を!」


「全く、仕方ありませんわね!」


 トラストが眼鏡越しに瞳を黄色く光らせ、ビタが右手を前に掲げる。


 すると海面の氷結が変化して、壁のように周囲に立ちふさがり、弾幕の砲撃を防ぎ始めた。


 砲撃魔法から身を守りつつ、トラストがじっと新造された戦艦を凝視する。

 役職観測者の解析魔法で、砲撃魔法の弾幕を完全に解析しようと目を凝らしていた。


「反転、打消し無効化!」


 トラストが叫んで両手を前に広げる。


 するとネルテたちの周囲に飛んでいた砲撃魔法の弾幕が、ジュワッと音を立てて蒸発した。


 弾幕全体ではないものの、トラストは影響がない範囲の一部を打ち消すことに成功していた。


「先生、援護します!」


「私たちでは、あの砲台砲撃までは対処できませんわ!」


 トラストとキシアが、ネルテたちのすぐ下まで走り寄って大声を上げた。


「……近寄れない以上、同胞を助け出すことは俺たちには出来ないか」


 アーゲストが顰めた狐目を上げ、再開された弾幕攻撃に対し、小さな魔力の鳥を放って相殺に動き始めた。

 魔人族の同胞を助けに行けなくても、助けになるための行動をしようと歯噛みして。


 動き出した新造された戦艦は、まだ悲鳴の合唱を奏でている。

 だが今のネルテたちでは、その内部まで近寄ることは不可能だ。


 ならば今この場にいない者に希望を託し、この場をどうにか食い止めるしか、ネルテたちには出来る術がない。


 砲台から、また極太の砲撃魔法が大きな音と共に放たれる。


「うらああああああああああああ!」


 ネルテは即座にボンブと協力して、緑の魔力と赤黒い魔力を循環させる。


 正面から直撃する位置の砲台砲撃を、ギリギリのところでなんとか空中に逸らし、遥か彼方まで飛んでいった砲撃の線を見つめた。


「……卒業してない生徒に助けられるなんて、私もまだまだだね」


「そういう割に、心底嬉しそうに笑ってるぞ」


 ボンブに指摘されて、ネルテは慌てて両手で頬を叩いた。


 フランゲルとアリアが攫われたなら、二人はきっとあの新造された戦艦の中にいる。


 攫われた生徒は、まだ取り返せる。

 ならばネルテは今ここにいる仲間たちと共に、出来る限りの足止めに徹する。


「全員、持久戦だよ! 覚悟して挑みな!」


「「「「はい!」」」」


 ネルテの号令に、アルス、キシア、トラスト、ビタは、大きな声で返事した。


 ◇


「あいっ変わらず人形みたいなツラしてるなぁ……」


 右手の指を拳銃のように構えたヤシャブが、遠く離れたナナニラに狙いを定める。


 ルドーたちと別れた後、ヤシャブは気ままに古代魔道具の戦艦通路を歩き回り、天井ハッチを見つけた。

 そこから気絶した男を肩に抱えたまま、戦艦上部にぬっとはい出て、そこで新造された戦艦の攻撃を目の当たりにしていたのだ。


 トレンチコートが海風にバサバサと靡く。

 古代魔道具の戦艦の甲板から、ヤシャブは真上に浮かぶ新造された戦艦を見上げる。

 そして操舵室らしい開いた空間に、無表情で佇むナナニラを見つけた。


 ナナニラはヤシャブと同じ、ソラウの聖女だ。

 年齢も近く、勇者と聖女として、ソラウの双璧と成して魔物の脅威から国を守るのが務め。


 遠距離攻撃に特化したヤシャブと、重力魔法で近接を担うナナニラ。

 この完璧な布陣で、かつては肩を並べてシマスの脅威から敵を排除していたのだ。


「お前の唯一の不幸は、あんなクソ親父の元に生まれちまったことだろうな」


 肩に男を抱えたまま、ヤシャブは呟く。


 ナナニラが何故あそこまでコロバに従順でいるのか、理由は簡単。


 コロバがナナニラの父親だからだ。


 国を守る聖女の父親という立場は、政治家としてかなり強い力を持った。

 だから政治に対してそこまで能がなかったのに、コロバはソラウの王政界に幅を利かせてしまったのだ。


 若い頃に勇者の役職を授かり、エレイーネーに在籍したヤシャブとは決定的に違う。

 ナナニラが聖女の役職を授かった年齢は、エレイーネーの義務教育期間を過ぎてしまっていた。


 人形のような洗脳的教育を施された上、義務教育もなければ、ナナニラはコロバに逆らえなくなる。

