第二百七十一話 飛ぶ鳥は落とされた
「幻の幻術団?」
アリスキャッテの選考会場の控室で待機していたリリアが、カゲツに問いかける。
カゲツ伝手のサンフラウ商会、選考会場手伝いの依頼班は、エリンジ、リリア、カゲツ、フランゲル、ヘルシュ、ウォポンの六人。
この班は主に会場施設の設営準備がメインだ。
施設内に不審な人物が入っていないか。
怪しいものが知らない内に設置されていないか。
そういったことに細心の注意を払い、警戒しながら会場の準備を終えた。
しかしトロープ公によって、最終選考が中央魔森林内になってしまったため、リリアたちはやることがなくなってしまっていたのだ。
ヘーヴ先生に待機を命じられてしまったのも、やることが警戒以外に無くなってしまった状況を加速させた。
それでも警戒するエリンジが、万一に備えこの場を離れ、会場周辺を何度目かわからない見回りを行っている。
リリアは広範囲の回復魔法が使える聖女ということで、緊急時に備えて魔力を温存して、待機するようにエリンジに言いつけられていた。
「はいや! ソラウ王国各地を回っていた、かなり技術の高い曲芸団なんですや。トロープ公が連れていたご婦人は、そこの出身だという話なんですや」
「へぇ。じゃああの人も何か曲芸が出来たのかなぁ」
ぴこぴこ指を動かすカゲツの説明を聞いて、リリアは控室に設置された投影魔法の画面を見た。
そこには先程まで歌姫候補たちが集結していた、選考会場の様子が映し出されている。
トロープ公の勇者狩り捕縛という最終選考内容。
歌姫候補たちがいなくなった会場は、それぞれの歌姫候補の後ろ盾になっている貴族や親族たちが、所在なさげに首を振っていた。
リリアはカゲツと共に、最終選考を指定したトロープ公の連れていた祖母について、どういう人物なのか話し合っていたのである。
「今は曲芸が出来るかどうかは定かではありませんや。なんでも彼女を連れ込んだ先々代トロープ公爵は、屋敷の奥に厳重に隔離したとかいう話でしたや」
「厳重に隔離?」
「はいや。なんでも一目惚れして、幻術団から誘拐するように掻っ攫ったんですや。正妻にばれないようにでもなく、逆に過保護で目立ちすぎるほどの隔離だったそうで」
カゲツの説明に、リリアは驚いて口に手を当てる。
先々代トロープ公爵が、愛妾として連れ込んだ、身元不明の女性。
それが出自もわからぬ者が集まる、ソラウ王国で当時有名だった幻術団出身だったという。
かなり派手で奇抜な見世物芸をしていたそうで、人気の絶頂期には、当時のトロープ公爵をはじめ、貴族たちもかなりの数が一目見ようと押し寄せていたとか。
「それなら、この間のアシュの時なんか、見世物芸の絶好の機会じゃなかったのかな。ソラウ王国建国三百年の式典だったのに」
説明を聞いたリリアが、悩むように視線を上に向ける。
歌姫像の塔があったアシュでは、式典のために出店や見世物がかなりの数で開催されていた。
ソラウ王国でそれほど有名で、貴族も見に行くような大きな幻術団。
ならば建国三百周年式典に、むしろ招かれていてもおかしくない。
しかしリリアは、アシュでの式典で、そのような幻術団は見た記憶がない。
話すら上がっていなかったことから、そもそも幻術団はアシュの式典に来ていなかったと考えるのが妥当だろう。
「それがこの幻術団、七十年前に突然全員失踪しているんですや」
リリアの疑問に、カゲツが悩むように腕を組みながら答えた。
「全員失踪?」
「はいや。幻術団が公演で使っていたテントだけが残されたまま、忽然と」
穏やかではない話にリリアがごくりと唾を飲み込むと、カゲツは顔を寄せてさらに続けた。
なんでも七十年前の当時。
公演時間になっても何も起きず、不審に思った観客たちがテント内を捜索したが、生活感や訓練の痕跡はあるのに、団員だけが誰一人いなくなっていたそうだ。
「ちょうど先々代トロープ公爵が、あの女性を拉致監禁した直後だったようで。なにかしたのではと、かなり騒がれたそうですや」
