番外編 ネルテ先生の生徒観察記録.21
「うーん、今の状態でシュミックかぁ。これは確実にどちらかに転ぶねぇ」
ネルテは険しい表情で、報告書をカツカツとペンで叩き続けた。
一年担任の職員室。
自分の席に座ったネルテは、大量に積まれた書類を嫌々捌きながら思考を巡らせる。
シュミック本国から届けられた、国際指名手配犯のコロバとナナニラの目撃情報。
島国であるがゆえに、転移魔法は厳しく制限が取られていて、船か飛行魔法での入国のみ。
厳しい渡航条件のあるシュミックには、そう易々と密入国することはできない。
そこにコロバとナナニラの目撃情報が、わざわざ上がってきたのだ。
しかも間違いであってはならないと、シュミック側からかなり慎重に調べ上げた、調査報告書まで付いて。
ソラウ王国の歌姫候補選考や、勇者狩りの対処に回っていたエレイーネーに、突然もたらされた通報。
調書や報告書作成に回っていた数少ない教師陣は、途端に慌てて情報収集に回り始めた。
「簡単には入国できない、か。なぜわざわざそんなところに」
「無理を押してでも、シュミックでなければいけない理由があった。としか言えないかな」
もはや職員室の専用席と化したソファに沈み込んだボンブが、腕を組んで唸り声をあげながら牙を覗かせている。
国際指名手配犯と一緒に、同族である魔人族が入れられたカプセルの目撃情報も入った。
ボンブの機嫌が悪くても無理はない。
中に入れた相手から、膨大な魔力を無理矢理引き出し、精神と身体を摩耗させ、消耗品のように扱うカプセル。
開発工程の情報と、開発していた組織は壊滅した。
しかし現物が残っている以上、まだ油断ならない状況。
報告されたカプセルの数は複数。
対して行方不明のままの魔人族の数は十六名。
まだほかにもカプセルが未確認で、発見されていない可能性もあった。
魔人族が入ったカプセルが最初に目撃されたのも、アシュでの歌姫像の暴走。
コロバとナナニラが発端だ。
同じようにコロバとナナニラが主犯だった、魔力増幅魔法薬騒動。
資金集めのためだけに行われたあの時も、別の魔人族が入ったカプセルが使用されていた。
逃げられ続けているコロバとナナニラを捕まえ、なんとか残りの魔人族を保護出来ればいいのだが。
「どちらかに転ぶというのは、解決するか、さらに悪化するかという意味か?」
「ん? あー、違う違う。ちょっと生徒の方がね」
機嫌悪く唸るボンブに、ネルテは視線を上げて手を振った。
「シュミック第三王子で、勇者の役職持ちのフランゲルは、自国対処だから呼び戻されてる。ただそのシュミックから、魔法科の生徒にも協力要請が出てるもんでねぇ」
どうしたものかと、ネルテは片手で頭を抱える。
コロバとナナニラは、国際指名手配されてはいるが、まだシュミックで犯罪を犯しているわけではない。
アシュの式典にシュミックは出席しなかった。
魔力増幅魔法薬も、島国故に地続きの他国と違って搬入されず、問題が波及する前に沈静化した。
その為シュミックでは、警戒はするものの、税を投入して大々的に探す名目が存在しないのだ。
「それでエレイーネーに、中立の立場から捕縛してくれと、依頼された訳なんだけど……」
「自国の勇者とやらがいるから、率先して探させて、立場を盤石にさせたい。といったところか」
「まぁ、そんな感じ」
ネルテの肯定に、ボンブがまた小さく唸った。
大体的に探すことが出来ない以上、シュミック単体ではどうしても後手に回ってしまう。
比較的初期で防げたとはいえ、今までの被害規模から考えれば、事が起こってからは手遅れだ。
被害を防ぐためにも、平和維持機関のエレイーネーが間に入ることで、捜査権を担う代わりに大義名分を得ることが出来る。
面倒な事務手続きに、必要になる建前。
それぞれの国の法律が違い、同盟国連盟の介入の決まりにも限度がある。
フランゲルが主体になる必要があるが、そうすることでようやく、コロバとナナニラを胸張って探すことが出来るのだ。
魔人族であるボンブの立場からすれば、大事な同胞たちが危険に晒されているのに、シュミックは何を悠長に政治的な思惑を巡らせているのだ、ということだろう。
「あの若造は、その例の人間二人組を探せるのか?」
「うーん、ちょっと今問題が発生してるんだよねぇ」
