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第二百七十話 足下から立つ鳥

 

 中央魔森林に転移したルドーたちは、探知魔法で周囲の安全を確認しながら先に進んでいた。


 目標は、目撃情報のあった、勇者狩りの捕獲。


 勇者狩りが本当にいるならば、ソラウ王国の勇者を狙っての潜伏も考えられる。

 計画的な潜伏も考慮して、慎重に周辺の探索を行なっていた。


 しかしそこで想定外の事態が発生した。


「は?」


 転移魔法を終えたヘーヴ先生の声に、全員がその視線を追いかける。


 そこにはついさっき見たばかりの、森の中にいるべきではないものが見えた。


 全員が、鬱蒼とした森の中で見たものに絶句する。


『おい、マジかよ』 


「……なぁ、見えたらおかしいもの見えた気がしたんだけど」


 困惑してパチパチ弾ける聖剣(レギア)に、ルドーも見間違いかと目を瞬かせた。

 しかしいくらルドーが瞬いても、見える光景は変わらない。


 そこには車椅子に座った皺くちゃの老婆が一人。

 車椅子をキコキコと揺らして、中央魔森林の中を奥へと進んでいた。


「あのあのあの、見間違いではないかと……」


「見間違いでないのでしたら、一体どういうことか教えていただいてもよろしくて!?」


 トラストとビタの困惑の声が続く。

 だが困惑しても仕方がない。


 森の中に老婆が車椅子に乗って移動する姿は、何をどう見てもおかしい。

 整備された道ではないのに、車椅子は難なくキコキコと移動している。


 ルドーがよくよく目を凝らして見れば、若干浮いているようにも見える。

 介護する親族が運びやすいようにか、それとも本人が好きに移動できるようにか。

 動けない高齢者の移動が快適になるような、車椅子型の魔道具か何かだろう。


 しかしそれにしたって、あの老婆がここにいること事態がおかしかった。


「トロープ公に連絡……ダメか」


「アリスキャッテは依然防犯魔法が多数掛けられてるままだ。通信もまるで通じない……」


「うーん、困ったわねぇ」


 レッドスパイダー先生、ネルテ先生、マルス先生が対応に迷って動く老婆を見つめる。


 トロープ公が選考会場に連れてきていた、先々代が愛妾にした、身元不明のままの祖母。

 ルドーたちが目にしていた車椅子の老婆は、それ以外に考えられなかった。


 だがしかし、車椅子の老婆が単独で、ここまで来られている意味が分からない。

 会場のアリスキャッテからこの中央魔森林までは、近場の辺境を考えても、それなりに距離がある。

 ルドーたちは転移魔法で直接赴いたのだ。

 そこに車椅子の老婆が追いついている時点で、さらにおかしい。


 とりあえずトロープ公に連絡を取りたいのだが、アリスキャッテに施された通信阻害の魔法の為か、それも出来ない様子だった。


「待って待って待って、そこの車椅子の人おおおおおおおお!? なんでいるの!?」


「まずい、正面、魔物が」


 ルドーたちが迷っている間にも、車椅子の老婆はどんどん先に進んでいた。

 その先に小規模魔物が湧いたのが見えて、メロンとイエディが慌てて追いかける。


 老婆は魔物など見えていないのか、それとも鈍感になり過ぎて気付いていないのか。

 キコキコと動く車椅子に、素早く動く黒い影が複数迫っていることにも全く頓着していない。


「メロン!」


「大丈夫。そのまま一二時の方向、いっちゃえー!」


 イエディが素早く砲撃魔道具を構え、メロンの指示するタイミングで放つ。


 ドカンと砲撃魔法が放たれ、老婆のすぐ背後に迫っていた魔物に直撃して、爆発して霧散する。


 なんにしても、あの老婆が単独で行動するのは危険でしかない。

 車椅子を止めようと走り始めたメロンに、ルドーたちも続いた。


『待ってぇ (;´・ω・)』


 慣れないスカートとヒールに、足場の悪い森の中で、ノスタシア(ノースター)だけが、その場にポツンと置き去られる。