 というより、コロバに逆らうという発想そのものが、ナナニラにはもはや存在しないのだろう。


 聖女として圧倒的な実力もあるのに、心の奥底まで恐怖に染み付いてしまった洗脳教育。

 そう簡単に脱することはできない。


 重力魔法を発動していたナナニラに、ヤシャブは遠目からバシュンと、指から魔力の砲撃を放った。


「よぉ。久々に、俺とも楽しく遊ぼうぜ」


 命中した砲撃で負傷した肩を、ナナニラは無表情のまま回復で治す。

 ヤシャブは遠い甲板の上から、不敵に若草を咥え直した。


 ◇


「味方になる気があるならさっさと協力しないか!」


『それが出来たらボクチンもこんなに苦労してないのさ!』


 轟々と海水が溢れ返ってくる中、フランゲルが操作盤の空間で叫んだ。


 フランゲルの訴えに賛同の様子を示した、古代魔道具の戦艦もといピエロ。

 ルドーたちはその様子を見て一瞬希望を寄せたが、すぐに絶望を叩き付けられる。


 ピエロは必死にフランゲルの要求に答えようとしている。

 だが本人の意思で戦艦を動かせない様子だった。


 天井付近で、ピエロは淡く光りながら、ぐりぐりと頭に拳を捻り当てていた。


「フランゲル、このままじゃ真っ先に溺れちゃうわよ!」


 アリアが操作盤の空間越しに悲鳴を上げた。


 ピエロが警告した通り、中に入り込んだフランゲルは、その空間の結界のような膜から出られなくなっている。

 だが海水はそんなことも関係なく、操舵室と同じようにどんどんと水位を上げていた。


 上に向かう逃げ道を、フランゲルは断たれてしまっている。

 元々勇者のデメリットでフランゲルは泳げないのだ。

 海水が空間を満たしてしまえば、ルドーたちより先に溺死してしまう。


「所有権が移る条件はなんだ、開示しろ!」


『ボクチンも、それがわかんないんだよ!』


 胸まで浸かる海水に焦りを見せたエリンジに、ピエロが叫んだ。


 古代魔道具の使用者の移る条件。

 それがピエロ本人にも分からないせいで、状況は悪化の一途を辿っていた。


 ルドーも古代魔道具が使われていた場面を見たのは少ない。

 その使用者も一人で使っていたばかりで、複数が使用していた場面を見てはいないのだ。


 所有権の移る条件が、この場の全員分からずにいる。


「俺たちごと溺れろっつったんたぞ! そんなんもう捨てたようなもんじゃねぇのかよ!?」


「カイにぃ、お水を全部お外に出そう!」


「やりてぇのは山々だが出来ねぇんだよ、ライア!」


 苛立つようにカイムが喚き、上がる水位に頭の上に抱え上げられたライアの提案を一蹴した。


 コロバが最初から仕掛けていた罠だ。

 排水に繋がるものなど最初から排除しているだろう。


 ルドーが周囲を確認しても海水は注がれるだけで、排水できるような場所はどこにも見当たらない。


『いやだ、いやだよ。またボクチンの中で人が死ぬ。ボクチンもうそんなのやだよ』


「お前……」


 泣きそうな声になったピエロに、ルドーは息を飲んだ。


 この様子からピエロは戦艦に変わってからずっと、この操舵室でのやり取りを見守り続けていたのだろう。

 これだけ巨大な古代魔道具だ、当然今までも発見から血みどろの戦いが繰り広げられていたに違いない。


 戦艦がシュミック近郊の海に沈んでいたのは、誰にも知られず虐殺を防いだ歴史に残らない戦いの跡だったのかもしれない。



 ルドーたちだけじゃない、このピエロも一緒に救い出す方法を、必死に考えろ。



「クロノさん、何か考え、あるでしょ!」


 ルドーが必死に思考を巡らせていると、横でリリアがクロノに掴み掛った。

 大声を上げたリリアに、一斉に視線が集中する。


「何の話……」


「さっきからずっと黙り込んでる、考えごとしてるんでしょ!? なんでもいいから教えて!」


 掴み掛られたたクロノの赤い瞳が、帽子の下で動揺して揺れたのを、リリアが見逃さなかった。


 クロノは今代の歌姫、歌姫の慣れ果ての古代魔道具について一番調べていたはずだ。

 この状況から打破する考えを、何かしら思いついていてもおかしくはない。


