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第二百八十三話 世界最高齢の聖女

 

 円陣を組んでごにょごにょと会議を始めた、シュミックの王族たち。

 双子王子に、個人的に(・・・・)と呼び止められたルドーたちエレイーネーは、一体何が始まるのかと、その様子を戦々恐々と眺めていた。


「お前たち、話す内容は先に決めておけと伝えたではないか!」


 一人離れていたハルカンフェリが眉を寄せ、見兼ねたような一喝を叫ぶ。

 すると弾かれたように飛び上がった集団は、それぞれが顔をあげて抗議の声をあげ始めた。


「そうは言っても、ここは第一声が大事な部分でしょう。父上!」


「そうですよ。フランゲルと仲良くしてもらってる同級生たちですよ。失礼がないようにしたいじゃないですか!」


「えぇ……」


 ルドーは思わずうめき声をあげた。


 交互に話される双子王子の言葉。

 その様子から、国家間の更なる問題や面倒事ではない。


 まさかの普通の家族会議だった。


 緊張に張りつめていたルドーたちは、どっと身体の力が抜ける。

 気を張っていたトラストとノースターが、バタッとその場に崩れ落ちる音が聞こえた。


「な、なんだか足の力が……」


「トっ、トラストさん! 気をしっかり!」


 ふらつき始めたトラストを、ビタが両肩を押さえて支える。


『腰抜けちゃった。 (・_・;)』


「あややや! もうちょっと根性見せなさいやよ!」


 ペタンと尻もち付いたノースターの背中を、カゲツがバシバシと叩き始めた。


 ほっと気を抜き始めた周囲を見やって、エリンジが無表情に困惑を貼り付ける。


「どういうことだ」


『そこの王子さんの話を、家族として聞きたいってことだろ』


 呆れた聖剣(レギア)の一言で、エリンジは意味がわからないと首を振って白髪を揺らした。


 どうやらシュミックの王族たちは、フランゲルの動向を気にしていただけのようだ。

 そこで同じ教室の同級生に、フランゲルの普段の様子を聞きたがっていた。


 その第一声をどうするか、悩んで話し合っていただけらしい。


「兄上たち! 俺様は別段問題なく過ごしていると伝えているが!?」


「それがフランゲルには奇跡的になんですよね」


「フォローなく、素で生活出来るなんて夢のようよね」


 フランゲルの抗議に、王妃と愛妾がそう答え、横に並んで揃って頬に手を添える。


 普段のフランゲルの動向はよくご存知のようだ。

 おおよそ家族ぐるみで、フランゲルのフォローに回っているのだろう。


 正妃と愛妾。

 本来なら水と油のような関係だとルドーも思う。


 だが息ぴったりな姉妹のような反応をみるに、この二人は例外にあたるのだろうか。


 冷静に考えれば、正妃と愛妾がギスギスしている家庭環境なら、フランゲルはあんな後先考えないような性格はしていない。

 周囲をそれなりに見てはいるが、顔色を伺い怯えるような慎重さが、フランゲルには垣間見えないのだ。


 つまり、一般的な愛妾のいるギス付いた家庭に、シュミック王家はなぜか該当しない。


「それでフランゲル、恋人を紹介してくれないの?」


 ルドーが考え事をしていると、フランゲルの母と思われる愛妾から、最悪の質問が投げかけられた。


 よりにもよって、アリアがフランゲルに対して冷戦状態にある今、恋人の紹介をシュミック王族は待ち望んでいる。


「母上、もちろんだとも!」


「えーっと、今その話題いっちゃう? まずくない?」


「メロン、声に出てる」


 声を掛けられたフランゲルの元気な返事に、メロンがつい無意識に声をあげ、イエディに裾を何度も引かれている。


 嬉々として顔を輝かせたフランゲルとは対照的に、その場に居る魔法科の温度が急激に下がった。


 しかしシュミック王家はこの空気を敏感に感じ取ったらしい。

 全員から電気が走るような表情が浮かんだ。


 ハルカンフェリ王が悩むように眉間を揉んで、王妃と愛妾、双子王子がそれぞれ顔を見合わせる。


「その前に、恋人との馴れ初め話も聞きたいわね」


「そうね、本人が聞いたら恥ずかしいかも。フランゲル、こっちに」


