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第二百六十八話 烏頭の白い最終選考


 歌姫候補たちの戸惑いと、観客席の轟々とした非難の声も、トロープ公は何一つ動じず、涼しい顔をして受け止めていた。


 勇者狩りの確保を、本日中に。


 確かにアシュを救い、スレイプサス監獄を即座に復旧させた目撃情報通りなら、今代の歌姫はその程度造作もないとトロープ公が考えても不思議ではない。

 実際今代歌姫のクロノが魔法を使えば、おおよそ造作もなく勇者狩りを捕まえることが出来るだろう。


 問題は今代歌姫はクロノであるため、この場の歌姫候補が全員偽物であるという点だ。


 構図としては偽物でしかない歌姫候補に、勇者狩りを捕まえて来いと、無理難題を吹っかけている。

 そしてノスタシア(ノースター)やレモコを除いて、歌姫候補の誰もが自分を本物の歌姫であると考えている所が、事態をややこしくさせていた。


「……先生、どうするんすかこれ」


「うーん……エレイーネーとしても勇者狩りが近場に居るなら、放置するわけにもいかないからなぁ」


 息巻いて勇者狩りを捕まえに、歌姫候補が次々とアリスキャッテの会場から飛び出していく。

 その様子を眺めていたルドーは、肩をがっくりと落としてネルテ先生の指示を仰ぐ。

 ネルテ先生も対処に困ったように、ガシガシと片手で頭を抱えていた。


 ルドーたちの目的は、歌姫候補に潜入し、女神が空想の魔導書に吸収されて、動きが分からなくなった女神深教がどう動くかを見極めること。


 歌姫を秘密裏に古代魔道具に変え続けてきた女神深教が、同じように歌姫を狙って動くのか。

 その動きに便乗して、これまで通り都市に甚大な被害を与えようとするのか。


 歌姫候補募集という餌に、女神深教がどう動くかという点と、危害を加えるつもりなら、それの事前の防止。

 そして女神深教が動くとすれば、本物の歌姫が出てくる可能性が高い最終選考。


 てっきり屋内で行われると思っていた選考は、トロープ公の一言で、危険な中央魔森林での捜索活動という大規模なものに変化してしまった。


「トロープ公、何を考えているのですか? そのような理由で、危険な中央魔森林への立ち入りは許可できません」


「許可は既に陛下に取り付けております、これで歌姫が誰かはっきりするならばと。認可状もありますが、拝見なさいますか?」


 審査員席で、バンティネカがトロープ公に厳しい表情で抗議しているが、トロープ公は涼しい顔でそれを受け流している。


 トロープ公は王女よりも立場が高い、ソラウ王国陛下直々に許可を取り付けている。

 その用意周到さに、流石のバンティネカも返す言葉もないようだった。


 瘴気が漂い魔物が蔓延る中央魔森林への立ち入りは、基本的にどの国も魔導士でなければ許可が必要になるもの。

 無暗に立ち行って、魔物暴走(スタンピード)を誘発しない為の防災措置だ。


 まだ年若くか弱い歌姫候補たちでは、あのような危険地帯では自衛すらままならないはず。

 だがそこまで考えて、ルドーはある考えが浮かんではっとした。


「最初の選考、それで刺客なんて放ってきてたのか」


『だろうな。それで中央魔森林に入っても、ある程度自衛出来るだろうって証明させちまったんだ』


 ルドーの推測に、聖剣(レギア)が舌打ちするように弾ける。


 控室に通された際に放たれた、最初の選考によるための刺客。

 刺客はあくまで選考によるものだった為、怪我人もなく脱落者はそのまま帰されたそうだが、返り討ちに出来た歌姫候補たちは、ある程度戦闘が出来ると判断されてしまった。


 中央魔森林でも、まだそこまで深くない手前の部分なら、出てくる魔物は小規模魔物が多い。

 勇者狩りが目撃されたならば、そこまで深い部分には入っていないと踏んで、最低限の戦闘力を見極められてしまったのだ。


 ルドーたちも歌姫候補の後を追うように、ノスタシア(ノースター)を中心に据えたまま、会場から廊下に移動し始めた。


 しかも今回の問題はそれだけに留まらない。


「まずいですよ。勇者狩りだけでも危険ですが、中央魔森林となると、今は……」


「女神を吸収した空想の魔導書を持つ、歩く災害のボスが徘徊しているはずですからね」


