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第二百八十二話 謁見の間の無礼講

 


「集まり感謝しようぞ。無礼講故、皆寛いでくれたまえ!」


 謁見の間に響いた声に、ルドーたちは緊張を張り詰めていた。


 バナスコスもソラウから来た使者も、無礼講だと聞かされていたと話していた。

 なのにこの玉座には、シュミックの王族が勢ぞろいしていたのだ。


 大声を張り上げたのは、シュミックの現国王、ハルカンフェリ・ラプックス・シュミック。


 日に焼かれた浅黒肌の大柄な体格に、フランゲルと同じ赤毛に深海色の瞳。

 緑の上等な布地に、金装飾をこれでもかと施し、真っ赤な斜め掛けマントを背負っている。


 この親にしてフランゲルありというような、とても良く似ている豪快に笑う男だった。


 一方で、ハルカンフェリの隣に静かに佇んでいるのは、フランゲルの異母である王妃と思われる。


 桃染色のさらりとした長髪が腰にまでかかり、陶器のように白い肌に、紅桃色の瞳が、垂れ目なのに凛とした空気を醸し出していた。

 隣の国王とは違って金装飾は施されていないが、それでも質のいい、丁寧な刺繍が施されたドレスを身に纏っている。


 王妃の脇には、ウガラシで見かけたフランゲルの異母兄の双子王子。


 一人は薄花色のさらりとした短髪に、深海色の瞳、白地に金装飾と絢爛な服。

 もう一人は聴色のさらりとした短髪、深海色の垂れ目に、黒地に金装飾の絢爛な服。


 よく似た容姿はどちらが兄でどちらが弟か、まだルドーには区別がつかない。


 そして一番離れた後ろにいるのが、フランゲルの母親の愛妾だろうか。


 淡紅色の緩やかな髪に、真朱色の瞳、ほんわかした空気が漂う女性だ。

 ふわふわとしたフリルの施された薄紅色のドレスは、経産婦とは思えない、みずみずしく若々しい、幸せに満ちた少女の印象を抱いた。


「なんで王族が全部出張ってきてるんだよ……」


「うぅ、もっとちゃんとした身だしなみで来ればよかった……」


『あんま声出すと聞こえちまうぜ』


 ルドーとリリアの愚痴に、聖剣(レギア)がくつくつ笑いながら弾ける。


 無礼講と言われても、こうも王族が勢ぞろいされては、気が緩まるはずもない。


 その場に居る使用人の方が、王族よりも人数の少ない異常事態。

 ルドーは他の魔法科の生徒と同様に、無言のままどうすればいいかと互いに顔を見合わせていた。


「まずはお互いを紹介させていただいてもよろしいでしょうか?」


 王妃と思われる女性から、凛とした声が響く。


 王族であるならば、名を名乗れと命令を下しても問題はないはずなのに。

 わざわざ確認をとる当たり、ルドーたちエレイーネー含むこちら側にかなり譲歩している姿勢だ。


「こっちは構わねぇぜ」


「問題ないさね」


 王妃の問いかけに、ソラウからの使者とバナスコスが返す。


 謁見の間は、玉座に集まる王族と対面するように、ルドーたちエレイーネー組と、ラモジとバナスコス率いるシマスムーワ団、そしてソラウからの使者と、それぞれで固まって集まっていた。


「まずはそちらのエレイーネーの方から。彼らはアシュでの功績や、シュミック第三王子で勇者のフランゲルが在籍していることもあり、シュミックから協力申請をさせていただいております」