「母上方がそう言うならば! では聞いてもらおうではないか」


 何もわかっていないフランゲルは、途端に王妃と愛妾に引っ張って行かれた。

 かなり慣れた隔離の仕方に、ルドーたちは顔を引きつらせる。


「ヘルシュくーん?」


「あー、はい……」


 王妃と愛妾がフランゲルを隔離している隙に、事情を聞こうと双子王子が顔なじみのヘルシュの方に近寄って来た。

 これまた慣れた様子のヘルシュは、途端にがっくりと両肩を下げて、ちらりとフランゲルに視線を投げる。


「どういうこと? この間紹介された時は、とてもいい関係に見えたんだけど?」


「そうそう、向こうも顔赤らめてさ。あの子だよね、何があったの?」


 双子王子はそう言って、以前フランゲルに恋人として紹介されていたアリアの方を見つめる。


 視線に気づいたアリアは気まずそうにしながらも、楽しそうに王妃と愛妾に話すフランゲルを見つめた後、ぷいっと顔を背けていた。


 アリアの様子を見た双子王子は、明らかに何かあっただろうと含みのある顔でヘルシュを眺める。

 黙ることは許されないと悟ったヘルシュは、仕方ないとばかりに口を開いた。


「えーとですね、アリアさんが気にしている体型について、フランゲルが気付かず地雷を踏んで怒らせてしまっておりまして」


「あー……」


 ヘルシュの端的な説明を聞いた双子王子は、揃って顔を曇らせる。


 確かにアリアとフランゲルは、双子王子に紹介されていたウガラシの時点では、まだかなり良好な関係だった。


 ただストシオンで洗脳魔法下にいたとはいえ、フランゲルは胸が小さいことを気にしているアリア本人の前で、他の相手に胸を揉ませろと発言。


 恋人関係にあるのに他の相手に目移りされたせいで、アリアはプライドが傷つけられた。

 しかもアリアが地味に気にしていた、女性としての体型が原因で。


 そこから次第にアリアはぎくしゃくし始めて、今ではこうやって完全に距離を取ってしまっている。


 フランゲルがそれに気付いて、土下座でもすればまだ事態は丸く収まったのだろう。

 だがここに至るまで、フランゲルが気付いていないのが問題だった。


「嫌われるまでは行ってないと思いますよ。ただ何が問題か気付けてないから、こじれてるだけで」


「そうですわ。アリアさんもあれでフランゲルさんのこと、かなり気にして寂しそうにしてますから」


 ヘルシュの後ろにそっと寄って行ったアルスとキシアも、さらに説明に加わる。


 フランゲルたちから離れて一人行動が増えたアリアを、受け入れていたのがアルスとキシアだ。

 その経緯からアルスとキシアは、アリアのことを注意深く見ていた。


 実際二人の指摘通り、アリアは時折フランゲルの方に寂しそうな視線を向けている。


「……なぁ、話の内容がそれなら、先に離脱して捜索に行っていいかよ」


「空気読みなよ、カイム」


「いてっ、何すんだよ」


 低い声で唸り始めたカイムの頭を、クロノがべしっと小さく叩いた。


 わざわざ引き留められてなにか大事な話をされるかと思っていたら、まさかのフランゲルの家族会議。

 フランゲルとそれほど親しくしてもいなければ、シュミックの王家ともそこまで接点がない。


 魔人族はカイムをはじめとして、ボンブ、アーゲスト、キャビンも、微妙な表情を浮かべ始めていた。


 カプセルの問題がある以上、魔人族としては一刻も早く捕まっている同胞は救出したい。

 そんなカイムたちの心情は、少し焦りを見せる顔からルドーも伺い知ることが出来る。


 三つ子も話がよく分からないと、後ろの方で退屈そうに、カイムの赤褐色の長髪を弄り倒して遊び始めていた。


「そちらは副題じゃから、あとにせぇと言いはったじゃろが。何故本題を先に言わん」


 しゃがれた声が聞こえて、ルドーたちは謁見の間の入り口を振り返る。


 カツンカツンと、杖をついた初老の女性が、皺が刻まれた厳しい表情でこちらに歩いて入ってきたところだった。

 初老女性の登場に、目にしたフランゲルもビシッと表情が固まり、シュミックの王族が一斉に姿勢を正す。


 ハルカンフェリさえ緊張した面持ちに変わった。

