第二百九十三話 隠されていた海上戦艦
ナナニラが曲がった廊下の角を、ルドーはライアを後ろに従え、息を潜めて後に続く。
ぱっと見たところ、レチマスの屋敷に見張りの類は今のところない。
本来なら関係者以外立入禁止のような場所でもだ。
逆に不自然すぎる。
ルドーが警戒を怠らないようにしながら、慎重に、且つ素早く足を進める。
あちこち曲がり角の多い迷路のような廊下を、ルドーはライアの指示に従い続けた。
「ルドにぃ、あのワルモノ、そのまま捕まえるのはダメなの?」
「ダメだな。今捕まえても、ナナニラに勝手に侵入されたって言い訳されて、繋がりが切れる」
ひそひそとライアなりに小さな声で呼びかけられ、ルドーはそう返した。
確かに今ナナニラを捕まえることは出来なくはないだろう。
ただそれでは、協力者と思われるレチマスとの関係性は揉み消される。
なによりレチマス側に裏で動かれて、証拠隠滅でもされたら目も当てられない。
それでは、何か企んでいる肝心のコロバに辿り着けない。
ナナニラと繋がっている決定的な証拠を掴まなければ。
ルドーがそう説明すれば、ライアは納得したように頷いた。
「ルドにぃ、あっち!」
「凄いな、ライア。ナナニラの姿なんて全然見えないのに」
「えっへん!」
小さく胸を張るライアを眺めた後、ルドーは再び先を急いだ。
曲がりくねった怪しい道を進む。
どんどん薄暗くなる廊下をひたすら、ライアの指し示した方向を目指す。
「なぁ、聖剣。今回のあいつの目的、何だと思う?」
『碌なことじゃねぇのは確かだろうな』
どこを目指しているかもわからないまま、ルドーは聖剣とナナニラの目的を話す。
コロバの目的は、本人が豪語していた世界征服。
その為の準備をしていると、シマスの魔力増幅魔法薬騒動の時に話していた。
シュミックには狙われるような大掛かりなイベントもなければ、要人が来るような動きもない。
コロバの目撃情報はなく、ナナニラも身を隠しているような行動。
となると前々から計画していた、世界征服計画の可能性が高い。
「世界征服って、あいつらマジで考えてんのか」
『本人は大真面目だろうな。少なくとも利がある計画じゃなきゃ、マフィアは絡んでこねぇだろうよ』
そろそろと足音を立てないよう注意しながら、ルドーは聖剣と話す。
聖剣の言う通り、ラグンセンの残党が協力しているのだ。
旧ランタルテリアのシャーティフで大失態を犯したラグンセンは、挽回を図っているはず。
コロバの世界征服計画にかなりの信憑性がなければ、計画には乗ってこない。
そこには、ラグンセン残党が協力に値すると判断した、具体的な計画があるはず。
シュミックで東三連諸島を裏から支配し、秘密裏に進めている世界征服計画とは一体なんだ。
「――――貨物は問題ありませんか」
前方から薄っすらと声が聞こえてきて、ルドーは足を止めた。
後ろをついてきていたライアも、ルドーの足元にしがみつく。
ルドーはそっと振り向き、ライアに息を潜めるよう口に指を立てる。
ライアがさっと両手で口を覆ったのを確認し、その場で待機しろとルドーはさらに指で廊下の床を指した。
こくこくとライアが無言で頷く。
ルドーはライアが動かなくなったのを確認すると、足を忍ばせて先に進んだ。
廊下の角に身を潜めてしゃがみ込み、顔だけ覗かせてそっと先を伺う。
ルドーの視線の先では、外套を纏ったナナニラが、武器を携えた男数人と扉の前で話していた。
「指定された通り、別船舶にて配置しました。問題ありません」
「そうですか。では計画通りに」
カチャンと小さな金属音が響き、ナナニラが男たちに案内されて部屋に入っていく。
“計画通りに”
この島領主レチマスの舞踏会の裏で、何かしらの計画が動いている。
コロバとナナニラ、さらにラグンセンが関わるなら、絶対に危険な計画のはずだ。
ならば決定的なそこを押さえて、未然に防ぐことが出来れば。
ナナニラも、ラグンセンも、レチマスも、全てが一気にお縄に出来る。
ルドーが考えている間に、男たちもナナニラの後に続いて、ガチャンと扉が閉まった。