 だがクロノが今になっても話さないということは、積極的に使いたい方法ではない。

 クロノが怯えて使わない手段は、ルドーには一つしか思い当たらなかった。


 思い至ったルドーの視線を捉えて、クロノの赤い瞳が怯えた。


「クロノ」


「やだよ」


「お前が歌えば……」


「いやだよ!」


 ルドーの発言に、クロノは後退ってリリアを振り払った。


 歌姫の歌の魔法は、歌っている間頭に思い浮かぶ全ての魔法が使える。

 古代魔道具の元となる人間の為、その魔法は古代魔道具の魔法の上位互換。


 クロノが歌えば、古代魔道具の所有権も移せるはずだ。


 だがクロノには、歌姫を狙う女神と女神深教へのトラウマが未だ強すぎる。

 歌えば正体が露呈するから、クロノは歌を今まで封印してきたのだ。


 だがこのままでは、全員海の底で溺れ死んでしまう。


 リリアとルドーの指摘に、エリンジも同じ考えに至って語気を荒げた。


「ここで死ぬよりずっとマシだろう、歌え!」


「むしろ私はここで死んだほうがずっと楽じゃない……?」


 海水が首まで達し始め、それでも詰め寄ったエリンジに、クロノは興奮からかとんでもないことを口走った。

 真っ青になったカイムの赤褐色の髪が、恐怖したようにブワッと逆立つ。


 前々からルドーは考えないようにしていたが、やはりクロノには希死願望がある。


 自己再生で勝手に治ってしまう身体。

 きっと歌姫の膨大過ぎる魔力が、生物としての生存本能と直結してそんなことになっているのだ。


 腕や足を吹き飛ばしても平気だと豪語し、回数が増えると再生が遅くなって日を跨ぐようになると、以前クロノ自身が話している。


 そんなこと、自分自身に試し続けていなければ、知りようがないのに。


 リリアもそのことに気付いて、失言だったと顔を青くして口を噤んだ。


「そ、そんなつもりじゃ……ごめん」


「なにが?」


「クロノさん、死ぬなんて言わないで」


「……気の迷いだよ、忘れて」


 リリアの謝罪に、クロノは気を取り直したように首を振って取り成す。

 だがルドーには、クロノが無理矢理気分を切り替えたようにしか見えなかった。


 トラウマが克服できていない状態で、あまりクロノを追い詰めるべきではない。


「エリンジ、俺も失言した。クロノには無理に歌わせるべきじゃない」


「……了承した」


 ルドーはエリンジの肩を掴み、歪めた無表情に辞めるよう首を振った。

 流石のエリンジもルドー同様、クロノがそんなことを口にするとは露程も考えていなかったのだろう。


「バカなこと考えてんじゃねぇよ!」


「一時の気の迷いだよ。大丈夫、大丈夫だから……」


 トラウマを刺激されてボーッとし始めたクロノに、カイムがバシャバシャと泳ぎ近寄って行った。


『……そこにいるの、今代なのん?』


 ルドーたちのやり取りを聞いていたピエロが、声を震わせて問いかけてくる。


 瞳のない紫十文字が、驚愕とも恐怖とも取れない形でクロノを凝視していた。


『てっきりそこの同類がおしゃべりだったと思ってたけど、今代がここにいるから、君たちそんなに詳しかったのん?』


「半々ってところだけど……」


 ピエロの発言に、ルドーは聖剣(レギア)を見下ろした。


 ルドーは今になって、聖剣(レギア)がやけに静かになり過ぎていることに気付く。

 腕に持ったまま海水に浸かっていた聖剣(レギア)を持ち上げて、ルドーは問いかけるように確認する。


「……聖剣(レギア)?」


『……なぁ、そこのピエロ。俺の賭けに乗ってみるか?』


 聖剣(レギア)がピエロに向かって、低い声で言い放った。


 ◇


「うわああああああああああああ!!?」


 ルドーたちはその場にしがみ付いて悲鳴を上げていた。

 聖剣(レギア)の提案の結果が、まさかこんなことを引き起こすなんて思ってもみなかった。


 ピエロが楽しそうに、テクノポップを全力で歌い始める。



 古代魔道具の戦艦が、巨大な別の物体に変形し始めていた。


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