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第二百八十六話 笑顔に隠された支配

 


「狙ってたのは、リリじゃなくてアリアだって?」


 思いがけない話を聞いて、ルドーは目を丸くしていた。


 飛行船ごと、誘拐犯の賊はリリアの自衛用魔導具で黒焦げになった。

 地面に落下したのを見届けたルドーたちは、すぐさま駆け寄って、真っ黒で気絶していた賊を縛り上げた。


「なんだなんだ、何事だ?」


「人攫いだって」


「こんななんもない島でか?」


 東三連諸島の一つ一つは、そこまで大きくない島。

 近場の住民が、物珍しそうに遠巻きにざわざわと囁いている。


 そしてしばらくして気が付いた賊を、ルドーたちは尋問したわけだ。

 だが連中の目的は、そもそもリリアではなかった。


「シュミックの第三王子がお熱してるっていう、可憐な聖女を狙えと……」


 賊は一様にそう言って、観念したように頭を垂らしている。

 つまり連中の目的は、フランゲルと恋人関係にあるアリアだ。


 エレイーネー魔法学校の生徒で、可憐な容姿と、聖女という特徴。

 これしか情報がなかった賊は、あちこち聞き込みをしていたリリアを、アリアだと誤認したようだ。


 聞き込み調査の世間話で、聖女の話題が出たせいで、賊は誤った確信を持ってしまった。


 事前に連れ去る準備をしていた賊は、リリアの後を付け始めた。

 そして準備が整ったあの瞬間、一気に連れ去ろうとしたのだ。


「……え? 狙われてたの、私だったの?」


 後ろで他人事として話を聞いていたアリアが、両腕で身体を抱いて身をすくめる。


 危なかった。

 アリアを一人にしていたら、誘拐されても誰にも気づかれず、発見が遅れたかもしれない。

 偶然ではあるが、アリアがルドーたちと一緒に行動していたから、危険性は知らぬ間に下がっていた。


「アリアを捕まえた後はどうするつもりだった」


「そんなの、第三王子さんを言う通りに操るだけだろ。あいつが馬鹿なのは、シュミックでは周知の事実だ」


 目的を追求したエリンジに、賊はそう返した。


 どうやらこの賊はあくまで雇われただけ。

 雇い主が誰かまでは知らない。


 ただ、フランゲルを玉座に立てて、傀儡にしたがっているシュミックの貴族は多いという。


「要するに、賢い双子王子を失脚させて、フランゲルを言う通りにさせるために、アリアを誘拐しようとしたと」


『おい、そっちの民衆!』


 ルドーが話を纏めていると、聖剣(レギア)がバチンと警告を発した。


 全員が一斉にそちらを振り向くと、顔を隠した男が一人、民衆の雑踏から引き返して逃げようとしていた。


 しかしルドーたちが追おうとした瞬間、バシュンと風切り音がして、逃げようとした男が撃ち抜かれた。

 エリンジが即座に、騒ぐ島の群衆に飛び込み、倒れた男を捕縛する。


 目の前で起こったことに、ルドーは呆気に取られた。


「な、なんだ……?」


「詰めが甘いな、学生さんよ」


「あ、ヤシャブさん」


 気付いたリリアの声にルドーが振り向くと、ヤシャブがのっしのっしと歩いて来るところだった。

 手袋をはめた右手の指を二本、銃のように伸ばし、煙を上げる指先をふっと吹き消す。


「こういうもんは、雇い先が上手くいくかどうか、報告する見張りがいるもんだ。犯人集団だけじゃなく、周囲もよく確認しとけ」


「そういうことだったのか……」


 ヤシャブに言われて、ルドーは改めてエリンジが引き摺る男を眺めた。


 外瘻のようなもので顔を隠した男は、明らかに島民の風貌ではない。

 ヤシャブの言う通り、雇った賊が情報を話たことを報告しようと、あの場で駆け出したようだ。


 ふと、チャリンコロコロと、引きずられる外瘻のポケットから、何か小さなものが落ちた。


 足下に当たったそれを、ルドーは拾い上げる。

 絡み合う蔦のような植物の紋様が掘られた、共通通貨より一回り大きい銅のコインだ。


「なんだこれ……?」


「おっと、それが出てきちまったか」


 ルドーが拾い上げた銅貨に、ヤシャブが目聡く反応した。


