第二百八十五話 東三連諸島の歓迎
すこぶる面倒なことになった。
天然石が埋め込まれた色とりどりの街路を走りながら、ルドーは苛立ちを隠せなかった。
髪でターザンのように移動するカイムと、建物の屋根を伝っていたクロノが叫ぶ。
「離されてんぞ!」
「ルドー、エリンジ、威嚇射撃して速度落として!」
「くっそ、聖剣! リリに当てるなよ!」
『いいからさっさと撃て!』
「でぇい!」
目の前で飛行して逃げていく中型の飛行魔道具に向けて、ルドーは聖剣を振り上げる。
同時に隣を走っていたエリンジが、ガチンとハンマーアックスを鳴らしながら横に振り、ハンマーアックスの頭に虹魔法を纏わせながら射出した。
速度を上げようとしていた飛行魔道具の前方目掛けての攻撃。
虹色に輝き目の前を通過する、回転するハンマーアックスの頭が、飛行魔道具の進路を迷わせる。
バチバチと走った雷が、回避行動を生んで目の前の飛行魔道具が速度を殺す。
速度を落とした飛行魔道具の後ろ荷台に、顔を隠す男たちに抱えられている、気絶したリリアが見えた。
◇
ルドーたちはラグンセンの残党や、ナナニラを探して島を歩いていた。
協力者と思われる島領主のレチマスは確かに怪しい。
だがレチマスが馬鹿正直に領主の館や、管理している公共の建物に匿っているとも考えにくかった。
手掛かりを求めて、ルドーたちはまず島内の聞き込みを始める。
「あの、すみません」
「おや、観光かい? この島の魚介は舌が蕩けるよ」
「逆に言いや、魚介類くらいしか特産物はないけどな」
昼前の港で、魚の仕入れ作業をしていた漁師たちの話をリリアが聞く。
波に揺れる漁船から顔を上げた漁師たちに、リリアが同じように揺れる桟橋から自然に近寄る。
その様子を、ルドーは少し離れた場所から見守っていた。
最初はルドーが聞き込みをしようと、意気揚々と手近な相手に話しかけた。
しかし目つきの悪い三白眼を見るなり、傍で遊んでいた島の子どもたちが、「犯罪者の悪者だ!」と騒いでしまった。
ルドーは飛び上がって慌てて弁明に走る。
一緒にいたリリア、エリンジ、クロノ、アリアの取り成しと、エレイーネーの青い制服もあって、不審者の誤解はすぐに解けた。
逆に子どもたちの保護者に、ルドーは頭を下げられて謝罪される始末。
自分の顔面が聞き込みに向かないと、ルドーは改めて思い知って落ち込む。
人当たりの良いリリアの方が、聞き込みには向いている。
最終的にその結論に達し、ルドーはいつでも応援に駆け付けられる距離を取って、少しどんよりとしながらリリアの聞き込みを聞いていた。
「ルドにぃ、見た目怖いけど優しい人だよ」
よしよしと足を撫でるライアの追い打ちが、ルドーの胸に響く。
その後ろでキャビンに連れられたレイルとロイズも、うんうんと頷く。
ライアもルドーと初めて会った時は、飛び上がって距離を取って怯えていた。
そんな風に思っていたのかと、優しい言葉が逆に深くぐさりとルドーに刺さっていく。
クロノとカイムが堪え切れないように、少し離れた所で後ろを向いて、笑いに肩を震わせていた。
アリアに至っては、指差して腹を抱えて大笑いされる。
エリンジの無表情の困惑顔も、フォローにならないのでルドーには更に効いた。
『兄ちゃん、落ち込んでねぇで。妹戻ってきたぞ』
「しばらくほっといてくれ……」
遠慮なくゲラゲラ笑っていた聖剣に、ルドーは更に項垂れる。
「情報はあったか」
「うぅん、そういう人は見てないって」
戻ってきたリリアにエリンジが声をかけているが、情報の収穫はゼロのようだ。
ついでにサービスしてもらった焼き小魚を、リリアはエリンジの口に突っ込んでいく。
近場を歩いて、生活している島民に話を聞いて、これで既に数件回っていた。
分かっていたことだが、情報はそう簡単には見つからない。
