第二百八十八話 咲き誇る花の不穏
ルドーたちは正装に身を包み、招待があった東三連諸島の島領主、レチマスの館の前にいた。
刺繍の入ったグレーのタキシードに身を包み、いつも通り聖剣を背中にかける。
着慣れないタキシードは息苦しく、ルドーはついコキコキと首を動かしていた。
「お兄ちゃん、もう少しシャキッとしないと」
「あ、あぁ。悪い」
横からかけられたリリアの非難に、ルドーはついドギマギと反応した。
ライトブルーの前ミニドレスは、リリアの淡い栗色のさらりとした髪と程よく、とても似合っている。
短い髪を緩やかに編み込み、ドレスに似合う大きな青い花飾りがほのかに香る。
貴族子女のキシアと元貴族子女のビタに、あどけない化粧もうっすらと施されて。
慣れないヒールに覚束ない足取りは、庇護欲をいつも以上にかき立てていた。
「リリアさん、似合ってますわよ」
「私たちが手をお貸ししたんですもの、当然ですわ」
「ありがとう。キシアさん、ビタさん」
少し気恥ずかしそうにしながら、リリアがうれしそうに微笑む。
赤いドレスを着たキシアと、濃紺のドレスを纏ったビタが、満足そうにリリアを眺める。
その背後でダークレットのタキシードを来たアルスが、うんうんと出来栄えの良さに頷く。
リリアに惚れているトラストは、ダークブラウンのタキシードの上で、ボッと顔を真っ赤にしたまま釘付けで見惚れる。
動かないトラストの後頭部にベシッと一発お見舞いしつつ、ルドーはハラハラとしていた。
ただでさえ可愛いのに、今のリリアは破壊力がとんでもない。
ほんの少し微笑んだだけで、周囲の男がバタバタと倒れかねない凄まじさだ。
元が良かったとはいえ、キシアもビタもとんでもないことをしてくれた。
横に並んでいるだけのルドーは、双子の兄として、かつてない危機感を感じている。
島領主レチマスからの舞踏会の提案。
ルドーたちは正装を余儀なくされ、慌てて海上探索班と連絡を取った。
そしてフランゲル伝手にシュミック王家から、恐れ多いことに使っていない衣装を貸し出してもらったのだ。
「あまり挙動不審になるな、指摘されるぞ」
「なぁ、エリンジ。なんでリリアと地味にペアルック決めてるんだ?」
横から無表情に指摘されて、ルドーは目つきの悪い三白眼のジト目で返した。
エリンジは白髪によく生える、濃紺のタキシードを着ている。
ジュエリ国クレイブ公爵家子息とあって、毅然とした立ち振る舞いは、まぎれもなく凛とした貴族。
ただ胸元に青い花も添えてリリアをエスコートしている様は、婚約者のそれとしか見えなかった。
リリアに見惚れていたトラストも、エリンジの登場でパリンと眼鏡が割れる。
何が悲しくて、双子なのにリリアとコーディネートを外されなければならないのか。
「何を言う、適当に選んだだけだ」
「お前、最近、ホントに無意識が過ぎるぞ」
呆れたルドーの指摘にも、エリンジはよくわかっていない無表情を返す。
横で話しを聞いていたリリアが、真っ赤になって俯いた。
朴念仁エリンジは、無自覚な好意を少しずつリリアに寄せ始めている。
少なくともリリアの傍で見ているルドーはそう感じていた。
エリンジはリリアと一緒にいる機会が多く、口数少ない自然体でも、リリアは普通に接してくる。
友人としてだけでなく、異性としても意識しておかしくない。
この朴念仁は、一体いつ自覚するのだろうか。
少し離れた所でメロンを筆頭に、女子たちがニヤニヤしていることにも、エリンジは気付いていない。
しかしエリンジもリリアも、似たような明るい色合いの緑の瞳。
これではどちらが双子かと言われても、皆エリンジとリリアだと指差して言われてしまうだろう。
実際の双子の兄は、このはねた黒髪三白眼というガラの悪い顔をしたルドーだというのに。
「おい、ルドー。てめぇ、本質忘れてんじゃねぇよ」
「いっで! わ、分かってるって」
リリアとエリンジのお似合いっぷりに一人ショックを受けていたルドーは、カイムの赤褐色の髪にべしっと頭を叩き付けられた。
ルドーたちより身長の低いカイムは、無難な黒いタキシードを身に着けて周囲を睨み付けている。
島領主レチマスの館は、敵の本陣ど真ん中だ。
攫われたままの同胞、魔人族の行方を探すカイムとしては、情報が喉から手が出るほど欲しいに違いないだろう。