 全員が見えない背後に、ノスタシア(ノースター)の魔法文字が虚しく照らし出されていた。


「ご婦人、ここは危険です。我々と行動してください」


 最初に追いついたヘーヴ先生が、なんとか老婆にそう声を掛けていた。


 皺くちゃの老婆は、たるんだ瞼で完全に視界が塞がっていて、どこを向いているのか、そもそも前が見えているのかすら定かではない。

 ただ、声は聞こえたようで、ヘーヴ先生の呼びかけに、老婆はすこし首をもたげた。


「あの人がねぇ、ちかくにいるの」


「あの人? トロープ公ですか?」


「ちかくにいるの。行かないとねぇ」


 ヘーヴ先生が詳しく話を聞こうとしたが、老婆はゆっくりと、一方的に話し終えた後、またどこかに向かおうと車椅子をキコキコ動かし始めた。


 置いていくわけにもいかず、ヘーヴ先生が咄嗟に車椅子の取っ手を握る。

 老婆はそれにも気付いている様子はなく、キコキコと車椅子を動かし続けていた。


 老婆の進行方向は、町の方面ではなく、中央魔森林のさらに奥深くの方だ。

 何を話しているかわからず、ルドーたちは困惑して顔を見合わせる。


「誰のこと言ってるんだ?」


「年齢が年齢ですから、正常な会話なのかどうかすら……」


『認知入ってそうだよなぁ』


 ルドーが疑問をあげたが、ビタと聖剣(レギア)は懐疑的な反応だった。


 老人特有の、会話しているようで会話できていない状態。

 本当に起きていることなのか、それとも老婆の頭の中の出来事なのか。


 老婆の普段の様子が分からないルドーたちでは、判断ができなかった。


「でもでも、本当に誰かいるとしたらどうしましょう」


「まずいじゃん! 勇者狩りもいるのに、危ないよ!」


「一人か複数人かも、分からない」


 トラストが不安そうに周囲を見渡し、メロンとイエディも同じ動きを始めた。


 確かに老婆が言っていることが本当だとしたら、だれかしらが中央魔森林に、許可なく立ち行った可能性が浮上する。

 老婆のこの曖昧さから、その誰かしらがどういうものを指しているのかさえ、ルドーたちにはよくわからない。


 認知が入った妄想ならまだいいが、本当のことなら放置できる問題ではなかった。


「すみません、お探し方はどこにいるんですか?」


「ちかくにいるのよねぇ」


「あの、お探しの方はどなたか、お名前わかりますか?」


「長いこと会ってないのよねぇ」


「駄目だ、会話が通じん」


 マルス先生が情報を必死に聞き出そうと声を掛けたが、返ってくる老婆の答えは、若干微妙にずれている。

 レッドスパイダー先生が、肩を落とすように彼岸花の仮面を下に向けた。


 質問を聞いているようで、その実老婆が話したい内容に勝手に変換して、こちらの質問には答えず一方的に話している、そんなちぐはぐな会話。


 そして会話をしている間にも、老婆はキコキコと車椅子を動かそうとする。

 ヘーヴ先生が車椅子の取っ手を握りしめたまま、なんとか動きを食い止めていた。


「うーん、このまま動くのは危険すぎるよ。一旦離脱して、この人をアリスキャッテに帰さないかい?」


「どうやってここに来たかもわからないのに、戻して大丈夫なんですかね」


 ネルテ先生が一旦離脱を提案するも、ヘーヴ先生が渋い顔をした。


 もしこの老婆が単独で、何らかの方法を使って中央魔森林までやって来たのなら、アリスキャッテに連れ戻したところで、同じ方法でまた中央魔森林に戻ってくる可能性がある。

 今回はルドーたちが気付けたからいいものの、もし老婆が同じように移動して誰にも見つけられなかったら、魔物に襲われて殺されてしまう確率が高い。


 可能性としては考えたくないが、この老婆が自力の転移魔法でここまで来た、なんてことだったら、アリスキャッテに戻しても本当に意味がないだろう。


「マジでどうすりゃいいんだ?」


 キコキコと空回りする、若干浮いた車椅子の老婆を、ルドーは困惑して眺める。


