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第二百八十一話 再会のムーワ団

 

 ルドーたちは王宮に向かって、整列された衛兵たちの並びの前を通って、城内へと向かう。


 上空に浮かぶ浮遊城のせいか、心なしか地面が上下にふわふわと揺れている気がした。

 しかしそんな揺れにも、城の住民は慣れ切っている。

 直立不動のまま、交わした旗をさっと持ち上げて、先頭を歩くフランゲルに道を作っていた。


 大きく厳かな正面の扉がガコンと開かれて、赤い絨毯が敷かれた階段を上がり、城の中へと続々と入って行く。


 派手なシャンデリアが置かれた天井、大理石の装飾床と、年代を感じさせる装飾柱が並ぶエントランス。

 壁際に立ち並ぶ使用人たちが一斉に頭を下げる。


「アリア、もう体調は大丈夫なのか?」


 最後尾を歩くアリアと、様子を心配していたリリアが並んで歩いている姿に、ルドーは声を掛ける。


「船酔いが酷いだけだもの。降りれば平気よ」


 ルドーの心配の声に対し、アリアは平気そうな顔で応えた。


 言われてみれば、確かにアリアの顔色も船に乗っていた時よりマシになっている。

 アリアは自分の足でしっかり立って歩けているし、城の浮遊感もあまり問題ではないようだ。


 となるとアリアは、やはり飛行船に乗ることだけが体質的に苦手ということだろう。


 先導するが故に先頭を歩くフランゲルが、最後尾のアリアを心配してか、チラチラ視線を投げ寄越している。


 対してアリアの距離を置く対応は継続中のようで、尽く視線を合わせようとしていなかった。

 ただアリアはフランゲルのことは気にしているようだ。

 気まずそうに視線をそらしては、もぞもぞ動くのを繰り返している。


 ルドーは先程のフランゲルの気遣いを話そうか迷った。

 だがアリアの機嫌を悪くさせるのは、船酔いの後では良くないかと思って、結局ルドーは話すことをやめてしまった。


「さっきは悪かったわね。回復魔法使おうとしてくれたのに、止めちゃって」


 フランゲルの視線を誤魔化そうとしたのか、アリアはリリアに対して船の中での行動を謝罪し始めた。


「えっ、アリアさんって謝れたんだ」


「私のことなんだと思ってるのよ!」


 謝罪されると思っていなかったリリアが、本心から驚きの表情を見せた。

 流石にアリアも理不尽に苛立って声を荒げる。


『今までの言動が言動だろ』


「だから! 前期の黒歴史は忘れなさいよ!」


 クツクツ笑い始めた聖剣(レギア)に、アリアは顔を真っ赤にして声を荒げる。


 前期の勇者聖女症候群、所謂転生者の厨二病状態。

 この世界を、転生した乙女ゲームだと思って好き勝手やっていたアリアは、前期の動きがとてもひどかった。

 そのことはアリアにとって酷い黒歴史と化していて、あまり話題にされたくない様子だった。


 話題にされたくないとわかっていて、聖剣(レギア)は指摘して遊んでいる。


「まぁ、大丈夫ならいいけど」


「うん、私も謝ってもらえると思ってやってないよ」


 からかう聖剣(レギア)を遮って、ルドーはリリアと一緒にとりなした。


「なによ、素直に謝った私がバカみたいじゃないの……」


 アリアは不満そうな声をあげて、歩く足元をじっと見つめ始めた。


「まぁまぁ、前と違ってちゃんと謝れるのはいいことだと思うよ」


「そうですわよ」


 ルドーのすぐ前を歩いていたアルスとキシアが、話を聞いていたようで、振り返って歩きながら微笑む。


「ルドーさんとリリアさんは、打算なく人を助ける人ですから。二人ともそこは気にかけてないだけですわ」


「確かになにか裏を考えて助けてるわけじゃないけど……」


「面と言われるとね……」


 突然のキシアの称賛に、ルドーはリリアと揃って気恥ずかしく目線を彷徨わせる。


「腑に落ちないわ……」


 それでも納得できないのか、アリアは俯いたまま、ブツブツ文句を言い続けた。


 エントランスから案内された厳かな、赤い絨毯で足音が消える廊下を、話しながらルドーたちは進む。


「お城!」


「すっごーい!」


「おもしろーい!」


 先頭を歩く三つ子の、キャイキャイはしゃぐ声が響く。


 すると歩いていたルドーは、唐突に背中に何か刃物を押し当てられる感触が走って足を止めた。