注意深く周囲を確認して、ルドーはライアに振り返って、黙ったままついてくるよう指で合図を送る。
忍び足で、しかし急ぎながら、ルドーとライアは扉の前まで進んだ。
ドアノブを握れば、幸い鍵は掛けられていない。
細心の注意を払って、音を立てないよう、ルドーはそっとドアノブを回す。
中にも見張りはいないかとルドーが顔を入れた瞬間、聖剣がバチッと弾けた。
「どうした?」
『迎撃用の魔法罠だな。安心しろ、気付かれない程度に弾いといた』
つい声を掛けたルドーに、聖剣は小さく笑って応えた。
いつもは面倒だと大雑把なことしかしないのに、意外に器用なことをする。
ルドーは聖剣の珍しい行動に感心した。
しかし罠があったということは、ここには部外者は入ってきて欲しくないということ。
つまりこの先が、コロバとナナニラの計画の範囲内だ。
「通信魔法で報告出来ないし、なにかあっても援軍も呼べないな。聖剣、どうするべきだ?」
扉から首を引っ込めて、ルドーは聖剣に問いかける。
ルドーは改めて、ここで引き返すか、先に進むか天秤にかけていた。
まだコロバとナナニラがなにを企んでいるのか、ルドーにはとんと見当がつかない。
ラグンセン残党がどれほどの規模かも分からず、この先なにが待ち構えているかも不明だ。
ライアも連れているし、何より今はルドー一人。
あまり危険は冒したくない。
しかしそんなルドーの言葉を、聖剣は弱腰と捉えたらしい。
『人間の反応しかねぇんだ。いざとなりゃ暴れちまえ』
「身も蓋もないこと言うなって。もっと計画性ないのか」
聖剣の後先考えない思考に、ルドーはガクッと肩透かしをくらった。
ライアのことも考慮すれば安全を考えたいが、判断基準が分からない。
だがそんなものは初めから存在しないと、聖剣は笑い飛ばしてしまう。
『悪巧みしてる奴の計画が事前にわかって、攻略できる方が稀なんだよ。当たって砕けるしかねぇだろ』
「砕けたらまずいんだって」
クツクツ笑う聖剣は、ルドーが何も言っても聞き入れそうになかった。
ルドーが聖剣言い合っていると、黙ったままのライアにバシバシと足元を叩かれる。
このままだと見失うよ。
ライアは無言のままそう訴えて、ナナニラが歩いていった方角を激しく指さし、ルドーのズボンを引っ張った。
確かにここまで来て、情報もなくナナニラに逃げられては、追いかけてきた意味がない。
まだ引き返せる段階ではあるのだ。
進んだ先を見てから判断してもいいかもしれない。
ルドーは改めて、覗き込んだ扉の先を確認する。
どうやら聖剣が弾いた魔法罠の設置部屋なのか、とても小ぢんまりとした部屋だった。
向かい側にまた一つ扉が設置されていて、そこからナナニラたちは先に進んだようだ。
一体この先になにが待ち構えているのか。
音もなく部屋に滑り込んで、さらに扉に耳を当てる。
しかしなぜかピチャピチャと水音がした。
ルドーは怪訝に思いつつ、そっと奥側の扉を開ける。
すると想定外のものがルドーの目に飛び込んできた。
「でぇっ!? 飛行機!?」
『違う、飛行艇だ。飛んで逃げる算段か』
聖剣の意見を聞きながら、ルドーは目を見張った。
バラバラという大きな音と風が、飛行艇のある四角い大きな部屋一杯に満たしている。
ほんの数人ほどしが乗れなさそうな胴体。
前面でプロペラが高速回転している翼。
ゆらゆらと海面で機体を支えているソリのような脚。
大型の飛行船とはまた違う形状の飛行艇が、屋内に引き入れた水場から、離陸の態勢を取っている。
その機体部分の窓に、外套を脱いだナナニラの横顔が見えた。
「ルドにぃ、逃げられちゃう!」
ライアが飛行艇の窓を指差して叫ぶ。
どうするべきかルドーが考える暇もなく、飛行艇が少しずつ前進し始めていた。
背中に背負ったままの聖剣も、バチッと大きく警告する。
『ルドー、飛び乗れ!』
「滅茶苦茶言うなって!」
ルドーはライアをガバッと小脇に抱えると、動き出した飛行艇に向かって走り出した。
ライアを抱えた腕と反対の右腕を、飛行艇に向かって伸ばす。
腕に嵌まった聖剣の一部である腕輪から、バチバチと雷を迸らせた。