 男を拘束し終えたエリンジが、どういうことかと眉を寄せる。


「なんだ、何を知っている」


「ここじゃちょっとな、そこの奴ら連行するついでに話してやるよ」


 そう言ってヤシャブは、島民の方にそっと視線を向けていた。


 ◇


「島がもう既に、ラグンセン残党の支配下になってるって?」


 通報を受けて駆け付けたネルテ先生が驚愕した。


 ルドーたちが捕まえた賊と男は、管轄のシュミック衛兵に引き渡した。

 その過程でネルテ先生と合流した後、少し離れた浜辺でヤシャブはそう話す。


「ラグンセンの残党かは分からねぇが、この東三連諸島が、既に何らかの賊に支配されてんのは確かだ」


「どこからそんな情報を得た」


「さっきの大衆食堂さ」


 エリンジのあげた疑問に、ヤシャブはなんでもないように答える。

 だが大衆食堂でそんな話をしていた心当たりのないルドーは、更に疑問をあげた。


「大衆食堂? 酒を飲んだくれてたわけじゃなかったのか?」


「店主と秘密の話をしたきゃ、VIPルームに行くのが一番なんだよ」


 そう言ってヤシャブは、腰に手を当てて若草を咥えた。


 ルドーがただ飲んだくれていると思っていたヤシャブの行動。

 あれはヤシャブがVIPルームに行くために、店の酒を片っ端から購入していたところだった。


 そうして案内された部屋で、ヤシャブは店主を呼び付けて、秘密裏に話を聞いたのだという。


「島の住民は、全員かなりの額のショバ代を裏の連中に取られてる」


 ヤシャブの説明は続く。


 VIPルームに通された後、ヤシャブは更に金を積んで、話を嫌がる店主から情報を聞きだした。

 店主からの話では、たったここ数ヶ月で、賊が島を支配し始めたそうだ。


 島民から金を巻き上げ、従わない者は家族の誘拐と売り飛ばしをちらつかせる。

 裏切り者は見せしめとして、秘密裏に処分されていった。

 表向きは海に落ちた事故や、夜逃げのように偽装されて。


 明日は我が身と怯えた島民たちは、皆その事実を次第に口にしなくなっていったという。


「え? 見た感じ、そんなに貧困になってるようには見えなかったけど……」


「そういう手口なのさ。先にある程度金を納品させて、その日暮らしさせる金は返す。そうして表向きは何もない様に偽装してんのさ」


 ルドーの上げた声に、ヤシャブは肩をすくめながら答える。


 見てわかる貧困状態では、シュミック王家の調査が抜き打ちで入れば、すぐにバレてしまう。

 だからこそ、集金した後にはした金を返すことで、表向きの島民の生活を誤魔化させていた。


 リリアが気付いた、島民が不自然な笑みを貼り付けているあの表情。

 それは外部の人間に、普通の生活を装うように裏の人間に命じられたためのものだと、今ならルドーも推測できた。


「裏の人間。島民には誰がそうなのか、判別がつかない感じなわけ?」


「鋭いな、嬢ちゃん。その通りだ。だからそのコイン(・・・)がものを言ってんのさ」


 黒い帽子の下で鋭い目をしたクロノの言葉に、ヤシャブはニヤリと笑った。


 金を集金していく相手も方法も、毎回違うので、島民には判断できない。

 その判断をする唯一の方法が、ルドーが拾ったコインだという。


 ヤシャブが話を聞いた大衆食堂の店主によると、顔を隠した相手は、そのコインだけを見せつけてくるそうだ。

 そうして裏の人間だと身分を秘密裏に知らせて、その都度連絡や集金をしていくのだとか。


 見知った島民の中に、裏の人間が既に複数紛れ込んでいる。

 顔を隠し、毎回違う相手では、コイン以外に判別方法が分からない。


 隣の住民がそうではないかと、島民は疑心暗鬼に陥ってしまう。

 怯えた島民は疑心暗鬼の中、見せしめもあって助けを求める声を握り潰された。


「そこまで情報がそろうと、レチマスは確実に黒だね」


 ヤシャブの説明を一通り聞いたネルテ先生の顔が険しくなった。


 秘密裏とはいえ、島が丸々支配されるような構造。

 島領主のレチマスが、何も知らないはずはない。


 脅されているか、甘い汁を啜っているのか。