 老婆をアリスキャッテに連れ戻すわけにもいかず、かといってこのまま勇者狩りの捜索に連れて行くこともできない。

 一番堅実的なのは、この老婆が探している相手のところに連れて行くこと。

 だがそもそも実在するのかすらあやふやなので、見つかるかもわからなかった。


 そして厄介なことに、現実は考える時間を与えてはくれない。


『おい……』


 バチッと弾けた聖剣(レギア)の警告に、ルドーは咄嗟に光った方向に視線を向けた。


 濁り切った灰色の切れ長い目が、少し離れた場所からこちらをじっと見つめていた。

 ボサボサの鈍色の髪が、瘴気にうっすらと揺らめいている。


 やや痩せた、姿勢の少し悪い四十代男。

 勇者狩りがルドーたちの方を、じっと見つめるように佇んでいた。


「先生!」


「タイミングが悪いな!」


 聖剣(レギア)を引き抜きながら咄嗟に声を張り上げたルドーに、ネルテ先生が構えながら答えた。


 老婆を守るようにさっと動いて囲った先生方の背後で、トラスト、ビタ、メロン、イエディ、ノスタシア(ノースター)もそれぞれ構える。


「……あれ?」


『どうした?』


「いや……」


 ルドーは聖剣(レギア)を構えたまま、勇者狩りになにやら違和感を覚えた。


 以前モルフォゼやマー国で遭遇したときとは、明らかに何か違う。

 なんだろうか、何か足りない。


 覇気。

 いや違う、殺気だ。


 あの差し違えてでも相手を地獄の底に引き摺り降ろすような、そんな戦慄した勇者狩りの殺気が、今のルドーには全く感じられなかった。


 実際勇者狩りは、明らかにルドーを視認しているはずなのに、以前のように即座に殺しに来ようとしていない。

 まるで観察するかのように、じっとその場に佇んだままだ。


 そして現場は更に混乱を極め始めた。


「やっぱりいるわねぇ」


「ちょっと今動かないでくれますか!?」


 ルドーが勇者狩りに疑問を覚えていると、老婆とヘーヴ先生の言い争う声が聞こえた。

 聖剣(レギア)を構えたまま、ルドーは勇者狩りに体勢を向けたまま視線だけ向ける。


 するとあろうことか、あの老婆なんと勇者狩りに向かっていくように、キコキコと車椅子を動かしていた。


「お待ちくださいまし! 勇者狩りと会おうとしておりましたの!?」


「いや、それにしてはなんだか様子がおかしいような……」


 ビタの驚愕に、トラストが冷静に周囲を観察していた。


 老婆が言っていた相手は、勇者狩りだったのだろうか。

 ルドーもそう思って勇者狩りを見据えるが、勇者狩りは逆に老婆に困惑しているような表情を浮かべていた。


 よくわからない奴を目に入れたような、そんな視線。


 てっきり勇者狩りと老婆が知り合いだったのではと思ったが、どうにも勇者狩りの反応を見るにそうではなさそうだ。


 ルドーはもう一度老婆の方に視線を戻すが、その動きに更に混乱した。

 老婆は勇者狩りの方を見ているようで、全く別のものを見ているような。


 老婆は手をあげたまま、たるんだ瞼に塞がった視線が、勇者狩りの近くを向いていた。


「ねぇ、そこにいるのかしら。私の声、聞こえているのかしら」


「前に出ようとしないでくれますか!?」


 思ったより老婆の力が強いのか、ヘーヴ先生が必死に車椅子を押しとどめている。


「なんだぁ?」


『わけわかんねぇままだが……どうする、あいつ説得してみるか?』


 目の前の光景に困惑していたルドーは、聖剣(レギア)の一言ではっと当初の目的を思い出した。


 ゲリックに提案された、勇者狩りの説得。

 危険な相手だからこそ、ルドーは捕縛してから考えようと思っていた。

 だが味方にするにしろしないにしろ、勇者狩りが殺気を失い、目的を喪失しているなら、ゲリックの言う通り、交渉の余地はある。


 今の勇者狩りの様子から見るに、一旦投降する方向に説得するのはありかもしれない。


 ルドーはじっと勇者狩り見据え、ざわつく胃を落ち着かせるように大きく深呼吸した後、口を開いた。