「それであの人が会場に出てきたとき、ソラウ王国の貴族さんたち、あんまりいい顔しなかったんだ……」
リリアはそう言って、また会場が映っている投影魔法をちらりと見る。
現トロープ公の祖母に当たる、車椅子に乗っていた老婆。
歌姫候補募集の主催者であるトロープ公がいても、あの女性が傍に居るだけで、ソラウ王国の貴族たちの反応は一気に悪くなった。
投影魔法越しでもわかる空気の変化。
それに疑問に思ったリリアに、カゲツはサンフラウ商会伝いに知った、トロープ公の祖母に関する情報を話していたのだ。
「貴族も目に掛けていた幻術団の失踪。世界一周公演の話も出てきていて、まさにこれからというタイミングだっただけに、ソラウ王国内でも大規模な捜査が行われたそうですや」
「でも、その話し方だと……」
「はいや。未だに手掛かり全くなしの、未解決事件としてひっそりと語り継がれているんですや」
指をビッとあげ、迫真に迫った表情のカゲツに、リリアはゴクリと息を飲み込んだ。
貴族が目に掛けていたということは、投資もかなりされていたはず。
世界一周公演なんて話が持ち上がっていたなら、国を挙げて幻術団を後押しする動きをしていたのだろう。
それが、突然の原因不明の全員失踪。
確かに未解決事件のままならば気味が悪いし、一人だけ貴族に誘拐されたために生き残っている団員がいたとなれば、疑われるのは自然の流れだ。
だがカゲツのこの話しぶりや、孫にあたる現トロープ公があの女性を連れ回している様子を見るに、疑いはあっても、事件との関連は見つけられなかったのだろう。
幻術団全員失踪の曰くのある、元団員女性。
その女性の姿が見えなくなり、トロープ公は血相を変えて施設内を探し回り、フランゲル、ヘルシュ、ウォポンも、その捜索に駆り出されている。
「勇者狩りに、幻術団失踪の生き残り……なんだか気味が悪いなぁ。お兄ちゃん、何もないといいけど……」
「ルドーさんでも対処できない事態は、正直勘弁願いたいですや」
何の報告もないまま、リリアはカゲツと共に控室で、またそっと投影魔法の映像を眺めた。
「つまりレモコは、偽物のまま歌姫になって、都合の悪い奴に冤罪を吹っかけようとしてるってことか!?」
「はい、先程のカイムさんからの通信を聞く限りは!」
息を切らしながら最後尾で通信連絡をしているトラストに、ルドーは走りながら問いかける。
ドスンドスンと大きく振動する岩人形を、ルドーたちは必死に追いかけていた。
見上げるような山ほどの大きさの人形兵は、一歩一歩がかなり大きい。
ルドーたちは、引き離されないように追いかけるのが精一杯だった。
握り締められた拳から、血を吐いた勇者狩りの頭だけが見える。
さらに厄介なのは、反対側の手に握られてしまった人質だ。
「大きい上に動きが早すぎます、どうにか足止めをしてもらえませんか!?」
「下手なことしようとするんじゃありませんよ! グチャッとこの小さい人逝っちゃいますからね!」
ヘーヴ先生がなんとか動きを止めようと、指差して狙いを定めようとした。
だが声に反応したレモコが、岩人形の左手を高々と掲げる。
そこには車椅子から投げ出されて倒れていた、あの老婆ががっしりと握り締められていた。
「勇者狩りだけならまだしも、あのばあさん相手じゃ……」
『あぁ。あの老体じゃ、攻撃掠めるだけでも致命傷になり得るぞ』
岩人形の拳に握られた老婆を見上げたルドーに、聖剣も舌打ちするように弾ける。
バキバキと木々をなぎ倒しながら進んでいく岩人形。
ルドーたちは倒された木の残骸を掻き分けながら追いかける。
車椅子に乗って移動するような老体。
雷魔法では、掠っただけでもそのまま心臓の動きを止めかねない。
さらにいえば、レモコはルドーたちが攻撃しようとする度に、その老婆を握った岩人形の左手を、盾のように掲げてくる。
攻撃を与えることが出来ず、追いかけることしか、今のルドーたちには出来なかった。
視界の悪い森の中からも、視認できる大きさの岩人形。
ドスンドスンと少しずつ離されていくのを、必死に追いかけて食らいつき続けた。
