第二百九十六話 艪櫂の立たぬ海もなし
「なーんか胡散臭いんだよねぇ」
飛行魔導具で上空待機しながら、バナスコスがハンドルに頬杖を付いていた。
爆発したレチマスの屋敷。
ムーワ団が駆け付けて確認したが、エレイーネーの連中が避難誘導していたらしい。
負傷者は出たものの、死者はゼロ。
その際、対面した薄黄緑髪の教師ネルテから、海が怪しいから見張りに戻ってくれと警告をもらった。
ムーワ団にとって、ここはあくまでシュミックという他国。
コロバとナナニラに関する捜査の協力申請者という立場でしかない。
人的被害に問題が無いのなら、後はシュミックと中立のエレイーネーに任せるのが筋。
レチマスの屋敷にこだわる必要はない。
「さっきの奴、海にいたっつー仏頂面の救出出来たかねぇ」
波が揺れる海面を、バナスコスは垂れ目を細めて眺める。
リリアが突然空中に転移魔法で現れ、バナスコスが受け止めてから、既に大分時間が経っていた。
海中にエリンジの反応が移動したと、バナスコスはリリアから聞いた。
その後現れたエレイーネーの他生徒に任せ、救助のために海中に潜って行ったはず。
エリンジの実力なら、滅多なことにはならないとバナスコスも思う。
だが未知の領域も多い、海流も複雑な海の中。
万が一。
その可能性が、どうにもバナスコスの頭をちらついていた。
「バナスコス、信用していたんじゃなかったのか?」
ぶーと頬を膨らませたバナスコスに向かって、別の飛行魔導具に跨るラモジが咎める声をあげる。
「そりゃあ。実力は見てる方だから、信用はしてはいるけどさ」
「そんなに心配なら、様子でも見てきたらどうだ」
「別に心配してるわけじゃないね!」
慌てて喚くバナスコスに、ラモジはやれやれと小さく首を振る。
日が落ちた海は、真っ暗で何も見えない。
波の音が浜辺から響き、恐ろしく静かだった。
レチマスの屋敷が爆発し、これだけ騒ぎになっているのに。
知らない間に何かが動いている。
ムーワ団として長年義賊をしていた直感が、バナスコスの中で不穏に渦巻いていた。
「……バナスコス」
「あん?」
ラモジ団長の声掛けに、バナスコスは顔を上げた。
指示された方向を団員が見ると、遠い空の方向に、小さく何かが点として映る。
見慣れない飛行船が、爆発したレチマスの屋敷から、飛行空域でもない海上すれすれを飛んでいる。
その背後に、見覚えのない飛行艇。
そして屋敷方面から、怪しい外套を纏った数人が乗る小さなボート。
別々の場所から、同じ場所に向かってそれぞれが集束するように移動していた。
「動き出したかね」
「後を追うぞ。ムーワ団、正義!」
ラモジ団長の掛け声に答え、団員が一斉にハルバードを構え直してハンドルを切った。
飛行魔道具のジェット機構から、魔力をドウッと放出させる。
隊列を組み、海上を遥か高く、流星のように光を描く。
遠くにいる飛行船と飛空艇の背後を、振り払われないよう一定の距離を保ちながら追いかけていた。
しばらくして飛行船と飛空艇が、何もない空間に消えた。
一瞬、妨害魔法か何かの中に突入していくように、空気が湖面に落ちた水滴のように揺れる。
それを見たムーワ団は、ハンドルを切って空中にとどまった。
「中でなんかしてるよ、建物ならぶっこわしゃすぐだってのに。ラモジー、どうする?」
「妨害魔法を何とかするより他あるまい。エレイーネーに連絡!」
ラモジの指示に、通信魔法具を持っている団員が取り出して連絡を取り始める。
「……さっきの飛行艇、遠目になーんかぶら下がってた気がしたんだけど」
バナスコスはまた不機嫌そうにハンドルに頬杖を突いた。
◇
「ヘルシュが潜水艦とかいうものを具現化魔法で作り上げた。それに乗って近辺を探索中、バシャバシャとラグンセン残党が海中に落ちてきた」
「流石にこのままじゃ溺れるって大慌てで回収してたら、海の中に大きなものが見えて。エリンジくんが入れそうだって、転移魔法で近付いてそのまま……」