 この初老女性は、シュミックの国王さえもひるませる立場の人間なのか。


「ムギ、お変わりなさそうでなにより」


「変わりないものか。見てみぃ、杖なしじゃ歩くのもままならんわ」


 ケラケラ笑ったネルテ先生が手を上げて軽く挨拶すれば、初老女性は忌々しそうに杖をカツカツと地面に叩く。

 そのままネルテ先生は、笑いながら振り返って初老女性に手をかざす。


「みんな、こちらがシュミックの聖女、ムギさんだよ」


「あっ、世界最高齢の大ベテラン聖女様!?」


「最高齢は余計じゃ!」


「ごごごごめんなさい!」


 トラストがあっと上げた声に、初老女性、ムギが杖を振り上げて、慌てて謝罪に頭を下げている。


 そういえばとルドーも思い出した。

 あれはいつだったか、リリアとアリアも含めた各国聖女が同時に誘拐された時。

 唯一攫いに来た組織の手先を返り討ちにして、撃退したのがこのシュミックの聖女だったはずだ。


 リリアとアリアの捜索の際、フランゲルがやたらとババアと言いかけては、言い直していた相手でもある。


 撃退の際にぎっくり腰になったとルドーは聞いたと思うが、あの杖はその時の後遺症なのだろうか。


「さっき副題って聞こえたけど、本命は別の話だったりしますかい?」


「その通りじゃ。おんしら魔人族を連れて来いと命じたんはわしだでの」


 アーゲストが一歩前に出て問いかければ、ムギは抑揚にそう答えた。


 魔人族はエレイーネーへの協力要請の際、交換条件として協力することを申し出た側。

 つまりエレイーネーが主導的に働きかけた話のはずだ。


 ただムギの言う通り、まだ幼い三つ子も連れて来いと、なぜか招待状も受け取っている。


 てっきりフランゲルの報告を聞いたシュミック側の手違いかと、ルドーは思っていた。

 だがムギの様子から、そういうわけではないらしい。


 三つ子に対して、何かしら行動を仕掛けてきていたということだ。


 キャビンがそっと三つ子を引き寄せ、カイムが警戒するように赤褐色の髪を揺らす。

 アーゲストとボンブからピリつく空気が流れてきた。


 ルドーはどう判断すべきかと、聖剣(レギア)に手を掛けたまま、エリンジとリリアに目配せした。


「そういうんじゃないと思うから、みんなそんな殺気立たないでよ」


 空気が重くなり始めた魔人族に向かって、クロノが手を振って取り成す。

 途端にカイムが不機嫌そうにクロノに噛み付いた。


「あぁ!? チビどもをわざわざ呼び付けたようなやつがか!?」」


「シュミックの聖女は色々有名なんだよ。多分単純に数合わせで呼んだだけ」


「数合わせ……?」


 カイムに対するクロノの説明に、ルドーが逆に困惑して声を上げる。

 すると目配せしていたエリンジとリリアから、またかというような呆れた視線を向けられた。


 ルドーは何となく察する。

 この反応は、学習本に載っているはずの、勉強していて当然の知識が出たパターンだ。


「シュミックの聖女さんは、占いが高度なんです」


「占い?」


 見兼ねたトラストの発言に、ルドーは怪訝に首をひねる。

 だが話を聞いていて思い出したかのように、メロンがブンブン両手を振り回し始めた。


「あっ、聞いたことある! 魔法よりも曖昧だから、素人がやると当たり外れ激しいって!」


「でも、シュミックの聖女は、当たりが正確で凄まじい」


 メロンに続いて、イエディも補足した。


「本来なら占いはかなり曖昧だ。信用するに値しない」


「でもシュミックの聖女さんの占いは、長年の聖女経験で培った感覚が違うせいか、探知魔法よりよく当たるって話なの」


 無表情のまま話し始めたエリンジに、リリアが被せる。


 話を聞いていくうちに、ルドーもだんだん納得し始めた。


 この世界にも占いがあることは、ジュエリのリンソウでおみくじのようなものを見ていたので、ルドーも理解していた。

 本来は曖昧で、この世界でも当たればいいかな程度のものでしかない。


 だがシュミックの聖女、ムギが行う占いだけは別という話だ。


「確かに強力な占いですやが、商売とかには向かないタイプなんですやよ」


『そうなんだ( ˘•ω•˘ )』


「商売にも使えるようになれば、確実に売れますでしょうやに。勿体ないですや」


