第二百六十六話 鵜の真似をする烏の群
ソラウ王国の都市の一つ、パシフロー。
そこは同国の都市アシュとは、また違った街並みだった。
青い屋根が目立つ、それでいてどこか落ち着いた雰囲気。
建物の建材はカラフルなのに、屋根が同じ色のおかげか、どこか統一感があった。
街を歩く住民も、落ち着きつつも少し活気がある。
歌姫候補募集の話があったせいか、それでもどこか興奮したような人の顔が多かった。
「……凄いな、あれ」
『この国はやっぱ歌姫信仰が強いな、やれやれ』
馬車から降りた場所からも見える、施設敷地の外を囲う鉄柵。
そこから歌姫候補を一目見ようと、住民がぞろぞろと見物しに来ていた。
静かな熱狂とでもいうべきか。
目立つような声や動きは見せないものの、興奮した様子でヒソヒソと、隣の人やら周囲の人と話し合っている様子が見えた。
『神格化でもしてんのかねぇ。そんな大層なもんじゃないってのに』
「まぁ、少なくともお前はそうだよな」
『うるせぇな』
自分で言っておきながら、抗議するように聖剣がバチリと弾けた。
元歌姫であり、古代魔道具に変えられた聖剣には、この歌姫信仰は複雑な心境なのだろう。
いや、実態を知らずに滑稽だと、呆れているという方が正しいか。
実際のところ、今代の歌姫だったクロノも、ソラウ王国に伝わるような神聖で慈悲深い性格とは程遠い。
なんだろう、歌姫の力を神格化するあまり、その歌姫の本質が見えなくなっているような、そんな印象をルドーは抱いた。
ルドーは次に、すでに集まっている敷地内の人混みに目を向ける。
「うーん、わかりやすいな」
『国内と国外で、こんなに感覚違うもんだな。おもしれぇ』
パチパチ弾ける聖剣に、ルドーもそっと同意した。
集まっている集団は、似たような服装をしている者が多い。
アシュとスレイプサス監獄での歌姫目撃情報と同じ、白っぽいワンピースのような格好だ。
なるべく目撃情報に似た人物が集められているのだろう。
ソラウ王国の歌姫候補は、自分が歌姫ではないかという期待をしているようだ。
淡く希望を抱いて、輝くような表情を浮かべている者が多い。
一方で他国から呼びかけられて集まった候補は、自分こそが歌姫であると信じて疑っていない。
それとも歌姫であると信じ込ませ、贅の限りを尽くそうと考えているのだろうか。
自分以外は全て偽物であると決めつけ、下心が透けて見えるような、不遜な態度で周囲を見下している。
この態度の違いが、ソラウ王国とそれ以外の国の歌姫に対する心証の縮図のように、ルドーには感じられた。
「ねーねー、もう外出ても大丈夫そうー?」
いつまでたってもルドーから声がかけられず、メロンが馬車の扉窓からヒョコリと顔を出した。
ルドーたちの馬車の周辺には、先行していた馬車から既に降りていた、ネルテ先生、ヘーヴ先生、マルス先生、レッドスパイダー先生が、警戒に周囲に目を走らせつつ、囲うように集まっている。
ルドーが最初に馬車から降りたのは、この班の一番の戦力として、周囲の安全を確認するため。
周囲の観察も、女神深教などの危険がないか、確かめる為であった。
「聖剣」
『あぁ、反応はねぇよ』
「待たせた。大丈夫だから降りてきていいぞ」
ルドーがそう言いながら馬車のドアをコンコンと叩くと、カチャリと再び扉が開く。
瞬間、周囲の空気が変わった。
サラサラと風に靡いた髪を手で押さえながら、ノースター、もとい、ノスタシアが馬車から降りてくる。
髪を抑えたのは、被ったウィッグが飛ばされないようにするため。
それなのに、その仕草が逆に女性的には自然で。
歩き慣れないヒールと、ひらりと翻る長いロングスカート。
おぼつかない足取りが、逆に庇護欲を掻き立てられる。
一言も発さず、馬車の段差を降りた、その動きだけで、妙に後光がさすように、周辺が光り輝いて見えた。
実際はウィッグに当たった光が、反射しているだけだというのに。
周りに集まっていた歌姫候補や、見学に来ていた人たちが、思わず息を飲んだ。
騒がしかった空間が、ノスタシアの登場で、一瞬にして静まり返った。
馬車から降りたノスタシアは、緊張した面持ちで顔を上げる。