「しかし、老婆をあのように扱って、トロープ公も許さないのではありませんの!?」
「いや、森の中にいたのを保護した。我々の言葉は、ライバルの言いがかりだと言われてしまうと、下手したら信じ込まれかねない」
レッドスパイダー先生が襲い掛かる小規模魔物を右手の大剣で叩き切り、ノスタシアを左脇に抱えたまま、叫んだビタに答えた。
要はレモコは、最終選考を指定したトロープ公に通じる理屈を話せばいい、と考えているのだ。
老婆が上手く話せないだろうと踏んで、勇者狩りをトロープ公に献上。
さらにトロープ公の祖母である老婆を届けて助けたと言い張ることで、より良い心証を狙おうとしていた。
人質にされた上に、レモコの主張を補強するような老婆に対する扱い。
あまりに理にかなった方法に、ルドーは大きく舌打ちした。
「リリにも冤罪吹っかけるつもりなんだろ! ぜってぇさせてたまるか!」
『兄ちゃんはいつも大変だぜ!』
「なんか変な流れが……全員止まって止まってぇ!!!」
楽しそうに聖剣が弾けた瞬間、メロンが大きく叫んだ。
反応したネルテ先生が、巨大な緑の両手で全員を抑え込んだ瞬間、上空から大量の黒い塊が巨大な雹のように、ドカドカと降り注いだ。
爆発するような衝撃とともに、周辺の地面に叩き付けられ、黒い煙に霧散していく黒い物体。
「でぇっ!? これって……」
大きさすらばらつきのあるそれが、上空から大量にレモコめがけて降り注いでいることに、ルドーは一拍遅れて気が付いた。
魔物だ。
魔物が上空から、大量に降り注いでいる。
先頭でルドーたちを止めたネルテ先生の驚愕の叫びが聞こえた。
「魔物暴走でもない……なんだ!? 何が起こってんだい!?」
「あぁもう! あと逃げ切ればいいだけって時にぃ!!!」
人質で岩人形の両手が塞がっているレモコが、降り注ぐ魔物に焦りの表情を見せて大きく後退する。
すると岩人形がにじるように後退した足元が、大きくビシリと氷結に飲み込まれた。
パキパキと岩で出来た足を這いあがり、花咲くように大きくなっていく氷結。
動きを止められたレモコが、憎悪するように大きく顔を歪める。
「ああもう、ああもう、ああもう! 相変わらずしつこいですねぇ!!!」
「そりゃ、お前を引き摺り上げるためにここに来たからね。レモコ!」
「人質を解放しなさいませ!」
「アルス! キシア!」
地面を伝う氷結の先にいた二人に、ルドーは大きく呼びかけた。
アルスとキシアは魔力伝達で何倍にも増幅させた氷結魔法を使って、レモコの岩人形の足元を凍らせて、その動きを封じている。
さらにアルスとキシアの背後から長い蛇のような赤褐色の何かが動き、真っ黒な塊がブオンとレモコに向かって放り投げられた。
カイムが赤褐色の髪を伸ばしてあちこちから魔物を掴み集め、クロノが素手で片っ端からレモコに向かって投げつけていた。
「おい、もう足止め出来たしいいだろ」
「目立たないように戦うって、ホント面倒」
襲い掛かる魔物を赤褐色の髪で掴んで対処するカイムと、レモコの様子を見上げるように、クロノが額に手を当てていた。
『こっわ。どういう魔物の使い方だよ』
パチリと聖剣が困惑に弾ける。
岩人形が両手を使って戦闘も自衛できないことを逆手に取った、動きを止めるための陽動。
カイムとクロノは協力して、レモコ目掛けて魔物を投げつけていたのだ。
レモコが座る岩人形の肩周辺に、クロノは重点的に魔物を投げつけていた。
生き残った魔物が狙うように忍び寄ってきたために、レモコは岩人形の肩で立ち上がって警戒態勢を取り始める。
「ふん、いくら動きを止めた所で、人質がいる以上は――――」
「俺もいることを忘れるなああああああああ!!!」
ブオンと振られる竹刀の風切り音。
ハイシェンシーが大きく跳び上がり、老婆を掴んでいた岩人形の左腕を、竹刀で切り落とした。
「竹刀で岩を切り落としたぁ!?」
「さっきのカウンター、まだ残ってたんでなぁ!」
落下する老婆をガシっと掴み、ハイシェンシ―は素早く離脱体制をとる。
それを見たレモコが迫る魔物を無視して、岩人形の体制を変えて、素早く左腕をバキバキと再生成して伸ばした。