ボンブの指摘に、ネルテは頭の痛い思いで説明する。
フランゲルとアリアのパートナーは、未だ魔力伝達が出来ていない。
魔力伝達が出来ていないパートナーは、もうフランゲルたち四人しかいないのだ。
同じく魔力伝達できていなかったヘルシュとウォポンは、ヘルシュがようやく本来の適正魔法が分かって力をつけてきたところ。
なのでこの二人の問題は時間だけとなっている。
しかしフランゲルとアリアのパートナーは、未だに魔力伝達する気配の気の字もなかった。
勇者であるフランゲルと、聖女であるアリア。
役職持ちである二人の魔力は元々申し分なく、入学時から高い水準を誇っている。
最初期は、まるで訓練していなかったアリアの体力面を考慮すれば仕方ない。
しかし真面目に訓練するようになって半年以上が経過。
ギリギリながらも最低限の体力は付いて来たところ。
瘴気を払う光魔法が強化され、結界魔法や回復魔法など。
アリアが並の聖女と遜色ない実力を持ち始めた今なら。
フランゲルとアリアの魔力伝達は、いつ発現してもおかしくない状況のはずなのだ。
「その魔力伝達とやらが、一向に発現する兆しが見えないと」
「なーんか今、ギスギスしちゃってる感じなんだよねぇ。喧嘩でもしたかな。まぁフランゲルがあの調子だから仕方ないんだけどさ」
バシッと報告書を叩いたネルテに、ボンブが低く唸り上げる。
「ウガラシの時にさ、アリアはフランゲルの双子の兄王子たちに紹介されたみたいで。それで人柄がもっと知りたいから同伴してくれって、シュミックからわざわざ指名されてるんだ」
「ギスギスしてるとかいうタイミングでか? いい様になる気はしないが……」
「そーなんだよねぇ、でも指名されてる以上断れないし。こうなったら関係が完全に切れるか、修復するかの二択だなぁって」
両手を肩の横に持ち上げ、ネルテはお手上げだというポーズをとった。
フランゲルとアリアは、パートナーであったこともあり、入学当初からかなり距離感が近い。
最近の様子から、恋人的な付き合いがあったと言っていいだろう。
痴情のもつれからの別れは、学園生活ではよくあること。
そこは個人の自由なので、一教師であるネルテは介入できない。
ただこの場合、別れてしまったら二人の魔力伝達は諦める他なくなる。
「その場合はどうするんだ」
「他の相手と魔力伝達の訓練をしていく他なくなるね。パートナーと出来なかった以上、茨の道にはなり得るけど……」
疑問を挙げたボンブに、ネルテはそう指をあげて説明した。
魔力伝達は、あくまで複数人で魔力を循環させて、倍以上に膨れ上げさせるための技術。
パートナーはあくまで魔力相性が良く、やりやすい相手というだけだ。
なにもパートナーに固執する必要性はない。
魔力伝達は魔人族には伝わっていない技術のようで、ボンブは興味深そうに話を聞いていた。
「えぇい、この忙しい時に、こんなに余計な手紙を寄越してくるなんて勘弁してくださいよ!」
大声と共にバァンと荒々しく、職員室の横引きドアが開かれる。
大きな音に、ボンブが狼の耳を立てて飛び上がった。
顔を真っ黒にしたヘーヴが、マルスと一緒に大きな段ボールをそれぞれ抱えて入ってくる。
と思ったら、その大きな段ボールを、ネルテの机の上にドンと乱雑に放り投げた。
慌ててネルテは椅子ごと後ろに飛びずさる。
「ちょっと! いきなりなんだい!?」
「なにって、あなたの追加の仕事ですよ」
「仕事って、これ以上何が……」
「魔法科の生徒宛の手紙です。これ、全部」
真っ黒な顔のまま、余計な仕事を増やしてと、ヘーヴが段ボールを指さす。
あまりの剣幕に言い返すことも出来ず、ネルテは恐る恐る覗き込んだ。
中に入っているのは、大量の色とりどりの手紙。
見える範囲だけでも全てノースター宛、あるいは女装時の仮名ノスタシア宛の手紙のようだ。
どうやらパシフローでの歌姫候補選考で、ノースターはその美貌から、大量のファンを獲得してしまったらしい。
「パシフローやストシオンの件で、ソラウと旧ランタルテリアとは報告連絡してるんですよ。それなのに、こんなにも関係ない手紙が大量に届いて……!」
「報告書を見つけようと、仕分けだけでも一苦労になっちゃっわねぇ。ちなみにこれほんの一部よ、まだ沢山届いてるわ」