「混乱を避けるために情報を制限していたが、こんなに裏目に出るなんてね……」


 不安そうに見上げたトラストに、ヘーヴ先生とネルテ先生も先を歩きながら厳しい顔で返した。


 女神本体を吸収して、その衝撃でストシオンを吹き飛ばした歩く災害のボス、ジャスタは未だ中央魔森林の中で行方が知れない。

 思想も行動原理も分からず、ただ動物衝動的に暴れるだけのジャスタに、もし歌姫候補たちが万一遭遇してしまったら、何が起こるか予測不可能だ。


『ルドー、大丈夫か?』


「いや、まだジャスタ(はるき)がこの先にいるって確定したわけでもないし……」


 押し黙ったルドーを気遣う聖剣(レギア)に、ルドーはそう言って言葉を濁す。


 前世で弟のように接してきたジャスタ(はるき)を、ルドーは助けたい。

 だがどうすればジャスタ(はるき)を助けることになるのか。

 ルドーにはまだ、ジャスタ(はるき)と再会した際、どうすればいいか答えを出せていない。


「ねーねー、本当に女神さまって吸収されたの?」


「やっぱり、信じられない」


「歩く災害の危険性については、私も理解しておりますが……」


 メロン、イエディ、ビタが顔を見合わせながら猜疑的な声をあげている。

 三人とも、女神本体が実際にストシオンに顕現して、空想の魔導書に吸収されたことが信じ切られていない。


 魔法科はあの時全員、王者の冠の洗脳魔法による余波で気絶していて、実際に何が起きていたかは目撃していないのだ。

 信じられなくても無理はない。


 女神は未だ世界宗教の女神教で、善の存在と強く信じられている。


 その存在が、実は千五百年もの長きに渡り、世界に実害を与え続けていましたなどと、簡単には説明が出来ない。

 メロンたち三人のように、信じない者の方が圧倒的に多いだろう。

 その混乱によって疑心が生まれ、暴動でも起きようものなら、魔物暴走(スタンピード)が誘発されかねなかった。


 実態を話しても、混乱と実害の方が大きい。

 そういう判断から、女神の吸収についてはエレイーネー内で留め、情報は同盟国連盟に渡っていなかった。


 知らされていないがために、より危険な場所になった中央魔森林に、歌姫候補たちが放たれる形になるとは。


 今更トロープ公に説明したところで、歌姫選考の邪魔をする突拍子もない計画だと思われるのが関の山。

 何より詳しく説明すれば、クロノが今代の歌姫であると露呈しかねなかった。


「ルドーさん、少し判断を仰いでいただいてもよろしいですか」


「え?」


 先を急ぐ足を速めながら、ヘーヴ先生は前を見たままルドーに指示を飛ばした。


 歌姫候補の最終選考は、もうルドーたちには止められない。


 この歌姫潜入の計画を企てたのは、悪魔ゲリックだ。

 想定していた選考方法から逸脱した以上、今後どのように動けばいいか。

 契約魔法で繋がっているルドーから、ゲリックに確認連絡を取ってほしいということだった。


『あーあーあー、お気遣いなく。ちゃんと全部見ております故』


 そして完璧なタイミングで、ルドーの右手甲にある契約紋から、ゲリックの声がルドーの頭の中に響いた。


「ゲリック、最終選考の場所が中央魔森林になったんだ。連中の一味の一人は確認できたけど、どうしたらいいんだ?」


 ルドーは足早に歩きながら、右手甲の契約紋に問いかける。

 周囲を歩く全員がその会話の結末を知ろうと、歩きながら視線が自然と集まって行った。


『問題ありません。想定通りです』


「でぇっ!? 想定通り!?」


『もとより、この件に連中の本丸は出て来ないと踏んでおりましたので。目標は別です』


「そもそもの目的は別だって!?」


『おい、ルドー。こっちには会話が聞こえねぇんだ。説明してくれ』


 ゲリックから淡々と語られる事実にルドーが驚愕していると、困惑する聖剣(レギア)の声が聞こえた。


 契約魔法上の会話は、契約者同士にしか聞こえない。

 そのためルドーにはゲリックの声が聞こえているが、この場に同席している相手には何一つ分からないのだ。


「要するに、祈願持ちたちは来ないだろうと予測してて、本当は別目的で俺たちをここに潜入させたってことか?」