強力な雷による磁力。
動いていた飛行艇が、一瞬だけ磁力に引っ張られてグンッと動きを止める。
「でぇい!」
飛び上がったルドーの掛け声は、飛行艇の稼働音にかき消された。
飛行艇の胴体の下、海面に浮かぶ脚に、ルドーはライアを抱えたままガシっと掴まる。
それとほぼ同時に、グワッと勢いを増した飛行艇が、海面に面して開いていた鉄の扉から一気に外に飛び出していった。
「うわああああああああああああ!」
水しぶきが激しく吹き上がっていく。
海から離陸して上昇していく飛行艇にしがみ付き、ルドーは叫んだ。
身体が振り子のように、ぐらぐらと重力のまま振り回される。
抱えたままのライアが、楽しそうにはしゃぎ声をあげた。
「わぁ! ルドにぃ、すっごく高いよ!」
「ライア、落ちる、落ちるから! 頼むから暴れないでくれ!」
はしゃぐライアを抱えたままの腕も飛行艇の脚にしがみ付き、ルドーは必死に耐えていた。
どうしよう。
聖剣の掛け声を聞いてルドーは反射的に動いてしまった。
海面は既に程遠く、今手を放せば真っ逆さまだ。
一人不安に駆られるルドーを他所に、聖剣がバチッと笑い弾けた。
『いいねぇ、このまま敵のアジトまでひとっ飛びだぜ』
「言ってる場合か! なんとか、着陸の時にバレないように――――」
ルドーが必死に頭を巡らせていた瞬間、背後から爆発音が響いた。
思考が固まり、どっと冷汗が噴き出す。
鼻につく潮の香りに、僅かに焦げた煙の臭いが漂ってきた。
ゆっくりと首を後ろに向ければ、先程までいたはずのレチマスの屋敷が、大きな煙に包まれていた。
そんなバカな、あの屋敷にまだ人が何人いたと思っている。
楽しそうにしていた聖剣とライアも、凍り付いたように黙り込んだ。
「……うそだろ? リリ? エリンジ!? みんなまだいるはずだぞ!?」
『落ち着け! 結界魔法を使えば、あの爆発も耐えられるはず――――』
「ルドにぃ! あそこ!」
愕然としたルドーと聖剣の言い合いに、ライアが割り込んできた。
ライアに言われるがままルドーが指差された場所を見れば、海面に小さな船が一隻、物凄い勢いで進んでいる。
空高いルドーから薄らと遠目に見える船舶。
黒服が数人乗り込むそこに一人、ピンクのドレスを着たアリアがいるように見えた。
「アリア? 一人って、まさか攫われたのか?」
『おい、あっちも』
混乱したままのルドーは、今度は聖剣に言われて首を動かす。
少し大きめの飛行船が、ルドーがしがみ付く飛行艇の背後から迫って来ていた。
「なんだ? 同じ方向に向かってるのか? でもあの海の方向にはなにも……」
『おい!』
聖剣の怒鳴り声と共に、目の前の光景が様変わりした。
周辺海域を覆うような、巨大な真っ黒な鉄の塊。
あまりにも大きすぎて、距離感が掴めなくなるような物体が、海に横たわっている。
そしてその上に、真新しい金属でできた、同じくらい巨大な物体が空中に鎮座していた。
大型の戦艦。
それも二隻。
そうとしか言いようのないものが、突如としてルドーたちの目の前に現れていた。
「でぇっ!? なんだあれ!? あんなどでかいもんが、なんであんなところに!?」
『この周辺に対する複数の強力な妨害魔法……古代魔道具のそれだ!』
「古代魔道具!? あの大きさなのにか!?」
バチッと大きく弾けた聖剣の叫びに、ルドーは驚愕した。
確か舞踏会の正装に着替える際に、シュミックの双子王子が話していた。
この辺りの海域に、古代魔道具としか思えない、巨大な物体が海から出現したと。
経年劣化が見られたため、その話はうやむやになったのではなかったのか。
なぜこれだけ巨大な古代魔道具が、こんな海域に、しかも妨害魔法で隠されている。
そこまで考えて、ルドーは嫌な予感が胸に広がった。
「まさか、これを利用して、世界征服を企んでんのか……?」
目の前に広がる光景を見て、ルドーは声を震わせた。
巨大戦艦。
それを使って周辺国に攻撃を仕掛けられたら、どれだけの被害が出るか想像も出来ない。
空を飛んでいる真新しい戦艦は、空中から攻撃が出来てしまうのか。