平和維持機関エレイーネー魔法学校が連れてきた歌姫候補だ。
この集められた歌姫候補の中でも、最有力候補と周囲に考えられてもおかしくはないだろう。
期待、好奇、敵視。
様々な視線が、ノースターに降りかかっていた。
「……やばい。まずい。よくない」
『何してんだお前』
一方で、中身は男のノースターだとわかっているのに、ルドーは一瞬見惚れてしまう。
心臓の音鼓動が、自然と速くなって、顔が上気していく感覚。
それは間違いなく、恋に落ちるような。
何度も双子の妹のリリアに、男たちが惚れ落ちていく様子を見ていたからこそわかった、ルドーのあってはならない内面変化。
変な扉を開いて、頭がおかしくなりそうな危機感を抱いたルドーは、徐に聖剣を自分に構えた。
『おーい、マジで何してんだ?』
「……」
聖剣の問いかけも無視し、そのまま自分に向かって、ルドーは無言で雷魔法を放った。
バチバチという軽い雷鳴が、聖剣の苦笑いの声とともに弾ける。
「ちょおおおお!? ルドーくん、何やってんの!?」
ノスタシアの後に馬車から降りてきたメロンが、驚愕にバタバタ両手を振り回す。
「こんな時に、無駄に回復を消耗させないでくださいまし! これだから勢いだけの方は!」
「まぁ、気持ちは分からないでもありませんが……」
ビタが勢いよく近付いてきて、黒焦げになって立っているルドーに、ぶつくさ言いながら回復魔法をかけ始めた。
その後ろに続くように、トラストが観測者の魔法で目を黄色く開かせて周囲を警戒しつつ、気まずいように頬をかく。
当事者のノスタシアも、流石にドン引きしていた。
「……ルドー、なにやってんだい」
「余計注目浴びるようなこと、しないでもらえますかね」
ネルテ先生とヘーヴ先生が、思わず視線を向けてきた。
周辺警戒していたマルス先生は苦笑いして、レッドスパイダー先生が彼岸花の仮面の奥で呆れた声を上げる。
「これはこれは、素晴らしい。保護していただきありがとうございます」
男の猫撫で声が聞こえて、ルドーたちはそちらに振り向いた。
脂肪を蓄えたような、ぶよぶよに肥大した脂ぎった顔。
パツパツに張った腹が服越しに主張していて、仕立ての良い服を着ているのに、どこか下品さを漂わせている。
ごますりするように両手を揉み込みながら近寄って来た男。
イエディと同じ猫毛でなければ、それがルッツ伯爵だと、ルドーは全く気付けなかっただろう。
「素晴らしい! これほど歌姫と呼ぶにふさやしい方はいないでしょう。これはもう決まったも同然ですな!」
ドスドスと体重を響かせながら近寄ってくる男に、イエディが顔を強張らせながらも前に出た。
「父様。名前も名乗らず、失礼ですよ」
「……なんだお前、いたのか。相変わらず辛気臭い。歌姫に移るだろう、案内が済んだならさっさと失せろ」
イエディの苦言にも逆に言い返す反応から、この男は間違いなくルッツ伯爵なのだろう。
だが歌姫候補のノスタシアや先生たちへの態度とは、露骨に打って変わった。
近寄ることすら烏滸がましいように手を払い、さっさとどこかへ行ってしまえと、あからさまに態度で示している。
対するイエディは何の反応もない。
まるでいつものことのように、平然のその場に佇んでいた。
先程までノスタシアが圧倒していた空気が、ルッツ伯爵の登場で、沈むように不穏に変わっていく。
ルドーもイエディが家と折り合いが悪いと聞いていたが、ここまで酷いとは思っていなかった。
背中で聖剣が不快そうにパチパチ小さく弾ける。
「ルッツ伯爵。そうは言いましても、我々にも立場がありますので」
あまりにも露骨すぎるルッツ伯爵に、ヘーヴ先生がなんとか助け舟を出そうとしていた。
しかしそれにも動じず、ルッツ伯爵は不快そうにイエディを一瞥する。
「私が案内致します。そいつはもう用済みですので、学園に戻すなりなんなりお好きにしてください」
「ちょっと、流石に言い過ぎじゃない!?」
「メロン!」
ルッツ伯爵のあまりにも一方的な言い分に、メロンがとうとう激昂したように両手を振り下ろした。
それを抑えるように、イエディがメロンの肩に手を置いて、なんとかとりなしている。