古代魔道具の戦艦の中で、ルドーはエリンジとリリアの説明を聞いた。
レチマスの屋敷が爆発して、ルドーはまだその場にいたリリアとエリンジの身をずっと案じていた。
だがエリンジもリリアも爆発前に、転移魔法で屋敷から外に移動していたらしい。
過程は詳しくは聞いていないが、エリンジとリリアは具現化魔法で潜水艦を作り出したヘルシュたちと合流。
そこでエリンジが見た怪しい反応の方向に、近付いて探ろうとしていたらしい。
海に落下したラグンセン残党は、ナナニラが重力魔法で飛行船から叩きだした連中だろう。
犯罪者とはいえ死者は出せないと、潜水艦に全員で引っ張り込んで乗せて救助していた。
その道中でエリンジがこの戦艦を発見して、転移魔法で近寄り、入れそうな排水口から侵入してきたのだ。
「潜水艦か。敵の盲点を突いたんだな」
『そこら辺は、前世知識のある異世界転生者様々だわな』
ヘルシュの思わぬファインプレーに、ルドーと聖剣は舌を巻いた。
戦艦を隠し侵入を阻む妨害魔法は未だ働いているが、海中はどうやら見落とされていたらしい。
海の中を進む乗り物が、この世界に存在しないから当然だ。
ルドー同様異世界転生したヘルシュの前世知識が、こんな役に立ち方をするとは。
「リリ、怪我とかは本当にないんだよな?」
「ないよ。私はお兄ちゃんと違って無茶はしないもん」
むしろルドーの方が心配だと、リリアはルドーの身体をあちこち確認し始める。
リリアが無事だったことに心底安堵したルドーは、両肩を下ろして大きく息を吐いた。
だがそれどころではないと、ルドーは聖剣に無言でバチンと雷を頭に当てられる。
「いっでぇ!」
『シスコンもいいが、事態はまだ終わってねぇだろ』
「だからって攻撃することないだろ!」
聖剣の指摘に、ルドーは悪態をついた。
痛みに呻きながら、更にルドーは話を聞く。
「屋敷にいた他の連中は?」
「ネルテ先生の方はわからないけど、少なくとも怪我人探知には引っかかってない」
「アリアと一緒にいたヘルシュ、ウォポン、それからメロン、イエディ、カゲツ、ノースターは海中でまだ回収作業を続けている」
リリアとエリンジの返答に、ルドーはほっと息を吐く。
リリアの怪我人探知に反応がないということは、エレイーネーの関係者に負傷者はいない。
舞踏会に招かれていた一般客までは、ルドーたちも分からない。
だが怪我人が分かるリリアの反応から、そちらも軽症で済んでいるのだろう。
「この際、お前たちがここにいる説明は問わん。それよりここは一体なんだ」
不安そうなリリアの横で、エリンジが無表情に問いかける。
ルドーはこの戦艦に飲み込まれる際に見た、新造された戦艦も踏まえ今ある状況を話し始めた。
「俺たちが今いるここは、古代魔道具の戦艦だ。見ての通り瘴気が出始めて暴走一歩手前。それでコロバとナナニラはそのままでは使えないって、新しい戦艦を解析して上に作り上げてる」
「それを使って、世界征服などという世迷言を実行する気か」
かいつまんだルドーの説明を聞いて、エリンジが眉間に皺を寄せた。
「本気で考えてるなら、急いだほうがいいと思う」
エリンジの横で、リリアが不安そうに上を向く。
なにか探り当てている反応を見て、ルドーはもしやと思って声を掛けた。
「リリ、怪我人探知が反応してるのか?」
「うん、さっきから急に。上の方から、複数の悲鳴が聞こえる」
リリアの返答を聞いて、ルドー、エリンジ、リリア、ヤシャブ、ライアが一斉に上を見上げた。
薄暗い通路の天井しか見えないが、その先にある新造された戦艦の方角。
どうやらコロバとナナニラは、新しい戦艦を動かそうと、カプセルを一斉起動させたようだ。
かつてカプセルに入れられていたライアが、ルドーの背中で不安そうな表情に変わる。
「ルドにぃ……」
