第二百九十五話 衝突する重積
「いやねぇ、レチマスの屋敷にこっそり忍び込んで、探りを入れてたんだ。そっから色々あったんだが――――」
「――――飛行船に乗り込んでたところで見つかって、フランゲルたちみたいに放り投げられたのか?」
「そこは濁してくれねぇかな」
ルドーの指摘に広い帽子の鍔で顔を隠しながら、ヤシャブはまた若草を咥えた。
コツコツと複数の靴の音が、薄暗い通路に小さく反響する。
転移魔法で斬撃を飛ばしてくる男を倒し、ルドーたちは通路を進んでいた。
突然現れたヤシャブが、気絶した男を縛り上げて、米俵のように肩に担いで運ぶ。
移動しながら、ルドーはヤシャブが何故この場に現れたのか話を聞いていた。
どうやらヤシャブはヤシャブなりに、レチマスの屋敷にどうにか侵入して、コロバとナナニラに関する情報を調べていたらしい。
その先で飛行船を発見して、潜り込んだまでは良かった。
だがあと一歩という所でナナニラに見つかり、ラグンセン残党とよろしく外に放り出されたそうだ。
「しっかしまぁ、とんでもないこと考えてたもんだ」
ルドーが倒した男を担いで、ベシベシと叩きながらヤシャブは呟く。
古代魔道具の戦艦、それを解析して新しい戦艦の製造。
そこから世界征服まで考えているのがコロバだ。
ソラウを代表した勇者ヤシャブからすれば、ソラウ出身の二人の犯行に内心頭を抱えているのかもしれない。
「昨日今日で突発的に作り上げたもんじゃないよな、あれ」
『古代魔道具の解析もしてるんだ。ある程度年数経ってねぇと説明はつかねぇ』
ルドーの疑問に、聖剣が低い声で答える。
シュミック王家に戦艦が浮上した際、情報を揉み消したのがどのタイミングかは分からない。
ただ王家に報告が入ったのは数ヶ月前。
そこから計画していたとなれば、新しく戦艦を作り上げるには、期間が短すぎる。
魔法を使ってある程度期間を短縮できたとしても、あれを作り上げるには解析も含め、年単位で準備が必要。
つまりシュミックに戦艦が露呈したのは、何らかの準備期間中の不手際だった可能性が高い。
だから王家への報告を慌ててもみ消し、周辺の東三連諸島を制圧して情報統制し始めた。
「つまり、今までのコロバとナナニラの行動も、全部この計画の前段階だったってことか」
『とんでもねぇな。あれだけ暴れておいて、まだ取り返しの効く前段階だったってか』
ルドーの推測に、聖剣が笑えないとバチバチ弾ける。
コロバとナナニラの今までの行いが、全て準備によるもの。
そう考えると、行ってきた所業にも道筋が浮き上がってくる。
ルドーたちが初めてコロバとナナニラに遭遇した、アシュの歌姫像暴走事件。
あの時ソラウ国のアシュは被害こそなかったが、一歩間違えれば大惨事となってもおかしくなかった。
だがもしかすると、あれは魔力を無理矢理抽出するカプセルが正常に動くかどうか、確認するためだけだったのかもしれない。
カプセルの複数運用と、その魔力の出力と調整の確認。
試験運転をしたカプセル三基は、想定以上にうまく起動して、とんでもない魔力を叩き出した。
歌姫像を暴走させ、魔物発生装置を再起動し、アシュを魔物で溢れ返らせる程に。
コロバがアシュの市政から国の政権に返り咲く計画は、あくまで計画を早められる保険でしかなかった。
そこに当時市長であったコロバを顧みなかったアシュ市民への、私怨があったかどうかは別として。
ルドーとトラストによって、アシュでの計画は破綻させた。
まだルドーも力不足で捕まえるに至らなかったが、コロバとナナニラの逃げ足の速さには納得だ。
「魔力増幅魔法薬も、資金集めのためにやったって言ってたな」
『多分新造した戦艦は、思ったより大きすぎたんだ。だから残りの全部が必要になったんだろ』
「だからカプセルを全部買い集める金が余計に必要になって、慌てて集めてたのか」
ルドーは聖剣と推測を話し合う。
アシュから撤退するとき、ナナニラはカプセルもしっかり回収していた。
その後二人は中央魔森林で潜伏していて、カプセルがどうなったかルドーたちは把握できていない。
「ライア、ライアはカプセルの中にいた時、なんで一人だけ運ばれたのか覚えてるか?」
「わかんない」
