第二十八話 不調の示す先
古代魔道具の暴走の一件以来、もう一つルドーにとって不安な変化があった。
「午後の魔法訓練いけるか?」
『……』
「うーん、やっぱだめか」
「なんだまた喋ってるのか」
「いや喋らないんだわ」
意識を取り戻してから、あれだけうるさかった聖剣が全く話さないのだ。
ルドー自身が一週間昏睡状態になるほどの戦闘だったせいで、何か良くない変化でもあったのだろうか。
一応最低限の魔法は使ってくれるので訓練は出来るのだが、どうにもある程度から威力が出ないようになっている。
そのお陰で結局午後の魔法訓練で雷閃が使えなかった。
聖剣も眠っていたりするのだろうか、そういえば座学の時は寝ていると言っていたが、冷静に考えれば剣が眠るってなんだ。
よくよく考えればルドーは何となく気に入られた聖剣を振るってきただけで、古代魔道具についても聖剣についても何も知らないのだ。
普段の喧騒から解放されているものの、これはこれで不安だ。
急に戦闘魔法がなにもかも使えなくなったりしないだろうか。
そんなどうにも本調子が出ない魔法訓練の後、エリンジから厳しめに言われる。
「この間の技はどうした。何故使わん」
なにをしても喋る様子がない聖剣を見ながら、振ったり叩いたりして反応がないかと試すルドーは視線を変えずにエリンジに答える。
「どうにも本調子じゃなさそうなんだよな、うんともすんともいわねぇ。いつもうるせぇのに」
「お前の強さはその古代魔道具由来だ。なんとかしろ」
「軽く言うなぁおい。なんとかってなんだよ」
「原因を特定して取り除くだけだ」
「それが分からねぇから困ってんだろが」
エリンジもルドーが本調子で魔法を使っていないのが分かっているのだ。
だから早くなんとかしろとせっついて来るのだろう。
「あ、あの、お話聞えたんですけど」
「ん? トラスト、どうした」
後ろからゼイゼイ言いながらトラストが追ってきた。
解析魔法を筆頭にサポート系は優秀なのだが、今一攻撃魔法が上手く扱えないトラストは、攻撃魔法をなんとか発動させようと色々と試しているためいつも魔法訓練の後息も絶え絶えになっている。
その成果はあまり芳しくないようだが。
そんなトラストはルドー達に追いつくと、しばらく息を整えてから提案するように右手の人差し指をあげた。
「古代魔道具について知りたいなら、図書室はどうかな、と」
「図書室?」
「エレイーネー魔法学校は魔法や魔物に関する数々の貴重資料を厳重に保管しています。その為図書室はかなり高度な情報がたくさん置かれ、生徒にも開放されているのでひょっとしたら……」
「古代魔道具についての本もあるかもってことか! なるほど助かった!」
「あっ」
トラストの話を聞くが早く走り出したルドーは、廊下を走るなと注意するキシア達の横を通り抜けて足早に今まで一度も行かなかった図書室へと急いだ。
取り残されたエリンジは、その様子を呆然と見ながら声を掛けようとして空を切ったトラストの手を見つめている。
「なんだ、まだ続きでもあったか」
「情報制限がされていると上級生じゃないと見れないものもあるから注意が必要だって、伝えようと……うぅ」
「話を聞かん奴だ」
トラストが涙目になって呟けば、エリンジは無表情のまま呆れた声を出した。
魔法訓練で使っていた魔法科の運動場からメインホールに戻り、そこから共通区の廊下を抜けて足早にルドーが辿り着いたそこは、図書室というよりは大型図書館と言っても差し支えない程に広く、中央に円形の受付が設置されており、階段状に下に窪んでいる。
見上げるほどにはるかに高い壁の下から上までびっしりと本が詰まっており、まるで講義室のように机が階段に沿って円形に並んで、読書や勉強をする生徒がちらほら見えた。
手が届きそうにないほどの高さの本棚から魔法で本があちこち飛んで、受付の人が管理するように魔法で取り出したり戻したりしていた。
どういった順序で本が並んでいるのか膨大過ぎてまるで分らないルドーは、とりあえず一番本が飛び交っていて詳しそうだと思い受付で聞いてみることにした。
「古代魔道具に関連する本? えーっと、あら、ごめんなさいねぇ、今全部貸し出されてるのよ」
「え、そうなんですか?」
とりあえず中央の受付らしきところに声を掛けてルドーがそういうと、担当した相手が紙をつついて確認していた。
どうやらこれも魔道具となっており、本に関する必要情報がすぐに出て管理しやすくなっているようだった。
しかしその担当者から言われた言葉にルドーは困り果てる。
貸し出されているとあっては貸出期間中見ることが出来ない。
「あなた一年の古代魔道具持ってる子でしょう?」
落胆していると、担当者の後ろから受付の管理者と見受けられそうな初老の女性が出てきた。
ルドーが肯定すると、その女性はやっぱりと手を合わせながら話を続ける。
「本来古代魔道具関連書物は上級生のみの規制が入ってるんだけど、本体所持者という事で校長からあなたには免除するよう入学時点で伝達があったの」
「規制? っていうかそんな許可出てたんすか? 何も聞いてないんですけど」
「あらあら、校長ってば説明足りないんだから。こっちには一応通達書の形で送られてきてたんだけど、どうやらそちらに送るのを忘れてたみたいね」
そういって管理者の女性は許可証を見せてくれる。確かに校長の許可印の入った古代魔道具関連書籍の特別利用許可証だった。
なんでルドー本人にその情報を教えてくれないのか。校長は入学式以来見かけたことが一度もない。
