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第二百六十七話 ソラウ王国の歌姫観



「これで五人目だな」


「全く、あんなことして余計に目立つもんだから……」


 目の前でバタンと倒れた刺客を眺めつつ、レッドスパイダー先生とネルテ先生が溜息を吐いた。


 ルッツ伯爵が大声で、ノスタシア(ノースター)が歌姫候補の中で有力だと吹聴した結果。

 気に食わなかった他の歌姫候補関係者からか、次々と控室に刺客が送り込まれ始めた。


 ただ、国を守る魔導士を育成する、平和維持機関エレイーネー魔法学校としては、その刺客は下っ端の分類でしかない。


 いくら暗殺者熟練の技で、息と気配を殺して死角から近寄ってきても、探知魔法に簡単に引っ掛かる。

 丸見えで魔法も使わない暗器だけの刺客など、この場に居る全員にとって、まるで脅威にすらならなかった。


「天井裏に、また二人来てます」


「全くもう! 実力も伴わず、情けないことですわね」


 上を見上げたトラストの掛け声で、ビタが文句を言いながら手を振り上げる。

 途端にバタンと倒れるような音と、苦しそうな呻き声が、天井の板の上から発せられた。


「なにしたんだ……?」


「梁を少々変えましたの。動けなくなっただけですわ」


 不機嫌そうに顔を背けたビタから、ルドーは天井に視線を向ける。


 説明の通り、どうやらビタは天井裏の梁を変化させて、近寄ってきていた刺客を拘束して動けなくしたようだ。

 天井裏でのことなので、ルドーからは違いは全く見るとこは出来ないが。


『今んとこ、魔法も使えない雑魚の対処ばっかだな』


「油断はしない方が良い。そうやって警戒を緩める狙いかもしれないからね」


 パリパリと弾ける聖剣(レギア)に、先生たちが警戒の魔法を駆使する中、ネルテ先生が軽く警告した。


 女神深教の動きは、今のところ発見できていない。

 しかし祈願持ちたちの動きはいつも唐突だ。

 動きがないからといって、ルドーたちは誰一人安心することは出来なかった。


『これ、蒸れて頭が痒い( ˘•ω•˘ )』


「はいはーい、だからって外そうとしない!」


「服、皺になる。伸ばして、座って」


 休憩時間の間、ノスタシア(ノースター)の変装が解けないよう、メロンとイエディが身だしなみを整えていた。


 しばらくして、コンコンというノック音と共に、選考会場の準備が出来たという案内が告げられる。

 警戒を強めるレッドスパイダー先生が扉を開けると、女性の施設職員がそこに佇んでいた。


 どうやらルッツ伯爵の案内は、会場控室までだったようだ。

 ルッツ伯爵はノスタシア(ノースター)の推薦人の一人には当たるので、会場のどこかにはいるだろうが、ずっと付き纏われる心配がなくなり、ルドーたちはほっと息を吐いた。


 ネルテ先生とマルス先生を先頭、ヘーヴ先生とレッドスパイダ―先生を殿に、ノスタシア(ノースター)を中心に囲んで、ルドーたちは廊下を歩き始める。


「……?」


「ルドー、気づいたかい?」


「やっぱ見間違えじゃないんすね」


「あぁ、歌姫候補が減ってる」


 周囲を見ていたルドーに、ネルテ先生が視線だけ動かして警戒を強める。


 ノスタシア(ノースター)を中心に据えて、案内の女性職員の後を歩くルドーたちは、あることに気付いた。

 案内の道中、控室に入る前より、周囲に見えていた歌姫候補の数が明らかに少なくなっている。


 既に何らかの動きでもあったのだろうか。

 それにしては、歌姫候補候補の数が減っているのに、騒ぎにすらなっていないような。


 そうこう考えている内に、ルドーたちは選考会場らしき館内広場へと通された。


「おー! 流石にひっろいねぇー!」


「あまり騒ぎますと、品位を疑われますわよ」


「はーい」


 はしゃいだ様子のメロンに、ビタが小さく苦言を呈している。


 普段は住民の運動活動などに貸し出されるそこは、まるで審査会のステージのような場所に作り替えられている。

 他の歌姫候補の推薦人らしきソラウ王国の貴族が、会場を囲う薄暗い客席のようなところに不規則に座っていた。

 目立つ恰幅のルッツ伯爵も、そこに座っているのがルドーの目に入る。


「大丈夫ですよ、あそこからなら滅多の事は出来ませんから」


