第二百六十九話 歯噛みする人形劇
陰のような瘴気が覆い、薄暗い森の中に、衝撃音と笑い声が響く。
脳裏にこびりつくような、薄汚い、卑劣な甲高い笑い声だ。
か細い少女の悲鳴。
中央魔森林に入り、先を掻き分けて当てもなく彷徨っていたカイムたちに、その音は唐突に響き渡っていた。
「あーっははははは! 弱っちい癖に、歌姫なんて幻想に縋りついてみっともない! そんな都合の良い救世主、簡単になれるわけないじゃないですか!」
「レモコ……!」
「アルスさん!」
「おい、先走るな!」
聞こえた声の方向に向かって、アルスが反射的に走り始め、キシアとハイシェンシーが呼び止める。
まだ入ったばかりの中央魔森林は、そこまで深くないが、奥に行くほど鬱蒼としていく。
勇者狩りが近場で目撃された情報がある以上、安易に動くことは死活問題に繋がるが、幸いカイムたちが同行する班に、勇者の役職持ちは存在しない。
帽子の鍔を握り、赤い瞳を光らせて周囲を確認していたクロノに、カイムは視線を送った。
「勇者狩りの反応はあんのかよ」
「確かにいるけど、まだこっちに来てない」
カイムの視線に気づいたクロノは、小さく首を振った。
どうやら目撃情報通り、勇者狩りは近場にいるようだ。
「例のバケモンどもの方はいんのか?」
「どれも反応はない。転移魔法が使えるから、油断はできないけど」
現時点での懸念を尋ねると、クロノはそう言って帽子を深く被り直した。
不老不死の女神深教の祈願持ち。
それと女神を吸収した空想の魔導書を持つ、歩く災害のボス、ジャスタ。
その両方は、今のところ近場にいない。
少なくとも一番警戒心が強いクロノの判断はそうだ。
クロノの言う通り、相手が転移魔法を使える以上、それでも油断ならないが。
「ちょっと! 勇者狩りが歌姫候補に手出ししないよう警備しろって話だったじゃない。なんで既に三人すっ飛んでってるのよ!?」
取り残されたアリアが、キレ気味に両手を振り下ろしている。
勇者狩りだけでも、カイム一人では対処が難しい厄介な相手だ。
それを捕まえるにしても、連携は必須。
今回のように、他の歌姫に対する危害を抑えるにしても、あのように先行されては、出来るものも出来ない。
ただ、勇者狩りを捕まえるのは、今回カイムたちの役目ではなかった。
喚いているアリアに、クロノが小さく溜息を吐く。
「勇者狩りだけじゃないでしょ。要は歌姫候補が危害を加えられないように、私たちで目を配れってことじゃん」
「なら最初からそう言いなさいよ!」
「うるせぇ、喚いてんなら置いてくわ」
「いやよ! 一人で置いてかないで!」
クロノと視線を合わせ、アルスたちを追いかけ始めたカイムとクロノの背後から、アリアの叫び声が聞こえて追いかけてくる。
レモコとはカイムも面識がある。
シマス国フィレイヤで、教会を爆破しようとしてきたマフィアだ。
あの後聞いた話で、魔人族を人攫いしていたマフィア組織、鉄線の元幹部だと聞かされ、カイムは腸が煮えくり返った。
同時に、フィレイヤで成す術もなく人質にされたカイム自身も、腹立たしく情けなく感じた。
しばらく経った後で、カイムもルドーと共に、アルスからレモコとの因縁の事情を聞いてはいた。
幼少期に魔物暴走に巻き込まれ、庇護を失い、拾われたマフィアで、泥水を啜って生きてきたのだろうと。
だが生き残るためとはいえ、あそこまで堕ちてしまった人間を、引き上げることが出来るだろうか。
カイムにはアルスの考えが、甚だ疑問でしかなかった。
現に響いてくる声は、他人を害することに、これ以上ないほどの愉悦を感じてしまっている。
それは魔人族の同胞を救助する際何度も聞いた、人を傷つけることに何の感慨もない、犯罪者の思考回路そのもの。
思うに、レモコ本人がそういう気質を元々持っていたのではと、カイムはそう思っていた。
アルスの立場と気持ちは理解したが、それでカイムたち魔人族が受けてきた仕打ちを、許すことは出来ない。