 ヒッと小さくリリアとアリアが横で悲鳴をあげて止まる。


「お兄ちゃん!」


 リリアとアリアの異様な空気を察して、その場の全員が振り返る。

 そこには背後からハルバートを背中に付きつけられ、動けなくなっているルドーの姿があった。


 フルフェイスヘルメットに防弾ジャケットを着た女性が、ハルバードを手にしている。


「ルドー!」


 先頭の方で歩いていたネルテ先生が構えながら叫ぶと同時に、全員が一斉に振り返った。


「なんだあいつは!」


 すぐさまエリンジがハンマーアックスを構えて目を細める。

 キャビンとクロノが三つ子を抱えて、ボンブとアーゲストが前に出た。


 通路に一瞬、ピリついた緊張が走った。


「……あ?」


 赤褐色の髪を刃に変えていたカイムが、怪訝な声をあげた。

 それと同時に、エリンジも何かに気づいてハンマーアックスを静かに降ろす。


「あ、なんだ。みんな、大丈夫大丈夫」


 アルスも目を大きくした後、振り返りつつ手を振って、他の構えていた全員に問題ないことを伝えはじめた。


「動くんじゃないよ、下手に動くと真っ二つだ」


「……冗談キツイって、バナスコス」


 背後から発せられた聞き覚えのあるダミ声に、ルドーは溜息を吐きながら億劫に返す。


 あわあわと慌てるリリアを片手で制して、ルドーは振り返った。


 見覚えのあるフルフェイスヘルメットを脱いで現れる、健康的な小麦肌と、少しはねた灰緑のショートボブ。


 ヘルメットを小脇に抱え、ハルバードを引き上げた、ムーワ団副団長のバナスコスが、蜜柑色の垂れ目に怪しげな笑みを浮かべていた。


 敵に対してなら、聖剣(レギア)がすぐに反応して警告する。

 しかしその聖剣(レギア)が全く反応せず、クバヘクソで似たような経験があったルドーは、最初からムーワ団だと察しがついていたのだ。


 実際聖剣(レギア)は楽しむように、小さくクツクツ笑っている。


 同じように一足先にムーワ団だと気付いたエリンジ、カイム、アルスも警戒を解き、質の悪い冗談だと気付いたのだ。


 ルドーの背中をバシバシと叩くバナスコスを見て、周囲も警戒の表情を解いた。


「ちぇー、なんだい。悲鳴の一つでもあげて飛び上がっちまえばいいのに。相変わらず良い子ちゃんで可愛くないねぇ」


 そのまま豪快にドスッと肩を組まれ、のしかかってくるバナスコス。

 わざとかけられる体重の重みに、ルドーはうっと足を踏ん張った。


「船からムーワ団の飛行魔道具が見えてたんだよ」


「ありゃま。第三王子の趣味が悪い金ピカ船が飛んでたけど、乗ってたのあんたたちかい」


 どうやら話から聞くに、フランゲルの飛行船は、第三王子所有物のようだ。

 バナスコス含むムーワ団からの評価も辛口なのを見るに、どうやらフランゲルの趣味はかなり成金に偏っている。


 怪訝なまま立ち往生し始めた全員に、ネルテ先生がパンパンと手を鳴らし、無言で親指を後ろに指差して、先に進むよう促す。


「なんかあったら声掛けなって伝えたのに。シマスで魔法薬騒動があったとき、声掛けてこなかったじゃないか。薄情もんだねぇ」


 ぞろぞろと歩き始めた魔法科をそのままに、バナスコスはジト目で顔を近づけ、グニグニと指でルドーの顔をこねくり回した。


「あの時は色々考えてて、そこまで頭まわらなかったんだって。悪かったよ……」


「へん。良い子ちゃんは相変わらず、自分たちで解決すべきって突っ走っちまうね」


 ベチッとルドーの頬から指を離したバナスコスは、ダミ声で薄ら笑いながら、ルドーに並んで歩きはじめた。


「私から言わせりゃ、使えるもんは使ったほうが効率は爆上がりなんだっての」


「相変わらずだなぁ、バナスコスさん」


「そっちも変わりなさそうだねぇ」


 ルドーの前で苦笑いを浮かべたアルスに向かって、バナスコスは不敵に笑った。


「……あっ、そうか! あの時助けてくれた空賊さんたち!」


「その節はお世話になりましたわ」


「礼はやめちくれよ、持ちつ持たれつがモットーだ。感謝してんならまたの時に協力してくんろ」


 アルスの反応でリリアとキシアは、パピンクックディビジョンの復活の首飾り騒動で協力してくれた、シマスの空賊ムーワ団にようやく思い至ったようだ。