「あの協力してるとかいう野郎のとこ行きゃ、早えんじゃねぇか」
「だからその繋がってる証拠を見つけないと。こっちが逆に掴まるって」
一通り笑いを堪えた後のカイムが言うが、クロノが押さえるようにカイムの頭を引っ張る。
確かにカイムの言う通り、協力者だろうレチマスは怪しい。
だが協力している証拠もなく押しかけたりすれば、通報されるのはルドーたちの方だ。
ただ、怪しいと分かっていて調べない訳にもいかない。
「どうした、何を気にしている」
ルドーがどうやってレチマス近辺を調べようか悩んでいると、エリンジの声が聞こえた。
声の方向にルドーが視線を向けると、エリンジの傍でリリアが悩むように首を傾げている。
「なんか、変な感じするなって」
「変な感じ?」
「違和感? でも、何が引っかかってるのか、よくわからなくて……」
そう言って悩む様子のリリアに、ルドーたちは集まる。
「会話内容がどこか変だったか」
「うぅん、普通の世間話だった」
エリンジの質問に、リリアは悩んで頬に手を当てながら答える。
「何か隠してる感じだったとか?」
「周りを気にしてるような感じじゃなかった」
ルドーも考えながら聞いてみるが、リリアはそう言って首を振る。
なにか隠し事があって、それを誤魔化すような素振りは無かったという。
ただルドーの言葉に、リリアはようやく思い至って声をあげた。
「あ、分かった。みんな同じように笑ってたの」
「笑ってた?」
「うん。今にして思えば、自然な笑い方じゃない。貼り付けたような、誤魔化すような笑い方……」
違和感の正体にたどり着けたが、逆に不安になったようにリリアの顔が曇った。
「みんな一様に変に笑ってるってこと? 気持ち悪いわね」
「アリア、なんでお前付いてきてんだ?」
「別にいいじゃないの! 私を一人にする気なの!?」
感想を述べたアリアにそう声をかけて、ルドーは逆切れされた。
アリアはなぜか、ルドーたちの背後をずっと付いてきていた。
パートナーのフランゲルや、いつも一緒にいたヘルシュとウォポンは今回アリアと別行動。
アルスとキシアも海上捜索の援護に向かってしまっていた。
飛行船酔いが酷いから、海上捜索に向かないのは仕方ない。
だが別にルドーたちとアリアが行動を共にする必要性もなかった。
実際同じように聞き込み班に回ったメロンとイエディとは、とっくに別れてしまっている。
不可解な行動を取るアリアに、エリンジが無表情の眉間に皺を寄せた。
「聞き込みをするなら、各自で離散したほうが効率的だ」
「エリンジくん、わからないなら黙ってるの」
最もな苦言を呈したエリンジに、リリアがスパンと平手打ちを入れた。
ルドーもエリンジに同意見だが、リリアの様子から、どうやらアリアには別の理由があるみたいだ。
言葉に出さなくてよかったと、ルドーは一人安堵する。
「確かにさっきから、島の人たちは普通に暮らしてるけど、声かけると途端にニコニコしてるね」
「ここ来てからなんか気色悪い感じがしてたな、それか」
クロノが話題を戻して、カイムも隣で同意する。
リリアと同様に、クロノも近場で聞き込みをしていた。
ただクロノはリリアと違って、島民からはあまり情報を得られないと判断したようだ。
聞き込みをリリアに任せて、赤い瞳を怪しく光らせ周囲を観察する方向に切り替えていた。
カイムもクロノも、この島に来てから違和感を持っていた。
リリアに指摘されたことで、その違和感の正体に気付けたようだ。
『なんだろうな、色々ときな臭いぜ』
聖剣が面白いとばかりにゲラゲラ笑う。
島民の不可解な行動。
愛想笑いと言われたらそれまでのことでしかない。
だが島民以外の相手に、気付かれないようにするための偽装の可能性も高い。
やはりこの島では、シュミック王族へ報告が上がらない何かがある。