「……うん、わかってる」


 ルッツ伯爵を見つめるイエディの視線に気づいたトラストが、安心させるように小さく声を掛けていた。

 無意識に不安そうな表情で腕を抱えたイエディに、メロンがそっと近寄って腕に手を添えている。


 次に、ルドーは広場の中央に目を向けた。


 横長の机に、審査員のようなビシッと姿勢を正した厳格そうな人々が数人、席で既に資料に目を通している。

 細眼鏡をかけた細身の初老の男性、背の低い中年女性、七三分けの髭を生やした中年男性。

 それぞれの鋭い視線は、本物の歌姫を見極めるためのものか、それともソラウ王国に対する利益のためのものか。


 少なくとも、ソラウ王国基準で歌姫が選考されるだろうことは理解した。


「……ん? うん!?」


『お? なんか見つけ……ゲッ!?』


 ルドーが次に歌姫候補を眺めていると、とんでもないものが目に入って思わず三度見した。


 見覚えのある、水色髪のツインテール。

 負傷して魔道具が身体に埋め込まれていたはずなのに、その傷は綺麗さっぱり無くなって、水色と黄色のオッドアイが、キラキラと照明に輝いている。


 ワスラプタで女神深教の縁祈願(ゆかりきがん)に付いて行ったはずの、元鉄線幹部の少女レモコが、歌姫候補として、その場に笑顔を浮かべて並んでいた。


「待て待て待て、あいつが居るってことは、やっぱ連中が来てるのか?」


『わからねぇ。だがあいつ単体では動いてないはずだ、気を付けろ』


 警戒を強めて会場を見回すルドーに、聖剣(レギア)が警告する。

 ルドーの警戒する様子に、トラスト、ビタ、メロン、イエディも、平然と歌姫候補に並ぶレモコに気付いた。


 縁祈願(ゆかりきがん)に付いて行ったレモコがいるならば、縁祈願(ゆかりきがん)がどこにいてもおかしくない。

 ただ縁祈願(ゆかりきがん)が近場にいるなら、気配探知でクロノが気付く。

 クロノが気付いたならば、契約魔法経由でゲリックからルドーにも警告が届くはず。


 つまり、現時点では近場に、祈願持ちは誰も現れていない。


 ただ、祈願持ちがいないだけで、信者はどこに紛れ込んでいるかわかったものではなかった。


「一番の脅威は、今のところ現れていないというわけですか」


「でも厄介ねぇ。思想犯は特徴がないから、警戒するべき見た目の特徴が分からないわ」


 レモコを警戒しつつ、会場にも注意を向けるヘーヴ先生とマルス先生が呟く。


 先生方も既にレモコに気付いており、ワスラプタでの顛末も、ルドーが報告している。

 レモコが女神深教に与してしまっていることも、エレイーネーには周知の事実だ。


 ただ、マルス先生の言う通り、女神深教の信者は、女神を狂信しているだけで、外見的特徴がない。

 以前クロノが女神深教を警戒して情報をあまり話さなかったのも、このどこに敵がいるか分からない状況が常だったから。


 歌姫候補として集まっているこの状況は、この場の誰でも潜入した女神深教の信者足りえる。


「あまりあからさまな警戒をするな。向こうにこちらの目的がバレるぞ」


 彼岸花の仮面の奥から、レッドスパイダー先生のくぐもった声が響く。

 警戒心を強めて周囲に視線を巡らせていた、ルドー、トラスト、ビタ、メロン、イエディがはっとして顔を上げた。


 先生たちは当然、平然とした表情を装って、敵に思惑を悟られないように警戒している。

 戦闘だけでなく、任務経験の差が、如実に表れていた。


 ルドーはふと考える。

 レモコと幼い頃に因縁があり、マフィア組織から連れ戻そうとしていたアルスは、この事態を静観できるだろうか。


 アルスは今、カイムとクロノの班とともに、バンティネカを後ろ盾に自由に動いているはずなので、現時点でルドーには動向が分からない。


『お集りの歌姫候補の皆さん、まずは第一選考通過おめでとうございます』


 魔道具の拡声音声が響き渡って、ルドーたちは中央に視線を向けた。

 審査員が座る長机の横で一人の男性が、拡声魔道具を手に選考の進行を始めていた。


「第一選考通過……?」


「書類選考のことですかね」


『まずは自衛手段の確立を見極めるために、皆さまには刺客を放たせていただきました。ここにいない歌姫候補は、刺客の攻撃を防げなかったと判断され、失格となっております』


