第二百八十話 第三王子の空回り
「……俺たちなにしに来たんだっけ」
「お兄ちゃん、船に酔ったの?」
「違うけど、なんか疲れた……」
ルドーは舷側の手すりにぐったりともたれかかる。
背中を擦るリリアに、されるがまま慰められた。
◇
見ているだけで目が痛くなる、金ピカな王族専用のフランゲル号。
みんなが船に乗るのを躊躇する。
しかし乗らないわけにもいかない。
「エリンジ……」
『ほんとブレねぇなあいつ』
ルドーと聖剣が呆然と同時に呟く。
エリンジは無表情に何の感慨もなく、スタスタと進んでいった。
そのまま桟橋から舷梯を踏み鳴らして、エリンジは一人先に船に乗り込む。
一部始終見ていた魔法科一同は、もはや称賛の視線をエリンジに送った。
「エリにぃに続けー!」
「ライア、エリにぃ、ずるいー! 僕も乗るー!」
「俺が先だもん、レイル!」
エリンジに続くように、ライア、レイル、ロイズの三つ子が、きゃあきゃあはしゃぎながら、バタバタ舷梯を揺らして駆け込んでいく。
「だああああ! キャビンから離れんなっつってんだろうが!」
「大丈夫よぉ」
「三人とも走ると転ぶよー」
カイムが慌てて三つ子を追いかけ、キャビンとクロノが揺れる桟橋を歩いていった。
それに続いて、アーゲストとボンブも桟橋を慎重に渡り始める。
「ホラホラ、じっとしてたって先には進まないよ!」
ケラケラ笑って手を叩くネルテ先生に促され、困惑して顔を見合わせる。
エリンジとカイムたち後に続いて、全員渋々足を進め始めた。
赤い絨毯を敷かれた桟橋から、わずかに揺れる舷梯を歩き、ルドーもリリアと共に船に乗り込んでいく。
「あら。外はどうかと思いましたが、中は思ったより快適そうですわね」
「なんで中の装飾で外を統一しなかったのかな」
ルドーとリリアの前を歩いていたキシアとアルスが、立ち止まって感心している。
外側のゴテゴテしい装飾とは裏腹に、乗り込めば落ち着いていて厳か且つ気品ある内装。
木材や壁は暗めの色に統一され、うっすらと明かりのついたシャンデリアが幻想的に光り輝く。
使用人や船の乗組員が恭しく頭を下げて出迎える。
ルドーたち一同は、なんとか落ち着けそうだとホッとしていた。
設置された横並びの客席は、革張りのソファのようで、思ったより良さそうだった。
しかしフランゲルはそこで終わらない。
「アリア! 専用席を用意したぞ、ここに座り給え!」
フランゲルは勝手知った様子でズカズカと先に進んだと思ったら、一つの席を指さした。
船舶客室内中央の、一際高く設置された、玉座のような背の高い装飾椅子。
ふかふかの赤い革クッションが縫い付けられ、これまた目に痛い金ピカの装飾がこれでもかと飾られている。
座り心地はとても良さそうだが、それを打ち消して余りある目立ち方。
船舶客室ど真ん中の一番目立つ場所に設置された、趣味の悪い専用椅子。
どうやらフランゲルはアリアのために用意したようだが、努力する方向を間違えている。
一方でフランゲルに嬉々とした顔で席を用意されたアリアは、船に乗って僅かなのに、顔色が悪い。
先ほどアリアは、船には絶対に酔うと憂鬱そうに呟いていた。
まだ船は飛んでいないのに、アリアは早速酔ってしまったようだ。
以前フランゲルに抱えられて、飛行魔法で飛んでいたときはアリアも平気そうだったのだが。
アリアは船自体と相性が良くないのだろうか。
「アリアさん大丈夫?」
「気持ち悪いわ……」
「うーん、風通しがいい窓際の席に座る?」
フランゲルの用意した席に、アリアはたどり着けなかった。
アリアはリリアに付き添われて、入り口に近い窓際の席に座る。
金ピカの席を指さしたままのフランゲルが、その場の全員に虚しく映った。
船の中のはずなのに、寂しい風が吹いた気がする。
固まったままのフランゲルを全員無視して、それぞれが客席に座ろうと動き始めた。