「わかってる。早く止めよう」
ルドーのタキシードの肩口をぎゅっと握り締めたライアの手を、ルドーは安心させるように握る。
なぜかここにいるライアをじっと見つめたあと、エリンジはルドーに向き直った。
「止める方法はあるのか」
「ヤシャブさんの発案で、この古代魔道具の戦艦を奪い取れないかって話してたんだ。だから今操舵室目指してる」
「なるほど、それなら確かに可能性は高いか」
ルドーの説明に、エリンジは納得したように考え込んだ。
説明の合間に、頭を軽く下げたヤシャブをエリンジとリリアが見やる。
古代魔道具の戦艦の強奪。
エリンジから見ても、かなり有用性の高い作戦と判断したのだろう。
ならばさっさと操舵室に向かえと、無表情の鋭い中緑の瞳が訴えている。
エリンジも反対しないならば、残る問題は一つ。
ルドーが無視して話し続けている間、フランゲルは未だアリアのドレスに縋りついて泣き喚いていた。
それを認識したエリンジは眉間に深い皺を寄せ、ドスドスと虹魔法の砲撃で足元に威嚇射撃する。
「どわぁ!? 何をするのだ!」
流石のフランゲルも、掠めそうなほどの距離の砲撃魔法に、アリアから飛びのいた。
それでもアリアを庇うような位置にいるあたり、フランゲルの想いは本物なのだろう。
気まずそうな表情で顔を逸らすアリアを無視して、エリンジはフランゲルに告げる。
「後にしろ。今は一刻も時間が惜しい」
「男として一世一代の危機なのだぞ!?」
「知らん。終わってから破滅しろ」
「王族に向かってなんだその言い草は!?」
大袈裟に両手を広げたフランゲルの決死の訴えを、エリンジはバッサリと切り捨てていった。
ルドーからしても、アリアとフランゲルの関係は心配ではあるものの、今はそれどころではない。
古代魔道具の主導権を奪い、新造の戦艦内にいるコロバとナナニラを何とかするほうが先だ。
リリアも言葉こそ発さないが同意見のようだ。
心配そうな表情ながら、エリンジを止めようとしない。
ルドー、エリンジ、リリア、そしてヤシャブからの視線を受けて、フランゲルは肩身が狭そうに、ゆっくりと両手を下ろした。
居心地の悪い沈黙が、薄暗い通路を支配していく。
とりあえず移動しようかと、ルドーは誤魔化すように足を踏み出す。
それと同時にライアがなにかに気づいて、急にベシベシとルドーの肩を叩いて来た。
「ルドにぃ、ルドにぃ、何か聞こえない?」
「うん?」
「あっち、後ろの方から……」
ルドーの背中にしがみ付いたまま、ライアの指差した方向へ、全員がゆっくりと視線を向ける。
薄暗い、アリアの光魔法で照らされた通路の歩いて来た奥側。
そこから流れる水のような音が、どんどん迫ってきている気がした。
「おーっとぉ、こりゃ急いだほうが良さそうだな?」
あることに気付いたヤシャブがそう言って、気絶した男を肩に抱えたまま、音とは反対方向の通路へと駆け出し始めた。
どんどんと迫ってくる流水の音に、比例してルドーの嫌な予感が膨らむ。
この古代魔道具の戦艦は、海の上に横たわるようにして停泊していた。
つまり、半分は海の中に沈んでしまっている訳で。
もし内部に入り込んだ侵入者に対する迎撃が、古代魔道具の戦艦に何らかの措置でされているなら。
今迫ってきている水音は、まさにそれなのではないだろうか。
通路を満たす海水が光魔法に照らされて、それは確信に変わった。
「走れええええええええええええ!」
「いやああああああああああああ!」
「溺れるのは御免だああああああああ!」
ルドーの掛け声に、アリアとフランゲルの悲鳴が重なる。
古代魔道具の中にいては、流石のエリンジも転移魔法が使えない。
逃走手段は足しかないのだ。
全員死に物狂いで迫りくる海水から逃げ出し始めた。
しかし狭い戦艦内の通路では、走る速度より迫ってくる海水の方が圧倒的に速かった。