もしそうなら、一方的な蹂躙が可能になってしまう。
中央魔森林に隣接する国が攻撃されれば、住民の恐怖が魔物を呼び寄せて、魔物暴走も誘発されるだろう。
文字通りの大量殺戮兵器だ。
あんなものを使われたら、確かに世界征服も現実的なものになってしまう。
『あっ……おい、上!』
「でぇっ!?」
聖剣が警告を発すると同時に、ルドーは突然飛行艇の脚に押し付けられた。
バキッと金属が折れる、嫌な音が耳に響く。
目の前の光景に圧倒されていたルドーは、飛行艇にしがみ付いていたことを忘れて騒いでしまった。
その音でナナニラに、ルドーたちが飛行艇の脚にしがみ付いていることが露呈したのだ。
飛行艇の足に向かってナナニラが手を伸ばしているのが、落下するルドーの三白眼に映る。
重力魔法でルドーたちの重さを増やされた。
飛行艇の脚が耐え切れない重さに。
まだ離陸体勢にもなっていない飛行艇から、ルドーはライアを抱えたまま、空中に放り出された。
「でええええええええええええ!」
遠ざかっていく飛行艇を眺め、ルドーはありったけの悲鳴を叫んだ。
両腕に抱え込むようにライアを強く抱きしめ、空中をぐるぐる回りながら落下していく。
『ルドー、後ろだ! 掴まれ!』
聖剣の大声に反応して、ルドーは咄嗟に右腕を伸ばした。
装着した聖剣の一部の腕輪に、ガンッと金属がぶつかる。
飛行艇の背後に迫っていた飛行船だった。
鉄で出来た船体にガンガンとぶつかって、ルドーは空中で側面を転がっていく。
ルドーは腕輪から雷魔法を放出し、バシッと磁石のように船体に貼り付ける。
ライアを抱えたまま、必死に磁力で船体にしがみ付いた。
そしてたまたま見えた飛行船の窓から、またしてもとんでもないものがルドーの目に飛び込んでくる。
「なんでフランゲルがここにいるんだよ!」
「それはこっちのセリフだ、戯けが!」
小さな窓越しに見えたフランゲルが、驚愕の限りを叫んでいた。
フランゲルはレチマスの舞踏会で、傀儡にしようとするシュミックの貴族に狙われていたはず。
それがなにをどうしたら、飛行船に乗ることになっているのだ。
窓越しに見える範囲はとても狭い。
だが窓の端に見える縄で、フランゲルが縛られていることがルドーにも判別できた。
どうやらフランゲルは、ラグンセンか何かに捕まってしまったようだ。
ルドーはフランゲルに気を取られて、飛行船が急に大きく動きを変えたことに対応出来なかった。
大きな二つの戦艦に近付いていた飛行船は、突然大きく旋回する。
気が逸れたところにグワッと大きく力が加わり、ルドーは飛行船から振り落とされた。
「ああああああああ……!」
ライアを抱えたまま、ルドーはなんとか必死に飛行船に張り付こうとした。
しかし先程は運よく金属部分に腕輪が貼り付けただけのようだ。
いくら腕輪から雷魔法を発動しても、磁力で張り付くことが出来ない。
「ルドにぃ、下に落ちたらぶつかっちゃう!」
ライアが眼下を見ながら悲鳴を上げた。
遥か遠くにあったと思っていた戦艦が、いつのまにか真下にあった。
このままでは甲板にルドーたちはぶつかって、生卵のようにグシャっと潰れてしまう。
怯え始めたライアを抱きしめ、ルドーは叫んだ。
「聖剣!」
『もう遠慮すんな! 思いっきりやれ!』
左腕にライアを抱えたまま、ルドーは腕を振り上げる。
背中の鞘から飛び出した聖剣を、空中でバシッと手に取った。
海に横たわっている大きな古い戦艦が間近に迫る。
「雷閃!」
ルドーは叫びながら勢いよく聖剣を振り下ろす。
雷魔法の極太閃光が複数、蛇が絡み合うように巻き付いて発射された。
落下する速度を、雷閃の砲撃で相殺していく。
攻撃が直撃しているのに、目の前の巨大戦艦はビクともしていない。
古代魔道具で防御魔法を貫通するはずの、聖剣の攻撃が通じていないのだ。
やはりこの古い方の巨大戦艦は、古代魔道具で間違いない。
なんとか落下速度を殺し切ったルドーは、戦艦の甲板に着地しようと身構えていた。
――――しかし甲板は、突如として口のように開く。
ルドーは古代魔道具の戦艦に、ライアと共にガブリと飲み込まれた。