少なくともカイムは、レモコを許す気は更々なかった。
カイムが考え込みながら走った先で、唐突に視界が開ける。
既に戦闘、いや、一方的な蹂躙でもあったのだろうか。
薙倒された森の木々に、歌姫候補が数人、押し倒されるように血に塗れて埋もれているのが見えた。
怪我人を目にしたアリアが、悪態をつきながら駆け寄って回復魔法をかけ始める。
「レモコ、もうやめろ! こんなことをしてなんになるんだ!」
「あいっ変わらずうるさいですねぇ、エレイーネーの犬が」
対峙したアルスに向かって、レモコが不快気に目を細めて眉を寄せた。
開けた先で、レモコが扱う巨大な岩の人形が、何かに向かって拳を振り下ろした直後だった。
その先で、アルスがキシアと魔力伝達を発動させて、巨大な氷でその攻撃を防いでいる。
カイムがよくよく見れば、二人の足元には既に、一人の歌姫候補が気を失って倒れている。
どうやら周囲の歌姫候補を、レモコは手当たり次第に攻撃しているようだった。
「何をしているかですっけ? そりゃあ当然、ライバルたちを蹴落としているだけにすぎませんって!」
レモコは水色のツインテールを揺らして、あからさまな態度で頬に指を添えた。
「少なくともお前は歌姫じゃないだろ! ライバル蹴落としたって、本物にはなれないはずだ!」
「でもどうせ本物はこの選考に来ないでしょう? なら私が立場上歌姫になって、本物に詐欺罪吹っかけて、二度と表に出これなくしてやるんですよ!」
にぱっと笑ったレモコに、その場の全員が釘付けになった。
歌姫でないと分かっていながら、レモコが歌姫候補として選考に応募してきた理由。
あくまでソラウ王国の基準でしかない選考に歌姫として認められ、本物の歌姫に難癖をつけて、動きにくくしようという目的のようだ。
たしかにこの選考方法では、ソラウ王国が認めた歌姫だという後ろ盾が与えられる。
たとえそれが本物の歌姫でなかったとしても。
カイムの視線が一瞬、無意識に本物の歌姫であるクロノに向いた。
「私、今とーっても気分がいいんですよ。聖女ちゃんにぐっちゃぐちゃにされた身体をこーんなに綺麗にしてもらって! だからお礼がしたいんです」
「お礼……?」
「あの聖女ちゃんに、歌姫になって、まず最初に偽物だって糾弾してやるんですよ!」
アルスの疑問にパンと両手を合わせて答えたレモコに、その場の全員の表情が険しくなった。
レモコが話している聖女というのは、かつて対峙してレモコに重傷を負わせた、ルドーの双子の妹リリアのことだ。
しかもレモコは、傷を治してくれた、おおよそ女神深教の相手に対する礼ではなく、酷い目に遭わせた相手、リリアに対するお礼参りを優先していた。
どうやらその件については、レモコはリリアに相当恨みを募らせていたようだ。
レモコをこのまま歌姫として成り上がらせてはならない。
本物の歌姫だけでなく、リリアに対する害意も堂々と宣言したレモコに、全員が警戒する表情に切り替わった。
「勇者狩りが捕まらなければ、少なくともあなたは歌姫には選ばれませんわ!」
アルスの横でキシアが叫ぶが、レモコはチッチッチと指を振った。
「でもそれを判断するのは、トロープ公じゃないですか。要するにトロープ公に勇者狩りを献上すればいいんです。その工程なんか知ったこっちゃありません」
だからこうして邪魔なライバルを減らしてるんですと、レモコは愉悦に大きく表情を歪めた。
要はこの最終選考は、トロープ公に勇者狩りを献上した者が勝つ。
勇者狩りを誰がねじ伏せようが、その過程でどれだけ犠牲が出ようが、結果的にトロープ公に勇者狩りを渡せばいいという考え方だった。
つまりレモコが今この場で、こんなに余裕をこいて他の候補に危害を加えているのは、誰かが捕まえた勇者狩りを、横から掻っ攫う算段で動いているから。
マフィアの考えそうなことだと、少なくともカイムはそう結論付ける。