島民まで統制しているとなれば、やはり怪しいのは島領主のレチマスだ。
しかし肝心のレチマスに繋がる、怪しい情報が出てこない。
「ヤシャブはなぜか昼間っから飲んでるしなぁ……」
楽しそうに弾けた聖剣を背に、ルドーは思い起こす。
つい先程、ルドーたちが聞き込みをしようと入った大衆食堂。
そこで同じく探索に来ていたソラウの勇者、ヤシャブと鉢合わせた。
すでに飲んだくれていたのか、酒の入っていた空いたグラスをカウンターに何個か並べた状態で。
「なんで酒飲んでんだよ、捜索するんじゃなかったのか?」
「お子様には、まだ大人のやり方はわかんないか」
ルドーが指差して叫んだが、ヤシャブはそう言ってまた酒を一口煽るだけ。
話を聞いても「今は碌な情報はない」としか言わないので、諦めてその大衆食堂を後にした。
「とにかく何にしても、話を聞いていくしかないよ」
「そうだな。同じこと聞いて回ってれば、焦ってボロが出るかもしれないし」
違和感に気づいたリリアがさらに意気込み、それを見たルドーも同調した。
そうして次の場所に移動して、リリアが聞き込みをしようと島民の方へ歩み出た瞬間――――
――――明らかに賊と思われる集団に、リリアはあっという間に連れ去られてしまったのだ。
『速度が落ちたぞ!』
聖剣の叫びと同時に、リリアに当たらないように放った雷の砲撃が空を切る。
敵陣まで一気に雷速で近寄る雷転斬でも、飛行魔道具で移動している相手では、飛んだ先で既に移動される。
まずは逃走を図る飛行魔道具を何とかしなければ。
次の動きを考えながら、ルドーは叫ぶ。
「エリンジ、転移は!?」
「相手が移動していては、お前の技と同じで無意味だ!」
「要は動き止めればいいわけね、カイム!」
ルドーの横を走りながら、エリンジはガチンと戻って来たハンマーアックスの頭を柄にはめ込む。
エリンジの声を聞いて、クロノが叫んで手を伸ばした。
即座にカイムがその前方にターザンのように移動すれば、クロノは建物の屋根の上で構える。
そのままクロノはカイムの両足目掛けて素早い一撃を加え、ロケットのように射出した。
瓦屋根を吹き飛ばし、恐ろしい衝撃波を発しながら、カイムは一気に飛行魔道具に迫る。
「図体だけがでかくて、歩く災害の足元にも及ばねぇよ! 止まりな!」
カイムの赤褐色の髪が、空中でブワリと四方八方に蜘蛛の巣のように広がる。
軽トラックのような形の飛行魔道具に、大量の髪の毛が一気に絡み付き、周囲の建物や樹木を巻き込んで、ビシリと縫い留められた。
「リリ!」
『正面から突っ込むと喰らうぞ!』
ルドーの咆哮に、聖剣の警告がバチンと重なる。
ルドーとエリンジが即座に飛行魔道具に移動しようと構えたが、荷台から砲撃魔法が飛び始めた。
咄嗟にルドーは腕輪に収納された雷の盾を展開して相殺し、エリンジがハンマーアックスを構えながら正面を防御魔法で防ぐ。
「チッ、動けねぇ。クロノ、援護!」
「はいはい、肩借りるよ!」
拘束した髪をどうにかしようと、荷台にいた賊がルドーとエリンジに迎撃しつつ、カイムを砲撃魔法で狙う。
空中で髪を伸ばして静止したカイムの肩に、クロノが背中から跳び乗って捕まる。
そのまま逆大車輪するように、クロノは身体を大きく回転させた。
蹴り降ろした足から猛烈な突風がドウッと発生し、掃射された砲撃魔法が、そのまま荷台の賊に吹き返された。
「おい、リリがいるんだぞ!」
「当てないようにしてるって! それにこれなら……」
ルドーの抗議に、クロノは平然と叫び返す。
吹き返された砲撃魔法は、呆然と見ていた賊に、ドスドスと次々命中していった。
悲鳴が上がり、賊は荷台の上でバタバタと負傷に倒れていく。
そのままある一点を見つめていたクロノが、カイムを叩いて指で離脱を促した。
「カイム、そのまま髪切り落して!」
「あぁ!? 逃げられちまうぞ!」