しかしルッツ伯爵は、そんなメロンをジロジロと観察した後吐き捨てた。
「ふん。姉と違って何一つぱっとしないこいつは、それぐらいが丁度いい扱いだ。君たちも、学友はきちんと選びなさい」
まるで人生の先輩として、ルッツ伯爵は心配の言葉を投げてくる。
だがそのあまりにも凝り固まった価値観の一方的な言い分は、ルドーたちに不快感を与えるだけだった。
ルドーは注視するように、視線だけを周囲に向ける。
メロンはイエディに抑えられていても、顔が真っ赤で歯をむき出しにして、怒りが収まりきっていない。
ビタは目を細めつつ、扇子を取り出して顔の前に広げてポーカーフェイスを守っているが、足先を軽く叩いて苛立っているようだ。
トラストも見た目こそ平穏を装いつつ、役立たずと言われることに思うところがあるのか、口を固く結んで表情が少し険しい。
周囲の空気が不穏に変わり、当人のノスタシアが不安そうにオロオロし始めた。
「……好きにしていいと仰るのでしたら、同行させます。今は人手が多いほうがよろしいので」
「こいつが役に立つとは思わんがな」
ヘーヴ先生が言葉通りに受け取り、それに対してルッツ伯爵は渋々納得した。
不快感を残したまま、ルッツ伯爵が先導して案内し始める。
ルドーが気が付けば、周辺にいた歌姫候補も、建物の入り口に向かって歩いているのがちらほら見て取れた。
馬車から降りた敷地内入口の広場から、ルドーたちは産業福祉会館、アリスキャッテの中へと入って行く。
落ち着いた色のレンガ調の建物は、周辺の建物より少し大きく高いが、同じ色調の青い屋根が、周辺とうまく調和して溶け込んでいた。
ロビーのような入り口を通り、ルッツ伯爵が受付女性と話した後、さらにあちらだと案内に従う。
ルドーたちは苛立ちを抑えつつ、なんとかそれに続く。
だがその道中は、あまり心穏やかなものではなかった。
「それにしても素晴らしい! 目撃情報通りだけでなく、この圧倒的な存在感!」
ルドーたちの苛立ちには全く気付かず、ルッツ伯爵は先導しつつ声を張り上げる。
「この世の全てを一人の人間に集結させた、美人という枠組さえ超える存在。これ以上歌姫に適する者が、他にいましょうか?」
ルッツ伯爵は、周りに聞こえるようにこれ見よがしな大声をあげて、ノスタシアが歌姫であると確定づけようと吹聴していた。
当事者でルドーたちの中心にいたノスタシアが、ルッツ伯爵の勢いに、ひくひくと貼り付けた笑顔の口元を引き攣らせた。
周囲を敵に回しかねない態度に、ネルテ先生とマルス先生、そしてイエディが表情を強張らせている。
実際、その大声の吹聴を聞いた他の歌姫候補たちが、不快そうにルッツ伯爵を忌々しく睨みつけ始めた。
ソラウ王国国内と国外、双方の歌姫候補から同じような反応をされ始め、ルドーたちは肩身が狭い思いを感じながら歩みを続ける。
「……ルッツ伯爵、まだ確定したわけではありません。間違っている可能性もありますので、もう少し控えていただければ」
「なにをおっしゃる! エレイーネーが連れてきて、さらにこの他を凌駕する圧倒的な存在感! 彼女が歌姫でなければ、本物など存在しないでしょう!」
ヘーヴ先生のとりなしにも、ルッツ伯爵はものともしない。
ネルテ先生とレッドスパイダー先生が、こりゃダメだと言わんばかりに呆れ果て、マルス先生は必死に顔を明後日の方向に向けていた。
エレイーネーが連れてきた圧倒的存在感の美女。
歌姫としての裏付けだけが一人歩きして、ルッツ伯爵の中で、ノスタシアが歌姫であると確定してしまっているようだ。
最初から偽物として潜入しているルドーたちは、ルッツ伯爵のそのあまりの思い込みの激しさに、道中辟易し続けた。
「なんなのあの人!? 非常識にもほどがあるよ!」
控室に通された後、パタンと扉が閉まるや否や、メロンが大声をあげた。
延々と持ち上げられ続けたノスタシアが、へなへなと部屋に敷かれているカーペットに崩れ落ちる。
トラストが部屋に何か仕掛けられていないかと、観測者の役職を使って、室内を入念にチェックし始めた。
「ごめん。嫌な思い、させた」