確かに着飾ったリリアを目にして、ルドーは少し気がそれていた。
認識を戻そうと睨み付けるカイムに向き直ったところで、ルドーはあることに気付く。
「……あれ? カイム、ちょっと背が伸びたか?」
「あぁ?」
ルドーの指摘に、今度はカイムが片眉をあげた。
元々カイムはルドーたちより頭一つ小さい。
普段は少し猫背気味で、赤褐色の長髪も邪魔して、いつも正確な身長が図れずにいた。
だがカイムのタキシードでピシッと背を正した姿勢を見ると、ルドーには以前より少し、カイムの視線が上に伸びている気がしたのだ。
ルドーの指摘に、聖剣もパチパチと観察するように茶化し始めた。
『おーっと、第二次成長期がとうとう来たか?』
「元々栄養失調気味だったんでしょ。森に住んでた時は、三つ子にばっかりご飯優先してたって言ってたし」
クロノの声に振り向いて、ルドーの横でカイムがビシッと岩のように固まる。
クロノはデコルテが開き足元にスリットが入った、思ったより大人っぽい深緑のドレス姿だった。
普段は帽子で隠れて見えない黒髪は小さなシニヨンを作り、横毛が何本か色っぽく垂れ下がる。
面倒そうに腕を組んでいるが、そのせいで豊かな胸元が余計強調されてしまっていた。
一応クロノもファブの辺境伯令嬢。
ドレスを着た立ち回りも様になっていて、淡泊ないつもとは違った雰囲気を醸し出していた。
「ふおおおお! クロノちゃん、超絶似合ってるよ!」
「はいはい。馬子にも衣裳、馬子にも衣裳」
黄色いベアトップドレスでブンブン両手を振り回すメロンを、クロノは雑にいなしている。
メロンも体つきが良いせいで、激しく動くほど豊満な胸元が揺れる。
「メロン、はしたない。ドレスの時は、しとやかに」
「痛い痛いごめんごめん許して!」
ライトグレーのドレスを着たイエディが、メロンの頬をみよんと引っ張る。
ルドーは固まったままのカイムをじっと見ながら、クロノの言葉に返し始めた。
「えーと、栄養失調気味って?」
「文字通りだよ。中央魔森林じゃ栄養偏る上、三つ子に優先してた。それじゃ伸びるもんも伸びない」
「あっ、そっか。カイムくんもエレイーネーでお腹いっぱい食べられるようになったから、だから身長のびはじめたんだ」
ルドーの横で話を聞いていたリリアが納得して頷いた。
確かに瘴気渦巻く鬱蒼とした中央魔森林は、植物が多い割には、栄養価のありそうな作物は見当たらない。
以前カイムは、ルドーとリリアの故郷ゲッシ村の農作業の手伝いが上手かった。
そのことから普段からも、魔人族は農作業で食物を賄っていたのだろう。
なけなしの農作物を、十歳離れた三つ子の弟妹に渡して、残ったものをカイムは食していた。
栄養不足で身長が低くなっても仕方ない環境だと言える。
そこでカイムがエレイーネー魔法学校に編入となり、食堂で好きなだけ食事をとれる環境に変わった。
三つ子の取り分を考えることなく十分栄養が行き渡り、第二次成長期もあって身長が伸び始めたのだ。
「うーん、ちょっと前まではこのくらいだったのに。身長並んできたかな」
「どわぁ!」
クロノに接近されて、背比べされるように手を真横で上下され、カイムは大声をあげて飛びのいた。
カイムは頭頂部から足の先まで見える範囲が全て真っ赤になって、頭から煙が上がっている。
本当に随分わかりやすいのに、クロノは相変わらずのスルーっぷりだ。
背後でカイムの反応を見たメロンたち女子が、きゃあきゃあ黄色い声援をあげている。
「てっ、てめぇ! その服の色、なんだよ!?」
「うん? このサイズとデザイン、これしかなかっただけだよ」
髪をブワリと逆立て、真っ赤になって後退りながら喚くカイムに、クロノは平坦に答える。
カイムが気にしているのは多分、カイムの深緑の瞳と同色のクロノのドレスだ。
自分の瞳の色と同じドレスをクロノに纏われて、カイムは激しく動揺していた。
だがクロノの言い分を聞く限りでは、それしかなかったので着ているだけのようだ。
カイムから返事不要の告白を受けたクロノに、他意があるかないかまではルドーも定かではないが。
「それより、あっちは問題なんじゃないの?」
「あー……」
触れたくなかった事実をクロノに突きつけられ、ルドーはようやくそちらに視線を向ける。
ルドーの視線の先には、来賓の者だろうか。
見知らぬ女性たちに群がられる、フランゲルの姿があった。