「そういう訳だから、よろしく頼んだよ」


 手を挙げて指示した王妃からの紹介に、ネルテ先生が笑って答えている。

 振り返ったネルテ先生の視線を合図に、ルドーたちも慌ててバラバラに頭を下げた。


「エレイーネーでも学生でもない奴も混じってるようだが、ちょっと前に話題だった魔人族か?」


 ソラウからの使者が、アーゲストとボンブ、そしてキャビンと三つ子を興味深くじろりと眺めて若草を咥える。


 狐目長身のアーゲストはともかく、狼男の姿のボンブと、頭がジャージー牛のキャビン、褐色肌の三つ子は、この集団ではかなり目立っていた。

 エレイーネーの制服を羽織っているカイムも、ソラウからの使者に対して、睨み返すような鋭い視線を送る。


 それに対してネルテ先生はニカッと笑い、王妃に向かって視線を送り、頷かれたのを確認してから振り返った。


「あぁ、中央魔森林に住む魔人族たちだ。今回はカプセルも絡んでるからね。被害者筆頭の彼らも協力することを条件に、申請受理したんだ」


「なるほどねぇ」


 含みのある一言を最後に、ソラウからの使者は薄く笑みを浮かべて押し黙った。


 ソラウの使者の反応に、アーゲストは狐目のまま笑みを絶やさず、ボンブは腕組みをして狼の鼻を鳴らしている。


 人間のマフィアによって同胞を攫われ、売られた魔道具製造施設を襲撃して回っていた魔人族は、時間が経過した今でも印象は強い。


 エレイーネーがマフィアを壊滅させ、カイムを引き入れたことで真相は公表された。

 だが魔の森最大手である中央魔森林で暮らし、見た目も目立つほど奇抜な魔人族は、猜疑的な視線が森の外では根強い。


 この男も魔人族に対して、どう立ち回るべきか値踏みしているといったところか。


「今疑問を上げた男が、ヤシャブ。ソラウの勇者だ」


 帽子の鍔を指で持ち上げる男がソラウの勇者ときいて、ルドーは無言で目を見張った。

 勇者の立場であるフランゲルとヘルシュも、同じように驚いたのか身じろぐ音が聞こえる。


「今回はソラウからの協力申請だったが、貴殿一人か?」


「情けねぇもんだよ。こっちは大勢派遣すべきだって進言したのに、それで国が手薄になったところに、歌姫が現れたらどうすると来たもんだ」


 王妃に紹介された男、ヤシャブは、帽子を取って軽く頭を下げた後、また被り直して片手で頭を抱えた。


「コロバはアシュの元市長で、ナナニラはまだ現行のソラウの聖女だ。国の恥を野放しにしてんのに、ソラウの奴らは、まだ見つからない歌姫のことで頭がいっぱいなのさ」


 自嘲気味にヤシャブはへらりと笑って若草を咥える。


 ソラウは歌姫派閥が相変わらず根強いようだ。

 パシフローで歌姫候補選考があったことも記憶に新しいが、結局候補の中に歌姫はいなかったという結果に、未だ躍起になって歌姫を探している。


 肝心の正体を隠した歌姫、クロノはすぐそこで素知らぬ顔して佇んでいるのに。


「まぁ俺としちゃ、勇者と対を成す聖女の失態だ。コロバの奴も元々いけすかねぇし、とっ捕まえてきつーい灸据える許可もらえりゃ、上々ってもんよ」


 だからソラウから強引に許可は貰ってきたと、ヤシャブは締めくくった。


 コロバとナナニラとは、同じソラウ国同士の間柄。