怒り狂ったヘーヴを労るように、マルスがよしよしと肩を撫でた。
「そういうわけで、魔法科の管轄ですので、手紙の仕分けはお願いします」
すんっといつもの苦労顔に戻ったヘーヴがネルテに命令した。
「えぇ!? これもほんの一部なら、一人で捌き切れる量じゃないだろ!?」
「ようやく復帰してきたスペキュラーにも頼んでるんです。担任かつ元気なあなたがやらないでどうするんです?」
驚愕したネルテの叫びを、ヘーヴは再び真っ黒になった剣幕で黙らせた。
魔法科の副担任であるスペキュラーは、ストシオンでの攻防の際、顕現した女神の膨大なエネルギーに当てられ、しばらく意識不明のまま倒れていた。
ネイバー校長がその場の全員を庇ったおかげで、なんとか一命は取り留めた教師たち。
ようやく意識を取り戻して復帰し始めたが、まだ本調子ではない。
戦闘には不安があるが、事務仕事は十分だろう。
そう判断したヘーヴは、この膨大な仕分け作業をスペキュラーに既に任せたようだ。
観測者の役職を持つスペキュラーには、確かに丁度いいリハビリも兼ねている。
だがそれでも追いつかない量だ。
ネルテはゆっくりとボンブの方を向いたが、同じようにボンブはゆっくりと視線を逸らした。
ボンブは元々事務方の仕事は苦手だ。
それに狼男の大きな爪と毛の生えた手では、手紙がそもそも掴みにくい。
頼る事は出来ないと、ネルテはがっくりと肩を落として段ボールの手紙を仕分け始めた。
「それと、例の生徒の移籍手続き書類はどうなりました?」
「イエディね。さっき本人が書類持ってきたところだよ、机の上に置いてる」
仕分けしながら視線をあげてネルテが促せば、ヘーヴが拝見しますと書類を手に取った。
「薄情なものよねぇ。パシフローから戻るより先に家族籍を抜いて、もうルッツ家の人間ではないですと叩き付けるんですもの」
「まぁ、元々家と折り合いが悪かったからねぇ。とはいえ、ここまで早急にするとは思わなかったけど」
仕分けたファンレターを積み上げつつ、ネルテも大きく溜息を吐く。
イエディの父親であるルッツ伯爵は恥をかかされて、勘当すると吐き捨て去ったその足でソラウ王国王宮に赴き、イエディをルッツ家から排斥する手続きを取ってしまった。
もうルッツ家とは関係がないので、学費の請求は寄越してくるなと、大変失礼な手紙まで添えて。
流石に家からの排斥となれば、イエディも多少はショックを受けるかとネルテも身構えていた。
だが家族と折り合いが悪く、虐げられ続けていた様子が垣間見えていたイエディの反応は静かだった。
将来的に、遅かれ早かれこうなると、イエディはずっと考えていたようだ。
とはいえ、エレイーネーには才能存続のために、在学した生徒を守る補助金制度が存在する。
ハイドランジア家が断絶したかつてのビタと同様、その在籍制度に移行すればいいだけの話だ。
これはいわゆる奨学金に似たような制度で、補助された学費は、将来魔導士になった後の給金から返済していく形となる。
イエディが提出した手続き書類に問題はなかったようで、ヘーヴが受領印を押して申請の棚に入れた。
「パートナーの子が、養子にでもなんでもなれと騒いでいたと伺いましたが」
「イエディとしては、将来のこともあるから、在学中にしっかり考えたいって」
「あら、断ったの。しっかりしてる子じゃない」
ヘーヴにネルテが返せば、マルスが感心したように星の煌めく瞳を丸くした。
勘当するとルッツ伯爵が騒いだ後、イエディのパートナーであるメロンが、その身を心配して養子を申し出ていた。
しかしエレイーネー在籍中は、寮での暮らしで問題もない。
イエディはその後じっくりと考えた結果、卒業後の身の振り方は自分で考えたいと、メロンに丁寧に断っている。
メロンもイエディの意見を尊重して、パートナーとして寄り添っていく方針を固めた。
「おっと」
ネルテが考え事しながら手紙を仕分けていると、一つの手紙から怪しくパチパチと火花が飛んだ。
さっと手紙を放り投げ、ネルテがパンと手を叩けば、空中に現れた緑の魔力の両掌が、火花を散らした手紙をパンと包み込む。
同時に小さな爆発がして、手紙が粉々に焼け落ちていった。
ヘーヴとマルスが注意深くそれを眺め、焼け焦げた紙の臭いに、ボンブが鼻を引くつかせながら唸り声をあげる。