ライア、レイル、ロイズの三つ子が、前方の景色が見える最前列の席に足を投げ出して座る。
窓際に両手をついて外を眺める三つ子。
「ここが一番!」
「お窓すごーい!」
「カイにぃ、カイにぃ! 特等席!」
「何が特等席だ、靴履いたまま椅子に上がってんじゃねぇよ!!!」
行儀が悪いとカイムがガミガミ怒鳴り、クロノとキャビンがそっと三人から靴を外していった。
ワイワイとそれぞれが適当に席についていく。
ルドーはリリアの隣に座り、成り行きで一緒になったアリアの様子を見ていた。
アリアはフランゲルに対する怒りどころではないようで、緑色の顔に手を口に当て、今にも吐きそうな表情。
よっぽど船と相性が悪いようだ。
「あー、トイレの場所聞いておこうか?」
ルドーがアリアに提案したが、アリアは口を押さえたまま首を振り、そっと出口を指さす。
アリアはあまりの気分の悪さに、声すら出せないようだ。
出口を指さした意味は、いざとなったら外の舷側から吐き出すつもりだろうか。
海の上を飛ぶなら問題はないだろうが、島の上ではどうするつもりだ。
リリアが見かねてアリアの背に手をかざして回復魔法を使い始める。
だがアリアはリリアの手を無理やり掴んで降ろさせた。
これからコロバとナナニラの捜索に入るのに、無駄に魔法を使うなと、アリアはリリアに無言で訴えている。
以前のアリアならば、あら気が効くわねと、平然と受け入れていたはずだ。
アリアもアリアなりに、精神面が成長したということだろう。
「フランゲル、そろそろ席ついてって言われてますって」
「ア、ア、アリア……」
「ハイハイハイ、あそこ空いてますよ!」
リリアとアリアの様子を見ている間、肩を落としたフランゲルを、ヘルシュとウォポンが回収して座らせているのを、ルドーは視界の端に捉える。
「「「うわぁー!!!」」」
ボォー、と腹に響く汽笛を合図に、三つ子の感嘆に叫ぶ声が重なる。
突然ぐわんとルドーの全身に重力がかかった。
慌ててルドーが窓を見ると、景色があっという間に小さくなっていき、どんどん船が上昇していく。
クジラが大海原をゆっくりと上昇していくように、船が上へと上昇していく。
ぐるりと動く重力は、飛行魔法している相手に捕まっていた時とはまた感覚が違った。
巨大な船が動く大きな動きは、予測できないうねりの中にいるようだ。
「ふおおおお! 見て見て、イエディ! 全員乗ったまま飛んでるよ!」
「メロン、もう少し、落ち着く」
窓の外を眺めて両手を振り回すメロンに、イエディが冷静に語り掛ける。
「一体どういう原理で動いておりますの……?」
「魔道具と同じで、魔力を込めた機械を計算して組み上げてるんですよ。なので定期的な組み換えは必要になりますが……」
窓の外を見た後、ビタが室内をぐるりと見まわす。
博識のトラストが
「べ、別に詳しく知らないというわけではございませんわよ。ただ、説明したいなら勝手に説明していただいて構いませんことよ!」
「あはは、では僭越ながら……」
トラストが飛行船の仕組みについて、詳しく説明しようとした。
だが難しい話し声に反応してしまったのか、そこでアリアが怪しい声をあげた。
「うっ」
「だ、大丈夫!?」
「アリア! 気分が悪いならそこに――――」
リリアの心配する声に、フランゲルが反応した。
駆け寄ろうとしたフランゲルは、アリアから猛烈なタックルをかまされ、客室通路を反対側にふっとばされる。
そのままアリアは口を押さえたまま、緑色の顔で外に出ようとした。
だが使用人にこちらにどうぞと、別室に連れて行かれる。
なんでも外で吐くのは禁則事項らしい。
シュミックを航空する船の量が量なので、禁じないと航空路がとんでもないことになるんだとか。
「な、なぜだ、アリア……」
「当たり前ですわよね……」
「今の状態で、近寄ろうとするほうが烏滸がましいですわ」