 進行役の男性の説明に、ルドーたちは絶句した。


 てっきりルッツ伯爵や女神深教の影響で変化していた状況かと思っていたが、どうやらすべて歌姫候補の審査で進んでいたらしい。

 控室に刺客が次々と送り込まれたのも、この場に大量の歌姫候補が減っているのも、歌姫選考の第一段階に過ぎなかっただけだった。


 ソラウ王国の都市の一つアシュを、二度にわたって奇跡的に救い出した歌姫ならば、この程度当然という考えなのだろう。


『さて、次の選考方法は、歌姫としてふさわしい立ち居振る舞いですが、その審査について、急遽駆け付けた、バンティネカ王女に審査していただきます!』


 視界の男の声に、ルドーは思考の海から意識を浮上させた。


 紹介を受けてパチパチと拍手が響く中、豪勢なドレスを纏ったバンティネカが手を振りつつ審査席に歩いて来る。

 その背後に、ハイシェンシーが護衛として追従していた。


 ルドーはその周囲に視線を配る。

 すると薄暗がりの観客席のあたりで、カイム、クロノ、アルス、キシア、アリアがちょうど入ってきたところが見えた。


 アルスがレモコを見た瞬間、驚愕に目を見開いて固まっているのが、ルドーにも薄らと確認出来る。


『……おい。おい、ルドー』


「ん? なんだよ」


 聖剣(レギア)にパチッと声を掛けられて視線を戻すと、歌姫の立ち居振る舞いの審査が始まる中、審査員席に別の人物が近寄ってきていた。


 車椅子に乗った皺くちゃの小さい老婆を、一人の壮年男性が押して運んでいる。

 竜胆色の短髪、夏虫色の瞳の厳格な表情。


 審査中とはいえ、審査員たちが立ち上がって会釈をするところを見るに、立場が高い相手であることが伺い知れた。


 バンティネカに対しても頭を恭しく下げているので、ソラウ王国の貴族だろう。

 この場でバンティネカに敬意を示す、ソラウ王国の地位の高い人物。


 この産業福祉会館アリスキャッテの管理者、トロープ公爵関係者とルドーには推察できた。


 老婆の車椅子を横に付け、壮年男性も審査員席に座る。

 するとソラウ王国の歌姫候補の推薦人たちか、薄暗い観客席の方から、ひそひそと声が上がり始めた。


「トロープ公ですね。一緒にいるのは確か、祖母に当たる方だったかと」


「トラスト、知ってるのか?」


「はい、ソラウ王国のトロープ領を若くして継いだ現公爵です」


 ひそひそと話すトラストの説明に、ルドーはトロープ公に視線を向ける。


 トロープ公は、この歌姫候補の選考の主催であり、開催場所を管理する存在。

 歌姫選考の審査員に参加しても、何の違和感も感じないし、むしろ遅すぎる登場と言えるだろう。


 しかしあの連れている車椅子の老婆は誰だろうか。

 ソラウ王国らしい薄暗がりの観客席のひそひそ声も、どちらかというとトロープ公を立てるようなものではなく、あの老婆を連れ回すトロープ公の神経に対する批判が多いような気がした。