不愉快な笑顔を浮かべるレモコを、カイムは睨み付けた。
「そいつ、とっ捕まえろ。少なくとも最終選考の邪魔だ」
「おっとぉ、目には目をですか。ですがそう簡単にやられてあげやしまいませんからね!」
何か狙いがあったのか。
歪な笑顔をさらに大きくしたレモコが叫ぶ。
その瞬間、アルスとキシアの背後から、強烈な衝撃音が発生した。
「会話で注意を引いておいて、背後からの不意打ち。まぁわかりやすい下衆な方法だよね」
いつの間にか、アルスとキシアの背後に移動していたクロノが呟く。
歌姫候補の一人、ニコニコと笑っていた注目株が、大きく足を振り下ろした状態で、クロノの片腕に防がれて止まっている。
攻撃を防がれて、その小柄な少女とレモコが、驚愕に目を見開いていた。
押し返すようにクロノが腕を振るい、歌姫候補の少女が大きく飛び上がってくるくる回りながら後退する。
距離を取った少女は、パリパリと鏡が割れていくように姿を替えた。
レモコの岩人形の攻撃を防ぎつつ、アルスとキシアが顔だけ背後を振り向く。
「そいつは……」
「線連ドンの補佐、だったかな。言葉を発せないのは、幻覚魔法の役職デメリットってところか」
見えない攻撃に反応が遅れたアルスが驚愕する中、クロノが赤い瞳でじっと女性を見据えていた。
以前アルスたちがワスラプタで見かけたという、マフィア組織線連の幹部らしき、幻覚魔法と体術を使う女だ。
女性はすっと真顔になると、クロノを指差し、女性自身を指差し、すっと親指で首を切る。
“お前は、私が、殺す”
「おー、怖い怖い」
口ではそう言いつつも、微塵も怖がっている様子がないクロノに、カイムは呼び掛けた。
「クロノ」
「カイムも幻覚魔法で見えてなかったでしょ。私が対処するよ」
そう言って面倒くさそうにポキポキと首を回したクロノから、女性に目を向ける。
ニコリと笑った女性が一歩後ろに下がると、足元から姿が見えなくなっていく。
違う、幻覚魔法の迷彩で、認識しにくい色に変化している。
確かに先程の攻撃は、カイムにも見えなかった。
鬱蒼とした森の中という、ただでさえ視認しにくい状況では、幻覚魔法を使ってくる相手と戦うのは至難の業だ。
だがクロノは気配探知で、その辺りはまるで効かない。
実際女性の姿は追えているようで、クロノの視線は先程から何かを追いかけるように動いていた。
視線を動かしていたクロノから、顔も向けずにカイムに呼び掛けられる。
「カイム、それよりあっちの援護お願い」
「あぁ?」
「一つ対処出来たからって、優位になったと思わないで欲しいってもんですよ」
怒りに震えるような声に、カイムは目線を向ける。
身をすくめるように両腕を抱えたレモコが、ゆっくりと身を起こしていた。
その背後から、更にバキバキと、三体の岩人形が新たに出現する。
たしかレモコは、マー国王族の生き残り。
その潜在魔力量は、若くしてマフィアの幹部に這いあがれるほど段違いだった。
「丸見えだから私に幻覚魔法は効かないって」
背後から聞こえてきた衝撃音にカイムが振り向けば、クロノが女性の攻撃を完全に防ぎきっている所だった。
クロノは五人ほどに分裂した、女性の幻覚魔法の攻撃を全て無視して、暴れる女性の腕を掴んだまま、微動だにしない。
面倒くさそうなクロノの様子から、特に対処に問題はなさそうだ。
溜息を吐きながら、カイムは岩人形の一体に近寄って行く。
「もう一体、追加きましたわよ!」
「くそ、動けないってのに!」
岩人形の一体は、既に攻撃を加えていたアルスとキシアに向かって、二体掛かりで襲い掛かっている。
動きを止めるように、二人は氷結魔法をさらに展開しているが、足元で守っている気絶したままの歌姫候補を気遣って、うまく動けないようだ。
「どうしたどうしたぁ!? その程度の攻撃では、俺を倒すことは不可能だぞ!」
もう一体はハイシェンシーが、竹刀で攻撃を受け止めて対処していた。