 慌てて頭を下げたリリアと、カーテシーで敬意を示したキシアに、バナスコスは面倒くさそうに顔を向けずに手を振った。


「良い子ちゃんばっかだねぇ、気が滅入るよ」


「バナスコスがここにいるってことは、シマスの協力者はムーワ団ってことか」


 ぶーと口を寄せたバナスコスに、ルドーは歩きながら疑問をぶつける。


「そうさね。今回は島国のシュミックだから、機動力のあるうちらが適任だろうって話さ。ついでに功績上げりゃ、シマスでの地位も盤石になるってのが王族さんの狙いさね」


正義(ジャスティス)!!!」


「あいだぁっ!!?」


 歩くバナスコスの頭頂部に、背後から掛け声とともに拳骨が入った。

 頭を抑えて涙目のバナスコスは、恨みがましい表情を浮かべて振り返る。


「なんで急にぶん殴んだい、ラモジ団長!」


「問題ない協力相手とはいえ、込み入った内部事情を、誰が聞いとるか分からん王宮でベラベラ喋るんじゃない!」


 あげられたバナスコスの大声に、また全員が歩きながら振り返る。


 短く縛った油色の髪の下で、海老色の瞳が注意を向けている。

 動きやすい袖なしの胸に、靡くヒラヒラが付いた青いシャツ。


 バナスコスの後ろに、ムーワ団団長のラモジが、団員を引き連れて現れていた。


「ここはシマスではない、領域外だ。どう探られてくるかわからん。足元をすくわれるような真似はするな」


「へん。この程度で足元すくわれるようなシマスの王族だったら、こっちから下に付くの願い下げだね」


正義(ジャスティス)!」


「あいだぁっ!!!」


 減らず口を叩くバナスコスに、ラモジは溜息を吐いてもう一発拳骨をガツンとぶち込む。


「やれやれ。久しぶりだな、君たち」


 頭を抱えて涙目で震えるバナスコスを置いて、ラモジもルドーたちと並んで歩き始めた。


 ムーワ団は、シマスで空賊をしていたが、要は魔力差別の被害者を救っていた義賊集団だ。

 ルドーたちも紆余曲折あったが、現在は協力関係にある仲間と認識している。


 今は確か、女神深教によって壊滅した首都ウガラシの瓦礫撤去を終え、生き残った王族のケリアノンに引き入れられ、専属近衛隊として活動を始めたとルドーは聞いていた。


「じゃあ、ムーワ団は、ケリアノンに言われてここに来たってことか?」


 赤い絨毯を踏みしめ、ルドーはリリアと一緒に頭を下げた後、並んでバナスコスとラモジに話しかける。


「魔力増幅魔法薬の事件で、コロバとナナニラには色々と被差別層が酷い目に遭わされたからね。うちらとしても、一発ぶん殴れるなら喜んで協力するって訳さ」


 へっと鼻を鳴らしたバナスコスが、指をくるくる回しながら答える。


 魔力増幅魔法薬は、コロバが資金調達のために闇ルートでばら撒いた危険魔法薬。


 魔人族を入れたカプセルの魔力を注ぎ込み、膨大な魔力を秘めた魔法薬は、確かに飲んだ人物の魔力を底上げた。

 だが魔法薬の魔力が身体の中で反発し、最終的に人が爆発する危険な副作用が隠されていたのだ。


 魔力差別の酷かったシマスの下層は、まんまとその魅力に取りつかれてしまった。

 差別を受ける下層民や、魔力を増やしたい貴族の親が子どもに飲ませたりと、水面下で爆発的に広まって、次々と人が爆発する被害が広がってしまう。


 最終的にルドーたちがコロバとナナニラの潜伏先を突き止め、カプセルと魔法薬の在庫を破壊して、この騒動は鎮静化したのだ。


 この騒動で下層民を守るムーワ団には、実は当時それなりに情報が入っていたそうだ。

 なのに情報提供をルドーたちが求めず、知らぬ間に問題を解決した。


 バナスコスとしては、ルドーたちがムーワ団を頼らず、不完全燃焼で不満だったようだ。


「ケリアノンとしても、国外でムーワ団が功績を上げれば、シマス国内での評価も覆しようがなくなる。不安定な時期ではあるから、足場は盤石にしておきたいのだろう」


『集団の思惑と、上の思惑が合致してるってことか。環境も上々だし、こりゃいい機会になるだろうな』


 ラモジの説明に、聖剣(レギア)もパチパチと納得するように弾けた。


 ムーワ団は義賊として、魔力差別で金を巻き上げていた上層から金を奪ってばら撒いたりしていた。

 必然的に逃走に磨きがかかり、単車として乗る飛行魔道具は、速度が早く小回りが利く。