ルドーの背中にしがみ付いたままのライアが、しょんぼりと頭を下げて小さく答える。
唯一カプセルに取り込まれていたライアは救出できたが、あれには女神深教の戦祈願が絡んでいる。
女神深教の信者が戦祈願に命じられて、秘密裏にカプセルを持ち出したのかもしれない。
あの時のライアは、カプセルに魔力を無理矢理吸い取られて気絶していた。
覚えていなくても無理はない。
情報もないので推し量れないが、ライアのカプセルだけは例外と考える他ないだろう。
そんな莫大な魔力源足りえるカプセルが二基あっても、新造の戦艦を動かすには不十分だった。
カプセルは魔人族を秘密裏に誘拐していたマフィア組織、鉄線が作っていたもの。
コロバがカプセルを更に入手するには、当然莫大な金が必要になっただろう。
ソラウの国政からアシュの市政に携わっていた当時なら、まだ私腹は潤沢にあったはずだ。
だがアシュの一件から逃亡生活を経て、新しくカプセルを集めるには、資金が足りない。
だから飲んだ人間が最終的に爆発する危険物を、金目的の為だけにばら撒いていたのだ。
「あー、君々。考え込んでるとこ悪いんだけど、あのお二人……喧嘩でもしてるのかい?」
ルドーがコロバとナナニラの行動を振り返っていると、ヤシャブからヒソヒソと耳打ちをされた。
ヤシャブがそっと指差した先には、光魔法の球体で周囲を照らす、不機嫌そうな表情のアリア。
そしてアリアとの会話を何とか持たせようと、四苦八苦話しかけ続けているフランゲルがいた。
「アリア、本当にその光魔法の浄化は明るくて助かるな!」
「……」
「魔物も逃げていっているが、万一の時は俺様を頼りたまえ! あの程度の魔物ならば、もはや遅るるに足りんわ!」
「……」
大袈裟な身振り手振りで必死に話しかけるフランゲルを、アリアは横を歩きながら無視している。
その背後を歩くルドーとヤシャブには、なんとも気まずいギスギスした空気が伝わって来ていた。
ルドーの背中にしがみ付くライアでさえ、空気を読み取っているのか先程からやけに大人しい。
流石のフランゲルも、無言を貫くアリアに、なにかまずいことをしたとようやく思い至ったようだ。
なんとかよいしょとアリアを褒め称えたり、戦闘が不安なら任せろと声をかけている。
だが反応のないアリアに、薄暗い中ルドーからも分かるくらい、フランゲルは冷汗を首に伝わせていた。
「あー……なんというか。あの二人恋人同士なんすけど、最近どうにもフランゲルがアリアの地雷踏み続けてて……」
「その上そのことにあの男の子は気付いていなかったと。そりゃスマートじゃないねぇ」
ルドーの濁した説明に、ヤシャブは帽子の鍔を掴んで首を傾げた。
実際、体型を気にするアリアに別の女子の胸の話題を出したり、嫉妬を期待してわざと別の女子に声を掛けたり。
フランゲルの小学生男子な好意は、このところアリアに対して地雷原をタップダンスする勢いだった。
なにもフランゲルはアリアに嫌がらせをするつもりでしていたわけではない。
アリアもそれはわかっていると、ルドーは考えている。
ただ、地雷を踏まれ続ければ、当然アリアにも不満は溜まる。
不満を訴えてもそれが通じなければ、次第に諦めの感情が勝ってくる。
出来れば平時の時に話し合って欲しかった。
よりによって有事のこのタイミングで、アリアとフランゲルが話し合う機会を得てしまうとは。
「瘴気をなんとかできるの、今はアリアだけなんだけどな……」
『ここまで真面目に仕事出来るやつに成長出来るとはねぇ、変わるもんだな』
「勇者は魔物を倒せても、瘴気はどうにも出来ない。彼女にはメンタルを保ってほしいもんだ」
無言のアリアから放たれる不機嫌オーラを眺めながら、ルドーたちは声を潜める。
暴走一歩手前の古代魔道具の戦艦は、あちこちから内部に瘴気が噴き出していた。
エレイーネーに義務入学していたアリアも、ファブの聖女。
光魔法で瘴気を浄化し、その影響で魔物も近寄りにくくなっていた。
真っ暗な通路を照らしながら歩くアリアが、ここにいる人員の中で唯一瘴気をなんとか出来る。
それがフランゲルと喧嘩でもして、浄化魔法に影響されたらルドーたちは溜まったものではなかった。
「そういや、今俺たちどこに向かってるんですか?」
気まずい空気を逸らそうと、ルドーがヤシャブに質問した。