 残念そうに首を振るカゲツに、ノースターがよくわからなそうに魔法文字を浮かべる。


 犯罪組織は行動を探られないように、最初から探知魔法で認識できなくなる妨害魔法を張り巡らせる。

 長年の聖女としての経験と勘が研ぎ澄まされたムギは、聖女の魔力にそれらが作用して、占いによって探知魔法以上の効力を発揮するという。


 確かに聖女誘拐騒動の時、フランゲルが持ち込んだシュミック聖女お墨付きの情報は、どれも正確に誘拐されたリリアとアリアの居場所を探り当てていた。


 根拠はなにもないものだが、手段がない状況だからこそ、その効力が凄まじくなる。

 確かにカゲツの言う通り、商売向きの占いではなかった。


 ネルテ先生がニカッと笑いながら、ムギの方に振り返る。


「それで魔人族の人たちを占って、カプセルの場所を絞ろうと?」


「あくまで憶測だがの。占いは一人に対して一日一回、正確な場所までは一人では把握できん」


「それで占いの数を増やすために三つ子も連れて来いって……」


 ムギの言葉に、アーゲストが放心したように呟く。

 カイムとボンブが気まずく顔を背け、キャビンがほっとして肩の力を抜いた。


「すみません。早とちりをしてご不快な真似を」


「いいわい、いいわい。当然の警戒じゃ、むしろ感心するわ」


 頭を下げたアーゲストに、ムギはそう言って不敵に笑った。

 バツの悪そうな魔人族をよそに、ムギは徐にフランゲルを杖で指す。


「見んかい、あの無警戒のアホ面を。バカだ可愛いと甘やかして、能はあるのに肝心のおつむがポンコツじゃ」


「ババア! また俺様を馬鹿にしたな!?」


「誰に向かって生意気な口を聞くか!」


 フランゲルが憤慨した瞬間、ムギが恐ろしい速さで腕を動かした。

 途端にフランゲルは風もないのに吹っ飛んで、ガシャンと窓から投げ出された。


 落下していくフランゲルの情けない声が遠ざかって行く。


 シュミックの王族が一斉に身を正し、ハルカンフェリに至っては身震いしていた。

 様子を見ていた聖剣(レギア)が、心底楽しそうにパチパチ弾ける。


『わお、豪快なばあちゃんだな』


「現国王の教育係だった人ですよ、言葉にはお気を付けを」


「マジかよ……」


 ひそひそ耳打ちしてきたトラストに、ルドーはつい声を漏らした。


 シュミック王族の教育係。

 ムギの見た目からの年齢ならば、この場にいる王族全員を教育していてもおかしくない。


 どうりでシュミックの王族が、ムギの登場と共に急に身を正したはずだ。


「ね、ねぇ。あれ、大丈夫……?」


「あの程度でくたばるような鍛え方はしとらん。まぁ、それでも学習はせん。馬鹿に付ける薬はないがの」


 落下していったフランゲルを見て身をすくめていたアリアに、ムギは溜息を吐きながらも微笑んだ。


「お嬢さん、文句は直接言いなはれ。あれはアホじゃ、言われんと気付かん」


「そ、そう……」


 ムギにそう言われたアリアは、心配そうにしながら、何か身に覚えのある神妙な表情を浮かべる。


 アリアはフランゲルに、自分が機嫌が悪いと、その原因に気づいて謝ってほしいと距離をとっていた。

 しかしそれでは、フランゲルはなにが悪かったのかどころか、悪いことをしていたことにすら気付けない。


 確かにフランゲル相手に察してくれと動くのは、いささか難易度が高いとルドーもムギに言われて思い至った。


 このムギのアドバイスで、アリアとフランゲルも関係性がマシになればいいのだが。


「そいじゃ占いをさせてもらおうかの。よろしいかえ?」


「むしろこちらかお願いいたしますよ」


 コツコツと杖を突いて近付いてきたムギに、アーゲストもそう言って近寄る。


「占い?」


「何それ?」


「やっていいの?」


「チビども、先に挨拶だろが」


「「「こんにちわぁ!」」」


 カイムの背後に集まり始めた三つ子が声をあげ、カイムの叱責で名前を叫び始める。

 微笑ましそうにムギが見つめながら、魔人族に対して占いが行われ始めた。


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