 普通の飛行船よりも、ずっと素早く狭いところにも乗り込めるので、このシュミックでの調査にうってつけと、ケリアノンに送り込まれたのだ。


 話を聞いたシマス出身のアルスが、ルドーの前で苦笑いを浮かべる。


「なるほど、流石ケリアノン様だ。合理的な話だよ」


「そういうわけで今回は共同戦線だ。ちゃぁーんとこっちにも頼ってきなよ? 良い子ちゃんたち」


 だみ声で笑ったバナスコスが、ルドーの頭をベシベシと叩く。


 そうこうしている内に前方が扉に辿り着いたようで、ルドーたちは廊下から次の場所へと扉を開かれて案内された。


 赤い絨毯が続く広い空間は、エントランスよりも豪華なシャンデリアが、高い天井を支配していた。

 飾り装飾の施された窓には、それぞれ刺繍の違う垂れ幕が飾られている。

 赤い通路絨毯で覆い切れない床は、大理石が斜め交互にはめられて、それだけで規則的な模様が浮かび上がっていた。


 まっすぐ続く絨毯が、奥の檀上に続いており、そこには豪華絢爛な壁の前に、これまた派手な赤い革と金装飾で彩られた大きな玉座が並んでいた。


 あることに気づいたトラストが、おずおずと声をあげた。


「あの……まさかとは思いますが、ここ、謁見の間では?」


「その通りだぞ! まだ父上たちは来ていないな、だがすぐ来るだろうから安心したまえ!」


「どこが安心する要素!?」


 フランゲルの返答に、メロンが叫び声をあげる。


 控室をすっ飛ばして、いきなり玉座の謁見の間に通されたと分かったルドーたちは慌てだした。


「でぇっ!? こういうの普通、控室とかで身だしなみの確認とかするんじゃ!?」


『おぅ、もう手遅れだぜ。失礼のないようにな』


 慌てて頭を撫でつけはじめたルドーに、聖剣(レギア)が笑いをこらえて弾ける。

 いくらルドーが撫でつけても撫でつけても、静電気まみれの黒癖毛はどんどん逆立って、纏まりやしない。


 ケラケラ笑うネルテ先生と、微動だにしないエリンジとクロノを除いて、全員が一斉にトラストに礼儀作法の確認に群がる。

 しかし全員が動じに様々なことを浴びせかけて、流石のトラストもパンク状態に陥っていた。


「そうビビりなさんな、今日は顔合わせの非公式の場だ。髪の毛はねた程度で打ち首になんかされねぇさ」


 初めて聞く男の声に、ルドーたちは静かになって振り向いた。

 日陰になっている謁見の間の入り口方面の装飾壁に、一人の男がもたれかかっている。


 枯野色の黒のメッシュが入った長髪、雀色の切れ長の瞳。

 背が高く、顔より広い鍔の帽子に、少し擦り切れた桑色のトレンチコートを着ている。

 やたら渋い四十代男性が、帽子の鍔に指を立てて、若草を咥えたままこちらを観察するように眺めていた。


 この謁見の間にいるということは、この男がソラウからの協力申請でやって来た相手だろうか。


 男の正体も気になるが、ルドーは男から放たれた言葉の意味も気になった。


「非公式の場……?」


「なんだい、あんたら聞いてないのかい。うちらが協力しやすいようにっつー、ただの顔合わせの場の提供だから、礼儀作法は気にすんなって話だよ」


 バナスコスから呆れた視線を向けられ、ルドーたちは咄嗟にフランゲルをがばりと振り返った。


「非公式の場ってなんだよ!?」


「おっと、すまん! 伝え忘れていたか! 無礼講だ、礼儀作法なぞ気にする必要はないぞ!」


「言いうのが遅いって!」


 カイムの追及に気付いたフランゲルがガハハと笑い飛ばし、ルドーは両手を振り下ろした。


「伝え忘れていたか、じゃないですやよ!」


「しっかりしてくださいよ、フランゲル!」


 ルドーに続いて、カゲツとヘルシュも抗議の声を上げ始め、そのままフランゲルは魔法科に問い詰め囲まれ始めた。


 だがフランゲルはそれが責め苦ではなくじゃれ合いと認識しているのか、ガハハと笑うだけで全く意に介していない。


「だからいつも通りでいいって言ったじゃん」


「いや、クロノちゃん。これは流石に想定外だからね?」


 少し離れたところでクロノが呟き、アーゲストががっくり肩を落としている。


 ボンブが未だほつれを気にして弄っている横で、ネルテ先生が手を叩いて号令するまで、魔法科の追及は続いた。


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