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第二百七十九話 飛行船国シュミック

 

 シュミックは、ファブとギリギリほんの僅か陸地が続いている、ほとんどが島で形成された国だ。


 その土地柄、島同士を行き来する手段が必須となる。

 だがこの世界の海は、外の境界が延々と落ち続ける奈落に繋がっているせいか、あまり航海には優しくない。


 その為発展していったのは航海ではなく、航空の技術だ。


「いまだにあのでっけぇのが、どうやって浮いてるのか全然分からないな……」


 転移門をくぐった先で目にした光景に、ルドーはあんぐりと口を開いていた。


 ファブに近い陸続きの、シュミック転移門を抜けた先の航空港。

 そこには巨大な船が、空中で大量に空を漕ぎいで、次々と飛翔していく圧倒的な光景があった。


 シュミックは周辺にあるファブや、合併した旧ランタルテリアや旧グルアテリアなどの、中規模国よりも圧倒的に面積が小さい。

 それでも他の国に侮られていないのは、この独自に発達した航空技術による、制空権の差だった。


 我々がその気になれば、いくらでも上空から絨毯爆撃を食らわせられるぞ。


 小国とはいえ、並外れた技術を持つ国相手には、周辺国も対等に接する必要が出てくるのだ。


 ルドーが目の前の光景を見上げていると、きゃいきゃいとはしゃぐ声があがった。


「でっかーい!」


「おっきーい!」


「あれ乗るの!? あれ乗るの!?」


「うるせぇ、チビども! 大人しくしてろ!」


 既にぐったりとしたカイムが、ライア、レイル、ロイズに怒鳴りつけて叱っている。


「飛行船だよ、飛行船! 私始めて見たよー!! 凄い凄ーい!!!」


「メロン、シャキッとする」


「痛い痛いごめんごめん許して!」


 三つ子と一緒になって、メロンが興奮してブンブン両腕を振っては、イエディにみよんと両頬を引っ張られている。


 コロバとナナニラの捜索依頼。

 フランゲル経由でエレイーネーに依頼されたそれは、アリアに対する指名も含めて、魔法科一年全員に同様の依頼が下った。

 カプセルも絡んでいたことから、エレイーネーは魔人族の協力を取り付けることでそれに同意。


 だがここで、想定外の手違いが発生した。


 魔人族の協力ということで、フランゲル伝手に話を聞いていたシュミック王家。

 そこが何をトチ狂ったのか、七歳のライア、レイル、ロイズの三つ子にも、渡航許可を出してしまったのである。


「大人しくしてねぇと連れ戻すぞ、チビども!」


「戻らないもーん」


「良い子にしてるもーん」


「良いよって言われてきてるもーん」


「だああああ!  ほんとにわかってんだろうなぁ!?」


「まぁまぁ、注意してみておこうよ」


 すまし顔をした三つ子に、カイムが喚いて、クロノに労わるように肩を叩かれている。

 カイムの赤褐色の髪が、わさわさと不安なイソギンチャクのように蠢いていた。


 エレイーネー側も度肝を抜いた渡航許可。

 しかしシュミックからわざわざ招待状まで出されてしまっては、連れて行かないわけにもいかない。


 結果、絶対にキャビンから離れないことを条件に、三つ子たちも同行する話になったのである。


「ふはははははは! どうだ、素晴らしいだろう我が国の技術は!」


「すごーい!」


「でかーい!」


「かっこいい!」


「ふはははははは! かっこいいだろう、そうだろう、そうだろう!」


「調子乗らせてんじゃねぇよ!」


 ふんぞり返ったフランゲルが、三つ子を更におだて上げ始めた。

 自国の技術が褒められてご満悦のようだが、相手は七歳の子どもたちだぞ。


 髪で指差して喚くカイムもお構いなしに、フランゲルは偉そうに両手を腰に当てて仁王立ちしている。


「えーっと、コロバとナナニラの捜索だけど。まずシュミックの王宮に行くんだっけ?」


「他国の協力者も来てるから、顔合わせしたいって話だっけか」


 三つ子の様子を眺めながら、声をあげたリリアとルドーは小さく話す。


 今回はエレイーネーに対する捜索依頼だけでなく、他国から依頼された捜索申請にも、シュミックは同意して受け入れている。


 確か事前に聞いた話によると、捜索申請をしてきたのは、シマスとソラウだ。