 なんにせよ、レチマスが裏側の人間と繋がっていることは確かだ。


「だからその野郎のことさっさと調べろや!」


「さっきも言ったけど、証拠がないんだってば」


 激昂して喚き声を上げたカイムを、クロノが後ろから頭を掴んで引っ張り押さえる。


 先程ルドーたちが捕まえた男の罪状は、あくまでリリアの誘拐未遂。

 裏社会の人間が島を支配しているであろうことは、今のところヤシャブが聞き出した、大衆食堂の店主の話しかない。


「あのコインを持っていたって、そこから情報を聞き出せないのかな」


『いや、コインだから面倒なんだろうよ』


 ルドーが持つコインを見つめながらリリアが言ったが、聖剣(レギア)が否定するようにバチンと弾けた。


「コインだから厄介? なんでそうなるんだ?」


「意味が分かるやつの身分証明にしかなってないからだよ。趣味で集めてる品だって言われたら、もう証明しようがないでしょ」


 ルドーの疑問に、クロノがカイムを押さえたままそう答える。


 このコインで身分を証明している、という仕組みが厄介なのだ。

 凶器になるはずはないし、名前が書かれている訳でも、硬貨を偽装している訳でもない。


 追い詰めた相手が、身分を隠そうと思えば、捨ててしまえば済む小さなもの。

 たとえ捕まえることが出来たとしても、そのコインが裏社会の人間の証だという証明が出来ない。


 ビンテージ品の記念コインを趣味で持っている。

 コインを持っている言い訳なんて、いくらでも言えてしまうわけだ。


「じゃあやっぱり、レチマスが関与してる証拠を掴んで、芋蔓式に捕まえていくしかないのか」


「そこで面白い情報だ。そのレチマスの島領主が、今夜屋敷で舞踏会を開くらしい」


 対処をどうしようかとルドーが悩んだところで、ヤシャブがそう言って若草を咥え直した。


「島領主の屋敷で舞踏会?」


「表向きは、転移門研究のパトロンへの謝辞の場だ。だが今の話からして、集まるのは多分碌な奴らじゃないだろうな」


 ヤシャブはそう言って若草を咥えながら、指で大きな帽子の鍔を押し上げる。


 島領主の舞踏会。

 しかもヤシャブの話から、裏社会の人物が集まることが容易に想像できる。

 確かに情報を探るために潜入するとしたら、うってつけの話だ。


 そしてヤシャブの話を聞いたネルテ先生が、思い出したかのように項垂れた。


「あぁー、それであんな話が……」


「先生?」


「いやね、どこから情報を仕入れたのか。第三王子が島に来てるなら、ぜひ舞踏会に来てくれと、ついさっきそのレチマスから連絡が来たんだ」


「え?」


 突然の報告に、ルドーたちは当惑した。


 島領主レチマスからの、第三王子への招待。

 外聞だけ聞けば、国の王子を接待するための礼を弁えた提案だ。


 島に訪れている第三王子に挨拶がなければ、確かに島領主としては非礼に当たる。


「ちょっと! 私、狙われてるのに、敵の本拠地にノコノコ出向けって言うの!?」


 話を理解したアリアが悲鳴を上げた。


 アリアからすれば、誘拐を企む相手の屋敷に自分から向かう破滅行為。

 飛んで火にいる夏の虫のようなもの、怯えるのは当然の心理だ。


 だが誘拐未遂犯の賊は、先程ルドーたちが捕まえてしまった。

 レチマスと賊の繋がりが証明できないなら、外から見ればもう懸念点はない。


 むしろ島領地で迷惑をかけたと、レチマスに謝罪の場を求められかねなかった。


『流石に向こうが用意周到だな』


 一本取られたと言わんばかりに、聖剣(レギア)がバチンと大きく弾ける。


 正当な建前と懸念点の喪失で、舞踏会を断る理由が見つからない。


 なにより舞踏会は今夜。

 急すぎる話で検討する時間を、レチマスはわざと削ったのだろう。

 それもレチマスがフランゲルの来島を知らなかったという、大義名分まで付いている。

 さっき知ったので慌てて招待しましたと、十二分に押し切られてしまう。


「先生、どうするんですか?」


「なるべくみんなで固まって自衛するしかないけど……」


 ルドーの質問に、ネルテ先生は頭を抱える。


 短期間でここまで状況を整えられたら、アリアも含めて舞踏会に参加する以外に選択肢がない。