「大丈夫だから!」
カイムは一瞬混乱していたが、クロノの言葉を信じ、新しく髪を生やしてザクっと全ての髪を切り落す。
拘束が解けて動き出した飛行魔道具を見て、ルドーが非難の声をあげた。
「待てよ! リリがまだ……!」
「このままだと使えないんだって、一旦全員距離取って!」
ルドーは訳が分からず、クロノの言葉も無視して走り出そうとした。
だが何かに気づいた様子のエリンジに、制服の背中を掴まれて引き留められる。
それに対してもルドーが抗議しようとした瞬間――――
――――ビシャアアアアンと、強烈な雷魔法が飛行魔道具を荷台から襲った。
「リリアの自衛用魔道具……」
『まぁ、使い時ではあるか』
ブスブスと煙を吐く飛行魔道具がよろよろと落下する様を見届けながら、ルドーと聖剣が呟く。
以前旧ランタルテリアのシャーティフで、エリンジのハンマーアックスと共に作ってもらった、リリアの自衛用魔道具。
聖剣の雷魔法を貯蔵させ、万一の時はそれを放出して身を守るためのもの。
古代魔道具の聖剣の雷魔法を貯蔵するので、魔道具の消耗が激しく、使用するほど崩壊が近付く。
劇的な威力を生み出すそれが使われていた。
「なにあれ。今のルドーの雷魔法よね、何をしたの?」
「ちょっと自衛のためのいろいろだよ」
ぜぇはぁとようやく追いかけて来たアリアが、リリアの自衛用魔道具の攻撃を見て目を点にしていた。
説明すると長い上、仕組みがよくわからないルドーは手早く話題を切り上げる。
「エリンジ……いねぇ!」
『安心しろ、今妹回収してるとこだ』
声を掛けようとした無表情の消失にルドーは慌てたが、聖剣が安心させるように弾ける。
パチッと指摘された方をルドーが見れば、エリンジがゆっくりと落下する飛行魔道具の荷台で、リリアを抱えて転移したところだった。
「クロノさん、わざと周囲の人たちが怪我するように攻撃当てたでしょ」
「リリアは怪我人探知で反応するんでしょ? どうせ悪人だし、多少はいいかなって」
ぷくっと頬を膨らませたリリアに、クロノはなんでもないように言い切る。
その横でカイムが呆れたように天を仰いだ。
怪我人の苦しむ声を、リリアは聖女の発達した怪我人探知で把握できる。
どうやらクロノは、カイムに向かった攻撃を全て賊に浴びせて負傷させることで、気絶していたリリアを目覚めさせたようだ。
さらに旧ランタルテリアのストシオンで、クロノはリリアが自衛用魔道具を使用していたのを目撃している。
そこから考えて、ルドーたちで迎撃するより、リリアに自分で対処してもらう方が早いと判断したらしい。
「一歩間違えれば、リリがどんな目に遭ってたか分からないんだぞ!?」
『まぁまぁ、無事だったんだからよ』
クロノに詰め寄るルドーに、聖剣がへらへらと慰める。
無事で済んだからいいものの、俗にそのまま逃げられたり、リリアに跳ね返った攻撃が当たる可能性が高い行動だった。
ルドーの詰問に、クロノはいつもの調子で肩をすくめる。
反省の色はないようだ。
「それより今は、襲ってきた賊の処遇だ」
「うん、それはいいけど。エリンジくん、降ろして」
無表情で本題に入るエリンジに、リリアが真っ赤になって告げる。
エリンジに転移魔法で救出される際、リリアは抱き抱えられたようだ。
そのことに今更気付いて、リリアは恥ずかしそうにもぞもぞと身じろいでいる。
指摘されたエリンジが、無表情のままそっとリリアを下ろした。
「悪い、気付かなかった」
「うん、そうだと思ってた……」
「なによ、そこ。今の私に対する当てつけ?」
エリンジとリリアのやり取りを目撃して、アリアが一気に機嫌が悪くなる。
これ以上面倒ごとの対処をしていられない。
クロノへの追及を諦めたルドーは、賊の目的を探ろうと、ズズンと落下した飛行型魔道具に向き直った。