王族の正装か、フランゲルはとても目立つ赤い生地に金の装飾の、軍服礼装を着ている。
髪色に瞳も赤いので、全身が燃えるように真っ赤だ。
女性に群がられたフランゲルは、いつも通りにがはがはと笑っている。
フランゲルは、女性たちによいしょと担ぎ上げられていることに気づいているのだろうか。
「あれ、完全に取り入ろうとして集まってるよな」
『普段からあれじゃあ、恋愛面の情緒は確かに育たねぇだろうなぁ』
ルドーと聖剣は揃って、フランゲルの現状に呆れる。
多少は駆け引きをしてスリルを味わいたいだの、いやよいやよも好きの内だの。
フランゲルは女性にあることないこと、機嫌取りのように吹き込まれていた。
危険な相手はシュミックの王家が知らぬ間に排除していた。
ルドーはフランゲル本人から以前そう聞いている。
そのせいでフランゲルは、相手の言葉の裏を考えることを学習できなかったのだろう。
適当に担ぎ上げられた女性からの情報を、フランゲルは好意的だと全て鵜呑みにしてしまっている。
普段から自分に好意的な相手に、これほどまで様々に吹き込まれていれば、認識は歪む。
フランゲルの恋愛面ポンコツぶりにも納得だ。
「お兄ちゃん……」
「うん、アリアだろ」
リリアが心配そうに袖を引いてきたので、ルドーもそちらに視線を向ける。
ドレスを貸し出されるシュミックの浮遊城と、このレチマスの館への移動の飛行船。
アリアは連続した飛行船移動で、また酷く酔っていた。
淡いピンクの可愛らしいフリルドレスを着ているが、アリアはまだ顔色が少し悪い。
そんな状態で恋人のフランゲルが、がはがはと笑って知らない女性に囲まれている状態。
普段のアリアなら、フランゲルのあの様子を見れば、嫉妬で喚いて周囲に当たり散らすだろう。
だが飛行船酔いや、最近の現状に、すっかり滅入ってしまったようだ。
ルドーたちが遠目に見ても、アリアの瞳が潤んで見える。
「ないですわね」
「あれはちょっとねぇ」
「ありえませんわ、万死に値します」
キシア、アルス、ビタがフランゲルを酷評している。
アリアが悲しそうにしているのに、当のフランゲルは嫉妬待ちのようだ。
女性たちに囲まれながらも、時折アリアの方をチラチラと確認している。
まるで小学生男子の恋愛観だが、これだけ不和が積み上がっている今、それは致命的が過ぎる。
今にも泣きそうなアリアを見て、いつもフランゲルと行動していたヘルシュとウォポンがとんでもなく慌て始めた。
ターコイズのタキシードを着たヘルシュが、あわあわと必死に声をかけ、アッシュブラウンのタキシードを着たウォポンが、ハイハイ叫んでいる。
「あの二人が主に狙われてるのに、あんな隙だらけで大丈夫か?」
「囮役としては、この上ねぇだろうがよ……」
フランゲルとアリアの不穏な姿に、ルドーとカイムは不安に駆られる。
今一番狙われているのは、傀儡目的のフランゲル。
次点でフランゲルに言うことを聞かせる目的のアリアだ。
出来れば舞踏会の間は二人でぴったりくっついて、隙を見せないくらいが理想的。
だがアリアが距離をとっている状況。
フランゲルのポンコツぶりもあり、あまり期待は出来ない。
「しかし招待客で一番の格上は間違いなくあいつだ」
「ネルテ先生とボンブさんが、傍に居る様にするとは言っているけど……」
フランゲルの様子を見ながら、エリンジとリリアが話す。
シュミック第三王子が来島していると聞いての招待。
王家の人間がこの場にいるならば、当然一番多く挨拶の人が集まってくる。
だが今回はあくまで、依頼されたエレイーネー魔法学校としての立場。
フランゲルがシュミック第三王子であっても、未成年であることは変わりない。
保護責任者としてネルテ先生が、注意深く周辺を見張る算段になっている。
ネルテ先生は普段のタンクトップ姿から一変し、快活さが良く出たオレンジのサテンドレスを身に着けている。
その横でボンブが、ごわごわしている狼男の体毛を無理矢理グレーブラウンのタキシードに突っ込み、慣れないエスコートを必死にこなしていた。
王家が指定して依頼した魔人族も注視されているのか、舞踏会の同行を許可されていたのだ。
シュミックの利として、魔人族との交易を見据えてのことか。
はたまた裏社会の連中が、更に魔人族を欲して秘密裏に連れ去ろうと画策したのか。