「そんなもの、もう一度お前ごと捕まえるだけですよぉ!!!」
「イエディ!」
「見えた!!!」
伸ばされた岩人形の左手が、砲撃魔法でドカンと大爆発する。
ルドーが声の方向を振り返れば、魔力伝達で狙いを定めたイエディの砲撃魔道具から煙が出ていた。
その背後でマルス先生によって両肩に手を添えられ、メロンとイエディが大量の貯蔵魔力を注がれたようだ。
「援護感謝だ!」
バラバラと拳だった岩が散らばり、その隙にハイシェンシーがあっという間に距離を離していった。
これでレモコに残っているのは、右手に捕まったままの勇者狩りだけ。
「このっ、有象無象の集団がぁ!!! 助けてほしい時には来なかったエレイーネーのくせにぃ!!!」
「その点については確かに謝罪する」
ハイシェンシーに気を取られていた隙に、背後に回っていたレッドスパイダー先生が、その巨体からは想像も出来ない素早さで大剣を振るった。
岩人形の右腕が、一瞬にして大量の線が刻まれて、粉々に砕ける。
怒りに滾るレモコの絶叫が響いた。
「エレイーネーがああああ! 何してるんですか! 何してくれてるんですかぁ!!!」
しかしその瞬間、隙をずっと伺っていたように、殺気立った目がぎょろりと動いた。
岩人形がボロボロの腕を勇者狩りに伸ばした瞬間、ジャキンと金属音が響く。
魔道具になっていた勇者狩りの左腕から、長い刃物が指の様に飛び出した。
勇者狩りの刃物指の一振りで、残りの腕も完膚なきまでに粉々に砕け散って行く。
「逃がしやしないからねぇ! ヘーヴ!」
「空間停止!」
ネルテ先生の掛け声に合わせて、ヘーヴ先生が勇者狩りを指差した。
途端に勇者狩りは、攻撃した後の落下する姿勢のまま動かなくなり、ネルテ先生の巨大な緑の魔力の両手がバシンと包み込んだ。
ネルテ先生が大きく咆哮するように叫ぶ。
「勇者狩り確保ぉ!!!」
「あぁっ、返せ! それはこっちの獲物なんですよ!」
「させるかぁ!」
破壊された腕を再生成しようとしたところに、ルドーは素早く聖剣を振って、雷閃を叩き込んだ。
雷の砲撃魔法が複数、森の木々を照らして上空から両腕に直撃し、防御魔法を貫通してボロボロに焼き切って行く。
「なにがこっちだ、横入りした癖に!」
「レモコ、もう諦めろ! 投降するんだ!」
アルスの警告と共に、岩人形の足下から広がる氷結魔法が、一気に腹部まで拡散した。
岩人形の肩に乗った魔物ににじり寄られ、レモコが般若のように歯をむき出しにして睨んでいる。
「投降してどうなるってんですか。割を食って損するだけじゃないですか」
「レモコ……」
「この世界で普通の生活が出来るのは、恵まれた奴しかいないってんですよ! 恵まれた環境でずっとぬくぬくしてきたお前が、私のやり方にどうこう指図するなぁ!!!」
アルスに向かってレモコがそう叫ぶと同時に、岩人形が大きく肩を揺らした。
レモコに迫っていた魔物が振り落とされ、地面に激突してバシバシと霧散していく。
「勇者狩りさえ確保できれば、そして歌姫を名乗ることが出来れば――――」
「残念ながらそれは、もう無理という話だ! なぜなら俺が全て見て、さっきの話も聞いていたからなぁ!」
ひたりとネルテ先生を見据えたレモコに、距離を取って老婆を抱えるハイシェンシ―が竹刀でビシッと指しながら叫んだ。
「俺の目と耳は、選考の間ずっとバンティネカ様に魔法で接続されている! お前が歌姫を偽ろうとしたことも、トロープ公の祖母を邪険に扱っていたことも、全てバンティネカ様に筒抜けだぁ!!!」
「何してくれてんですかぁ!!?」
キラキラする瞳で嬉々として高らかに宣言したハイシェンシーに、レモコが驚愕の悲鳴をあげた。
バンティネカはソラウ王国第三王女で、今回の歌姫候補の選考審査を務める一人。
王族である以上、その審査権はかなりの割合を有する。
トロープ公さえ言いくるめてしまえばいいと思っていたレモコには、その計略を騙った時点から、歌姫として選ばれる機会を完全に失っていたのだ。