「なぁ、もう勇者を害する気がないなら、大人しく捕まってくれないか?」


「本物の歌姫はどこだ」


 勇者狩りからの想定外の返答に、その場の全員に緊張が走った。


 勇者狩りがなぜ、ソラウ王国の勇者も狙わず、パシフロー付近で目撃されていたのか。

 どうやら勇者狩りも、歌姫候補募集の話を聞いて、本物の歌姫を探そうと、この場に現れていたようだ。


「今のところ全て偽物だ。だが本物も来ているだろう、どこだ」


 確信めいた勇者狩りの発言に、ルドーたちはじっとりと冷汗を浮かべた。


 本物の歌姫はクロノだ。

 だが歌姫候補の選考には参加していない。


 しかし勇者狩りのこの口調は、歌姫が誰かわかっているような断言の仕方だ。

 クロノが本物の歌姫だと知っていて、そしてこの場に来ていると勇者狩りは確信して話しているのだろうか。


 勇者狩りがどこまで知っているのか分からない。

 ルドーは情報を聞き出そうと、慎重に言葉を選びはじめた。


「それを聞いて、どうするつもりなんだ」


「話がしたいだけだ」


「何の話を?」


「お前には関係ない」


 目を細めた勇者狩りに、ルドーは質問をバッサリ切り捨てられた。

 これだけでは、勇者狩りがクロノを本物の歌姫だと断定しているかどうかわからない。


 ただ、勇者狩りは歌姫を、クロノを殺そうと思って聞いている訳ではないようだ。


 以前の殺気を撒き散らした状態でも勇者狩りは、勇者は死ぬべきだと、はっきりそう断言してから襲い掛かってきている。


 ルドーが思うに、勇者狩りは理不尽に襲う思想こそあるものの、嘘をついてかき乱すような相手には思えない。


 ゲリックが説得して味方に引き入れろと言った理由が、皮肉にもこの性質を補強していた。


「一旦投降しな。そっちがやって来たことがことだ、そう簡単に信用ならない」


 ルドーの背後で構えたままそう言ったネルテ先生に、勇者狩りがさらに目を細めた。


 勇者狩りが話したがっている会話の内容が分からない以上、本物の歌姫であるクロノに危害が加えられるかどうか、判断材料がなかった。

 もし勇者を害していた思想が何らかの形で関わっていた場合、会話内容によっては歌姫も勇者狩りは抹殺対象にしかねない。


 ネルテ先生の判断は当然の措置だろう。

 生徒であるクロノに危害がある可能性を考えれば尚更だ。


 勇者狩りは、ネルテ先生の方をじっと見据えたまま動かない。

 その沈黙は、従うかどうか、迷っているようにもルドーには見えた。


 勇者狩りは確か、グルアテリアの古代魔道具の羅針盤を所持している。

 探知魔法に特化しているが、古代魔道具は歌姫の成れの果てであり、序列的には歌姫の方が強い。


 思うに、古代魔道具の羅針盤で、勇者狩りはクロノの居場所が探知できなかったから、わざわざ探しに来たのではないだろうか。


『おい! 気を付けろ!』


 勇者狩りを見たままルドーが考察していると、不意に聖剣(レギア)が警告に弾けた。


「投降するなら、こっちに捕まってほしいものですね!」


 ドスンという大きな地響きに、その場の全員が宙に浮く。

 老婆が車椅子から、衝撃で投げ飛ばされた。

 バキバキと周辺の木々が薙倒されていく。


「なんだ!?」


『悪い、取り逃がした。そっち行ったかもしれねぇ』


 頭の中に、カイムからの通信魔法が響く。


 見上げる山のような大きな岩人形。

 空中に浮きあがった勇者狩りが、その硬い掌にガシっと掴まれるのが、ルドーの目に飛び込む。


 食い込んだ岩の拳が抵抗されないよう、めきめきと強く握り込んで、勇者狩りがごぱっと血をはいていた。


「勇者狩り、確保ぉー! それではみなさん、おたっしゃでー」


 アルスたちに任せたはずのレモコが、岩人形のその肩にちょこんと腰かけて手を振っていた。


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