「嫌な思いしたのはイエディでしょ! ねぇ、あんなのと一緒って大丈夫!? あ、イエディを、責めてるわけじゃないからね!?」
扉をじっと見つめるイエディが謝罪すると、メロンがすかさず飛びついていた。
完全に慣れ切ってしまっている様子のイエディは、メロンに両肩を掴まれて、そのままガクガク揺すられている。
まだ最終選考も始まっていないのに、その場の全員が気を張っていてぐったりとしていた。
「典型的な優生思想ですわね。まぁ、貴族の方にたまにある勘違いですわ。烏滸がましい」
「勘違い?」
溜息を吐きながら扇子を畳んだビタに、ルドーは問いかける。
「自分が優秀だから貴族として生まれた。だから同じように優秀でなければ、存在価値はない。そういう価値観ですわ」
畳んだ扇子を顎に当てていたビタが、はぁと溜息を吐いた。
これはソラウ王国に限った話ではないが、貴族の中には自分たちが優秀だからこそ貴族に生まれた、と考えてしまう者がいるらしい。
領民の税金を使って生活しているので、その思想で身を正している内は問題ない。
だが時折、生まれつき自分自身の全てが優秀であると、勘違いする貴族もいるという。
イエディの実家ルッツ伯爵家は、その勘違いした優生思想の典型例というわけだ。
「イエディが優れてないって思ってるってこと!? 脳みそ腐ってるんじゃないの!?」
「気持ちはわかるけど、今はもうちょっと落ち着いてね」
「あまり分かりやすく激昂していると、そこを付け込まれる可能性が出るぞ」
激怒して鼻息荒く捲し立てるメロンに、マルス先生とレッドスパイダー先生がとりなし始めた。
ルドーたちは今、あくまで歌姫候補として潜入調査に来ているのだ。
隙のある行動は、あまり見せるべきではない。
怒りにブンブン両手を振り回しているメロンを眺めつつ、ルドーはカーペットに崩れたままのノスタシアに近寄る。
「ノースター、大丈夫か?」
『――――したい』
「え? なんだ?」
『魔法薬の調合がしたい!!! 。゜(゜´Д`゜)゜。』
目の前に特大の魔法文字が出現して、ルドーは背後にド派手にひっくり返った。
『この作戦が決まってから、所作とか立ち振る舞いとか、なんか色々やらされて! 徹夜して隈が出来るからって、ここ数日まともに魔法薬調合してない!!!』
頭を抱えてぐるぐると目を回すノスタシアを眺めて、その場の全員が職人魂に若干引き気味になった。
確かにノースターは、この偽歌姫候補潜入作戦をゲリックに発案されてから、パートナーのカゲツによって、美容の天敵だと徹底的に魔法薬調合から遠ざけられた。
より良い顔色で偽歌姫に扮装するためではあるが、魔法薬調合はノースターにとってもはや生活の一部。
魔法薬調合から遠ざけられて、気が進まない女装までさせられ、その上ルッツ伯爵のあの態度で、かなり精神的に滅入っているようだ。
流石にルドーも同情して、倒れたままノスタシアに声を掛けた。
「そうは言っても、どうしようもないだろ」
『だってぇ(´;ω;`)』
「この作戦が終わったら、ゲリックに報酬として、魔法薬についてなんか聞いてもらえって」
頭を下げてげんなりし始めたノスタシアに、ルドーは元気付けるつもりで提案した。
落ち込んでいた儚げな美少女が、怪訝そうに顔を上げる。
『……どういうこと?』
「ホラ、随分前に聞いてきた、俺が死にかけてた時に魔法薬ぶっかけて治してくれたのが、ゲリックだからさ」
『……聞きたいような、聞きたくないような』
ゲリックは得体の知れない悪魔だが、魔法薬についてならばと、ノスタシアはうんうんと頭を悩ませ始めた。
とりあえずこれでしばらく大丈夫だろうと、ルドーはカーペットから立ち上がる。
「選考って何するんだろな」
『どうだろうな。この国の基準の歌姫だ、何考えてるやらわかんねぇ』
警戒しつつ呟いたルドーに、レギアが悩むように小さく弾けた。
ルドーとノスタシアのやり取りに全員がやれやれと首を振った後、それぞれが周辺の安全確認を再開し始める。
今のところ、周辺で女神深教が動き出すような、怪しい反応はない。
この先に一体何が待ち構えているのか。
ルドーは女神深教の脅威と、歌姫候補の選考、二つ同時に考えを巡らせ続けた。