 シマスは魔法薬騒動の件で、かなりの被害を被っている。

 ソラウは当然アシュでの一件に加え、そもそもコロバとナナニラがソラウの人間。


 双方とも当事国と言って差し支えない、納得のできる申請である。


 となればルドーたち魔法科が気にするべきは、協力者が誰になるかということあたりだ。


『王宮になんか行かねぇで、ぱっぱと探せばいいのによ』


「そういうわけにもいかねぇって。依頼されている以上信用問題もあるし」


 さっさと捜索に回って暴れたいのか、聖剣(レギア)が不服そうにパチパチ弾ける。


 コロバとナナニラは厄介な犯罪者で、早く捕まえたいのはルドーも山々だ。

 だが依頼されて動いている以上、依頼者の顔も立てなくてはならない。


 依頼が却下されれば、捜索権限を失って、追い出されるのはルドーたちなのだ。

 あまり勝手な行動ばかりしていては、自分で自分の首を絞めかねない。


 ルドーが聖剣(レギア)をそう宥めていると、エリンジが警戒しながらクロノに近寄って、声を落として問いかけ始めた。


「周辺に例の連中はいるか」


「四人は中央魔森林のままだよ。下っ端は私も見分けつかない」


 帽子の鍔の下で赤い瞳を光らせて周辺を見ていたクロノに、エリンジが注意深く聞き込んでいた。


 例の連中、女神深教の祈願持ちたち。

 祈願持ちたちは今のところ、女神を吸収したジャスタ付近と思われる、中央魔森林の奥深くから動いていない。


 流石に見た目では判別つかない下っ端信者までは分からない。

 だがクロノが常時展開している、周辺探索の赤い瞳では、今のところ直接的な大きい脅威は周辺にはないようだ。


「コロバとナナニラの方は」


「探してるけど、妨害入っててうまく見えない」


 エリンジがさらに問いかけたが、クロノは帽子の鍔を握ったまま目を細めて首を振る。

 話を聞いていたルドーとリリア、クロノの隣で顰めっ面のまま耳を澄ましていたカイムも、そっとエリンジとクロノに近寄った。


「妨害入ってる? 心理鏡は落としてったから、コロバはもう古代魔道具を持ってないはずだろ?」


「だから本来なら見える(・・・)はずなんだけど……」


 ルドーの問いかけに、クロノは小さく息を吐き出した。


 女神や女神深教に見つからないよう事前に展開していた、遠視や透視などの様々な魔法。

 指を鳴らすことによる、歌姫の魔法の裏技使用。

 赤い瞳に常時展開しているクロノが、コロバとナナニラを見つけられない。


 ある程度の距離であれば、気配探知でまた違うらしいが、遠方からの捜索はどうやら期待できないようだ。


「どういうこと? あの二人はまだ古代魔道具を持っていた可能性があるの?」


 不安そうなリリアがあげた疑問に、ルドーたちは顔を見合わせた。


 コロバが持っていた古代魔道具の心理鏡は、ストシオンでの逃走でコロバが咄嗟に落とし、ルドーが拾って回収している。

 今はエリンジが手にしているので、心理鏡はもうコロバとナナニラの手にはない。


 古代魔道具の妨害がないなら簡単に捜索出来ると踏んでいたが、どうやら一筋縄ではいかないようだ。


『古代魔道具相手じゃ、俺でも同格で見つからねぇし、そいつも……』


「うん、今の状態じゃ無理。歌わないと遠距離じゃ捜索できない」


 難しそうな声をあげた聖剣(レギア)に、クロノも小さく溜息を溢す。


 元が歌姫であった古代魔道具には、膨大な魔力を有しているせいで、普通の方法では探知できない。


 探知に特化していた古代魔道具羅針盤は、パシフローで破壊した。


 クロノの様子から、唯一格上となる歌姫の魔法ならば捜索は可能のようだ。

 だがそれを可能とする為には、歌姫の魔法の発動条件として歌わなければならない。


 歌に対するトラウマが強く、パシフローで羅針盤を破壊したことを引き摺っているクロノには、まだ少々荷が重いようだ。


「……なぁ、ちょっと考えてたんだがよ」


「カイム、どうかしたか?」


「最初にカプセルが使われた時、歌姫像とかを無理矢理動かせてたんなら……複数のカプセルで、同じような効果が出来たりしねぇか」


 どす黒い空気を醸し出しながら険しい顔で告げたカイムに、ルドーたちは息を飲んだ。