抵抗虚しく、ルドーたちはあっさりと海水に足元をすくわれ、水の勢いのまま流され始める。
「やめろおおおおおおおお! 水はデメリットで泳げええええええええん!!!」
「フランゲル、しっかり! まだ顔が出てるから息を確保して!」
海水でビタリと動けなくなったフランゲルの叫びに、アリアが咄嗟に叫び返していた。
フランゲルは勇者の役職デメリットで、強制的に泳げなくなっている。
以前ジュエリのリンソウの温泉で、頭まで沈んだだけで動けなくなるほどだ。
こんな先が見えない海水に全身被ってしまったら、フランゲルは間違いなく溺れ死んでしまう。
その事を理解していたアリアが、咄嗟にフランゲルの下に回ってなんとか浮こうともがいていた。
「エリンジくん、水から上がれるところ解析できない!?」
「妨害魔法のせいで、解析魔法が使えん!」
「流されるままかよ!」
リリアが必死に安全地帯を探す提案をする。
だが古代魔道具内の妨害魔法が邪魔をして、そもそも探知魔法で探せないようだ。
エリンジの叫び返した声に、ルドーは抗議の大声を張り上げた。
「ルドにぃ! ライアも泳げる、このまま泳いで移動しよう!」
「息が続かないから無理だって、ライア!」
ルドーの背中にしがみ付いたまま、ライアが楽しそうな声をあげる。
ライアがまだ中央魔森林にいた時、湖で水遊びでもしていたのだろうか。
ルドーのタキシードをがっちりつかみ、空いたほうの手でパシャパシャ海水を叩いている。
七歳の想像力だ。
現実的ではない提案は仕方ないと、ルドーは離れないよう背中のライアを掴む。
『浄化範囲の外に出るぞ、魔物も一緒に流されちまうな』
「でぇっ!? 聖剣、この状態で雷出すなよ絶対!」
気の抜けた聖剣の声で、ルドーは通路前方に魔物が現れ始めたことに気付いた。
海水内で雷魔法を使うと、もれなく周囲が感電してしまう。
ルドーは唯一の攻撃手段を一切失ってしまった。
ヤシャブは流石戦闘慣れしたベテラン勇者。
真っ先に走り逃げたせいか、もうルドーには姿を認識できない。
通路の前方で海水に巻き込まれていくのは魔物ばかりだ。
それでも数が少なく思えるのは、先行したヤシャブがある程度走りながら倒してくれたおかげか。
だが瘴気を浄化していない通路に入ってしまっている。
ヤシャブが魔物を一掃してくれていても、瘴気から新しく魔物が湧くのは止められない。
戦えなくなったルドーは流されながら必死にもがき叫んだ。
「エリンジ!」
「ルドー、ここは浄化の方がいい! リリア、手を伸ばせ!」
「わ、わかった!」
ルドーに呼び掛けられたエリンジが、流されながらリリアに手を伸ばす。
溺れないようにもがいていたリリアが、エリンジから伸ばされた手を必死に掴んだ。
途端にエリンジとリリアの間で魔力が一気に循環し、魔力伝達が発生する。
循環した魔力が膨れ上がり、リリアの身体から聖女の浄化魔法の光が溢れる。
海水に流され移動しながら、その先の魔物と瘴気を次々とジュワッと蒸発させていった。
「俺様たちはどこに向かっているのだあああああああ!?」
バシュバシュと浄化していく魔物の横を通過しながら、フランゲルが叫ぶ。
狭く細い通路はどんどん入り組んでいき、右に左に、制御も効かないままルドーたちは押し流され続けた。
それはまるで何かに導かれていくかのように。
通路が更に狭く成ればなるほど、流れる海水が増えて勢いが増す。
どんどん空気の層が狭まっていき、唯一海水から浮かんでいる頭が通路の天井に近付いていく。
「でぇっ!?」
「どわぁ!?」
「きゃああああ!?」
上を向いた鼻が天井を擦ろうとした辺りで、ルドーたちは全員唐突に広い空間に放り出された。
海水に塗れた広い空間の床を、全員が衝突して折り重なり、ズルズルと見事に滑って行く。
『あぁー、何年ぶりのお客様かねぇ』
よくわからない空間の天井で、ピエロが声をあげてルドーたちを眺めていた。