 政治界にいたコロバと、聖女であったナナニラとは、ヤシャブも少なくない付き合いの間柄であったことはルドーにも予想がつく。


 ソラウの王族に色々進言したり、協力申請の許可をもぎ取って来たり。

 歌姫にそっちのけのソラウ国内より、ヤシャブ本人はかなり現実を見て動ける人物のようだ。


 微妙に重くなった空気を打ち切るように、王妃はまた手をあげて別の集団を指し示す。


「そしてそちらは、シマスからの申請で来たムーワ団の方々だ」


「団長のラモジ、こちらは副団長のバナスコスだ」


「ま、ほどほどにねー」


 丁寧に頭を下げたラモジとは対照的に、バナスコスはヘラヘラ笑って軽快に手を振る。

 後ろの団員たちの呆れ声と同時に、バナスコスはラモジから軽く背中を叩かれていた。


「もしコロバとナナニラとっ捕まえたら、引き渡す前にいっちゃんボコボコに伸しちゃうかもだけんど。まぁ大目に見てくんろ」


「いいなそれ、こっちも採用するか」


 バナスコスの軽口に、ヤシャブがニヤリと笑って返す。


 ルドーたちエレイーネーが捕まえないと、コロバとナナニラの個別鉄槌が確定してしまったわけだ。

 シュミックの王族たちは無礼講と宣言した手前、平然と聞かなかった振りをしていた。


「それでは自己紹介も一通り済んだので、これから本題に入ろう」


 ハルカンフェリが、よく通る大きな声で話題を変えた。


「今回、ナナニラが頻繁に目撃されるようになったのは、シュミック南東の東三連諸島だ」


 説明を始めたハルカンフェリの背後で、シュミックの詳しい地図が投影魔法で映し出された。


 そこにはシュミックの大小さまざまな島が並ぶ中、右下に位置する三つの小さな島が拡大されている。


「コロバの目撃は今のところないが、外套などで身を隠したナナニラが、この三連諸島で目撃されたのは間違いない」


「その時点で捕まえられなかったのか?」


「当然尾行はしたが、問題はナナニラ単独ではなかった点だ」


 ヤシャブの疑問に対して、ハルカンフェリは険しい表情を浮かべた。


「協力者がいる」


 ハルカンフェリはそう言って、次に男の映像が投影魔法で映し出された。


 彫りが深く濃い顔をした、髭面の男性。

 証明写真のように真正面を向いた男の映像からは、悪人か善人かの判断はルドーには伺い知れなかった。


「この東三連諸島の島領主、ルーサル・レチマス。この男がシュミックで認可されていない、非合法の転移門を作っている可能性が浮上したのだ」


「非合法の転移門……それで転移されて逃げられたと」


「海の上の建物ごと破壊された為、証拠も海の藻屑となって調べようもないがな」


 ラモジの指摘に、ハルカンフェリは首を振って答えた。


「レマチスは元々、飛行船以外にも島間の物資運搬の方法を模索しようと、転移門の研究をしていたのだ」


「なるほどねぇ、利用される土壌はあるわけか」


 説明を聞いたバナスコスが、指をくるくる回しながら顔を顰める。


「ナナニラが目撃された。これはシュミックを見回る私兵複数からの報告で、間違えようがない。問題は、協力者と思われるレチマスとの繋がりは、現時点で何もないということだ」