「なんですって?」


 周囲にも分かるように、ルドーがまとめ直して聞き返すと、ヘーヴ先生も驚愕して先を歩きながら振り返った。


 女神深教の動きを探る、その為の潜入作戦を、ゲリックが提案してきたはずだった。

 だがゲリックのこの発言から、どうやら女神深教の祈願持ちはおおよそ現れないので、ダメ押しの確認としてルドーたちを潜入させたようだ。


 ゲリックにまんまと踊らされた形となり、先生たちの顔が険しくなっていく。


「別の目的とは何だ。何を企んでいる」


 周囲に人がいないことを再確認するように、彼岸花の仮面を動かしながら、レッドスパイダー先生が仮面の奥から声をあげる。


『ここまで来れば隠し立てする必要もないでしょう。勇者狩りを見つけて、彼を説得して味方に引き入れなさい』


「でぇっ!? 勇者狩りを味方にするように説得しろって!?」


『はぁ!? 正気か!?』


「なんだって!?」


 ゲリックの本当の目的に叫んだルドーに、聖剣(レギア)とネルテ先生の声が重なる。


「うぇっ!? 勇者狩りを味方にって言った?!」


「一体何を考えておいでなのです、あの殿方は!」


 話を聞いていたトラストたちも驚愕し、メロンとビタが抗議の声を上げる。


 勇者狩り。

 二十年前ランタルテリアの勇者を殺し、シジャンジュ監獄に投獄されていたのが、厄祈願(やくきがん)の監獄破壊で脱獄してきた犯罪者。

 ルドーも一度殺される寸前まで追い詰められた、殺気を放ちまくる危険人物を、ゲリックは味方につけるようにと言い出している。


「待て待て待てって! 勇者狩りにはそもそも俺殺されかけたし! 国際指名手配されてる相手なんだぞ!? それを説得して味方だって!?」


『はい』


「はい、じゃねぇって! そもそもあいつ、まともに会話できるのか!? 明らかに頭イカレタ感じだったけど!?」


『だからこそ、祈願持ちたちを倒す予行演習にはちょうどいいでしょう?』


 頭に響く悪魔の冷静な声に、ルドーは混乱していた頭が急に冷えていった。


 女神深教の祈願持ちたちを倒すには、心理鏡によって内面を探り、言葉をぶつける必要がある。

 その前哨戦として、ゲリックは勇者狩りを説得して味方に引き込めと言っているのか。


『あれは敵を認識していましたが、やり方を恐ろしく間違えていただけです。女神が手の届かない所にいたので仕方ないでしょう。今なら説得の余地があります』


「……説得できるから、そう言ってるってことだな?」


『そういうことです』


 頭の中に響くゲリックの声に、ルドーは周囲に視線を向けた。


 勇者狩りは一度、マー国にてあと一歩で捕縛完了という所まで追い詰めたことがある。

 あのときはエリンジとカイムとの連携があってこそだが、今は二人共別々の班で独自に動いている。


『結局どう動くの? (`・ω・´)』


 ノスタシア(ノースター)の魔法文字が、空中で光り輝く。


 アリスキャットの入り口目の前で立ち止まったルドーに、全員が足を止めて注目していた。

 勇者狩りと初遭遇した際に浴びせられた、狂気的な殺気を一瞬思い出し、ルドーはぶるりと身を震わせた後、湧き上がる恐怖を落ち着かせるように大きく深呼吸した。


「とりあえず、最終選考の名目通り、勇者狩りを探して捕まえたんでいいと思う」


「味方に説得するかどうかは、その後考えるって?」


「はい。話が通じるなら、あいつの話を聞いた後でもいいと思います」


 ルドーの返答に、ネルテ先生はニカリと笑ってパンと手を叩いた。


 勇者狩りを味方に説得するにしろしないにしろ、一旦捕まえなければ話にならない。


 トロープ公の選考内容は、勇者狩りの捕縛まで。

 捕まえた後どうするかまでは、トロープ公は指定してきていなかった。


 つまり、捕まえた勇者狩りをどうこうしようが、最終選考には影響しない。


 どのみち国際指名手配されていた凶悪犯だ、捕まえない選択肢は最初からないだろう。


 ルドーがゲリックの目的を聞いた後出した結論に、ネルテ先生の反応を見た後、ヘーヴ先生、レッドスパイダー先生、マルス先生も深く頷く。


 今後の動く方向性は決まった。

 中央魔森林を目指して、ルドーたちはアリスキャットの入り口から外に出る。