 そうなると、自衛のために一人行動を潰すのが最善策だ。


 ここで問題になってくるのは、レチマスがフランゲルやアリアを一人誘い出すような行動をとるか。

 何かしら理由をつけて呼び出してくることは想像に難くない。


「要はあぶねぇけど、チャンスでもあんだろ」


「確かに。証拠を探るのに、屋敷に正面から入れるのは大きいだろう」


 一方でカイムとエリンジが、今回の誘いの利点に目を向けた。


 そもそものルドーたちの目的は、コロバとナナニラ、およびラグンセン残党の捜索だ。

 島領主レチマスが協力者と思われるため、双方の情報が出てきていない。


 だからこそ屋敷に潜入して決定的な情報を掴めれば、その後の捜索でこれ以上ない武器となる。


「あいつらはそこの奴に注目してんだろ、ならその隙つきゃあ……」


「ちょっと! 私を囮にしようってんじゃないでしょうね!?」


 カイムが考え込みながらアリアを見つめれば、意図を察したアリアが憤慨した。


 確かにカイムの言う通り、レチマスの目的と思われるのは、アリアとフランゲルだ。

 向こうが舞踏会で仕掛けてくるということは、逆を返せばその分隙も生まれる。


 その間に屋敷の奥に潜入して、決定的な証拠を見つけ出せれば、状況は動く。


 危険(リスク)も大きいが、その分利益(リターン)も大きい。


『いいじゃねえか! 虎穴に入らずんば虎子を得ず、だな!』


「笑い事じゃないわよ!」


 ルドーの背中でゲラゲラ笑い出した聖剣(レギア)に、アリアが怒り散らし始めた。

 しかしネルテ先生も、この話に肯定的な姿勢を示す。


「アリア、聖女として、将来的には似たような状況を対処することもある。経験しておくのはいいことだと思うよ」


「そ、そんなのってないわ!」


 ネルテ先生の主張に、アリアは絶望した。


 国に一人とされる聖女、当然利権が絡んで狙われることもある。

 将来的に国の守りを背負うことになるので、それに対して自力対処出来なければならない。


 魔法科の全員が揃い、ネルテ先生や魔人族と協力者も多い。

 今の状況で、その経験をアリアに積ませようとネルテ先生は提案しているのだ。


 アリアとしてはたまったものではないだろうが、こちらも逃げ道を塞がれてしまった。


 話が舞踏会参加にまとまり始め、リリアがその場合の不安を吐露し始めた。


「舞踏会って初めてだけど、ど、どうすればいいの……?」


 リリアの言葉を聞いて、ルドーの胸にも不安が広がる。


 ルドーもリリアも、限界集落の田舎出身だ。

 当然貴族が参加するような舞踏会に出たこともなければ、貴族マナーのまの字も知らない。


 レチマスはこちらの隙を伺おうとしているのだ。

 安易に失態になるような真似は出来ない。


「別に制服でいいんじゃない?」


「そんなわけないでしょ! ドレスコードはきちんとするわよ!」


 面倒くさそうに告げたクロノに、アリアが大声を上げた。


 危険な場に行くことは嫌だが、それはそれとして舞踏会にドレスを着ないことは論外らしい。

 この様子では、アリアはドレスコードで舞踏会に行くことを、頑として譲らない。


 そうとなれば、アリアだけドレスを着せて、他の生徒が制服参加で浮くような真似をするのもよくない。

 一人だけ空気を読めない人物だと思われてしまえば、付け入る隙と見られてしまう。


「……つまり、全員正装参加ってことか?」


 付きつけられた現実に、ルドーは背筋に冷汗が伝う。


 ドレスコード、つまり男子はタキシード、女子はドレス。

 その状態で、エスコートして、更に舞踏会だ、踊らなければならない。


 ルドーもリリアもエレイーネー魔法学校に来てから、戦う訓練が主で、そのようなことは学んでいない。


「エリンジ!」


「なんだ」


「ドレスコードもエスコートもダンスも、何もかもわからねぇ!!!」


 貴族特有の新たな戦場が用意され、ルドーは一応貴族子息であるエリンジに大慌てで縋り付いた。


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