「うーん、過激なファンもついちゃったか。ノースターのご両親が幼少期に心配するわけだよ」
「ソラウ王国は歌姫派閥といい、人物崇拝が過激な気でもあるんですかね」
悩むネルテの反応を見ながら、ヘーヴがヒュッと指を動かして、燃え尽きた手紙を魔法でゴミ箱へ移動させた。
ソラウ王国は、建国時に当時の歌姫がアシュを救ったことから、女神教の信仰でも歌姫派閥が強い。
てっきり建国時の伝説から、そうなっていたのかとネルテたちは認識していた。
だが現地でのノースターに対する熱狂ぶりや、届くファンレターに今の過激な手紙から、元々推しに対する熱量が他国と比べて高い国民性なのかもしれない。
「しかし危険じゃないか? この手の手紙が入ってくるようになるのは」
「前は副校長のシルバー・フェザーが自動的に弾いてくれてたからねぇ……」
ボンブのもっともな指摘に、ネルテはまたガシガシと薄黄緑の髪を雑にかいた。
本来であれば、エレイーネーの防衛も担う古代魔道具の銀の羽ペン、副校長のシルバー・フェザーが、この手の文章に対応していた。
だがストシオンで、他の教師たちやルドーを庇ったネイバー校長が意識不明の重体となっている為、シルバー・フェザーはネイバー校長の生命維持に注ぎ込んで、あまり余力がない。
女神の膨大なエネルギーに当てられたネイバー校長の容体は、前例がないのでどう治せばいいのかわからない状態だ。
悪魔ゲリックの説明では、クロノが歌姫の力を十分に使いこなすことが出来るようになれば、ネイバー校長の回復も見込めるようになるという。
パシフローでかつての元歌姫、古代魔道具の羅針盤を不本意に破壊したクロノの心労は、いかほどだろうか。
「結局のところ、我々も歌姫頼みになってしまうということですか」
「ルドーの聖剣も、元が歌姫だからどうやら歌えるみたいだけど、あんまり積極的に歌おうとはしてくれないしね」
ようやく段ボール一つを仕分け終わり、報告書らしい封筒を発掘したネルテが、手渡しながらヘーヴに語り掛ける。
羅針盤の破壊の際、ルドーの持つ聖剣も歌い始めた。
人が歌っている所を聞いて、ノリで歌ったとかなんとか。
この世界で音楽を奏でることが出来るのは、歌姫しかいない。
だから歌姫たちの歌に対する気の持ちようは、ネルテたちには理解できないのだ。
歌姫は歌が好きで、気分で歌う。
歌姫本人たちがそう言っているので、そういうものなのだろうと考える他なかった。
「ネイバー校長は、引き続きクロノさんの精神回復待ちですか……シュミックには連れて行くので?」
「話を聞いたあの悪魔が、ルドーとクロノにそう命じてたからねぇ。人手はいるけど、どうなることやら……」
次の段ボールに取り掛かりながら、ネルテはヘーヴにそう返した。
悪魔ゲリックは、フランゲルがルドーたちに報告する際同席していたらしい。
話を聞くなり、では皆さんで対策に向かいましょうと、即座に提案してきたそうだ。
あくまでコロバとナナニラの捕縛を、全員での目的として。
平然と女神深教の動向を探るために、歌姫候補選考に向かわせておきながら、その実勇者狩りの説得が目的であったり。
相変わらずあの悪魔は、何を考えているのかよく分からない。
「今回は俺も行くし、アーゲストも同行する。フォローは任せろ」
「当事者の魔人族だからね、頼りにしてるよ。ボンブ」
声をあげたボンブにネルテが答えれば、満足そうに鼻を鳴らす音が返って来た。
魔人族が入ったカプセルが使用されるならば、当事者である魔人族たちの判断も必要となってくる。
その為ネルテは今回、シュミックからの捜索要請に応える条件として、魔人族の捜査協力を認めてもらうよう申請を出した。
シュミックはそれに快く応え、何なら他国からの捜索協力申請も受理しているとの報告が上がっている。
「そろそろあの二人は本格的に捕まえなければまずいですからね」
「何を企んでるか知らないけど、未然に防ぐことに越したことはないわ」
ヘーヴとマルスの意見に、ネルテも神妙に頷く。
アシュでの出来事から、半年以上とかなり長い年月が経過している。
これ以上コロバとナナニラの逃走を許すわけにはいかない。
今回がきっと、完全な捕縛作戦となるだろう。
ネルテは段ボールをようやく仕分け終えた所で、ノースターに渡していいかの確認の為の中身の確認を始めた。