一撃一撃がかなり重い衝撃を放ち、周囲に突風を発生させながらも、ハイシェンシーはその攻撃をカウンターを発動させて難なく受け流していた。
「くそだりぃ」
振りかぶって来た岩人形に、カイムは唸るように呟いた後、髪の刃を振り払った。
スパンと切れた岩の人形は、一瞬で粉々に砕けて、その場に砂塵のように霧散していく。
レモコはアルスに任せると、ルドーから個別にわざわざ通信魔法の連絡があった。
レモコは魔人族の敵であり、下手をすればライア、レイル、ロイズを攫うように指示した相手かもしれない。
だが、恩義あるルドーがアルスに任せると言った。
カイムには援護することは出来ても、ルドーの考えやアルスの心情を配慮すれば、レモコを直接どうこうすることは出来ない。
非常に、非常に不愉快だが、カイムは援護に回るしかなかった。
「花持たせてやるっつってんだから、さっさと捕まえろっつの」
「わかってるよ」
足元の歌姫候補を庇って動けないアルスとキシアを睨み付け、カイムは呟く。
アルスが苛つくように返事をした後、氷結魔法の出力を一気に上げ始めた。
以前レモコに捕まった時を、カイムは思い起こす。
あのときは不意打ちに加えてライアがいたため、逃がす方に気を取られて捕まった。
もう同じ轍は踏まない。
レモコは岩や土から、いくらでも人形兵を作り出すことが出来る。
注意するべきは地面だ。
カイムは赤褐色の髪を伸ばし、ズボリと地面に埋め込む。
すると案の定、レモコは大量の小さな人形を作り出そうとしていた。
ボコボコと地面から小さな人形が生み出され始めたのを、カイムは即座に地中に伸ばした髪を大量に周囲に張り巡らせて、スパンと切り落として破壊していった。
「ちょっともう、なにしてくれてんですか!?」
「うるせぇ。ワンパターンなんだよ、てめぇ」
不意打ちと動きを封じる小さな人形が破壊されて、レモコは顔を歪めて抗議するが、カイムには知ったことではない。
カイムがやるべきことは援護だ。
例えやろうと思えば、あっという間に目の前のこいつをとっ捕まえて、ズタズタに引き裂くことが出来るとしても。
「いつまでそんなところでまごついてるのよ!」
叫び声と共に、周辺が突如として真白な光に包まれる。
咄嗟に両手で目を覆い、カイムが光が収まるのを警戒しながら待っていると、何かがズルズルと引き摺られるような音を聞いた。
先程まで、歌姫候補が倒れていた付近からだ。
何が起こったか理解して、カイムもまだ光で何も見えない中、咄嗟に髪を伸ばす。
「ぎゃんっ!」
甲高い悲鳴と共に何かを捕まえ、その場からカイムが引き摺り出せば、倒れた歌姫候補をアリアが抱えていたところだった。
どうやら光魔法で相手を目くらましした後、アルスとキシアが動けない原因の歌姫候補を救出しようとしたらしい。
「ちょっと! 味方を絞め殺そうとするんじゃないわよ!」
「くそうるせぇ。そいつさっさと回復させろや」
「何よ、その言い草!」
カイムはアリアごと、負傷した歌姫候補を背後に守るように引き摺る。
ぶつくさ言いながらアリアが回復魔法をかけ始めたあたりで、ようやく光が収まり始めた。
するといつの間にか、二体の岩人形の目の前に、巨大な氷結像が出現していた。
突然現れた氷結像に、レモコの仰天した叫びが響く。
「なんですかそれぇ!!?」
「アリア、助かった! ありがとう!」
「これでもう遠慮せずに、全力で戦えますわ!」
一回り大きな凝結像が、二体の岩人形に向かって殴り掛かる。
ズドンと重い衝撃音。
二体掛かりの岩人形が、大きな氷結像に押され始めた。
岩人形の背後にいるレモコが、焦りの表情を見せ始める。
「カイム、ちょっと手を貸して!」
「は?」
焦ったようなクロノの声が聞こえて、カイムは驚愕して咄嗟に振り返った。
振り返った先で、クロノが女性に押し負けて倒されているのがカイムの目に入った。