ルドーは当初、ライアに頼ってナナニラの場所を目指そうとした。
しかしそもそもナナニラは、新造された方の戦艦にいるのだ。
この古代魔道具の戦艦から脱出しなければ、コロバとナナニラにはたどり着けない。
考えが行き詰って途方に暮れていたところを、ヤシャブがとりあえず移動しようと提案したのだ。
「この船は瘴気まみれだが、少なくとも何らかの統制の元動いている。俺はそう考えているが、君はどう思う?」
「多分、誰かの管理下にあるとは俺も思ってますけど……」
気絶した男を担ぎ直すヤシャブに、ルドーも考えながら返答した。
暴走寸前ではあるものの、この古代魔道具の戦艦は、まだ誰か所有者がいるはずだ。
でなければ新しい戦艦が、古代魔道具の戦艦の上から移動しない説明がつかない。
古代魔道具の戦艦が用済みで、新しい戦艦が動くなら、同じ場所にいる意味はないのだ。
大方新しい戦艦がまだ起動の前段階で、この古代魔道具の戦艦は万一の為の保険として備えているのだろう。
「ではもし誰かの管理下にあるなら、その管理している場所はどこになるか?」
「えーっと……操舵室?」
「ご名答」
ルドーの解答に、ヤシャブが指で銃を撃つような真似をした。
「直接にしろ遠隔にしろ、その操舵室かどこかから、この船の制御をしているはずだ。そこに乗り込んで――――」
「――――この戦艦の制御をコロバたちから奪えば、逆転の一手に繋がる?」
三白眼を見開いたルドーに、ヤシャブがニヤリと笑った。
コロバとナナニラが、この古代魔道具の戦艦を、万一の対策として待機させていることはまず間違いない。
そうなればルドーたちが新しい戦艦に向かう際、確実に不測の事態が発生する。
可能性を一つでも潰すために、そして新しい戦力を得るために、ヤシャブはこの戦艦を乗っ取る計画を即席で立てていた。
「聖剣、いけると思うか?」
『暴走してたら無理だろうが、まだ一歩手前だ。希望はある』
ルドーが即座に聞けば、聖剣が楽しそうにクツクツ笑った。
古代魔道具の戦艦を奪い返して、コロバとナナニラの新造戦艦にぶつける。
派手好きな聖剣の好きそうな展開だった。
暴走一歩手前なら、コロバとナナニラから戦艦を奪えれば、この古代魔道具を助ける道筋も見えるのでは。
ルドーが新しい希望を見出していると、ヤシャブが不思議そうな声をあげる。
「……前々から思ってたが、喋ってんのはその剣か?」
「え? あ、はい。まぁ……」
「なーるほど。今年出現した、何かと噂のチュニの双子勇者の聖剣使いか」
一人納得した声をあげたヤシャブに、ルドーはぽかんと呆気に取られる。
確かにエレイーネーに入ってから色々あったが、そこまで噂になっているとは。
『いいねぇ、有名になって来たじゃねぇの』
「あんま目立つの好きじゃねぇんだけど……」
「まぁ、そのくらいが勇者にはちょうどいいってもんさ――――」
「――――ねぇ、フランゲル。私たち、もう別れましょう?」
ルドーが聖剣とヤシャブと話し込んでいると、唐突にアリアから爆弾発言が落ちた。
ルドーとヤシャブはその場にビタリと釘付けになって動けなくなる。
ただならぬ空気を感じ取ったライアが、きょろきょろとルドーとヤシャブを見渡した。
気まずい沈黙で、ルドーはなにも音がないのに耳が痛い。
完全に凍り付いていたフランゲルが、ようやくアリアに言われた言葉を理解して真っ青になった。
「ア、ア、ア、ア、アリア!? 一体なぜだ!?」
「だって、フランゲルの趣味と、私の趣味は合わないと思うの」
大慌てで縋り付き始めたフランゲルに、アリアは冷静に返した。
「趣味!? 趣味とはどういう意味だ!?」
「だってフランゲルは、女の子にちやほやされるのが好きなんでしょう? でも、私は恋人が知らない女の人たちにちやほやされるの、見るのも嫌なの」
俯いて説明するアリアの話に、フランゲルは身に覚えがあり過ぎて言葉を詰まらせる。
「嫉妬するのも、疲れるの。また同じことされるんじゃないかって、不安になるの」
「そ、それは……」
「身体を比較されるのも辛いの。自分ではどうしようもできないことだもの」
「だ、男子としてつい反応してしまっただけで……」
「私は、私を一番大切にしてくれる人が良いの」