 防犯の為の魔法が施されたアリスキャットから出たことで、ヘーヴ先生が即座に通信魔法を施し始めた。


『伝達連絡。カイムくん、先に中央魔森林に向かいなさい』


『あぁ!? 森んなかだぁ!?』


『説明は聞いていたでしょう、勇者狩りの目撃情報があります。勇者以外に手出しはしないでしょうが、万一があります。歌姫候補たちに被害が出ないよう周辺警護を!』


『クソが、あの王女さんと同じこと言いやがってよ。そっちが問題ねぇんならもう向かうっつの!』


 カイムたちがいたバンティネカの班は、既にこっそりと建物から外に出ていたようだ。

 バンティネカ本人のあの抗議の様子から、中央魔森林に歌姫候補たちが向かうことは不服だったはず。


 どうやら既にバンティネカから命じられて、中央魔森林に行くかどうか、カイムたちはこちらの判断を仰ごうと考えていたところだったらしい。

 中央魔森林育ちの魔人族のカイムがいるなら、きっと他より森の中での動きはやりやすいはず。


 歌姫候補たちを助けるなら、きっと他の班よりも適任だ。


「こうなってくると、問題はレモコだな」


『あぁ、祈願持ちが来ないって話なら、そもそもあいつはなにが目的で選考に出てんだよ』


 敷地からパシフローの街中に出て、街道の様子を確認したルドーと聖剣(レギア)が話す。


 女神深教に付いて行ったレモコの、歌姫候補潜入の目的は一体何か。

 既にほかの歌姫候補もレモコも中央魔森林に向かったのか、ルドーたちがいる街道からは、その姿を見つけることが出来ない。


 勇者狩りも厄介だが、鉄線元幹部だったレモコも、ルドーとは岩人形を使う関係で雷魔法が吸収されて、相性が悪い。

 巨大な岩人形を使って戦うレモコには、勇者狩りとの戦闘中に横やりを入れられるのが一番厄介だ。


 ルドーは会場でレモコを見かけて、驚愕に固まっていたアルスの姿が脳裏によぎった。


 勇者狩りは勇者の役職を持つ相手しか狙わないが、レモコはそうではないのだ。

 ひょっとすると中央魔森林で、アルスとレモコは居合わせて戦闘になるかもしれない。


 だとしても、アルスはレモコを助けたくてすることだ。

 ルドーがジャスタ(はるき)を助けたいと望むように。


「……トラスト、アルスに連絡入れてくれ」


「アルスさんにですか?」


「あぁ、レモコのことも任せたいから、頼んだって」


 静かに告げたルドーの一言に、トラストは眼鏡の奥で目を丸くさせる。

 ビタ、メロン、イエディも驚愕して顔を見合わせているが、不安そうな表情を浮かべるものの、ルドーの判断に反対するような意見は出て来ない。


 むしろアルスの思いを尊重するかのように、全員がゆっくりと頷いていた。


『エリンジさんたちの班は、そのまま待機で。当てが外れて、連中がパシフローの街中に現れないとも言い切れませんので』


『了承した』


 カゲツの伝手でサンフラウ商会の手伝いで参加しているエリンジたちに、ヘーヴ先生がさらに伝達する。


 今のところ女神深教の祈願持ちは現れていないが、ゲリックの予測が外れてしまわないとも限らない。

 全員でパシフローから離れて、中央魔森林に向かうのは危険だという判断だった。


「さて、それでは転移魔法で現場に向かいますよ」


 一通りの通信を終えたヘーヴ先生が、全員に集まるように手を振った。


『勇者狩りかぁ、怖い (;´・ω・)』


「まぁ本来のお仕事するだけよねぇ」


 儚い少女が不安に駆られる姿をしたノスタシア(ノースター)に、マルス先生が苦笑いを浮かべた。


「一度は捕まえかけたんだ。問題ないって」


『今ならとっておきの着做雷竜落(きなしらいりゅうらく)もあるしな』


 ルドーも続くように声をあげて、聖剣(レギア)が頼もしそうにパチリと弾ける。


 歌姫候補の選考は、いつの間にか魔導士が依頼で行うような、勇者狩りの捕獲へと姿を変えた。

 そんな最終選考を言い出したトロープ公の真意も、バンティネカの思惑も分からないまま。


 ルドーたちはヘーヴ先生の周りに集まり、勇者狩りが目撃されたという、パシフロー近郊の中央魔森林に転移魔法で向かった。


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