そんなバカな、あの怪力のクロノに、あの女性が腕力で勝ったというのか。
「クロノ!」
カイムは慌てて叫びながら髪の刃を形成して、女性に向かって伸ばす。
しかしすぐにそれが間違いだったことに気づく。
「バカ! 相手の幻覚だって!」
見えている場所とは違う所からクロノの叫び声が聞こえた瞬間、カイムの目の前の光景が揺らいだ。
先程と変わらず、クロノが女性の腕を掴んでを拘束していた姿が映った瞬間、髪の刃がクロノに襲い掛かった。
やられた。
カイムは大きく歯を食いしばる。
当たる直前で、カイムは髪の刃をビタリと止めた。
しかし攻撃を避けようと、クロノが女性から手を放して咄嗟に背後に飛びのいてしまった。
女性は優雅に笑って手を開け閉じしながら、パラパラと鏡が割れるように消えていく。
「調子に乗ってんじゃねぇってんですよぉ!」
レモコの叫び声と同時に、地面が大きく揺れる。
周辺のまだ倒れていない木々が、めきめきと怪しい音をたてはじめた。
以前の不意打ちも、地面から岩人形を召喚していた。
カイムには覚えのある光景。
ぞわりと胃をざわつかせる危機感を募らせて、カイムは咄嗟に髪を伸ばしながらクロノに向かって走った。
「クロノ!」
「ちょっと、なに!?」
クロノの腰を両手でガシっと掴んだ瞬間、先程までクロノがいた場所に地面からドスンと、さらに大きな岩の拳が付き上がる。
「うわぁ!」
「きゃあ!」
続いてアルスとキシアの悲鳴。
地面から伸びた手が、氷結像ごと二人を叩き潰そうと襲い掛かっていた。
氷結像がドスンと巨大な手を防いだが、それでも質量が違う。
ギリギリと押され始め、ぴしぴしとひび割れたところで、カイムの赤褐色の髪がアルスとキシアに巻き付いて引っ張り上げた。
間一髪、二人を引っ張り上げたと同時に、ガシャンと氷結像が巨大な手に潰されて破壊された。
「うおおおお!? なんだこれはぁ!?」
「ちょっと! 運ぶなら丁寧に運びなさいよ!」
同じように赤褐色の髪に捕まれた、ハイシェンシーとアリアの叫び声が聞こえる。
クロノを担ぎ、他全員を髪で絡めてなんとか逃走に成功したカイムが振り返れば、見上げる程の巨大な山のような岩人形が、地面から這い出してきたところだった。
「初志貫徹! あなたたちの相手してたら、誰かが勇者狩りを捕まえても掻っ攫えないので、退散させてもらいまーす!」
「レモコ!」
バキバキと森の木々をなぎ倒しながら、歩き始めた岩人形の肩に乗ったレモコが、優雅に微笑んでいた。
アルスが髪に絡まったまま、プラプラと叫び声をあげている。
「……追いかけませんの?」
「追いかけて倒せんのかよ、あれ」
カイムの返答に、キシアが悔しそうに歯噛みしていた。
ズシンズシンと響く音を立てて、巨大な岩の人形が遠ざかって行く。
カイムとしても、魔人族の敵であるレモコをこのまま取り逃がすのは不本意だ。
だがこれだけ目立った相手を追いかけるのは、クロノが傍に居る状態では悪手でしかない。
「……カイム」
「俺のミスだ。俺のせいで、逃がす隙作っちまった」
「全員助け出して何言ってんだか。それより降ろして」
「聞かねぇ」
「なんでよ」
腕に抱えたままのクロノが困惑の声を上げ始めるのを、カイムは無視した。
クロノはまだ歌姫としてうまく歌えない。
歌姫が狙われている以上、女神深教の祈願持ちや、歩く災害のボスに見つかる行動は、対処できない内はするべきではなかった。
大切なものをこれ以上、失うような思いはしたくないから。
なによりカイムたちが頼まれていることは、歌姫候補への危害の対策。
レモコや先程の女性をとっ捕まえることではない。
大きく溜息を吐きながら、カイムは髪に絡まってプラプラしているアリアの方を向いた。
「おい、回復かけてた連中は」
「あっちの方で寝かせてるわよ! わかったらとっとと降ろしなさいよ!」
喚くアリアにカイムはまた溜息を吐いた後、クロノ以外の全員を地面に叩き落した。