しどろもどろになり始めたフランゲルに、アリアはズバズバと今までの不満をぶちまけ始める。
魔法科で一番体格がいいフランゲルが、どんどん小さくなっているようにルドーには見えた。
「でもフランゲルはそうじゃないし、いくら私が嫌だって言ってもちゃんと考えてくれない……だから、恋人はやめて、前みたいな友人に戻らない?」
トドメの一撃が、アリアから放たれた。
この非常事態が終わってから話し合えばいいものを。
何故よりによって緊急事態中の今、アリアはそれを言うのだろう。
ルドーはヤシャブと共にそっと後ろに下がり、出来るだけ壁と同化して、背景になろうと徹した。
野次馬根性を見せ始めた聖剣が、面白そうにパチパチ弾ける。
「いやだぁ!!!」
フランゲルは駄々をこねるように、顔面をぐしゃぐしゃにして、鼻水まで飛ばしながら叫んだ。
「他におらん、他におらんのだ! アリアが、アリアだけだ! アリアだけが、俺様を対等な人間として見てくれたのだぞ!」
「私からは、そうは見えなかったのよ。フランゲル」
「ならば改める、行動は改善しよう! 頼むから捨てないでくれぇ!」
「でも、もうずっとやめてほしいって、私は言ってきたじゃないの」
だんだんと地団駄を踏んで訴えるフランゲルに、アリアは無常に淡々と返す。
まるで駄々をこねて癇癪を起こしている子どもと保護者のようだ。
だがフランゲルの訴えも、ルドーは以前聞いている。
世界中の聖女が一斉に誘拐された聖女誘拐事件の時だ。
王族ゆえに色々な相手から言い寄られては離れていったが、アリアだけは別だった。
だからかけがえが無いのだと、フランゲルはそう話していた。
王子として色眼鏡で見ていたから、友人としてやり直したいと、アリアに頭を下げられたと。
シュミック第三王子の勇者、今回も傀儡にしようとしていた貴族の意図で攫われている。
フランゲルは母国では家族の王族以外で、裏の意図を持つ相手からしか話しかけられる機会がなかった。
まだヘルシュのように、他国の意図があっても他意なく話せる同性の友人は出来るだろう。
だが恋人となると、その立場から途端に難易度が上がる。
きっとフランゲルは、初めて出来た恋人であるアリアに、舞い上がってしまっていたのだ。
「捨てないでくれぇ! アリアが、アリアが良いのだぁ!」
「え? な、なんでよ……」
這いつくばって泣き喚き、フリルのドレスに縋り付くフランゲルに、別れを告げたアリアが困惑している。
フランゲルの普段の行動が行動だ。
選り取り見取りで選べる立場の王族。
きっと渋い顔をされるものの、フランゲルは最終的に納得するとアリアは思っていたのかもしれない。
だが実際は、恥もプライドも捨てたフランゲルに、顔面を液体まみれにされながら縋り付かれている。
こんな状態では、フランゲルとアリアの二人で話は収束しそうにない。
一刻を争う事態だというのに、こんな時に何をしてくれているのだ。
「女の敵!」
ルドーとヤシャブが黙り込んでいると、唐突にライアがキシャーッと叫んだ。
どうやらアリアとフランゲルの会話を聞いて吟味した結果、フランゲルが浮気したとライアは判定したらしい。
あまりに状況が面白いのか、聖剣がゲラゲラ笑い始めた。
ライアからも糾弾されて、フランゲルの顔が絶望に染まる。
「な、なんだと!?」
「好きな人がいるのに、他の女の子と仲良くしたら、ダメなんだよ!」
「お、俺様は、アリアの嫉妬した顔が可愛くて、それでつい……」
「ダメなんだよ! 悪い子!」
「そんなにダメだったのか!?」
七歳児に諭される、ルドーと同級生のはずのフランゲル。
ライアも一応は女の子、どうやら浮気に対する敵対心はかなり強いようだ。
流石のライアにも敵視されて、フランゲルはようやく事の重大さに気付いた。
気付けたはいいが、このとんでもなくカオスな状況、どうすればいいのだろう。
「ルドー、何を騒いでいる」
「お兄ちゃん!」
ルドーがヤシャブと共に途方に暮れていると、聞き慣れた声が通路の奥から響いた。
コツコツと響く足音に、ルドーはまさかと思って通路の奥を見つめる。
「リリ! エリンジ!」
見慣れた無表情と、その後ろにいた自身の双子の妹リリアに、ルドーは歓喜の声をあげた。