「でも確定事項だから安心してちょうだい。そういう訳であなたは古代魔道具関連書籍限定で規制の対象外になってるからあれば見れるんだけど、貸し出されてるから借りてる生徒に見せてもらうしかないわねぇ」
管理者の女性は困ったわねぇと頬に手を添えた。
「あの、ちなみに借りてる生徒の名前って、教えてもらえないですよね……」
「あぁ大丈夫よぉ、よくあることだから名前は教えていい決まりになってるの。ちょっと待ってね」
ダメ元で聞いてみたら案外あっさりと許可が出てルドーは拍子抜けする。
貸出名簿らしきものを棚から探している間、何冊あるだろうか、何人借りているのだろうかとルドーは思案する。
かなりの人数に散らばっているなら生徒を探すだけでも時間がかかりそうだ。
そうこう思案している内に、名簿が見つかったのか管理人の女性が戻ってきた。
「はい、お待たせ。古代魔道具関連書物は五冊あるんだけど、全部同じ生徒が借りてるわねぇ」
「え、同じ生徒が?」
「借りた日も同じ、一通り全部借りてったみたいね。手間が省けてよかったわねぇ」
「あの、それで誰なんですか?」
「魔法科三年のイシュトワール・レペレルねぇ。ほら、ドラゴンライダーの子よ」
「えーとすんません、そこら辺の情報疎くて……」
「あらそう? えーとどんな子だったかしら、確か、黒髪に赤目の、そう! 長い黒髪を束ねた男子よ」
それを聞いてルドーは思い出した。
狼男のボンブの手配書が貼られた時、ものすごい勢いでそれをはぎ取って走っていった長身の三年。
さらにどこかで聞いたことがあったようなレペレル、たしかネルテ先生がスペキュラー先生に問い詰めた際に出てきた苗字。
最近物凄く荒れていると一年にまで噂が回ってくるクロノの兄貴の事だと分かり、ルドーは思わず愕然と両膝をついて管理者の女性を慌てさせた。
「ドラゴンライダーについて知りたい? 古代魔道具はどうした」
図書室を訪れたその日そのまま三年の教室に行く勇気が出なかったルドーは、翌日の基礎訓練を終えた後座学前にエリンジにどうだったか声を掛けられてそう答えた。
怪訝そうな顔で首を傾げるエリンジに、徐に学習本を開きながらルドーは続けた。
「古代魔道具の関連書籍全部借りてんのがそのドラゴンライダーなんだよ」
「それで事前に情報収集という事か」
校則として喧嘩が許されているエレイーネーでは、学校備品での貸し借りも生徒間で行われるようにされ、基本教師は介入しない。
将来国家間での交渉事を想定しての訓練も兼ねており、どうしてもという場合は実力でけりを付けろというかなり力業な解決方法もある。
エリンジはそれも想定して相手の力量調査を言っての事だった。
しかし実際はそんな物騒な話ではないし、それで喧嘩でも売ろうものなら悪人になるのは間違いなくルドーの方だ。
「いや喧嘩とかの話じゃなくてな、多分そいつクロノの兄貴だ」
溜息を吐きながらルドーが言うと、エリンジも少し目を見開いた後、視線を下に落とす。
座学前の教室内の喧騒の中、しばらく二人の間に沈黙が続いたのち、エリンジも溜息を吐いた。
「まぁ、確かに。顔は合わせにくいな」
「お前もそういう感情あるんだ」
「俺をなんだと思っている」
じとりとこちらを睨んでくるエリンジに、ルドーは苦笑いを返す。
課外補習の際に目を離した結果魔人族に誘拐された。
多分クロノの兄貴にはそう話がいっているはずだろう。
その目を離した生徒に本が読みたいから見せてくれと言われて、はいそうですかと快く見せてくれるわけもない。
本の貸出期間は一週間、その間にさらにトラブルでも見舞われると本格的に不味いのだが、如何せんこればっかりはどうしようもない。
「ドラゴンライダーはエレイーネーの外でも有名だ。この世界でも希少な役職の一つで、その名の通り膨大な魔力で作り出した巨大な魔法のドラゴンに乗り豪快に戦う。既に数々の実績を上げていて、家を継がない宣言もあってどの国も手に入れようと必死だ」
「要するにめちゃくちゃつええやつってことか……余計顔合わせずれぇ」
「下手したら魔法のドラゴンに丸焼きだな」
聞かなきゃよかったと後悔しながらルドーは机に突っ伏した。
しかし聖剣は今日もうんともすんともいわないし調子が悪いままので情報は欲しい。なんとかドラゴンライダーと穏便に事を運ぶ手立てはないものか。
現実逃避するようにルドーが学習本をぱらぱらとめくりながら昨日までやった範囲を確認していると、キシアたちと話していたはずのリリアがゆっくりとこちらに歩み寄って来て机の横に立ち止まった。
「お兄ちゃん、話聞えたんだけど」
「リリ、どうした?」
「あのね、ずっと考えてたことがあるの。エリンジ君もちょっといいかな」
顔に少し影を落としながら視線を下に向けているリリアに、ルドーは起き上がって向き直り、視線を合わせるように見上げた。
リリアが一瞬視線を向けて、声を掛けたエリンジも横に近寄ってきてじっと話を聞こうと耳を傍立てた。
授業前の喧騒の中、緊張が走るように三人は静かになる。
いつになく神妙な様子のリリアに、ルドーは大事でもあったのかと心配そうにゆっくり声を掛けた。
「どうしたリリ、大丈夫だから言ってみろ」
ルドーの言葉にリリアはもう一度視線を下げるが、意を決するように正面を向いて二人に向き直った。
「あのね、そもそもなんだけど、そのクロノさんのお兄さんに謝らないとって思ってるの」
真直ぐな瞳を向けて訴えてきたリリアに、ルドーもエリンジも目を見開いた。
 