なんにせよ、魔人族が正式に招待されたことは間違いない。
ボンブとアーゲストもそれぞれ、シュミック王城から貸し出された正装に身を包んでいる。
流石に三つ子はまだ幼いので、キャビンに任せて待機しているが。
「アリアのフォローはアーゲストが回ってるよ。機敏だから色々手を回してくれると思う」
「そんで近寄って来た怪しいやつ、リストアップするっつーわけか。相変わらず抜かりねぇわ」
クロノとカイムの会話に、ルドーもアリアの背後に注視する。
白髪長身狐目のアーゲストは、パッと見て魔人族とはわかりにくい容姿だ。
白いタキシードに身を包んで、アリアを励ましているのか、遠目に何か話しかけている。
これなら確かに魔人族とは分からないので、アリアに近寄る裏社会の人間の警戒も、少し緩むかもしれない。
「確認するぞ。レチマスがナナニラやラグンセンの残党と繋がっているなら、情報として怪しいのは執務室か私室だ」
『これだけ客が来てるなら、個別の来賓室で話もするかもな』
向き直ったエリンジが声を落とし、聖剣が小さく弾ける。
ルドーたちが今求めているのは、コロバとナナニラ、およびラグンセン残党に繋がる情報だ。
島領主レチマスが、東三連諸島の裏社会支配を黙認しているならば、この舞踏会は何らかの接触があるはず。
そこを押さえることが出来れば、レチマスを問い質し、情報を引き出すことが出来る。
レチマス側がフランゲルとアリアに注目し、舞踏会を進める今だからこそ、ルドーたちはこっそりと屋敷を探索する方針を固めていた。
初めて訪れる屋敷で、招待された学生客。
貴族ではない身分もいるので、屋敷で迷ったという言い訳も通しやすい。
動きを確認するエリンジにルドーたちが注目していると、クロノがそっと手を挙げた。
「調べるとこ、地下室も追加してくれる?」
「地下室?」
「うん。研究中のものか知らないけど、簡易転移門が置いてある」
そう言ってクロノは、赤い瞳を屋敷の下の方に向ける。
歌姫の魔法を、女神や女神深教に見つからないよう裏技の指を鳴らして発動させ、クロノは様々な探索系魔法を常時展開している。
遠視に加えて透視の魔法でもあるのか、クロノが見たところ、どうやらレチマスの屋敷地下に、島を繋ぐ移動方研究をしているという転移門があるようだ。
「あんまり大人数であちこちうろついてたら、怪しまれちゃうよ」
「人数分けるしかねぇな。まぁ、相手はバケモンじゃねぇ、人間だ。まだやりようあらぁ」
ひそひそと話すリリアの懸念に、カイムが考え込みつつそう返す。
屋敷を探るにしても、島領主の館だけあって屋敷は広そうだ。
大人数で歩いていれば当然目立つし、迷っていたという言い訳も効かない。
故に二、三人で警戒しながら怪しい場所を探るのが効率は良いだろう。
カイムの言う通り、相手は人間、化け物ではない。
例え見つかったとしても、対処方法はいくらでもあるはずだ。
「ん?」
ルドーたちが作戦を話し合っていると、少し離れた所でざわりと喧騒があがった。
ルドーが振り返ってみてみれば、グルグルメガネを外したノースターが注目の的になっていた。
ソラウ王国で大量のファンを生み出したノースターは、シルバーグレーのタキシードに身を包んで、その美貌を振り撒いている。
ノースター本人は不本意なのか、不服そうな顔だ。
そのすぐ傍で幼児体型のカゲツが、オフホワイトのプリンセスラインのドレスを着ている。
私がやりましたとばかりにふんぞり返っているので、ノースターのグルグルメガネを外させたのはカゲツだろう。
『注目度をあげて、向こうの注意を分散させるつもりか』
「まぁ、確かにノースターは、人攫いに狙われかねない見た目してるけど……」
カゲツの意図をくみ取った聖剣がクツクツ笑い始め、ルドーは複雑な心境に陥る。
危険な敵の本陣に来ているはずなのに、更に身を危険にさらすことで、敵の注意を引く。
そうすることで相手の注意が分散され、逆に狙いが分散して安全になる構図。
カゲツなりに、今回の件に貢献するつもりでやったのだろう。
後で貸しだと言われて金銭を要求されなければいいが。
「そろそろ時間だ、行くぞ」
エリンジの声と共に、屋敷の受付が開始され始めた。
ルドーたちは慣れない正装に身を包み、エスコートしながら戦場に向かった。