「トラスト、あっちの車椅子の人、誰かわかるか?」


「トロープ公爵家で車椅子のあの年齢と言えば、先々代トロープ公爵がどこかから拾ってきたという愛妾、現トロープ公の祖母に当たる人物かと思われます」


 声をさらに低くしたトラストの説明に、ルドーは何故こんなに批判的な声があるのか納得した。


 先々代トロープ公爵が拾ってきた、身元のはっきりしない愛妾。

 実の祖母とはいえ、国の上位貴族の現トロープ公がそんな女性を連れ回すのは、確かにあまりいい印象は抱かれないだろう。


 ルドーが考えている間にも、選考は進んでいく。


 レモコはバンティネカに指示された立ち居振る舞いを、これ以上ないほど完璧に振舞い切ることが出来た。

 元々レモコはマー国王族の生き残りというだけでなく、アルスの話では、かつて滅びたヨナマミヤで、秘密裏に王女教育を受けていた様子もある。

 立ち居振る舞いに関しては、今のところレモコが最上位だろう。


 結果は当然の通過。

 レモコは美しく微笑んでいるが、その醜悪な本性が笑顔の裏から滲み出ているように、ルドーにはどうしても感じられてしまう。


 一方ノスタシア(ノースター)の方は、立ち居振る舞いの途中で転んでしまった。


 それを見ていたレモコや他国の歌姫候補が、勝ち誇ったような蔑む視線を送ったがそれも一瞬、すぐに息を飲むことになる。


 倒れるまでの姿が、スローモーションのように光り輝いて見えた。

 痛みに涙を浮かべたノスタシア(ノースター)の上げた顔が、さらりと髪が揺れて、神秘的な景色を醸し出す。

 その儚さは、普通に優雅な立ち居振る舞いをする王族よりも、ずっと目を引くものがあった。


 その場に居た全員が、その瞬間空気に飲み込まれる。


 歌姫は王族ではない。

 歌を歌って人々を魅了した存在。


 その違いの観点から、ノスタシア(ノースター)は立ち居振る舞いで失敗したというのに、圧倒的な支持票で難なく審査を通過していった。


 ルッツ伯爵が観客席から大声で、周囲に自分の推薦だと吹聴し始め、イエディがそのあまりに醜い姿に顔を覆い始める。

 さっきまでノスタシア(ノースター)を見下していたレモコや他国の歌姫候補が、悔しがるように恨めしい視線で睨み付けていた。


 そうして厳しい選考が続いていった結果。

 募集の時点で二百人を超えていた歌姫候補は、ルドーたちが気が付いたら、いつの間にか二十人程度にあっという間に脱落していった。


 脱落していった歌姫候補たちが、悔しそうな、無念そうな表情で、次々その場を後にしていく。


 今のところ、有力な歌姫候補としてみられているのは、三人。


 にこにこと笑う一般の歌姫候補と、レモコと、ノスタシア(ノースター)だ。

 審査員たちは真剣に、この中の誰が本物の歌姫かを見極めようと、鋭く目を光らせ始める。


 その審査員たちの姿は、本当の歌姫であるクロノが遥か後ろの薄暗い観客席にいるせいで、ルドーには酷く滑稽にしか映らなかった。


『さて、ここで残った歌姫候補たちに、トロープ公より最終選考の内容を発表されます』


 会場の空気は、一気に緊張が張り詰めた。


 ルドーたちは警戒を緩めていないものの、女神深教の脅威は今のところ見受けられない。

 しかし女神深教に鞍替えしたレモコがいる以上、何か思惑があることは確か。


 ならば歌姫が確定するこの最終選考で、何かしら仕掛けてくる可能性が高い。

 歌姫候補たちとは違う緊張を感じながら、ルドーたちは立ち上がるトロープ公を見つめた。


 張り詰められた緊張が空気を冷やしていき、会場はしんと静まり返っていく。

 誰もが固唾を飲んで、その選考方法がどういうものか、注目が集まっていた。


『最近、パシフローに近い辺境の中央魔森林にて、あるものが目撃されました』


 拡声魔道具を手渡されたトロープ公が、最終選考内容の説明を始める。


『それは今、各国を脅威に晒している勇者狩りです。この脅威に、歌姫として皆さんには立ち向かっていただきたい。よって最終選考は――――



 ――――本日中に、勇者狩りを捕縛した候補を歌姫と認定します」



「でぇっ!?」


 歌姫は三百年前、大量の魔物に襲われたアシュを、石化して救い出した。

 そして今年行われた三百年記念式典で、その歌姫像が悪用されて再来した大量魔物の脅威を、他でもない今代歌姫が歌で消滅させた。


 世界の脅威を救うだけの実力がある、歌姫とはそういう存在。

 ソラウ王国出身の歌姫候補者たちは、その瞳に使命感を燃やし始める。


 ルドーの驚愕の大声は、同時にあげられた歌姫候補と観客席のざわつきにかき消されていった。


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