『状況的には怪しいが、引っ張るだけの証拠も残されてねぇってか。面白くなってきたじゃねぇか』


 話を聞いていた聖剣(レギア)が、楽しそうにパチパチ弾け始める。

 ヤシャブが剣が喋り始めたと気付いて、一瞬ルドーの方に驚きの視線を送った。


「さらに厄介な情報も報告されております」


 ハルカンフェリの隣で、王妃がまた話し始めた。


「ランタルテリアのストシオンから逃れたラグンセン。その残党が、シュミックに複数流れ込んできたと」


「なんだって?」


 王妃の話に、ネルテ先生が鋭い声をあげた。


 ラグンセン。

 かつて魔人族を人攫いしていた、鉄線から波及した新しいマフィア組織。


 統合した旧ランタルテリアを根城にし、グルアテリアとの式典で、古代魔道具の王者の冠を使って、ランタルテリアとグルアテリア双方を洗脳魔法で支配しようとした組織だ。


 ストシオンで王者の冠は破壊され、直後に現れた女神深教の縁祈願(ゆかりきがん)によって、ラグンセンのドンは蒸発して消し飛ばされた。

 更に降臨した女神によって、ストシオンは見る影もなく吹き飛ばされたわけだ。


 だが制圧する前に逃げたラグンセンの残党がどうなったか、ルドーは把握できていない。


「その残党って、エリンジが前に戦った奴や、あの斬撃を転移魔法で飛ばしてくる奴らとかか?」


 ルドーが低い声でそう呟いてエリンジの方を見れば、無表情に皺が刻まれていた。


 ストシオンで、ラグンセンのドンは確かに消し飛ばされた。

 女神深教の祈願持ちたちを対処しようと現れたエレイーネー勢。

 その一人のターチス先生が、住民を転移魔法で避難させた。


 だが制圧しきれていない、鉄線時代の幹部だったラグンセンの残党は、その後がエレイーネーにもよくわかっていなかった。


 ストシオンの消滅に巻き込まれた可能性が高かったため、捜索も困難だったのだ。

 だがもしターチス先生が転移魔法を使う前に離脱されていたら。


 そこからシュミックに流れ着いていても不思議ではない。

 寧ろ辻褄が合う話だった。


 ネルテ先生も険しい顔に変わり、ハルカンフェリに問い直す。


「その残党が、協力者であるレチマスのところに潜伏していると?」


「可能性は高い。だが、決定的な証拠は何一つ存在しない」


「なーるほど、それでわざわざ無礼講で顔合わせたってことか」


 話を聞いて、ヤシャブが納得したように肩を上げた。


 シュミックとしては、国内で犯罪を働いたわけではないコロバとナナニラ相手では、国際指名手配されていても、大々的には動けない。


 シマスとソラウからの協力依頼も寛容に受けたのは、シュミックだけではどうにもならない事情も、当該国なら動く理由に繋がるからだった。


 エレイーネーに依頼したのも、第三王子のフランゲルを主体にすることで、万一があってもシュミックとして動けるようにするため。


 相手国や中立機関に許可を出すことで、シュミックとしての体裁も保ち、コロバとナナニラの捜索に繋げる。

 そしてシュミック単体では動きにくい相手にも、許可を受けた外部者としてなら、疑うことにも正当性がある。


 無礼講だからこそ、ただの顔合わせに留め、この情報渡しを公式に書類を残さないようにする采配だ。


「ならやるとすれば、そのレチマスとやらの周辺を探るってとこかね」


 バナスコスがへっと笑い飛ばしながら結論を下す。


「レチマスのところでナナニラがいたら泳がせて、違法転移門やラグンセンの残党の情報を手に入れるってことか」


 得心を得た様子のヤシャブやムーワ団を眺めながら、ルドーは話をまとめる。


 コロバの居場所は、目撃情報がないのでまだわからない。

 シマスの魔力増幅魔法薬の事件の時のように、何処かに潜って潜伏している可能性が高いだろう。


 そうなれば、実行役で動き回っているナナニラさえ押さえれば、情報は芋づる式に繋がる。


「転移門を研究している領なら、秘密裏に違法転移門があっても不思議ではない。その違法転移門を通って、ラグンセンやナナニラが出入りしていると考えるのが筋、ってことか」


「実際にナナニラが目撃され、転移門が使われたと思われるならね」


 どう動くべきか考え始めたラモジのまとめに、ネルテ先生が補強する。


 レチマスで目撃された、だけではそこで調べるのも確かにまだ弱い。

 目撃されたならもう逃げたのでは、と考えるのが自然でもある。


 だが複数の目撃情報と、違法とみられる転移門の情報。


 さらにレチマスが怪しまれる根拠があった。


「ラグンセンの残党が流れたと思われるのも、レチマスの領島だ」


 ハルカンフェリのよく通る声に、全員が視線を集中させる。


「ここのところ、レチマスは妙に羽振りがいい。だが税収が上がったり、研究が実ったといった報告は受けていない」


「出所の分からない金の流れがあるってか。確かにそれは怪しいねぇ」


 説明を続けたハルカンフェリに、ヤシャブが首を傾げた。


 怪しい情報が、レチマスに集中し始めていた。

 だがあくまで状況証拠、確定的な情報が入ったわけではない。


 シュミックとして動くならば、時間をかけた調査が必要になる。


 だが今までそれで後手に回り、甚大な被害を出し続けてきたコロバとナナニラ、そしてラグンセンの残党もいるのだ。


 時間をかければかける程悪手になるのは確かだった。


「我々から話せる情報はここまでです、あとは皆さんの采配に委ねます」


 王妃の号令で、ヤシャブとムーワ団が動き出す。


「そんじゃやりますかね」


 若草を咥えたまま帽子の鍔を握り、トレンチコートを翻して、ヤシャブは颯爽と一足先に立ち去る。


「うちらはどこから行こうか、ラモジ」


正義(ジャスティス)! まずは地形把握だ、ついでに見回りも兼ねよう。全員出るぞ!」


 イヒヒとだみ声で笑うバナスコスと団員たちが、ラモジ団長に続いていく。


 その様子を見届けたネルテ先生が、全員に振り返って号令をかけ始めた。


「それじゃ、こっちも各自調査とする。調査の行動は――――」


「あっ、エレイーネーのみなさんは、ちょっと個人的に(・・・・)話したいことがあるんで残ってください」


 意気揚々と行動に移そうとしていたルドーたちは、双子王子の命令で、やむなく中断された。


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