倒れたまま呆然と扉を見つめるフランゲルに向かって、キシアとビタの容赦ない追撃が入る。
「女性として、常に自身の美しい姿でいたいというのは、当然の心理ですわ」
「えぇ。その真逆の気分の悪い状態など、人目に見せることすら憚られますもの」
キシアとビタが声を潜めて顔を寄せる非難の声。
しかしルドーもそうだが、フランゲルも意味がよくわからない。
他にもエリンジやカイム、ヘルシュやウォポン、ノースターにボンブまで、頭にはてと疑問符を浮かべていた。
理解出来てない男子が数人首を斜めに傾げる。
「要は、吐いてる姿を他人には見られたくないってことかな」
「惚れてる相手にならなおさらね」
やれやれと首を振ったアーゲストが要約し、アルスも同意する。
要はアリアは、自分の汚い姿を他人に見られたくなかった。
だからあれほど必死になって、フランゲルにタックルしたようだ。
合点がいった男子たちが、揃ってなるほどと頷く。
それとは対照的に、これだから乙女心のわからない男子はと、女子たちは呆れ顔で目を瞑った。
「だからこそ専用の席を用意したというのに!」
「んん? フランゲル、それどういうことだ?」
立ち上がりながら声を荒げたフランゲルに、ルドーが疑問に思って聞き返す。
「前にアリアが、飛行船は苦手と口にしていたのは覚えていたのだ!」
「あ、知ってたんすね」
続けたフランゲルに、ヘルシュが虚を突かれた顔を浮かべる。
「当然だ! だから船の中で一番揺れの少ない中央に専用席を構え、遠くの景色を見て気がそれるように高くしたというのに!」
「え!? あれきちんと考えて設置されてた席なの!?」
詳しく説明したフランゲルに、メロンが驚愕の声をあげた。
どうやらとても目立つあの中央席は、飛行船酔いのひどいアリアのために、フランゲルなりに考えて設計されたもののようだ。
それなのに用意した席にアリアが座ってくれず、フランゲルは理解不能だと案じる。
「なぜアリアはあの席を拒んだのだ!」
「趣味の悪さのせいじゃー、ないですかねー」
「余計な装飾施したからだと思うぞ」
「先に説明しとけや、ボケ」
「目立ちすぎだ。敵襲で真っ先に狙われる」
叫んだフランゲルに、ヘルシュ、ルドー、カイム、エリンジの順にツッコミが入った。
最後のエリンジは意味が違う気がする。
言葉の刃をドスドスとその身に受けたフランゲルは、一撃一撃にうっと嗚咽して、その場にうずくまった。
「な、なに……!? まだ足りなかったというのか……!?」
完璧だと信じ込んでいたフランゲルが、床に両手をついて衝撃に身を震わせる。
使用人たちがおいたわしやと、主人の失態に目を瞑ったまま憐憫の目を向けはじめた。
空回りし続ける、アリアに対するフランゲルの気遣い。
ルドーたち魔法科は、段々フランゲルに不憫さを感じ始めた。
「カイにぃ! クロねぇ!」
「みてみて、すごいすごい!」
「お空にお城が浮いてるー!!!」
哀愁が漂い始めた客室内に、三つ子の興奮した声が響いた。
ルドーがつられて正面を見れば、圧倒される光景が目に飛び込んでくる。
正面上空に君臨する、豪勢で厳かな、白い大きな居城。
細長い円柱の塔が立ち並び、赤い屋根に黄色い旗が揺らめく。
幻想的な光景に、その場の全員から感嘆の溜息があちこちからあがった。
聖剣が感心したように、声を上げてパチパチ弾ける。
「エレイーネー本校も浮遊城だけど、シュミックの王宮も浮遊城なのか」
「あれはシュミックの浮遊城を参考にしたとされてるからね。防衛の点でも、城を浮遊させたのはシュミックが先だよ」
ルドーのあげた疑問に、ネルテ先生が笑って答える。
なんでもエレイーネーを設立した初代校長は、世界各地を回って、様々な技術を学園に取り込む施策をしていたらしい。
各地の魔法を学び、それを柔軟に受け入れる。
防御の面を複雑強固に絡み合わせ、鉄壁の守りを作り上げ、世界に対する中立性を確保したのだ。