 魔力の高い魔人族を、魔封じで抵抗出来なくして無理矢理中に封じ、精神と身体を摩耗して、膨大な魔力を引き摺り出すカプセル。


 アシュで石化した歌姫像を無理矢理稼働させるのに、そのカプセルが三基使われていた。


 石化していたとはいえ、歌姫の魔力を一部強引に使えるだけの魔力エネルギーを複数のカプセルで可能とさせるならば。


 古代魔道具と同等の妨害魔法を、複数のカプセルを使用することで可能とさせることは出来るか。


 アシュでの様子を事前に詳しく聞いたカイムは、そう言いたいようだった。


「カプセルの魔力は、あくまで歌姫像の一部機能の書き換えだけだよ。魔力の全体量は圧倒的に違うから、互換は出来ない」


 カイムの懸念について、クロノが調べていたのか、詳しく説明し始めた。


 アシュで歌姫像を暴走させていたカプセルは三基。

 あくまで魔物を発生させる現象を封印していた歌姫像の魔力の内、封印についてのみ一部介入しただけ。

 その封印を流用して結界魔法に転用し、アシュ全体と来賓を包み込んだのが、あの事件のあらましだった。


「つまり、カプセルがどれだけ集まろうとも、歌姫の代替など、とても不可能だと」


「歌姫の魔力は、魔力核ネアに直結してる。だから無尽蔵に魔力が使えるんだよ。魔力の多い魔人族から無理矢理搾り取った魔力が複数で、ようやくほんの一部くらい」


 追及するエリンジに、クロノはそう静かに返した。


 この世界のすべての魔力の源である魔力核、ネア。

 そこから地脈を通り、世界に魔力は循環している。


 人間が魔法を使えるのも、地脈や空気中の魔力を体内魔力器官が吸収して蓄えるからだ。

 扱える魔力量に個人差があるのは、単純に生まれつきの体内魔力器官の差でしかない。


 魔人族は中央魔森林に居を構え、瘴気に進化対応してきた。

 その為普通の人間よりも、体内魔力器官が発達していて、扱える魔力量が多い。


 だからこそカプセルに利用される際、普通の人間よりも魔力を生み出すことが出来てしまうのだ。


 一方でクロノの説明から、歌姫はその体内器官を介さず、魔力核ネアから直接魔力を引き出すことが出来る。

 だからこそどんな魔法でも際限なく使えるし、無機物である古代魔道具に変えられても、そこは変わらないので、無尽蔵に魔力が使えたのだ。


 複雑な仕組みの話で付いて行くので精一杯だったルドーをよそに、カイムは更に食い下がっていた。


「つってもほんのでも、一部は一部だろが。同胞が複数いたとすれば、妨害だけなら出来ねぇわけじゃねぇんじゃ……」


「……うぅん、多分だけど、カプセルはまだ動いてない」


「あ?」


「今のところ、傷付いた魔人族の人の声は聞こえないから」


 カイムの指摘に黙り込む中、リリアがそう静かに声をあげた。

 怪訝そうに片眉をあげたカイムに、ルドーは一歩前に出て説明する。


「カイム、リリは怪我人探知って言って、傷付いていた人がいたら分かるんだ」


「怪我人探知だぁ?」


「聖女の魔法使用で出来るようになったんだよ。最初にカプセルに気付いたのもリリだし、グルアテリアでライアが入ったカプセルを言い当てたのもリリだ」


 振り向いたカイムに、ルドーは更に詳しく説明する。


 怪我人を回復魔法で治しまくっていた弊害か。

 リリアはある時から怪我人がどこにいるのかわかるようになった。


 ルドーとエリンジだけでは分からなかったカプセルを、リリアだけがカプセルの中の苦しみもがく声を拾って、見つけることが出来たのだ。


 そんなリリアが言うには、今のところカプセルで苦しむ魔人族の声は聞こえていない。

 つまり、カプセルが複数あるにしても、今は稼働していないということだ。


 そうなると結局のところ、妨害されている理由は分からずじまいではあるが。


「……そうかよ。無事ならいいんだ、無事なら」


 ルドーの説明を聞いたカイムは、しばらくしてどこかほっとしたように肩の力を抜いた。

 今も捕らわれた同胞の魔人族が、痛めつけられていることを危惧して心を痛めていたのだろう。


 三つ子に視線を戻したカイムの背を、クロノが軽くポンと叩いている。


 後方で周囲を確認している狼男のボンブも、白髪長身狐目のアーゲストも。

 三つ子の傍にいる、頭がジャージー牛のキャビンも。


 心なしかいつもより表情が険しい。