「学習本の範囲内だよ、ルドー。最近忙しいからって、座学を疎かにしてないかい?」
「い、いや、そんなことは……」
ネルテ先生はニカッと笑うが、どこか笑顔が冷たい気がした。
それを見たルドーはダラダラと冷や汗を流し、しどろもどろに声すぼみになる。
「お兄ちゃん?」
「帰ったら試してみるか」
「すんません勘弁してください」
危険な笑顔を浮かべたリリアと、不遜の無表情を浮かべたエリンジ。
ルドーは二人の威圧に身の危険を感じて、素早く背中を折って平伏した。
「もう、目を離すとすぐこれなんだから」
「いや、ホント最近は忙しかったから――――ん?」
叱り始めたリリアにルドーが顔を上げると、正面の窓を何かがキュオンと複数通り過ぎた。
どこかで見たことあるような、小さな飛行魔道具の乗り物。
シマスにいたはずの、空賊ムーワ団の飛行魔道具のような。
「シマスの協力者……まさか、まさかな」
「お兄ちゃん、聞いてる?」
「聞いてる聞いてる」
ルドーがリリアと話している間に、飛行船はゆっくりと、城の着陸場に羽休めするようにふわりと降り立つ。
飛び立つ時と同じ、ボォーと腹の底に響く汽笛の合図。
まもなくして、船がゴゴンと船着き場に着陸した。
「ホラホラ、フランゲル。案内、案内!」
「えぇい、皆の者! 玉座の間に謁見となるぞ!」
パンパンと手を叩いて促したネルテ先生に、フランゲルが顔を振って気を取りなし叫んだ。
途端にそれは想定してないと、全員からてんでんばらばらと声が張り上げられた。
「謁見ですや!? 上納品用意しておりませんや!」
『ちょっ、身だしなみ自信ない!(;^ω^)』
「なぜもっと早くおっしゃいませんの!?」
「これだから言葉足らずは嫌になりますわ」
カゲツがなにかないかと制服を探り始め、ノースターが慌てて寝癖を直し、キシアとビタが制服のシワを確認し始める。
「なんでそういうこと先に言わねぇんだよ!!!」
「謁見ですかいな。不味いな、知ってたら人間の作法くらい勉強してきたのに」
「何をどうすればいい。この服は失礼に当たるか」
「あらやだ、知ってたら私も豪勢にドレスにしたし、おチビちゃんたちの一張羅出してきたのにぃ」
「別にいつも通りでいいんじゃないの?」
カイムが喚き、アーゲストが書類を取り出し、ボンブが破れた服のほつれをイジり、キャビンがいそいそと襟を正した。
一方で三つ子はきょとん顔でよくわかっていないし、クロノは平常運転だ。
「王様に謁見ね! ガツンと行こうイエディ!」
「なにを、ガツンといくか、わからない」
「とりあえず学生ってことでお目溢しに期待しようかな」
「一応わかる範囲の礼儀作法確認しますね」
メロンが謎の気合を入れ、イエディが冷静に返し、アルスは天に祈り始め、トラストが知識を披露し始めた。
全員が失礼が無いようにと、わらわらとトラストの話を聞きに集まる。
「わかってたはずだろ、フランゲル。なんで現地で言うんだよ」
「どうしよう、お兄ちゃん。この髪変じゃない?」
『今さら気にしたってしょうがねぇだろ』
「なるようになるとしか言えん」
肩を落としたルドーを、リリアが激しく叩いて髪を確認している。
流石の聖剣とエリンジも、呆れてしまっているようだ。
「さぁさぁ、いつまでも突っ立ってないで。ほら、 進む進む!」
どうにもならない一同は、ケラケラ笑うネルテ先生に促され、重い足取りで下船しようと通路を歩き始めた。
「一番!」
「ずるい!」
「ライアが先だもん!」
何も知らない三つ子たちだけが、我先にと桟橋を揺らす。
船から降りたすぐ先で、まるで式典のように、ビシッとそろった衛兵たちが規則正しく並んで出迎えている。
ルドーが後ろを振り返れば、既にげっそりとしたアリアが、ようやく最後尾で船から降りてきたところ。
早くも船から降りたことを、ルドーは目の前に映った光景をみて後悔した。