 同胞が捕らえられたカプセルがあるかもしれないという緊張。

 魔人族たちからは、ピリピリとした空気が漂っていた。


 目立つ容姿の魔人族がいるせいか、周囲を行き交う人々は、物珍しそうにこちらをチラチラ眺めている。

 そしてその視線は、最終的にフランゲルへと収束していった。


「見て、あれ……」


「お、勇者の第三王子」


「相変わらず男前だな」


 収束した視線元の民衆から、ヒソヒソと好感的な声があがる。

 自国王子で勇者だけあって、フランゲルはかなりシュミックでは顔が知られているようだ。


 シュミックは島国なだけあって、中央魔森林とは隣接せず、魔物の発生もここ数年ない。


 その為勇者に対する認識が、生命線と考えられている他の国とは少し違う様子が垣間見えた。


「うーん、本当に王子さまだったんだな」


「アルスさんってば、そんな言い方するものではありませんわよ」


 民衆から注目を浴び始めたフランゲルを見て、顎に指をあててふむふむと一言呟いたアルスに、キシアが苦言を呈した。


「普段の言動が言動ですもの、王族に見えられなくても仕方ありませんわ。詐欺ではありませんでしたのね」


「ま、まぁまぁ。国によって王族の立ち居振る舞いというものは、変化しますし……」


 毒の効いた言葉を述べるビタに、トラストが眼鏡を曇らせ冷汗をかきながら必死にフォローに回っていた。


 フランゲルは確かにずっと、シュミック第三王子だと声を大にして豪語していた。

 だが普段の小物じみた幼稚な言動で、魔法科の全員が知ってはいたものの感覚が麻痺している。


 母国であるシュミックでの民衆の反応で、ようやく全員フランゲルが王子であると、改めて実感したのである。


「ほらほらフランゲル、自慢してないで。今回は案内役なんだから、王宮行きの船はどこだい?」


 いつまでも三つ子に自慢話をしているフランゲルを見かねて、ネルテ先生が呆れながら促した。


 今回のコロバとナナニラの捜索は、フランゲルが主体となって動くことになっている。

 なので王宮に向かう船の手筈も、当然フランゲルが事前に行っているのだ。


 全員がここでだべっている訳ではなく、王宮に向かう船がどれか、フランゲルの案内を待っていたわけである。


「ここでどのような船で王宮に行くかによって、格の違いというものが見られるわけですやね」


『揺れないで酔わないようなやつがいいなぁ(-_-)』


 カゲツがパチパチとそろばんを叩きながら周囲を飛び交う船を値踏みし、その横でグルグルメガネのノースターが、魔法文字をふよふよと空中に浮かべる。


 別に格の違いはどうでもいいが、確かにカゲツの言う通り、変な船で王宮に行って、笑われ者にはなりたくない。


 しかし船を手配するのは、三つ子と一緒に大笑いしているフランゲルだ。


 ルドーは嫌な予感がして、咄嗟にヘルシュの方に振り向いた。

 ハイハイ感想を述べるウォポンの横でルドーと目が合ったヘルシュは、両手を肩の横にあげて首を振る。

 お手上げのポーズである。


 フランゲルと幼馴染のヘルシュがこの調子だ。

 ルドーの嫌な予感は急激に膨れ上がっていった。


「私あの船嫌いなのよね」


「そうなの? アリアさん」


「絶対に酔うからよ。あんまり乗りたくないわ」


 いつの間にかリリアの横にいたアリアが、そう小さく愚痴をこぼしていた。


 アリアはファブでも、海側のバハマ男爵領の出身だ。

 シュミックからも近い位置にあるので、土地柄よく乗ったことでもあるのだろうか。


 憂鬱そうな表情を浮かべるアリアは、フランゲルの近くに移動する気配がない。

 どうやらアリアのギスつきによる距離置きは継続中のようだ。


「待たせたな、皆の者! これが俺様の手配した、王家専属の俺様の船だ!」


 フランゲルの号令に振り返ったルドーは絶句した。

 そこに降りてきた船に、ルドーは乗ることを拒否できるならばそうしたい。


 金箔をこれでもかと船体全てに施され、フランゲルの名前がメッキででかでかと刻印された、ギラギラととても目立つ、趣味の悪い成金のような船。


 はしゃぐ三つ子たちの声とは対照的に、ルドーたちは全員が愕然と立ち尽くしていた。


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